4. 王室の正餐
テルポシエ王室の昼の正餐は、家族四人が一日のうちで唯一顔を合わせるひとときであり、またグラーニャが両親の口から国政や状況についての“正しい”情報を教えられる機会であった。
父が執務を行っている部屋の隣、中広間は明り取りの窓も小さく、真昼間なのに蝋燭の灯が要る。厚い石壁の内側は、晩春でも冷えびえとしていた。
海老と野菜の煮込みを食べ、白ぱんで皿をぬぐったあたりで、父が沈黙を破った。
「グラーニャ」
その第一声が自分に向けられたものだったので、グラーニャは驚いて水の入った杯を取り落としかけた。
「お前だけには知らせていなかったが、大切な話がある」
いつも疲れたような顔をしている父は、でっぷり太った体を大儀そうに反らせながら言った。
「なんでしょう?」
「お父様はとうとう、あなたのお姉様の即位を発表なさいました」
母が引き継いだ。
「本当に!? すごい、姉さま! おめでとう」
グラーニャは食卓の向こう側にいる姉に、素直に笑いかけた。
姉はほんの少しだけ瞳を上げてから、すぐに無表情にうつむく。
「ああそうか。だからここのところ、姉さま忙しかったのね」
「貴族の宗主と執政官とで、長いこと協議を続けて来た。ディアドレイを次期女王として即位させ、同時に傍らの騎士との婚姻を執り行う」
「え?」
グラーニャはどきりとして、姉の顔、父の顔を見回す。婚姻??
「姉さまが結婚するの!? ちょっと待って、傍らの騎士って……」
白いものが混じった褐色の口ひげを揺らして、父は笑った。
「ミルドレではないよ。あれは、私の傍らの騎士だからね。ディアドレイは騎士団の中から選ばれた、自分の傍らの騎士と結婚するのだよ」
≪傍らの騎士≫とは、テルポシエ宮廷に特有の地位である。
その名の通り、王あるいは女王の傍らに常に侍る最も優秀な騎士であり、時には摂政ほどの権限をも与えられた。
テルポシエの宮廷に侍る騎士は、ほとんどが貴族宗家からの出身者で占められており、傍らの騎士もその中から輩出されることが多かった。ミルドレは父と同齢の中年の騎士であり、宮廷の執政官とともに父を補佐している。
「そいじゃ、重ねておめでとうだわ。姉さまのだんな様って?」
「ターム家のオーリフ様ですよ」
母がにこにこして言った。
「文武に秀でたあの方なら、安心してテルポシエの未来を任せられます。……あらグラーニャ、どうしたの? そんなに驚いたの?」
グラーニャは息ができなかった。
次いで、耳をつんざくような金切り声が聞こえた、――それは自分の叫びであった。視界がちかちかとまたたく星々で埋め尽くされ、そして急に暗闇に包まれた。