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16. 夏至の夜の殺人

 白馬のポネコに堂々とまたがって、グラーニャがマグ・イーレに帰城できたのは、刺客の襲撃から結局十日も経ってからのことだった。


 市壁をくぐればあちこちから「お帰り」と声がかかり、グラーニャは手を振って応えている。 


 そして、城の内門ではニアヴと二人の息子、幾人かの騎士達が待ち構えていた。


 両腕を大きく広げ、何も言わずにグラーニャを抱きしめるニアヴを見て、ゲーツは胸の中が何となく温かくなる。


 そのニアヴが、自分に向けて「ありがとう」と口を動かすのが見えた。目礼を返し、ゲーツは気を付けて周辺を見ていたが、王とおぼしき人物の姿はどこにも見当たらない。



「じゃあゲーツさん、今日からまた通常勤務でお願いしますよ」



 キルスが愛想を振りまくその横で、杖を突きつきウセルも笑っていた。



「本当に万が一となるとはね。私もあの時、転げ落ちとって正解だったかな?」




・ ・ ・ ・ ・




 その晩は、夏至だった。 


 近くの村々ではささやかな夏の祭りが行われ、町の者もいなかの家族親族を訪れるので、市門は開け放たれていた。ようやく日が沈み、だいぶ夜が更けても、そぞろ歩く者がちらほらと見受けられる。


 柔らかな闇の中を、ゲーツは静かに波止場へと向かう。


 港に人の姿はなく、ぽつんと小さな灯のついた唯ひとつの舟を、ゲーツはたやすく見つけ出すことができた。


 もう一度、周囲に誰もいないと確かめてから、ゲーツは低くおとなった。


 ごそごそと音がして、小さな箱型船室の中から中背の男が出てくる。生臭い匂いが、つんと鼻をついた。



「誰だ」



 だみ声が言う。



「……志願をしていた、傭兵だ」


「ああ、あんたがそうなのか。話は聞いていたが、そいじゃとうとう調査が終わったんだな」


「……合流して、エノ王に報告をしたい。島に連れて行ってくれるか」


「おう、いいともよ」



 男はすぐさま準備に取り掛かろうとする。ゲーツも船の上に飛び乗った。



「……あんた、酒をやるかい」



 我ながら唐突と思うが、とにかくゲーツは言ってみる。



「へ?」


「……今日は夏至の祭りだって言うんで、門の所で配っていたのを持ってるんだ」



 瓶を突き出す。途端に男は相好を崩した。



「いいねえ! ありがとうよ」



 男はすぐに、瓶に口をつける。



「……喫水を下げるんだろう? この桶を使うぞ」



 ゲーツはさっさと置いてあった桶を下ろして、海水を汲み上げた。



「え? いやそれは、釣った魚を入れるやつで……喫水なんぞ、別に」



 ゲーツは男の手から、静かに瓶を取った。



「……すまない」



 男には、不審の視線を投げつける暇もなかった。


 ゲーツは男の手首と首根を瞬時にひっつかむと、その頭を海水の入った桶に叩き込む。


 必死にもがいて自由と空気を取り戻そうとする男を、ゲーツは非情な冷酷さで束縛し続けた。外傷を付けないよう、全身の筋力を使って関節の要所要所を固め上げる。


 男の膝裏を自分の膝で、捩じり上げた両腕を左脇で締め付け、右手は渾身の力を込めて海水中の男のもじゃもじゃ頭を押さえ付けていた。


 途方もなく長い時間が過ぎ、男がやがて抵抗の力を抜いてからも、ゲーツは同じ姿勢のまま待ち続けた。こわばった筋肉をじりじりと動かし、ゆっくりと立ち上がる。


 ゲーツは男の両脇に手を差し込み、上体を持ち上げると、そのままどぼんと海中へ落とした。甲板に転がっていた瓶の中身を水中に捨て、容器だけを船べりに置いておく。桶の中身も捨て、元あった場所に戻した。船室の扉の所にあった、小さな吊り下げ燭台の火を吹き消そうとして、……やめる。



――酔いつぶれた男が、火の始末をしてから海中に落ち、溺れてしまうというのも変な話だ。



 もう一度、小舟の中と海中とを見渡してから、ゲーツは岸に飛び上がった。町に向かって歩き始める。


 暗い海のずっと上、満天の星々が輝く夜空が明るい。ゲーツの視線は、橙色の小さな明かりが点々と光る、マグ・イーレ城へと伸びた。



――終わりのない職探しも、もうやめだ。



 あの明かりのどれか一つがグラーニャだろうか。それとも今日は移動の疲れで、早々に寝入ってしまったかもしれない。



――明日の晩、へやを訪ねていこう。



「猫を見せてもらうんだ。猫を」



 内心の想いに照れて、ついゲーツが口に出した言い訳の呟きを、耳に留める者はどこにもいなかった。




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