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「さあ早く! 陛下!  ()()()()()()()()()()()()


 最早異様な雰囲気で国王に迫るプランゲ公爵。

 そのプランゲ公爵に向かって国王はにっこり笑って言った。


「いや、まったく」




「……え?」


 意外な事を聞いたように絶句するプランゲ公爵に国王は更に畳みかけた。


「何故私がそなたの望みを叶えたくなるのだろう? のう、プランゲ公爵」

「そ、それは……陛下は……私の……親戚であり……ヘロイーゼの事も……」

「ああ、遠い親戚ではあるな。だからと言ってそなたを特別扱いするつもりは無い。まあ、大切な臣下の一員ではあるがの」


 その言葉にプランゲ公爵は激高した。ずっと胸に秘めていた鬱憤の一部を思わず吐露してしまった。


「遠い親戚? 臣下だと? 我が家は先先先王の王兄の血筋だ! つまり我が家こそがこの国の正当な王家! それを   ……い、いや、それはその……言葉の綾といいますか……」


 慌てて口を噤んだが時すでに遅し、国王はさっきの呆けた表情が嘘のようにすっくと立ちあがって言った。


「だから私に禁制の薬物を飲ませていう事を聞かせようとした、そうだな、プランゲ公爵」


 国王の言葉に人々が一斉に騒めく。

 固唾をのんで見守っていた王太子の婚約破棄、それが思わぬ方向に変化を遂げようとしていた。


「な、何をおっしゃいます国王陛下、私は忠実なる陛下の僕、この国の重鎮たる公爵家の当主なのですぞ。その私が陛下に毒を飲ませるなど! お疑いなら私がそのワインを飲んで見せましょう!」


 プランゲ公爵はギュンターの持つワイングラスをひったくろうとした。ギュンターがスイっと後ろに下がる。


「まあ待て、私は毒などと言っておらんよ。いや、一種の毒物ではあるがな。〝魅了薬〟ではないかな?プランゲ公爵」


 その言葉に再び人々が騒めく。

 〝魅了薬〟それを知る者は今この場にいる中でも特に年配の一部の者だけだ。その者たちでさえ実物を見たことはないし、それにまつわる事件は当時緘口令が敷かれていたので彼らも父や祖父からこっそり教えてもらっただけだ。八十年も前に禁止薬物とされ、製法ごと根絶された筈の魔法薬であるのだから。


 〝魅了薬〟は魔術を用いて作る魔法薬であり、使用する前に魔力を込めた人物に好意を抱くというものである。百年以上昔、世にも稀な魅了の魔術を扱える者が存在し、その魔術を解析して作られた禁薬である。通常はほんの少量を長期にわたって使用する。よって使用された者はそれとわからずに徐々に魔力を込めた者に好意を抱き、長期間使用された者は己の命も顧みないほどの溺愛を相手にささげる。では、短期に大量摂取した者はどうなるか? 一瞬にして洗脳状態になり、相手の操り人形になる。そして精神が耐えられずにその後は廃人になってしまうのである。ちなみに魔力を込めた本人が服用しても何も起こらない。




「そ、その中に何かが入っていたとして私はあずかり知らぬこと。まずはそのワインを給仕した者を疑うのが筋でしょう」

「私はワインの中に入っているなどとは言っていないがの。そうか、プランゲ公爵はワインに〝魅了薬〟を入れたのかの?」


 国王の言葉にプランゲ公爵は一瞬黙る。しかしこの誘導尋問はあまり功を奏しない。国王が口をつける前に不自然に取り上げられたワイン、見守っていた人々もほとんどの者がワインに何か混入されたのだろうと予測がついたからだ。


「私はそんなことはしていない! 例え何かが混入していたとしてもそれで偶々近くに居た私を疑うのはお門違いと言うものだ。十分な証拠もなく公爵家当主を疑うなどたとえ国王陛下と言えどただでは済みませぬぞ!」


 語気荒いプランゲ公爵、しかしその瞳は忙し気に揺れている、この窮地をどうやって脱するべきか頭をフル回転させているのだろう。


「証拠はあるぞ」


 ゆったりと国王は言葉を継ぐむ。


「まずは先ほどのそなたの発言だ。 ()()()()()()()()()()()()、これは私がそなたの言う事を必ず聞くという事をそなたが確信していたという事の状況証拠。これだけの人々が聞いていたのだ、今更撤回も出来ぬであろう?のう、公爵」

「そんな発言など……」

「それにな、八十年の間に技術は進歩しておるのだ、このワインを調べれば薬物が混じっていることだけではない、その薬物に誰が魔力を込めたかという事も特定できるのだよ」


 その言葉にプランゲ公爵はがっくりと膝をつく。


「さあ、衛兵、プランゲ公爵の身柄を拘束したまえ」


 国王の言葉に従って衛兵が動き出すのと同時に、アーベルが声を上げた。


「おっと、ヘロイーゼ嬢、あなたの身柄も拘束させていただきますよ」


 じりじりと後ずさっていたヘロイーゼはピタッと足を止める。


「な、何故ですの? 父は疑われているようですけれどわたくしは父の無実を信じておりますわ。わたくしはショックを受けている母を屋敷に連れ帰り落ち着かせねばなりません。屋敷の者たちや幼い弟もこの知らせが届けば動揺する筈ですわ、こんな時ほどわたくしが皆を支えなければなりませんの。もちろん父の疑いが晴れるまで屋敷で謹慎しておりますわ。それともアーベル殿下はこんな時にわたくしがその男爵令嬢を苛めたという罪でわたくしを拘束すると仰いますの?」


 俯いて肩を震わせるヘロイーゼに人々は同情の視線を投げ掛ける。先ほどの国王とプランゲ公爵のやり取りからプランゲ公爵の罪は確定だろう、ゆえに健気に父の無実を信じるヘロイーゼが哀れに思えた。


「兄上! それはあまりに冷たいだろう!」


 マティアスはヘロイーゼに駆け寄り、肩を抱きながら「僕があなたを支えるから安心して頼ってくれ」と囁いている。


「苛めの罪で拘束? 私は貴方が悪事を働いたとは言ったけど、苛めだなんて一言も言っていない。あなたの罪はベティーナ・ロイター男爵令嬢を苛めたとかいうちっぽけなものではないよ。私に長年にわたって〝魅了薬〟を盛っていたことだ」


 その言葉に人々は再び大きくどよめいた。

 一年前まで、アーベル王太子とヘロイーゼ公爵令嬢は本当に仲睦まじい婚約者同士だったのだ、それが〝魅了薬〟の所為だというのだろうか?


「今回の事はプランゲ公爵の独断の犯行ではない、公爵家全体での陰謀だと私は思っている。だからプランゲ公爵家の人達はこの場で全員拘束させていただく。それからプランゲ公爵邸の家宅捜索だね、ああ、やっと内部にメスが入れられるよ、プランゲ公爵家は守りが固くてね、苦労したんだ」


 唖然とする人々、それではこの婚約破棄の一幕はプランゲ公爵家の悪事を暴くための謀だったのだろうか。


「証拠など……証拠など出る訳無いわ! それでは貴方が私に向けてくださった愛情は全てまやかしだと仰るの!?」


 ヘロイーゼの悲痛に聞こえる訴えもアーベルの心を動かさない。ヘロイーゼが人の心を弄んで操っても何ら心を痛めない人間だと知っているから。


「ああそうだよ、君は私の心を操った。私に使用した〝魅了薬〟は全て処分してしまったのかい? でもマティアスに使った分は残っているだろう?」


 その言葉に反応したのはマティアスだ。


「嘘だ! 嘘だ嘘だ! 僕は……僕は……ヘロイーゼ嬢が……兄上に蔑ろにされて哀れだったから……僕が代わりに支えてあげなくてはと……一緒に居るうちに魅かれてしまうのはどうしようもない事だと……この気持ちが作られたものである筈がない……そんなことは嘘っぱちだ……」

「マティアス……」


 アーベルは気の毒そうにマティアスを見た後、衛兵に解術が済むまではマティアスも拘束するようにと指示を出した。


 ホールから連れ出される際、ヘロイーゼは憎々し気にベティーナを見た。


「何故なの? どうして魅了が解けたの? あの薬よりその小娘の方が魅力的だとでも言うつもり? ねえあなた、あなたも薬を使っているんでしょう? もっと強力な薬を。でなければわたくしが負けるわけがないわ」


 ベティーナは肩をすくめただけだ。答える義務はない。ベティーナの能力についても口にしないようにアーベルに釘を刺されていた。


 プランゲ公爵も連行されながらブツブツと呟く。


「何故だ……国王は何故〝魅了薬〟を飲んでも平然としていたのだ……私は確かに奴がワインを飲むのを見たというのに……確かに飲ませた筈だ……廃人になる量を……」


 残念ながらその疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。

 


 



 


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