3. 浜への遠乗り
天気が良かったので、乗馬の稽古は浜への遠乗りになった。
八人の娘たちと教官ふたりに加え、若手の騎士四人が護衛につく。貴族の子女ばかりなので、間違っても粗相があってはならないのだ。
だいぶ前になるが、貴族の娘が賊にさらわれて帰って来なかったことがあったらしい。以来、稽古でも市壁の外に出る際は、必ず騎士数名が同行するようになっている。
オーリフの姿は見えず、グラーニャはがっかりした。そんな自分が不思議にも思えた。
――ゆうべ、あんなに近くにいたばかりなのに。
それでも遠乗りはいつも通り、気持ちがよかった。
紺色の海面に白金の陽光がきらめき、乾いた海藻の臭いが鼻腔を刺す。振りあおげば、がっしりした白亜の城が市壁の後ろに見えた。波打ち際には、振り網を投げる老人や、貝を拾う子どもたちの姿がちらほらと目につく。漁はもうとっくに終わっている時間だから、埠頭へ向かう小舟の姿もない。いつも通りの風景だった。
背の高い騎士たちの軍馬を追い越す挑発もせず、教官の声にあわせて静かに常足速足を使い分けているうちに、もう帰城していた。おなじみの白い牝馬のたてがみを梳いてやり、厩を後にするところで声がかかる。
「ねえ、姫様ってば」
グラーニャが振り返ると、呼びかけてきたのは友人のウルスラだ。
「大丈夫? 朝からずっと、ぼうっとしているみたいだったし……。それに全然喋らないんだもの。何かあったの?」
グラーニャは首と肩とをかしげてみせた。――何かあったかって? 大ありだ、あのオーリフ・ナ・タームが恋人になった! そのオーリフのことが、もういっときも頭から離れない。けれどグラーニャは、それを皆に気取られないようにしなければならない。
何せ自分は、イリー都市国家群“東の雄”テルポシエの第二王女なのだし、相手は近衛騎士団の中で頭角を現し始めた、ターム家の若侯オーリフなのだから。
周囲でかしましく喋る他の娘たちの声が、どこか遠くから聞こえてくる音楽のようだ。グラーニャは笑ってみせた。
「何でもないの、ゆうべちょっと眠れなかっただけ」
ウルスラは目を細めて、グラーニャを見据えた。
「それにしては、綺麗すぎる」
ぎくりとした。
「お化粧もしていないのに。今までの姫様とは、別の女の人みたいに見える」
何故か、オーリフの腕の中でさらけ出した自分の姿態が思い出されて、頭にかあっと血が昇るのがわかった。
「ごめんなさい……、正餐があるから。わたし、行かなくちゃ」
文字通り、グラーニャはその場を逃げ出した。ウルスラの視線が背中に突き刺さるのを、まじまじと感じ続けながら。