26. クロンキュレンの追撃
疲れた馬をなだめなだめ、本格的に上がってきた曙光に照らされた丘陵をゲーツは行く。と、草地の向こうに人影が見えてきた。
マグ・イーレの騎士達とエノの賊一団が、先ほどぶつかり合った地点のようだ。幾人かの歩兵が、倒れた男達の間を行き来している。
「ゲーツ!」
呼ばれた方へ視線をやると、ジーラが手を振っていた。騎士達の後ろに便乗して来たのだろう。近づくにつれて、立ち歩いているのが同僚のマグ・イーレ傭兵らばかりとゲーツに知れる。
「無事だったんだな、よかった! お前のことをみんな心配してたんだ」
返り血を浴びた顔が、無邪気に喜んでいた。
「ここはもう、終わったところだ。お前、先に進むつもりなら急げよ!」
周辺に伏しているのはほとんどがエノの賊兵ばかりで、見覚えのある黒い矢が刺さっている。泡を吹いている奴が多かった。
「馬どもにはかわいそうだが、全騎二人乗りで来たんだ」
ゲーツとすれ違った時に二手に分かれたまま、隊は両側からエノ達に向かって進んだ。そこで手綱を傭兵に預け、騎士らが中弓で集中射撃を浴びせたのだ。それだけで相当数を減らすのに成功した。
全く予期しない不意打ちに、エノ達は旋回して後戻りに入った。マグ・イーレ軍はその場に傭兵たちを下ろして落馬した者との白兵戦をまかせ、身軽になった騎士だけで、追撃に向かったのである。
「ハナンのやつは、賊から奪った馬に乗って行っちまったよ」
つまりマグ・イーレが、グラーニャが、迎撃から追撃に転じているのだ。
ゲーツは、再び馬を走らせる。
途中、背中じゅうに矢が突き立って針ねずみのようになったエノ側の死体を五・六体も見かけた。
――あいつ、グラン、追いつきやがった!!
ゲーツは嬉しかった。こんな躍動感で胸が満たされたのは、一体どのくらい振りだろう?
そうしてついに、自分が越えてきた林の端がみえる。
そこに鋼色の騎士たちがいた。真っ白な姿がすぐに目に入る。少し落ち窪んだ林の始まりには、陽光によって立ち昇った乳のような濃い霧が立ち込めていた。
「ゲーツさんじゃないですか!」
素っ頓狂な声が上がり、一騎が近づいて来る。眉間のところにある留め金を外すと、キルスの笑顔が出てきた。少し後ろから、真っ白なグラーニャも近寄ってきた。
「早かったな。王は城に届けて来たか」
ゲーツはうなづいた。
「こっちは残念ながら、頭を取り逃がした」
不満げな様子で、グラーニャは林の方を示す。これだけの濃霧では仕方ない、とゲーツは思う。
「近衛騎士団はどうなったのだ?」
「……自分は最後まで見ていないんですが、街道で囲まれての混戦になったので」
さすがにここで、たぶん全滅です、とは言えなかった。
「そうか。キルス、このまま街道に上って、確認に行くか」
「さいですね、グラーニャ様。ゲーツさんは帰城して、ニアヴ様に報告してください。馬がかわいそうなくらい、へたれてますよ」
――ニアヴ妃の船は、無事に到着していたのか!?
「……誰かに馬を代えてもらって、一緒に……」
「お前も相当にへたれているぞ。いいから帰れ、また後でな」
「……」
「指揮官の言うことを聞くのだ。ゲーツ」
何となくの苦笑が出てしまった。
キルスが他の騎士たちに向かって行った時、ゲーツはグラーニャにすれ違いざま、こう言ってやった。
「……ものすごく、かっこいい」
マグ・イーレの白き牝獅子は、羽飾りを揺らし、鎖帷子の内側でふふんと不遜に笑った。




