表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

25. 絶体絶命の曙光前線

 全員が武器と外套をひっつかみ、厩へと走る。


 ともかく王の馬に鞍をつけてランダルを乗せ、ゲーツ自身は一番最後に残ったのにそのまま飛び乗ると、近衛騎士らの後を追った。


 重い夜の闇の中、北の方角に火が上がっている。村の者たちは無言で夜道を駆け抜け、南にある林へと逃げ込むつもりらしい。


 彼らを護って賊と戦うのだとばかり、ゲーツは思っていた。しかしランダル王と近衛騎士達は、一目散に西を目指す。



――まさか、マグ・イーレまで逃げ帰る気か?



 確かにここは、マグ・イーレ領ではない。しかしガーティンローの騎士らがやって来るまで、いや村人たちが安全な所へ行きつくまで、何故時間稼ぎをしないのだろう、とゲーツはいぶかしんだ。こういった状況では国籍を越え、野盗山賊の狼藉から一般市民を守ることこそ、イリー騎士の基本行動ではないのか。


 街道を駆け、見晴らしの良い高みに出た所で、一行は馬の足を緩めた。今までいたあの村に、炎のちらつきが見える。だが、全ての家々が派手に燃やされている、というわけではなさそうだった。


 それよりも、点々とした松明の灯りが、街道沿いにこちらを追いかける形で続いている。



「全力撤退!! 陛下を囲んで、マグ・イーレまで疾走」



 近衛騎士長、ディルト老侯の硬い声が響いた。



――はあ? 何てことを言うんだ、あほじじい。夜通し駆けて、馬をつぶした所でたどり着けるかどうかの距離だぞ?



 ゲーツは珍しく胸の中で毒づいた。


 守るべき王が一番の足手まといであることは、誰の目にも明らかだった。普段遠乗りなどなかなかしない人間が、明かりもない道を行く、しかも早駆けするというのは無理がある。


 夜更け、ランダルを取り巻くようにして走ってきた一行は、目に見えて速度を落としていった。最後尾にいるゲーツには、追手との距離が刻々と迫っていると感じられる。


 道が蛇行し始めたあたりで、いよいよ差が縮まった。向こうの気配はやたらに多い、三十騎から四十騎もいるのだろうか? 対してこちらは、たった十騎しかいない。



 あっははははは……ひゃっはー!!!


 賊たちの野卑な叫びと笑い声が、近衛騎士たちを絡めとるように響き渡る。



「おい、皆、そこの曲がりで止まりなさい!!」



 蛇行する上り坂で、ランダル王が金切り声を上げた。これまでのぼそぼそ調と打って変わって、わかりやすい。


 坂の切り返し点の前と後、お互いに最低限の距離を置く形で、近衛騎士団と賊とは対峙した。



「何者かッ」



 荒い息の中で精一杯の威厳を込めつつ、近衛騎士長ディルトが叫ぶ。



――ああ、こりゃまずいだろ。



 ゲーツは素早く、覆面布を目の下まで引き上げた。山賊相手に名乗りを上げるのは馬鹿げている。そして賊が応じて名乗り出た場合は、間違いなく自分の知る限り最悪の相手なのだ。



「身分の高いお偉いさんなら、まずは自分から名乗っちゃどうだい?」



 よく通る低い美声が、からかうような調子で言った。


 賊の集団から一騎が進み出てきた。わずかに雲間からのぞく月の光が、その男の乗る巨大な白馬を柔らかく照らす。



「まあ、俺としてはあんたを知ってるが。初めましてランダル王。俺は『島』のエノだ」



 覆面布のうちで、ゲーツは溜息をついた。



――嫌な予感が当たっちまったよ、助けてくれグラン。



「ああ? 何だ何だ、どういうことだ。盟友よ、海上の件の報告なら、こんなまねをしなくても……」



 安堵と不安の入り混じった声で、ディルトが応じている。



「いや、その事で文句をつけに来た」



 エノの周囲で、笑いがさざめき起こる。



「あんたらに言われた通り、ファダン岬のところで行儀よく船を待っていたんだがね。ありゃ何だ? 沈まないのが不思議なくらいのぽんこつに、奴隷の足しにもならないような、もやし男どもが乗っているばかり。まさかあの貧相なおばさんが、王妃様とはがっかりだ」



 男たちの笑いが、げらげらとさらに野卑になった。



「こんな船を掠奪したり、沈めるなんざ時間と労力の無駄でしかない、と思ったんだ。だから計画を変えて、王様を捕まえに来たんだよ」


「何と……」



ここだけランダル王はぼそぼそと驚いている。つぶやいた王を、賊の首領はまっすぐ見つめたらしかった。



「あんただって、一国の主だ。ひっ捕まえてつつけば、マグ・イーレは身代金を出すだろう? いいや、国そのものを代わりにもらい受けたっていいんだぜ」


「……!!」



 王は極度の混乱に陥ったらしい。金切り声ともうめきともつかない音が小さく聞こえたかと思うと、馬の鼻先を変えて、ランダル王はまっしぐらに闇の中に駆けだしていった。


 それを見て、ディルトは叫ぶ。



「退け――ッッ!!」



 もう、隊形も何もあったものではない。王を追うようにして近衛騎士たちは駆け、それに少しだけ後れてゲーツが続く。そしてエノたちの喧騒が、楽しむように騒がしくついてきた。ゲーツは頃合を見て、街道の脇にそれ、木々の間を縫うように進む。


 マグ・イーレの近衛騎士達はすぐに追いつかれ、馬上での交戦が始まった。


 ゲーツは当初、多少の希望を抱いていた。近衛の八人が全員キルスなみの才覚を持っていれば、切り抜けられるかもしれない。


 しかし、その期待は完全に間違っていた。


 エノの荒くれ男たちが振り回す長剣に薙ぎ飛ばされ、あるいは投げられた鎖に絡め捕られ、近衛騎士たちは次々に落馬していく。最後に残ったディルトたち三騎は、果敢にも旋回して迎え撃とうと試みたが、あっと言う間に十数騎に囲まれて姿すら見えなくなり、胸の悪くなる断末魔が響き渡った。


 しかしその隙に、ゲーツは脇道を突っ走って王の元へ追いついた。



「お、お、お、お前っっ……私を……私に、触るなあっ、……」



 もはや半狂乱になった王は、馬の背にしがみついているだけだった。そこにひゅうん、と風を切る音がする。



「ひゃあああ!」



 馬が後ろ脚立ちになり、王の体は宙に躍った。


 ゲーツは、その手首を引っつかむ。


 そのまま無理に自分の前に引き上げて、荷物のように載せると、林の奥へと入った。


 王はうつぶせに、馬の背にへたれたまま動かない。右腕に小さめの矢が刺さっていて、その衝撃で気絶しているらしい。何という厄介な荷物だ。


 それでも、ゲーツは前に進んだ。木々の合間を縫って、やがて草地に抜ける。そこで馬に声をかけて、徐々に速度を上げていく。なだらかな起伏の遥か向こうに、マグ・イーレの灯りがうすぼんやりと見えていた。



――リラさんちの石小屋はとっくに過ぎている、いけるかもしれない。



 ゲーツは馬を励まして、疾走させた。後ろからはやはり喧騒が聞こえてくる、振り切るまではできなかったのだ。



――俺はいったい、何をやっているんだ。



 汗が目に入った。たくましい馬の背も汗で濡れ、ゲーツの内腿もじっとりとして気色が悪い。



――このおっさんをひと思いに殺して転がしておけば、エノにやられたと誰もが思う。俺は独りマグ・イーレに逃げ帰り、グランと仲良くやればいい。



 ずるり! 王が落ちそうになり、ゲーツは慌ててその帯を支えた。



――あるいは回れ右をして、エノにランダルを突き出せば、こっそり裏切ったこともふいにしてくれるかもしれない……。俺は勝ち組の海賊様の側に戻れる、ってわけだ。



 手綱を再度、強く握りしめる。


 視界いっぱいに世界が広がった、ごくわずかな曙光の明るさを感じる。もう、夜明けが迫っているのだ。


 この丘を下れば、そこはマグ・イーレの始まりだった。草地を横切って街道に上がろうかと考えた時、不意に市門近くで何かがうごめくのが見えた。そして、そこには――。



「……え」



 すさまじい勢いで、十余騎の騎馬が飛び出して来た。ゲーツの方をまっすぐ目指して、横一列となり駆けてくる。


 それが、すれ違いざまにさあっと二手に分かれた。


 ゲーツは唖然とした。


 濃灰色の外套と鎖鎧、黒羽飾りのついた兜で完全武装した騎士たちの姿、その後ろには軽装の傭兵たちが乗っている。


 思わず馬足を止めかけて振り返ろうとした時、甲高い怒鳴り声が上がった。



「そのまま市門へ突っ走れ、ゲーツ!」



 そう言って最後尾を駆けて行ったのは、小柄な騎士だった。



「グラン!!」



 目の下まで鎖鎧に覆われてはいたが、それはグラーニャに間違いない。


 白銀の兜に白い羽飾りがひらめき、純白の外套が曙光に浮かぶ。グラーニャが駆っているのは、白馬のポネコだ。


 真っ白なその姿は、騎士達とともに遠ざかっていく。そしてエノ達との衝突音が、鈍く彼方で響いた。


 ゲーツはがむしゃらに走る。そしてついに開かれた門に辿り着き、怒りにまかせて怒鳴った。



「くっっっ……王を、連れ帰ったぞ!!」



 わらわらと寄ってきた守備役の同僚たちが、一瞬ひるむほどのけわしい形相である。


 久し振りに外側に放出した感情がたぎったせいで、祖母に禁じられていた呪われし汚い言葉を、ゲーツはうっかり言いかけてしまった。



――くそッッッたれ王!! この馬鹿げた荷物のせいで、俺は、俺のグランの晴れ舞台に後れをとった!!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ