22. その年の野いばら摘み
「よーし。皆、この辺で始めようか」
グラーニャのその言葉を合図に、十人あまりの子ども達が散り散りになって、街道沿いの茂みに向かっていった。
七歳から十歳の、やかましくて元気がいいのが揃っている。三人の傭兵たちは、それぞれが先のひねくれた棒を持っていて、それで野いばらの枝をぐっと引き寄せた。そこに数人の子らが群がって、恐ろしい勢いで実をむしり、肩に下げた袋に入れていくのだ。
「今年もまた、たくさん実りましたね! グラーニャ様」
収穫の喧騒から少し離れたところで、グラーニャは子ども達を見守っていた。ひょろんと長細い中年騎士キルスが、その脇にたたずんでいる。はたから見るとすさまじい高低差のある二人だが、グラーニャの頭上はるか高いところにあるキルスの双眸は、口調とは裏腹に冷徹な眼光でもって周囲を監視しているのである。
「ああ。ここの街道ぞいだけでも、十分な量の野いばらが獲れるだろう」
何がおかしいのか、少年少女たちはしょっちゅうけらけらと笑い声をあげていた。一緒にいる傭兵たちは地元の者を選んだから、これも楽しい町内行事でしかないのかもしれない。ただ今年はこれまでと違って、フィーランとオーレイがいないのが、やはり淋しかった。
「ニアヴの船は、もうテルポシエに着いたかな。フィーランも、ファダンかオーランのあたりだろうか」
「お天気がもってますからね。よっぽどのことがない限り、明日中には皆さんテルポシエにて合流できるでしょう」
「そうだな。まあ、強いて言うなら海賊に出くわすとか」
「縁起でもない」
少年がひとり、つと近寄って来る。右手のひらを掲げて見せた。
「グラーニャ様。手、切っちゃった」
「おっと」
肩に下げた袋の中から、蜜蝋の軟膏を取り出して塗ってやる。
「手袋、忘れたのか」
「忘れてないよ。でもさっき鼻かく時に取って、つけないそのままの手で枝に触っちゃったんだ」
「そうか」
「あのさあ。騎士のおじさんは、何を見張っているの?」
数歩離れた所でこちらに背を向けているキルスの方へ、少年はあごをしゃくった。
「ここは市壁の外だからな。悪い奴らが急に襲ってきたりしないよう、目を光らしているのだ」
安全第一の条件で、町の親たちから子ども達を借り受けてきたのだから。
「悪い奴らは、色んな所にいるんだよね。そいつらがいっぱい来たら、戦争になっちゃって、みんな殺されちゃうね」
声も話し方も、いかにも子どもではあるけれど、すらりと大柄な少年の目は憂いを宿していた。小柄なグラーニャとは目線が近い。
周りの大人たちの話から、意味がわからなくても漠然とした不安を吸いとってしまっているのだろう。
「攻められるような戦はしないよ」
声を低くして、グラーニャは言う。
「でもさ。もし、そうなったらどうする? グラーニャ様は、どこへ逃げる?」
挑発的とも言える少年のまなざしが、グラーニャを見据えていた。
そこでふと、グラーニャは虚に落ち込んだような気がする。
――この子は親に、そう問うてみるよう言われて来たのだろうか? だとしたら尚更、飾り立てて言う必要はない。本当のことを言えばいい。
「俺の家は、マグ・イーレだ。ここ以外に逃げる場所なんてない。その家を誰にも荒らされないよう、俺が戦を遠くに追っ払ってやる」
少年は小賢しそうな笑みをにやっと浮かべると、そのままくるりと踵を返して、収穫作業に戻って行った。
はあーーー。グラーニャの背後で、大きな溜息が吐かれた。ひょろんと長細いキルスである。
「私は、そんな日は絶対に来なきゃいいと願ってますよ。グラーニャ様を戦場に出すなんて、とんでもない」
「そうか? 俺はお前たち騎士と傭兵がいるから、安全この上ないと信じてるがな。特にキルスの横にいれば、何も怖くないぞ」
例外として、ランダル王の息がかかっている近衛騎士達、特に古い世代にはほとんど信頼を置いていないが、それがグラーニャの素直な思いである。マグ・イーレ軍は、強い。
「ふん。おだてたって、無駄ですよ」
「何にせよ、あくまで最悪の状況を想定して訓練するのは不可欠だろう? これまでみたいに」
「最悪の状況は、籠城ですよ。こちらから討って出たり、他の都市や砦を攻めるというのは当てはまりません」
グラーニャはキルスの隣に立ち、その筋張った横顔を見上げた。いつか故郷を陥落させたい、というグラーニャの野望を知っているのは、今はこの男とウセル、ニアヴ、ゲーツだけだ。
「そのうちに、とんでもない好機が目の前にやって来たらどうする?」
いい年をして、自分は時折子どもっぽくなってしまう、とグラーニャは思う。多くを教えてもらった人間の前では特に、だ。
キルスはちろりとグラーニャを見た。ほそみの顔に、やぎのような三角ひげが小さく揺れている。
「まずは、ちゃんとした専用の戦装束を取り揃えてから、おっしゃい」
グラーニャは肩をすくめ、野いばら摘みの喧騒に向かって歩く。
フィーランは旅立つ直前、自分用の武具一式をグラーニャに託して行った。
歴代のマグ・イーレ王家嫡子たちが、少年時代に身に着ける正装用の鎖帷子と白外套で、銀色の兜には白鳥の羽がわんさとついている。かつてランダルも着ていたのかもしれないが、実用に十分耐える良質なお古であった。
≪帰って来る頃には、俺にもオーレイにも、もう小さくなっているだろうから。グラーニャ、持っててよ≫
目立ちたがらない兄王子は、そんな風に言っていた。
さほど考えずに預かったが、継子達は案外聡い頭で、先回りの思案をしていたのかもしれないな、とグラーニャは思う。
――そうだ。あれを着てみるか。




