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 アーベルの両親、この国の国王と王妃はアーベルとヘロイーゼの婚約に好意的だ。ヘロイーゼは公爵家令嬢であり身分的に何も問題は無いし、学業も上位の成績を保っている。それに何よりアーベルがヘロイーゼを溺愛していたのだ、以前は。プランゲ公爵は足繁く王宮に通って国王と歓談しているらしいし、王妃もヘロイーゼを数度お茶に招いているとアーベルは聞いていた。


 国王と王妃に〝魅了薬〟を盛っているとは考え難いが、可能性はゼロではない。それに王太子宮でそうだったようにプランゲ公爵の手の者が国王や王妃の近くに紛れ込んでいることも十分考えられた。だから国王に打ち明けるのは慎重になっていたのだが、もう躊躇っている時期ではないだろう。


「実は……明日父上に呼ばれているんだ、内密で話があると」

「えっ? 陛下もプランゲ公爵の企みに気づいたのか?」


 ギュンターの問いかけにアーベルは首を横に振った。


「いや、学園での僕の所業が耳に入ったんだろう。婚約者を遠ざけて男爵令嬢とばかり親し気にしていると」

「では、叱責の為か?」

「ああ、そうだろうな、ベティも連れて来いといわれているから」


 告げた時の父の侍従の冷ややかな目を思い出してアーベルは答えた。


「わわわわ私もですか!?」


 ベティーナはあわあわと動揺している。国王陛下など式典の折に豆粒ほど小さな姿を遠目に見ただけだ。


「恐らく僕に王太子としての覚悟があるかどうか見極めるためとベティに釘をさすためだろう」

「……不味いんじゃないか?」


 ギュンターの問いかけをアーベルは否定した。


「いや、僕は好機だと捉えている」

「好機?」

「そうだ、まず、僕の醜聞を未然に防ぐためだろうけど、内密という事は父上の側近しか部屋の中にはいないだろう。プランゲ公爵の手の者に話を聞かれる心配がない。それにベティを連れて行けば父上が魅了されていてもすぐに解術が出来る」

「むむむむ無理です!!」


 ベティーナが悲鳴を上げた。


「解術は……解術は相手に触れなければならないんですよ!! 国王様や王妃様にどうやって触れるというんです!? 私なんかその場で打ち首になっちゃいます!!」


 涙目で否定するベティーナの肩に両手を置き、アーベルはベティーナの目を覗き込む。


「大丈夫、そんなことは僕がさせない。僕が全力で君を守るから」

「でも……」

「初対面でいきなり僕の手を握ったベティならきっとできるよ」

「あ……あれは……まさか王太子殿下だと思っていなかったからで……」


 ごにょごにょと呟きながらベティーナが頭を抱えた。




ーー♦♦♦ーー


「ベティ、手と足が同時に出ているよ」


 クスクス笑いながらアーベルが指摘するが、ベティーナはそれどころではない。

 父が叙爵されてすぐデビュタントで王宮に来たことはあったが表門にほど近い大ホールだけである。煌びやかな王宮とそこに集う煌びやかな人々を見て、口をあんぐり開けて眺めていただけで終わってしまった。ましてや王宮のこんな奥まで足を踏み入れるのは初めてなのだ。それにベティーナには大役がある、打ち首になるかもしれない大役が。


 ここまで案内してきた侍従が扉をノックをした後、室内に二人を促した。

 入室したアーベルは国王に挨拶をしながら室内を素早く見回した。

 正面の椅子に国王と王妃、傍に控える侍従はアーベルが幼少の頃より国王に仕えている忠臣だ。室内に騎士は一人、ラッキーだ! 室内の騎士はギュンターの父、レディガー騎士団長だった。


 国王夫妻は冷ややかな表情でアーベルとベティーナを見つめている。


「アーベルよ、そなたの学園での振る舞いは聞き及んでいる。この国の王太子として相応しいと思っているのか」

「アーベル、どうしてしまったの? あんなに仲が良かったヘロイーゼを遠ざけていると聞きました。それは今隣にいるご令嬢の所為なのかしら?」


 国王夫妻の厳しい物言いを受け流し、アーベルはベティーナの背に軽く腕を回した。


「父上、母上、まずは彼女を紹介させてください。彼女は素晴らしい女性なんです」


 そう言ってベティーナに微笑みかけるアーベルを見て国王夫妻はますます眉を顰めた。


「さあベティーナ、挨拶を」


 ガチガチに固まりながらベティーナが挨拶をする。


「王国のた太陽であらせられますここ国王陛下にご挨拶いたします。ロロロイター男爵が娘、ベティーナとももも申します」


 ガチガチを通り越してギギギと音が出そうなほど強張ったカーテシーをしたベティーナをアーベルは心配そう見たが、ベティーナは心を決めたように小さくうん、と頷いた後、王妃に向き直った。

 一歩王妃にずいっと近づいた後、再びカーテシーをして「王国の月であらせられます王妃殿下に……きゃああーー! 躓いてしまいましたわあ!!」


 突如ベティーナは棒読みのセリフを叫びながらあまりに不自然に王妃まで突進し、ガバッと王妃に抱きついた。


「「!!!」」


 国王と王妃、侍従は吃驚して声も出ない。

 ベティーナが突進しようとした時レディガー騎士団長だけは即座に反応し、食い止めようとしたが素早く間に身体を滑り込ませたアーベルに阻止された。


「何をしておる!! 王妃から離れぬか!!」


 国王がグイッとベティーナの肩を掴んだ。


「ここ国王陛下、ああありがとうございます!」


 その手をベティーナが押し包むと国王は真っ赤になって手を振り払った。


「ええい! お前を助け起こしたのではない! 衛兵を呼べ! レディガー何をしておる、この小娘を即刻捕えよ!」

「父上、しばしお待ちを!」


 その言葉を遮ってアーベルが声を上げる。アーベルはベティーナが首を横に振ったのを見て言葉を続けた。ベティーナが首を横に振ったのであれば国王と王妃は魅了されていない、打ち明けるのは今を置いて他に無い。床に平伏したベティーナを守るようにその前に立ち、アーベルは声を張った。


「父上、僕に暫しお時間を頂きたいのです。この振る舞いには訳があります、どうか僕の話を聞いてください。そしてこの話が終わるまで誰もこの部屋に近づけないで欲しいのです」


 国王はアーベルをじっと見た。アーベルも真っ直ぐに国王を見返す。


「ふうむ……色恋に迷っているようには見えぬな……」


 考えた後に国王は床に平伏して頭を擦りつけているベティーナに近づくレディガー騎士団長に声を掛けた。


「もうよい、レディガー、そちらに控えていてくれ、しばしアーベルの話を聞いてみよう」




ーー♦♦♦ーー


 国王夫妻は驚くほどすんなりアーベルの話を信じた。


「ふうむ……やはりプランゲ公爵はそのような事を仕出かしておったのか……」

「父上、僕の話をお疑いにならないのですか? 証拠はまだお見せできないのですが」

「プランゲ公爵家には注意しろと先代、先々代にも言われておったのだ」


 今度はアーベルが目を見張った。


 八十年前に時の第一王子が宰相家に婿入りしたのは第一王子がまた何かしでかさないか監視する意味があった。王の忠臣たる宰相がその役目を引き受けたのだ。しかし婚姻した宰相家の令嬢は事件の事など知らず、また非常にプライドの高い性格で、宰相亡き後は本当なら夫が国王で私が王妃なのだと周囲に不満を漏らしていたらしい。その思想は代々受け継がれ、プランゲ公爵家は自分たちこそが正当な王家である、この間違いは正さねばならないとこれまでも幾度か王家簒奪を試みたことがあったらしい。


「全く知りませんでした……」

「先代、先々代の出来事だ。その企みは悉く阻止したのだが、プランゲ公爵家がかかわっているという証拠もつかめずプランゲ公爵家は今日まで存続している。しかし私は先代に言われた通りプランゲ公爵家を警戒していた。だからこの奥宮には奴の息のかかった者は一切入り込んでおらん。夜会などで会えば表向きには仲良く談笑しておるがの」

「僕にも教えておいていただければ……」


 アーベルは恨めしそうに国王を見る。


「私もそなたがある程度の年齢になれば教えようと思っていた、しかしな、その前にそなたがヘロイーゼに惚れ込んでしまったのでな」


 国王は苦笑しながら続けた。


「だから私は無理矢理納得することにしたのだ、我が息子がプランゲ公爵家の娘をこれほどまでに欲しているのなら仕方がないと。お前がヘロイーゼと仲良くこの国を盛り立てていってくれるならそれも悪くないだろう、お前たちの子が将来王位に着けばプランゲ公爵家の野望も達成される、あの男も満足だろうと」


 アーベルは項垂れた。


「すみません……」

「いいや、そなたのせいではない。そなたが薬を盛られ始めたのはおそらく十三歳の頃、防ぐことなど到底できなかっただろう。それにな、そなたに薬を盛って傀儡にしようとしたという事はプランゲ公爵家の血筋が王位を継ぐことを待つのではなく、プランゲ公爵が直接王家を牛耳るつもりなのだろう、いかにもあの男が考えそうなことだ。私が絶対に阻止してやるがな!」


 その語気の荒さにアーベルは戸惑った。


「父上はプランゲ公爵と仲が良いのかと思っていました」

「いや、大っ嫌いだ」


 国王の子供のような率直な物言いにアーベルはポカンとする。


「あの男はへりくだっているように見えてもな、言葉の端端に傲慢さが滲み出るのだよ。我こそは正統な王だとな」

「母上は……ヘロイーゼとよくお茶会をしていらっしゃいましたね」


 今度はアーベルは王妃に目を向けた。


「安心しなさいアーベル、私もプランゲ公爵やヘロイーゼは嫌いよ」


 アーベルは再び目を丸くする。


「私だって我慢していたのよ、息子の将来のお嫁さんなら仲良くしたいじゃない。あーでも清々したわ。これからは我慢して仲良くする必要ないんですもの」


 もちろん好悪の感情で物事を左右する訳にはいかない。好悪を抜きにしてプランゲ公爵家が犯罪を犯したから裁くのだ。しかしヘロイーゼを可愛がっていると思っていた母が悲しまなくて良かったとアーベルは安堵した。


「ベティーナさん、そろそろ顔をあげてくださいな」


 王妃がずっと縮こまっているベティーナに声を掛けた。


「い、いえ、王妃殿下に抱きつくなど本当に申し訳ありません」

「あら、吃驚はしたけれどあなたのような可愛い子に抱きつかれるなら大歓迎よ」


 ベティーナは真っ赤になってぶんぶんと首を振る。


「私こそっ! 王妃殿下は見惚れちゃうくらい美しくて抱きついたら柔らかくていい匂いがして、私ったら任務も忘れてポーっと……ああっ、すみませんっ」


 再び恐縮するベティーナを見てコロコロと笑った後、王妃は不意に真顔でベティーナにお礼を言った。


「どうして抱きついたのかは説明をしてもらったので怒っていないわ。それよりアーベルを救ってくれてありがとう。それに学園で陰口を叩かれながらもアーベルに協力してくださっているのね、それについても感謝しているわ」

「私からも礼を言う。それにしてもロイター男爵令嬢の能力は稀有なものだな」


 王妃に続いてベティーナを見た国王の目が好奇心で光った。


「魔術院でその能力について是非研究をさせてくれないか?」

「父上、今はそんな時ではーー」

「あ、それならもう研究しています」


 アーベルとベティーナの返事が被ってアーベルは目を見開いてベティーナを凝視した。


「私の父が魔術院の末席に居りまして、私の解術の能力を魔道具に活かせないかと以前から研究しているんです」

「ロイター男爵は画期的な魔道具で叙爵したのだったな、そうか、彼が研究をしているのか」


 国王はうんうんと頷いた後締めくくった。


「プランゲ公爵家は私の方から探ろう。〝魅了薬〟についてももう少し詳しいことがわかるかもしれん、そのうえで今後の対策を練ることとしよう」

 



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