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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大自然を希望したら原始時代!?白竜(捕食者)と俺(エサ)の間に芽生えた❝真実?❞の愛~ごめん、それは聞いてない~

作者: 三星


◇◇◇◇



『来世は大自然の中でのびのびと自由に生きたい!』

 


 そう書いて、転生希望者受付に【来世へのリクエスト ㊟叶うかどうかは運次第】という用紙を提出した。


 まさかの転生は希望制だった。


 ちなみに希望しない者は成仏受付をし、入()審査を受け審査官が許可した者は極楽へ、嫌疑が掛かった者は、強面の極楽警察がやって来て別室に連行されるとか。

 

 そんなことを何かに蹴躓いて頭をぶつけた時に、一気に走馬灯のように思い出したわけだが……。




 目をゆっくりと開け……秒で失望した。



「これは酷いだろ……」



 確かに見渡す限り木、山、草原、森、右端にさりげなく小川。『大自然』に偽りなしだ。

 

 確かに俺の望みは叶った。



「だからって、大自然にも程がある……自由も行き過ぎれば不自由だろ」



 いつ寝るも自由、食うも食わぬも自由と言っても、それらは全て自分一人でやらなくてはならない。前世の記憶が蘇ったことで、かえって不自由を感じるようになってしまったのかもしれない。

 

 なぜ今になって記憶が蘇る!? 世の中、知らないままの方が良い事もあるだろうよ!



「ん? なんだあれ?」



 今の俺の視力は、恐らくマサイ族をも凌駕するだろう。


 普通なら絶対見えないほどの遠ーーーー目に大きなゾウに似た動物や、触るな危険レベルの角を持つシカっぽい動物、あとなんだろう熊? 牛? よくわからないけど、前世で見た動物と似てはいるが、明らかにサイズ感とか、見た目が少し違う動物が見える。



「俺、これからどうやって生きて……いや、生き延びたらいいんだ?」



 この大型動物が蔓延る、()()()()()()()()()()()!!






 前世で俺は、付き合っていた同じ職場の女性と結納も交わし、間もなく結婚……というところで『別れましょう……真実の愛を見つけてしまったの』と、どこかで聞いたことがあるようなセリフを俺に浴びせ、一方的に婚約破棄。慌てて式場もキャンセルした。


 

 大体「真実の愛」ってなんだ?



 ちょっと調べてみたけど【相手が幸せになれるように心から信じて尽くすこと、相手を理解した上で見返りを求めずに全てを受け入れることができる心】ということらしい。

 そんなものどうやってわかるんだよ! とツッコめば、ご丁寧に「5つの見極め方」まであった。



「見極めって……真実の愛とやらは試験かなにかなのかよ」



①自分より相手を大事にできる

「いや、自分が大事だな」


②欠点を受け入れる

「ここはまぁ……お互い様なところはあるから」


③困った時どう動いてくれるのか

「それは内容にもよるだろ。ない金は出せない」


④愛する気持ちにブレがないか

「気持ちなんて春夏秋冬、季節の変わり目でも変化するだろ」


⑤自分の本心を打ち明けられるか

「本心っていうか、嘘とか秘密主義は嫌だよな」



 こうして見ると、なるほど……確かに俺には当て嵌まらないな。打算的なところがあるし。

 

 じゃあなんで結婚したいとか、結納したいとか言ったんだ? 結納金やら婚約指輪やらは結局うやむやにされたままだ。それにバタバタしてて、親にもまだ伝えていない。

 

 彼女はすでに会社を退職していたから、出席予定だった上司や同僚らには俺が頭を下げて回った。先に貰ってしまっていたご祝儀も返したが『見舞金として使えよ……』とまで言われる始末。


 ほとんど酒など飲まなかった俺だが、『飲まなきゃやってらんねぇ!』と、飲んでなにかをやったことなどないのに、酩酊状態になるまで飲んだくれた挙句、真冬の寒空の下、外で寝転がっていた後の記憶がない。

 

 大学進学で上京し、そのまま東京で就職したが、出身自体は「ド」がつくほどのド田舎。思い出すのは田舎の自然溢れる、光景……そうだ、田舎に帰ろう。


 きっと最期にそんな望郷の念に駆られたからだろう、だからあんな希望を……。








 「ハァ……これが、今の俺か」



 小川で覗いて見た今の俺は、見れば体に無駄な脂肪は当然なく、細いながらも筋肉質だ。下着なんて当然ないが、一応毛皮のようなものを腰に巻いていた。グッジョブ俺。


 いくら人間がいなくても裸族気質は持ち合わせていないし、やはり布切れ一つでも防御装備は必要だと思うわけで。

 ただ、髪はぐしゃぐしゃの伸び放題。全体的にぱっと見トロールのような状態だ。


 汗だの、獣臭だの、色々混ざって、我ながら臭いことこの上ない。小川でざぶざぶと身体を適当に擦りながら、これまでの記憶の整理をしてみた。



「何が一番問題って、不思議と【人間】に出会ったことがないんだよな。昨日までの俺の記憶によれば」



 俺が転生したというなら、当然産みの親はいたわけで……。


 食事情もあるけど、病気にかかれば一発アウトになりそうな世界だから長生きはできないにしても、俺の両親の二人しか人間がいなかったなんてことはないよな?

 兄弟姉妹くらい心の支えとして欲しかったけど、残念ながら記憶上、俺は一人っ子だ。



 もう少し記憶を整理したいところだが、こんな隠れる場所もない所にいたのでは、大型の獣に襲われること必至。


 慌ててt、自分の家へと戻ることにした。



◇◇◇



 自分の家(ただの洞穴)に戻ると、すっかり気持ちも落ち着いてきた。



「やっぱり、住み慣れた穴倉は安心感が違うんだな」



 脳内に幸せホルモンのセロトニンが分泌された辺りで、はたと気付いた。



「しまった! 一番肝心なことをすっかり忘れていた!!」



 人間と出会わないこの世界。じゃあ誰がこの世界の強者なのか……?



「竜族だ!」

 


 そう言えば、この世界では言語を話す「竜族」がいるのだ。雰囲気はまるで原始時代なのに、そこだけものすごくファンタジー感が溢れているっていう。


 だったら俺にチート能力を授けて欲しかったと思うが、文明もないこの世界にはそんな夢のような魔法もなかった。


 そして昼間に「臭い」と思って落とした臭いは、竜族が嫌う獣の臭いで、俺は身を守る為に塗っていたのに、他でもない俺自身がその臭いを落としてしまった。



「あぁぁぁぁぁ! 綺麗好きでもなかったくせに、俺ってやつは!!」



 知性があり、言語を話す……姿は羽の生えた恐竜のようなもの、それが竜族。

 

 やつらからしたら、人間なんて亀を捕まえるようなもの。見つかれば簡単に捕食されてしまう。だから洞穴に根城を構えていたのだ。

 間口を狭く作ることにより、やつらは入っては来れない。こうして弱く、臆病な俺は身を守って来た。


『この先どうやって生きて行こうか』考えるが何の解決策もないまま、一夜を明かした。




 翌朝、さすがに夕食も抜いていた為、腹が減っていた。記憶にある洞穴付近の木苺や木の実の場所へ。


『木苺って結構うまいな。木の実も中々イケんじゃん!』と独り言ちながら夢中になって食べ、腹も満たれば少しは前向きな気持ちにはなる。

 

 考えてみたら俺はこの世界のものを食べて生きてきたわけだ。味覚はすっかりこの世界に馴染んでいて当然だ。

 大きな鳥っぽい獣を見て『あいつ旨そうだな』とか思うのも納得した。



『今日は魚でも釣ってみちゃうか?』と、竿代わりになりそうなものを付近で探していた。これまでは手で熊の如く気合で獲っていたようだが、前世の記憶が少し役に立つかもしれない。

 


 とは言え、実際に釣りに行ったことなどあるわけもなく。釣り竿の作り方は当然……知らん。



「まぁ、頑丈そうな棒に紐っぽいのつけて、虫でも縛ったらいけるだろ」



 何はなくとも頑丈な棒は必須だろう。大物がせっかく釣れても竿が折れたのでは意味がない。


 真剣に周辺にある長めの枝を探していると、急に地面に大きな影が差した。



「あんた、ここで何してんの?」

「何って、魚を釣る用の竿を探して……え?」



 終わった。


 俺の転生ライフは前世を思い出した翌日に終わってしまった。

【完】【了】【FIN】どれを用意しておこうか、いやこの場合は【THE END】か……。


 目の前には自分の倍以上の大きさの真っ白い竜族。食後だろうか? お口の回りに着いている赤が妙に生々しい。


 唇のまわりをペロリと舐める仕草が色っぽいのは、人間限定なんだな。竜族がやっちゃうと、恐怖でしかない。



「サオってなぁに?」

「サオ!? あああ、あの、魚!! 魚を釣……いえ、獲ろうかと! あの、あの、俺は見ての通り脂肪も少ないし、食べても全く美味しくないと思います! 食後のデザートでしたら、まだそこに木苺とか木の実がありますし、食べてもらっている間に魚を獲っておきますんで、命だけはなんとか!!」



 会話ができるのであれば、交渉の余地くらいはないだろうか? 腹さえ膨れていれば、むやみに襲ってくることはない、と思う。



「珍しい。あなた人間でしょ? 毛が薄いけど、人間の臭いだし。それなのに話せるのね、変わってるわ」

「は、え、あ、はい! 自分、話せる珍しい人間です。話し相手くらいならお役に立てると思いますので、食べるのだけはっ!!」


「ふふ! 随分おしゃべりな人間なのねぇ。いいわよ、私の話し相手になるのなら面倒見てあげる」

「ほ、本当ですか!? ぜひ! もうぜひ、面倒見てもらいたいです」


「威勢がいいこと。ねぇ人間、あなた名前ってあるの?」

「へ? 名前ですか……えっと……拓人! タクトって言います」



 もはや今世では物心ついた頃から親もいないので名前なんてわからない。だから、前世の名前をそのまま伝えることにした。【切り()()なり】で拓人(たくと)だ。今は切り拓くのか、切り開かれてしまうのかって瀬戸際だけど。



「そう、タクト。良い名前ね」

「あの、あなた様のお名前も伺って宜しいでしょうか?」

「私の名前? 名前は……ううん。私ね、あまり自分の名前が好きじゃないの。そうだ、タクトがつけてくれない?」

「え!? 俺が、ですか? ……えぇっと」



 立場が逆だったら「シロ」と名付けただろう。しかし、今は必死に脳みそフル回転で考えている。気に入らない名前を付けようものなら丸飲みされる恐れもあるのだ。



「……では「ビアンカ」、なんてどうでしょう? 確か「白」って意味があったと思うんです」



 某有名ゲームのお気に入りキャラの名前だったから、たまたま「白」という意味だと知っていた。



「ビアンカが白って意味なの? 初めて聞いたわ……ふぅん、でも中々良い名前じゃない。気に入ったわ、じゃあこれから宜しくねタクト」

「はい、これから……え、これから?」



◇◇◇



 俺はなんの心構えもなく、ひょいっとビアンカ様の背中へ乗せられて、彼女の巣へと引っ越す事になった。まぁ持ち物なんて、あの洞窟には見当たらなかったけど。


 こうして抱えられてそばで羽音を聞いていると、思った以上に鋭く風を切るような音が耳に届く。そしてずっと風を受けたまま上空にいるのは、毛の少ない人間には正直、寒い。



「あら? あそこに人間がいるじゃない?」

「え!? 人間ですか!? どこどこどこ!!!」



 若干寒くて寝落ちしかけていた唇紫の俺は、一瞬で目が覚めた。とにかく人間に会いたかった。前世インドアな俺も、今世では強制的にアウトドア派だ。

 人間のコミュニティに混ざれるものなら混ざりたい。



「そんなに興奮すると落ちちゃうわよ。ほら、あの木の上よ」

「すみません、ビアンカ様。木の上とは……あの、まさか人間って、あの赤い実が生ってる木に登ってる毛深いやつのことではないですよね?」


「ええ、そうよ。他にどこにいるの? それに、あの子はメスみたいね」

「しかも女子!?」



 う、嘘だ……。あれじゃあ、昔歴史の教科書で見たやつ()()()()じゃねーか! 女とか男とかの問題じゃない、あれは【猿人】だ。いつかはホモ・サピエンス化するにしても、現状は猿人だろ! そりゃあ、まだ言語を話さないわけだ。



「タクト……あなた、まさか今まで同族に会ったことなかったの?」

「はい。記憶上では、多分」


「そう……その見た目だもんね。私も同じ。他の仲間とは鱗の色が違ってるから……あなたも私と同様に、一族から異質な者として差別を受けていたのね」

「異質? え、ビアンカ様()?」


 

 そうか、この世界で異質なのは、彼らに比べたら遥かに毛の少ない俺の方ってことだったのか。どうりで今まで人間、いや猿人が寄っても来ないわけだ。

 

 下手したら親にも捨てられたって可能性も捨てきれない。結局、ビアンカ様が言うように異質な者として差別されてたってことなんだろうな。

 まぁそれでも一人で生きていける年齢辺りまでは世話をしてくれたんだろうから、そこは感謝しよう。


 それに、正直今更『キキッ! ウキー! キーキー!!(お前の母さんだよ!)』とか言って現れても、俺はきっと受け入れられないと思う。間違いない。

 だって、下にいる猿人女子の言ってること、一ミリもわからんかったし。



 ある意味、あの猿人女子のお陰で俺は吹っ切れた。

 

 いや、色々と諦めた。


 ビアンカ様も今は俺にも同情してくれているみたいだけど、所詮は暇つぶしの話し相手だ。きっと腹が減って、その時目の前にエサとなる俺がいたら、パクリと丸飲みされるのだろう。そう考えていた。



◇◇◇



「おかしい……」



 ビアンカ様と暮らすようになって一年が過ぎた。そう、一年。俺はなぜかまだ生かされている。


 あれか? 冬が来たら冬眠前に食べるのか? と思ったが、この辺りは雪が降らないから冬眠はしないらしい。

 半年くらいまでは『太らせてから食うのかな?』と思っていたが、そんな雰囲気もなく、毎日彼女が狩りをし、俺が捌いて料理(生・焼く・蒸す)するといった生活を送っていた。

 

 今では俺も普通に馬刺しの感覚で、獲物の肉を生でも食べている。なんと言っても獲れたて新鮮のものは生に限る。


 この辺りは狩猟向きの土地でメインの獲物に不自由はないが、代わりにその獲物たちが木の実などを食料としている為、取れる数は少ない。


 なにかの特番で『北極の地で暮らす民族は農業ができない。生きる為、不足するビタミン摂取の為に獲物の生肉や肝臓、時には血液も啜る』と言っていたことを思い出す。

 当時は『グロ……』と思い、チャンネルを変えたが、ビタミンを摂らなければ良くないということだけはなんとなくわかる。もちろん「なぜか」など、俺にわかるはずもないので割愛する。

 

 生で食べて大丈夫か? 一瞬不安が過ったが、俺はこれまでも食べてきたはず。思い切って口に含むと「美味い」と思えた。今の味覚に感謝だ。



 二年が過ぎた頃、『もう私達はパートナーなんだし、「様」付けで呼ばないで、対等でいましょ』と提案された。「様」付けがすっかり定着していたせいで、しばらく時間はかかったものの、彼女の希望通り「ビアンカ」と呼び、敬語で話すこともなくなった。



 ビアンカと暮らすようになって五年が過ぎた。俺たちはいつの間にか恋仲になっていた。

 みなまで言うな、ビアンカはイイ女なんだ。本音は竜じゃなければもっと良かったけど。

 

 だいぶ前に、俺の生きている間に、思い描いているホモ・サピエンス女子に巡り合うことはもうないと決定つけられているのだ。


 それに、今更ビアンカの元を去って生きて行けるか?


 無理に決まってる。なんせ狩りは彼女がほぼ行っていたんだから。ビアンカが沢山食うから、お陰で処理の腕の方は格段に上がったけど。

 

 あとは単純にこうして会話をして笑い合えるって、きっとビアンカ以外とはできないと思うんだ。実際、彼らにとっては本来なら俺は「エサ」に分類される生き物だし。


 そして、ここがいくら原始時代のような環境下であっても、俺が社会の歴史で習った記憶では、空飛ぶ竜なんていなかった。



 と、いうことは……?

 

 頭の片隅ではほんの少し期待した時期もあった。もしかして「人型」もとれるんじゃないか? と。


 しかし、ビアンカは竜族であってファンタジーラノベのような「竜人」ではない。つまり、どれほど期待しても「人型」にはならない。付き合ってからさり気なく聞いて、さり気なく泣いた。


 ビアンカは目視でざっと3メートル弱の大きさで、二足歩行ではあるが、ざっくり言えば羽が生えているムキムキの肉食恐竜ってイメージだ。



 正直初めは妥協だった。



 ぶっちゃけ、妥協しなきゃ付き合えない。可能なら同じ人間と恋愛がしたいと思うのは、至極当然の心理だと思う。

 普通は妥協すらできないだろうレベルの個体と恋愛をしようというのだ。未知なる恐怖もあるが、それでも孤独と、いつ襲われるかわからないと怯えながら生きる方がもっと嫌だった。



 まぁ、色々言ったけど、常に共に過ごしている圧倒的強者の竜族に『私、真実の愛に気付いたの。タクトのこと、種族違いとか、()()とか関係なく好き……私の恋人になって!!』とびっくりを通り越して白目になる発言をされて、お前らなら断れるのか? 断る=その日の夕飯に確定だろ。


 さり気なくエサ呼ばわりされていたけど、ポジティブ変換をすれば『地位も名誉も関係ない、あなたが好き!』と言われているといったところだ。



 とは言っても『お、俺も……ビアンカが好きだ!』と返した俺はもう勇者レベルだと思う。

『嬉じい"ぃぃぃ!!』と思い切りハグされ、今度は本気で白目を向き、泡を吹いたのも良い思い出だ。



 それにビアンカは「真実の愛」の見極め方において、見事に全て当て嵌まっていると気付いた。感謝なんてしないが、かつての婚約者が言っていたことは強ち間違いではなかった。


 今度はよその(オス)にではなく、()()真実の愛が芽生えたと言われたことで、なんとなく前世のトラウマが浄化されていくような気がした。




 付き合い始めてからもビアンカとの生活は変わらなかった。


 今までの暮らしに、甘さと、拷も……ん"ん"っ! スパイスが加わったくらい。基本は頬に強烈なキスパンチ程度だが、ビアンカのラブ度が高まると頭半分食べられるような、イメージは馬に涎まみれにされるやつ。まさに、物理的に愛に溺れそうになるディープな体験ができる。


 そんな、慣れれば可愛い……かもしれない愛情表現を受けるのみである。

 

 それにその行為はマーキングにもなる為、竜の臭いをつけた俺は、竜族以外の肉食獣に襲われる心配が格段に減るのだ。

 お陰で髪はスーパーサ○ヤ人並みに常にパリッパリ。



 ビアンカは竜ではあるが、狩りをする時のドン引くほどの形相を除けば、案外普通の人間の女子のようで、あまり違和感もなくもなった。慣れというものは時にすごい力を発揮するようだ。

 

 たまにケンカをする日もあった。だが、当然即座に俺が謝るので、長引くこともまずない。


「いのちだいじに」はまさに名言。



 こうして俺達はプラトニックで健全な関係のまま、長い年月を過ごした。


『まるで二人きりの世界みたいね』をリアルに体現した形である。




 しかし、そんな日々も永遠ではない。長命な竜族よりも、この時代の人間は長生きはできないからだ。


 自分の正確な年齢はわからないが、俺は長生きと言えるほどには生きたと思う。もう、こんなにシワ枯れた年寄りでは食べるところも少ないだろうけど、毎日世話をしてくれるビアンカに『一思いに食べてくれて構わない』そう言ったことがあった。

 

 そう言えるくらいにはビアンカに情は持っていたのだ。


 もちろん、ビアンカは『あなたが死ぬまで……いいえ、死んでもずっとそばにいる』と言って聞かなかった。


 まもなく俺の寿命は尽きるだろう。不思議だがそう思った。


 ビアンカもそれを感じ取ったのか、食事も摂れなくなってからは、俺を抱き込んだままそばを離れなくなった。



「タクト……私とずっと一緒にいてくれてありがとう」

「それは俺のセリフ、だろ? ビアンカこそ、俺を……守ってくれてありがとう。俺、孤独に死んでいくと思ってたから、ビアンカと出会えて良かった」



 ゆっくりとしか話せないが、ビアンカにこれまでの感謝を告げることができた。


 出会いこそ恐怖だったが、概ね希望通り、なんだかんだのびのびと自由に生活できた、と思う。色々とそう思うよう捻じ曲げた部分があるのは否めないが。


 こうして天寿を全うできるなんて、前世が人生半ばも迎える前だっただけに、幸せなことだと思う。



「私もよ。もしあの時、お腹が空いていたらタクトを丸飲みしていただろうなって思うと、満腹まで食べておいてホント良かったって思ってるわ」

「……そうか。それは、ホント良かったよ」



 やっぱり、初対面で俺は「エサ」と同等だったんだな。まぁ、今では『食べちゃいたいくらい大好き♡』と言われても『ははは。俺はエサじゃないぞ』と返せるくらいには、鉄板ネタと化しているから気にはしていないが。



「それに両親や一族から忌み嫌われていた、この色の私を『キレイだ』って言ってくれて、すごく嬉しかったの」

「俺から見たらビアンカが一番キレイだ。他の……やつら、なんて気に……するな」



 なんだか急に眠くなってきたような気がする。お迎えがきたのだろうか?



「タクト……? 待って! もう少し待って! 私を置いて逝かないで!」

「ビア……ン、カ……ごめ、んお迎え、みた、いだ」



 ビアンカのカッチカチの胸に抱かれながら、俺はまもなく天寿を全うするだろう。


 竜族はツガイが死ぬと、残された片方はツガイの亡骸から離れず、自分もそのまま衰弱死するまでいるそうだ。残念だが、腐敗は確定だ。

 

 ビアンカにはそんな風に苦しんで欲しくなくて、事前に何度も説得は試みたけど、結局これも最後まで縦には頷いてくれなかった。


『来世も必ず一緒になれるように、絶対にそばを離れない!』と言ってくれて、正直俺は胸が震えた。最後の最後で種族を超えた愛情が、本当の意味で俺の胸にも宿った瞬間だった。

 

 今、心の底からビアンカが愛おしい。これが『真実の愛』ってやつだったのか……。



「せめて……俺がビアン、カと……同じ、竜族だったら、子孫を、残して、やることも、できたのに……ごめ……ん、な」



『愛してる』と最期になんとか告げ、もう瞳は何も映さなくなった。


 鼓動も凪いだ海のように、静かに、ゆっくり……更にゆっくりとした動きになっている。瞼が重く感じ、次第に閉じていく――



(あぁ、好きな女に愛し、愛されて……中々良い人生だった……。俺の心を救ってくれてありがとう、ビアンカ)




 沈みゆく意識の中、ビアンカのすすり泣く声だけが聞こえる。さすってやりたくても、手はもう動かせない。



「……っ! タクト……。私達は()()()()()()だから無理なのに、そう思ってくれていただなんて、うぅっ……嬉しい、うわぁぁぁん!」












(え!?)



 あれ? ちょっとストーップ! これって巻き戻しできませんか? 今なんか「オス」って……いやいや、聞き間違いだな、うん聞き間違い。



「来世では、私ちゃんと()()()()()()()()()()願うから、絶対に迎えに来てね……? 来なくても私から突撃しちゃうから……ラブ イズ フォーエバーよ。グスッ」



()()()()()()()って、ちょっとビアンカさん!? どういうこと!? ビアンカさーん!! 中継先のビアンカさーん!!! ごめん、それは聞いてなかったぞ~!!)





 空からほんのり笑顔を浮かべた阿弥陀三尊とざっと20人はいるであろう菩薩が雲に乗りやって来て、俺の手を引き、あの世へと連れて行こうとしていた。

 少し抵抗したせいか、両腕、両足までがっちり持たれてしまい、人間神輿状態にされてしまっている。


 

 ちょっ……力強くないか!? 仏様の超人パワーなのか、暴れてもビクとも動かない!? 一人だけ眼鏡を掛けた菩薩がこっそり『ワッショーイ』とか言ってるが、この人も菩薩なのかどうかは疑わしい。

 

 

 うおぉぉ、魂が抜けていく! ちょっとお迎えはまだ待って! 頼む!! 永遠の愛の前に『真実』が知りたいだけなんだ! おいってばー!! 後生だから!!!



 せめて最期に一言だけ言わせてくれ!








 ビアンカー! お前「オス」だったんかーい! 



 その「真実」は聞いてないよ……




 


END

※この作品は性差別や宗教批判をするものではありません。全て架空であり、あくまで創作上のものとしてお読み頂けると幸いです。


宜しければエネルギー源の☆評価を頂けますと幸いです!

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