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19. マグ・イーレ宮廷の円卓みっしり会議

 数刻後。


 グラーニャは広間の全開の窓辺で、勢いよく小座布団を振っていた。 


 フィーランとオーレイの二人の王子達は、掃き清めた床の上、円卓に合わせて椅子を置いていく。上座の一番大きな椅子に小座布団を戻して、グラーニャは部屋を見渡した。


 こうして清掃がさっぱり行き届いていれば、一国の主要広間だと言うのに調度が貧弱だとか、何もなくて殺風景だとか、そんなけしからん感想を胸に抱く奴はおるまい、……たぶん。と、グラーニャはそう思う。くるり、と王子ふたりを見た。



「こんなものだな! ありがとう、二人とも」


「ねえねえグラーニャ、俺とフィーランはどこに座るの?」



 横に来たオーレイが尋ねる。第二王子のとび色髪は、本日も元気に大爆発中だ。



「ええと、お父さまの右脇に母さまが座るから、その次だ」


「グラーニャは……?」



 兄王子のフィーランも、ぼそりと問うてきた。グラーニャの継子二人はどちらもいい性格をしているが、長子の方は穏やかで、普段あまり主張をしない。十四歳、という年齢がさらに、少年の口数を少なくさせているのかもしれないけれど。



「俺は、ずっと下座の、そこの所だ」



 指さして見せる。



「何で? 俺の隣に座んなよー」



 オーレイは相変わらずのきんきん調子だ。グラーニャは苦笑した。



「そういうものだ。俺は会議に出られるだけでいい」



 今日から継子二人は、ともに公の会議に列席する。


 自分たちのことが大きな議題になる、というきっかけがあるからなのだが、彼らにはこの王家のいびつさが、いまだ掴めていないのだ。




・ ・ ・ ・ ・




 かくしてマグ・イーレ宮廷の狭苦しい広間は、騎士と王族とで満杯になった。 


 マグ・イーレには十八の貴族宗家がある。定例会議には、各家一名ずつの代表に参加してもらう決まりになっていた。実際の成年男子、すなわち騎士の数はもっと多いが、各家および分家から親子三代・二代で来られてはあふれ出てしまうからである。 


 グラーニャは円卓の下座で、ウセルとキルスの間にちんまりと挟まっていた。ウセルのでっぷりした体のおかげで、“夫”の視界から逃れられるのが有難いと思う。


 もっとも、今朝もランダル王は、彼女の挨拶をさらりと無視して玉座についたわけだが。



――俺が大人で助かったな。八つの子なら、その小座布団に、縫い針の二・三本でも仕込んでおく所だぞ。



 グラーニャは、敢えて子どもじみた空想を思い描く。


 だがしかし、心の底ではこの“夫”にそこまで深刻な憎悪を抱いているわけではなかった。憎悪と言うなら、屈辱的なやり方で自分を追い出したテルポシエの肉親と、義兄への念の方が壮絶である。


 グラーニャが来た当時、ニアヴがフィーランを妊娠していたせいなのか、ランダルは何度かグラーニャに触れていた。だが、耐えに耐えていたグラーニャが吐いた後は、声をかけることすらなくなっていったのである。



――あの頃は、最悪だった。



 食欲が失せて、何も喉を通らない日が続いたかと思えば、泣きたい程の空腹を急激に覚えた。城の厨房や貯蔵庫に忍び込んで手当たり次第に貪り、次いで吐いた。


 食べ物が見つからなかった時は、鉄の手燭台で自分の脚を殴り、惨めな現実を忘れようと無駄な努力をしたものである。そうして、月のものが全く来なくなった。


 少し後にリラに出会い、ニアヴに救われてからは少々回復したのかもしれないが、現在でも年に一・二度来るか来ないか、という調子である。


 ニアヴを手伝って継子の面倒を見るようになり、窓際・・騎士の面々に武術戦術を教えてもらうようになってから、グラーニャは少しだけ自分の人生が好きになってきた。


 壁をよじ登って、城内二階の自室にまで到達した傭兵を迎え入れたのはゲーツが初めてではないし、ガーティンローの繁華街で男性の時間を買ったこともある(あまりに高かったので、二度と足を向けていない)。


 この辺の事情を“夫”は知っているのかもしれないが、それをとやかく言われたことはなかった。その上、追放もせずとにかく国に置いてくれているのだから、感謝する気さえ湧いてくるではないか。


 だから約十年前、ニアヴがオーレイを出産した前後の時期に、ランダルが“終生の伴侶”としてミーガンを離れに迎え入れ第三妃としたことにも、それからずっとニアヴ達と別居していることにも、グラーニャは異を唱えなかった。



――あの人は、あの人なりに義務を果たそうとしているだけなのだ。……たぶん。



「それでは」



 議事役ヨール侯の声が響き、騎士たちは雑談を引っ込めて、円卓に静寂が訪れた。



「始めましょう。陛下、どうぞ」



 ランダル王は大儀そうに立ち上がった。



「マグ・イーレに黒羽の女神と、始祖の加護のあらんことを」



 相変わらずの陰気なぼそぼそ調で宣誓すると、皆がそれに倣って復唱する。オーレイのきんきん声が混じっていることだけが、いつもと違っていた。


 ヨール侯は、きびきびと議事を進めた。町の西側にある塩田の状況と最近の塩の売値、傭兵数の増減、市内で起きた軽犯罪。


 話し合いよりも事後報告がほとんどで、担当の騎士が入れ替わり立ち上がる。傭兵の件はニアヴが報告した。



「そして、本日の主要議題ですが」



 ヨール侯が再び立った。



「第一王子フィーラン様、第二王子オーレイ様のティルムンご留学についての計画詳細がまとまりましたので、予算を含め皆さまのご承認をいただきたいと存じます」



 当事者である王子ふたりをグラーニャが見ると、フィーランは緊張で青白く、オーレイは興奮で真っ赤になっている。


 これはだいぶ前から話されていたことだった。マグ・イーレには他のイリー諸国に比べて医師の数が極端に少なく、疫病や天災、有事の際の対応に誰もが不安を持っていたのである。


 そこに、突如として現れたのがフィーランの発案だった。


 文明地であるティルムンにて、最先端の医術を自分が学んでくる、というのである。はじめは呆気にとられたニアヴも、口数の少ない長男が本気で言っていると理解する。そしてオーレイも、兄について行くと言い出した。


 貴族の子弟の中にも、同様の志を持つ者が何人かいて、最終的には王子らを含め計五名の少年たちがティルムンを目指すことになった。相当の費用がかかるものの、将来的な見返りを考えれば、決して先行き不安な投資というわけでもない。



「……ということで、残る問題は旅路の安全確保です。テルポシエから発している定期通商船を利用することになりますが…」



 マグ・イーレには、ティルムンまでの長い航路に耐えうる船は一艘もない。これはマグ・イーレだけに限ったことではなく、中小のイリー都市群は、船団と大きな港を所有するテルポシエに、対ティルムン貿易を頼っていた。品物だけではなく、人間の移動にも利用することができる。


 ガーティンロー訪問時にグラーニャ個人が不本意な刺客襲撃を受けはしたものの、表立ってのテルポシエとマグ・イーレの関係は良好である。王子の留学という正当な理由があるのだから、事前に公の伝達さえしておけば、何ら支障はないと思われていた。



――まあ、テルポシエの目の敵にされている俺自身が同行すれば、暗殺するのに絶好の機会になるだろうが。



 グラーニャは内心で苦笑した。


 ティルムンに向けた次の定期通商船は、来月末に出航する。それに合わせて一行がテルポシエ入りをする算段まで、話が進められた。


 こんこん!


 硬い音を響かせて、皆の注目を集めたのはランダル王である。人差し指にはめた指輪の宝石で、円卓を叩いたらしい。



「それについてなんだけど。テルポシエまでは陸路よりも、船で行った方が安全ではないですか」



 留学計画を担当している壮年の騎士が、控えめに答えた。



「陛下、それは何とも申せません。例の海賊の被害は、水陸の両方で起こっておりますし……」


「ええ、存じてますよ。だから二手に分かれて、陸と海と並行して行ったらどうですか? 私とニアヴ正妃、王子たちと四人がかたまるよりも、分散した方が良いと思うのだけど」



 王子たちの渡航にあわせ、ランダル王は珍しく外出することになっていた。客観的に見ても、父であるマグ・イーレ王が見送りに同行するなら、テルポシエとしても丁重に接さざるを得ない。より確実に、ティルムン行きの船に乗せられる算段である。騎士たちは王の提案をおおむね妥当な策だと認め、これに賛同した。


 担当騎士と顔を見合わせたニアヴが、やや躊躇しながらまとめた。



「では、船と陸路の二隊編成で移動するよう、準備いたします」



 こほん、と空ぜきをひとつ、王は満足気である。



「まあ、本来ならご実家に帰る第二妃が、先発隊に出てくれても良いわけですが。今回は留守番をお願いしましょう」



――ふ~む! おとりに立てとは、毒の効いた嫌味だな。



 初夏にあった刺客襲撃の件について、王はちゃんと内情を把握しているのだろうか、とグラーニャは考える。


 真の仕掛け人がどこの誰だったのかは、公表されていない。しかしグラーニャ自身はウセルから、“テルポシエのやっかいな筋”とだけ聞いていた。……つまりかの国も、いまだ彼女をけむたく思っていると言うことだ。おたがい完全な敵視である。ふん、上等。



「……黒羽の女神と、始祖の加護のあらんことを」


 ヨール侯のやや疲れた声が響いて、この日の定例会議は解散となった。



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