【完】グラーニャとゲーツ
短い冬の日が暮れようとしていた。
こんなに晴れ上がる日は、じきに珍しくなるだろう。
外壁の上でいつも通り歩哨に立つゲーツは、白く乾いた息を吐く。濃さを増していく紺色の空のかなたに、橙色の夕陽が沈むところだ。西の浜に広がる塩田の姿は、もう暗さにまぎれて判別できない。
「交代だよ、ゲーツ」
同僚の野太い声がして、ふと我に返った。夕刻の鐘が鳴ったはずだが、聞き逃していたらしい。同僚はゲーツのことなど気にも留めず、さっさと定位置につく。
きびすを返し、十数歩離れたところで、ゲーツは立ち止まった。
もう一度穏やかな海、そして紺色の空との境界線をそこから見やる。背後に気配を感じ、次いで右の肘に軽く手が触れて、ゲーツは脇を見下ろした。
「どうした」
ゲーツにだけ聞こえる低い囁き声で、グラーニャが言う。
寒さ除けの頭巾を後ろにしてまっすぐに見下ろすと、黄昏の淡い光の中、翠色の双眸が笑っている。騎士達と塩田の見回りに行って来た帰りなのだろう。グラーニャは乗馬装の上に、暖かそうな外套をきっちりと着込んでいる。
ゲーツも口角を上げて見せたが、何も言わない。
いるべき場所、いたい場所にたどり着いた喜びをかみしめていた。
それを伝えるには、グラーニャにうまく伝えるためには、顔も唇もかじかみ過ぎている、と思ったからだ。
時間はある。ゆっくり伝えればいい。
もう一度、グラーニャがぽんとゲーツの右肘を叩いた。
「さあ行くぞ、ゲーツ」
「……はい」
今度は小さく、しかしゲーツは確かに答えることができた。
【完】
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皆様こんにちは、作者の門戸でございます。
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本作品は「海の挽歌」本編にさきがけて、一番初めにノベライズを試みた部分でした。悪役的位置のマグ・イーレ勢が、どのように構成されたのかを知るサイドストーリーです。書いていた当初は、本編を全部小説にするとは全く考えていませんでしたが……。
≪白き牝獅子≫グラーニャ・エル・シエ、傭兵ゲーツ・ルボ、キルス侯ウセル侯ニアヴ妃およびマグ・イーレの面々は、本編その他に還って来ます。特に今回プチヴィランだった、ランダル王の活躍が各所ですさまじいので、この先もご期待ください(笑)。門戸のXでは毎日会うことができます。
以降もぜひ、「海の挽歌」シリーズ作品に触れていただければ幸いです。
門戸




