表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

29. マグ・イーレ王妃たちの野望

 正午を回りかけた所で会議はようやく解散となり、マグ・イーレ騎士の面々は騒がしく広間を出て行った。代わりに女たちが数人、きびきびと入って来て、乱立した腰掛や椅子の整理を始める。



「お昼の準備は……」



 マグ・イーレ正妃ニアヴは言いかけて、革の書類入れを持ち直しながら頭を振った。



「テイリーに任せたんだから、大丈夫だわ」



 布帳面の束と筆記具の入った包みを持って、第二王妃グラーニャもニアヴの後を追う。



「そうだ。ニアヴは、ニアヴにしかできない仕事を全うする時が来たのだ。他の色々は、皆に手伝ってもらって任せておけ」



 二人は広間の後ろにある、あのへやに入っていった。


 天蓋付きの寝台を処分してしまったから、室は全く見違える外見となっている。中心に据えられたごつい机の上に書類入れを置くと、ニアヴは大きく窓を開けた。ここは今現在、マグ・イーレ正妃の執務室になっている。


 グラーニャは窓辺に近寄り、そこから見える空を見やる。穏やかな初冬の陽光が、心地よい冷気とともに彼女の頬をなでた。



「換気はとても大切なのよ」



 ニアヴが言う。



「古く淀んだ空気は、元気な人でも病気にしてしまうからね。家には、まめに風を入れなくては」



 これはもちろん、夫への当てつけだ。少し前、ランダルは体調不良を理由に、国政への関与を少々休むと言い出した。以来第三妃ミーガンと一緒に、離れに引きこもっている。そして息子たちを巣立たせたニアヴが、その元首代役を≪しばらくの間≫引き継ぐことになったのだった。



「結局のところ、あなたの恋人は誠実に寝返ってくれたのよね」



 王妃ふたりは、窓際に肩を並べて立った。



「王が、二手に分かれてテルポシエに行くことを提案した時から、これはどうにも手を出してくるんだろうな、とは思っていたわ。ディルト侯も、まさかエノと通じていたとはね……」


「実際にはディルト侯も含めて皆、エノに馬鹿にされていたということなのだがな」


「本当にね。でも海賊どもが、遠巻きに船を進めてついてきた時は、さすがに怖かったわよ? 少し荒れてきた中を、船長さんが飛ばしに飛ばしてくれてねえ。船が海中でばらばらになるのが先か、海賊に捕まるのが先か。ニアヴ史上最大の冒険だったけど、途中でふいっと追手が消えちゃって。帰港してから、ようやく皆そろって吐いたんだったわ、あはは」



 ニアヴはこの経験を、よっぽど気に入っているらしい。


 海賊の出現を目の当たりにしたニアヴは、マグ・イーレの埠頭に到着するなり、真っ先にグラーニャとキルス、ウセルを呼びつけた。


 不穏な動きに備え、留守役の騎士と馬、傭兵たちを武装させ、闇に眼を慣らすべく港と市壁外に待機させておいたのはグラーニャだった。


 陸路のランダル一行が、何らかの災難に遭った時に備えてと強調したのである。何もなかったらなかったで良い、とグラーニャは騎士・傭兵の面々に頭を下げた。



――そして、その読みが正しかったと判断された。



「ゲーツさんがうまく立ち回ってくれたおかげで、だいぶ駒が揃い始めたわ。……でも彼、この先もわたし達の側にいてくれると思う? キルスやウセルのように」


「あいつは多分、大丈夫だと思う」


「がっちり、繋ぎ止めておいてね。グラーニャ」



 ふふん、とグラーニャは鼻で笑った。



「エノの間諜だったことは、ひた隠しにしたいようだから。俺たちも十分に気を付けて、気づかなかったふりを続けよう。でも、あいつは根が悪いやつではない。海賊山賊に明け暮れる悪党生活は、すぐに嫌気がさしたろうな」


「何言ってるのよ? わたしとあなただって、十分に悪党じゃないの」



 うふふ、とニアヴは屈託なく笑って、グラーニャの肩をぽんと叩いた。



「ご近所の皆さんが知らぬ間に、貧乏国は着々と力を蓄えていくのよ。……そして良いきっかけさえあれば、ある日突然、理不尽な戦争だって始められる」


「嫁の実家を、吸収したりするのだな?」


「テルポシエの大きな港は、何としても欲しいわ」



 グラーニャの腹がぐうと鳴って、ニアヴは口角を持ち上げた。



「野望を持つと、腹が減るのだ」


「それ、どこの格言?」



 笑いじわが深くなり、ふっとまなざしに慈しみが満ちた。



「あなたがマグ・イーレに来てくれたこと。わたしは誰よりも感謝してるわ。グラーニャ・エル・シエ」



 肩に置かれた手に、少しだけ力が入った。



「俺を生かしてくれたのは、ニアヴ・ニ・カヘルだ」



 ぶにーん、と鳴き声がして、窓の端に太いしっぽがちらつく。


 次いで城猫こうしが、巨大な頭をのぞかせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ