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5. 絶望をつきつけられて

 ぼんやりと開けたグラーニャの目に、淡い藤色の天蓋が入ってきた。グラーニャはいつのまにか、自室の寝台に横たわっていたらしい。


 胸がむかむかして、気分が悪かった。ゆっくり身を起そうとすると、さっと誰かが寄り添って背中に手を当てる。グラーニャ付の老侍女ネリウだった。



「ばあや? わたし……」


「おいたわしや、小さな姫様。お食事の時に倒れられたんですよ……。お加減はどうです?」


「……頭が痛くて重いの。水をちょうだい」



 手渡された杯の水を飲み干すと、あの時の情景が徐々に思い出された。



「わたし、ものすごく驚いたの。姉さまが結婚するって聞いて」


「ええ、ええ、そうでしょうとも。大切なお姉様のことですからね」


「でも……。何だか、よくわからなくなってきちゃった。ネリウや、姉さまのご結婚相手が誰だか、あなた知っていて?」


「いえ、ネリウは存じません……」



――そうだ、聞き間違いだった可能性だってある。



 似たような名前の騎士は幾人かいた気がするし、あまりにオーリフのことばかり考えすぎていたから、ついそんな風に聞こえてしまったのかもしれない。


 薬湯を少しもらって、グラーニャは横になり目を閉じた。



――休もう、少し休もう。オーリフの夢が見たい。



 薄い天蓋幕が下ろされたらしい。まぶたを通しても、明るさが落ちたのがわかる。ネリウがかちゃかちゃと器を片付ける音が小さく聞こえ、次いで密やかに扉の開く音がした。



「様子はどう?」



 低い囁き声は母だ。



「先ほど目を覚まされて、少し薬湯をお召しに。また眠り込んでおられます」


「そう……。あの年頃の娘は、ちょっとしたことで色々と動揺したり、簡単に臥せってしまうのだから、気を付けなければ」


「あのう、お妃さま。小さな姫様に、ディアドレイ様のご結婚相手のことを聞かれたのですが」


「……オーリフ様のことを?」



――ああ。何だ、聞き間違いじゃなかった。 



 グラーニャはむくりと体を起こし、敷布と天蓋幕とをはねのけて外に出る。母と侍女はぎょっとした。



「違う!」


「グラーニャ、あなた一体どうしてしまったの? 具合が悪いのだから、お床に横になっていなければ……ねっ?」


 おろおろとしたように、母が両手のひらをひらつかせて言う。けれどそのしぐさが、かえってグラーニャの感情をあおった。そんな、子どもを扱うしぐさなんてやめて!! ちゃんと恋人のいる、このわたしに!



「違うんだったら!」



 ぼろぼろと涙があふれ出て、喉が詰まった。



「何かの間違いなの、母さま! あの人は姉さまと結婚なんかしない。……あの人は、オーリフは、このわたしがいいのだから!」



 母は窪みがちになった目を大きく見開いた。 


 自分そっくりのみどりの瞳から、射抜かれるような視線を打たれ、グラーニャはぶるぶると震えながら立ち尽くす。


 つっ、と鼻水が垂れる。それではっとしたように、老侍女がグラーニャに手巾を差し出してきた。


 その布で顔の下半分を押さえた時、母のこわばった顔が徐々に冷静さを取り戻し、塑像じみた固い表情になるのがグラーニャに見えた。



「このことは、わたし達だけの秘密にしておきましょう、グラーニャ。オーリフ様は優れた方ですから、あなたが憧憬を抱いても不思議はありません」


「でも!!」 



――違う、わたしだけの恋じゃない。あの人はわたしを抱いた、幾度も幾度も、この寝台の上で、たった一日前まで……!



「あなたがオーリフ様を想っていたとは、まったく知りませんでした。……けれどそれを理由に、お話をなかったことにはできません。お父さまも仰ったでしょう? これは貴族宗家と執政官全員が、長い間話し合って決めたことなのですから」



 つ、と手を伸ばして母はグラーニャの頬に触れた。



「可哀そうに、この年で……。痛ましい」



 しわの寄った唇を引き結ぶと、母は頭を振った。



「母さま。……オーリフは、このことを……もう知っているの?」



 目の奥が痛い。



「ええ、内定が出たのが一昨日だったから、本人はもちろん知っているはずですよ。そもそも一年以上も前から、騎士団内々で次の傍らの騎士への募集をかけたのに志願してきたのですから。ディアドレイとの結婚も含めて、ご自身もよくわきまえていらっしゃいます」



 腰の力が抜け、足元がぐにゃぐにゃになった気がして、グラーニャはへたりこんだ。


 その両肩に、何も知りえない母は優しく手を置いた。



「諦めなさい、グラーニャ。……すべて、忘れるのよ」



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