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14. 刺客

 キルスと一緒に馬の準備をしていると、グラーニャが厩舎に入ってきた。腕に大きな包みを抱えている。



「グラーニャ様。そんなに買われたんですか?」


「心配するなキルス、全て中古品だ。かび臭さを非難しつつ、大人の全五巻買いを盾にして交渉したのだ。相当に値引きしてもらったぞ!」



 二人は何ごともなかったかのように、やはり平然としていた。


 人気ひとけのない街道に出た所で、キルスはグラーニャに向かって話し始める。ゲーツはその後ろにそっと寄って、耳をそばだてた。



「ディアドレイ女王とオーリフ王の崩御につきましては、我が国に伝わった話と相違ないところを聞かされました。葬儀も内密に行い、テルポシエ領民には十日間、喪に服すことだけを課すそうです」


「後継者は、甥なのだろう?」


「はい。ただウルリヒ様は、まだ十四歳ですので。特例ではありますが、後四年間は前々王の≪傍らの騎士≫、アリエ老侯が摂政を務められるということです」


「そうか、ミルドレは健在だったか」


「さらに、気に入りませんのは……」



 キルスはそこで話を切って、ゲーツを振り返る。



「守秘義務は守ります」



 ゲーツは先制で言ってやった。三角形のあごひげを揺らし、キルスが小さくうなづく。



「……マグ・イーレの王族や騎士、傭兵の動きを牽制しろと、ガーティンロー他の諸国に暗に依頼があったようですね。一定数の動きが見られた場合は東行の道を阻み、ファダン岬を越えさせないよう圧力をかけられたそうです。ガーティンロー宮廷に侍する私の娘婿と、ウセル侯のご家人の両人より確認してあります」



 グラーニャは小首を傾げた。



「それにしては、今朝も先程も、通門で何も言われなかったが?」


「奥方様がお供をふたり連れて、買い物をしに来ただけなんですから。見とがめる手間なんてかけたくなかったんでしょうよ」



――いいや、俺たちのしょぼい出で立ちを見て、マグ・イーレの要人と思う奴が誰もいなかっただけだろう。


 内心でのみ、ゲーツは二人に突っ込んでいた……。



・ ・ ・ ・ ・




 ガーティンローの町の姿が背後に遠く見えなくなり、林中の街道をだいぶ進んだあたりで、キルスがぽつんと言った。



「嫌ですね。来ますよ」



 三人は互いの距離を縮める。


 ゲーツも、うすうす感じ取ってはいた。街道脇の木々が厚く生い茂り、なだらかに蛇行した道の見通しが悪くなり始めた頃から、背後に殺意を持った気配がちらついていたのだ。



「何人いるのだ? キルス」


「向こうも少人数ですね、三・四人かな。グラーニャ様、絶対にお怪我なさっちゃ嫌ですよ」


「お前こそ、矢の値段を気にして出し惜しみするなよ」


「この期に及んでの節約はいたしませんよ。さ、ゲーツさん、有事です。頑張って」



 そう言うと、キルスは栗毛馬の歩みを止めさせ、方向を変える。二人でグラーニャを後ろに守る形で、追手と対峙した。


 四人の騎手が迫ってきていた。


 ゲーツたちが迎え撃つ態勢を取ったのを見て、速度を速めてくる。


 右側できりり、と音がした。すっと馬上で身を高くしたキルスが、驚くべき速さで中弓を引き絞り、一投、二投、続けざまに矢を射たのである。


 ひゅん、ひゅうんと音を立てて飛んで行った矢は、両脇の騎手たちに命中した。二人はそのまま落馬して、道端に転がっていく。



「さすがだキルス、全く無駄がないぞ」


「でも半数来ますからね、はい」



 キルスは腰の剣を抜く。ゲーツも、既に抜き放っていた長剣を構えた。


 と、猛烈な勢いで迫って来ていた騎手達の馬が、ほぼ同時に足を乱した。なぜだか、その周辺に大きく土ぼこりが立ちこめているのが見える。後脚立ちでいななき動揺するのをなだめ、立て直して突っ込んでは来たものの、勢いはげていた。打ち込みはゲーツの方が早く、そして重かった。相手はそのまま後方へ吹っ飛ぶ。


 素早くキルスの方を見やれば、軽々とした太刀さばきで馬上の敵とやり合っている。グラーニャは後方だ。 


 よし、と判断して馬から降り、落馬させた奴の所へ走り寄る。


 峠の山賊、ごろつき様のなりをしたそいつは、長剣を掴んで起き上がり、ゲーツに殺意を向けている。大きく上段に振りかぶって必殺の一撃を、と見せかけてゲーツはさらっと左側に歩を進めた。ふっと行き違ったその瞬間に、右足の踵を相手の膝裏に叩き込む。



「うがっ」



 呻いて敵は前方によろめく、そこを背中から一挙に切り捌いた。そいつの着ていた褐色の外套が割れ、鮮血が噴き出して、刺客はどっと突っ伏す。


 すかさず、キルスのいる方へと走り出す。丁度、騎士が馬上の刺客を地面に叩き落とした場面である。



――これはもう、俺の出る幕じゃない。



 グラーニャの方を見て、ゲーツははっとする。いつの間に白馬から降りたのか、グラーニャは細剣を抜いて、別の敵と激しく交戦していた。 


 キルスが撃ち落とした二人のうちの一人が、隙をついて迫っていたのだ。一瞬のことだが、ゲーツは全身を縛られたようなあの感覚を再び覚えた。


 初めて会った日、自分に切先を向けた時と同じ姿のグラーニャ、……その美しさに全身が痺れ切った。無理やりに現実に戻る、彼女が対峙している男は中背ではあるが、長剣を得物にしている。あの時のゲーツと違って、彼女を殺す気でいる。分が悪い。ゲーツは駆け出した。


 その時である。グラーニャはつい、と身を引いた。


 刺客は続けて長剣を突き出しているが、ひょいひょいと立て続けにかわされ続けているうちに、何故か動きが鈍ってゆく。


 ゲーツが二人の間に割って入ろうとしたその直前、刺客はつんのめったようにして倒れこんだ。



「グラーニャ様ッ」



 女はゲーツを見た。肩で荒く息をしている。



「大丈夫だ、キルスの矢の仕込み毒が効いた」



 見れば、倒れた男はびくびくと体を震わせ、口から泡を吹いている。



「すまん、止血してくれるか」



 どきりとしてグラーニャを見下ろせば、生成り色の短衣の左袖が鮮血に染まっている。


 グラーニャはゲーツに手巾を押し付けて、地べたに座り込んだ。ゲーツも慌ててしゃがみ込む。袖をまくると、肘のすぐ下が切れている。



「上腕の所で強く縛れ」



 言われた通りにすると、「痛たたたた」と歯を食いしばる。



「……すみませ……」


「グラ――ニャ様ぁッッ」



 すっ飛んできたキルスが、甲高い悲鳴を上げた。



「大丈夫だキルス、俺は死んでいない。お前こそ無事か、刺客は全員やっつけたのか」


「ええ、ええ、ですがあなた様がこうなったとあっちゃあ……!!」


「落ち着かんか、フラン・ナ・キルス。聞け、お前は栗毛ですぐにマグ・イーレへ突っ走れ。ニアヴに言って、騎士の十名でもよこすがいい。刺客の身元をあらためるのだ。俺はゲーツに、リラの家まで連れて行ってもらおう」


「わかりました……、では、リラさんのお宅へ医師も連れて参ります。ゲーツさん、これはもう本当の非常事態ですからね、何が何でもグラーニャ様を守ってくださいよ?」



 鬼気迫る形相の中年騎士に、ゲーツはうなづくしかない。


 キルスの手を借り、起き上がりかけて、グラーニャはうめいた。



「すまん、ゲーツ。俺は平生から血が足りんのだ、……鞍を外して、黒たてがみに一緒に乗せてくれ」



 ゲーツはもう少しで、口をあんぐり開けそうになった。



「黒たてがみはウセル侯の重量に慣れてますから、グラーニャ様ひとりが増えたって大して気にしませんよ。白馬はどうします?」


「ポネコは利口だから、俺たちについて来るだろう。おっとキルス、刺客どもの馬は失敬しておけ」



 騎士の瞳がきらりと輝いた。



「はっ、では縄で引いて行きます」


「気をつけろキルス。さっき襲われる直前に、その辺にクマホコリダケを撒いておいた。馬どもはもう感触を忘れているだろうが、お前が破裂に驚いて転ぶなよ」



 クマホコリダケはどこにでもある無毒な茸だが、生乾きの状態で勢いよくつぶすと、破裂して胞子を吹き出す。いたずら小僧の必需品だが、どういう経緯でグラーニャは持ち歩いていたのだろうか。いずれにせよ、敵の馬足を乱すのに大いに役立ったものである。



「はいはい」


「あー、目が回る……」



 ゲーツはぐったりしてきたグラーニャの体を抱え込む形で、裸馬となった黒たてがみに跨り手綱をとった。



「じゃあ、また後でな、キルス。 おいで、ポネコ」




・ ・ ・ ・ ・




 ゲーツは極度に緊張していた。


 腕の中に流血のグラーニャがいる、思い切り駆け飛ばしたい所だが、それでは傷に障るかもしれない。もしグラーニャが傷付いてさえいなければ、これだけ彼女の近くに居られることを喜んでいただろうか。


 グラーニャは自力で姿勢を維持できてはいるが、時折ふらりと揺れかけるのが心許なかった。強いようで、やっぱり弱いのだろうか、この女は。



――こんな所で死なせては、駄目だ。



 ゲーツがすばやく後ろを振り返ると、白馬のポネコはちゃんとついて来ていた。


 黒たてがみを、少しだけ速足にさせる。街道を外れる頃、日はぐっと傾いていた。


 じきにリラの家が見えるという所になって、ゲーツはいよいよ降参する覚悟を決めていた。ずっと自分の中にあった違和感の正体が、ようやくはっきりしたのだと思う。



――この危うい王妃様に、俺はめちゃくちゃ惹かれている。




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