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7.

7.


 その週末、王城の上に大きな龍の姿が躍った。鱗もたてがみも白く艶やかで、纏う風は優しい。大空に踊った龍が、第一王女クレスセンシアの使い魔であることを、王都に住まう国民は皆知っている。またそれは、クレスセンシア王女のお出かけの合図であるということも。

 それからしばらくして、貴族街の一角で、火の鳥が上空を舞った。


「あれどこだ?!」

「火だから、火だからえーと」

「バカおめぇ、火の鳥って言ったらクアドラ侯爵家の当主様だろう」


 基本、彼ら庶民は面倒を嫌って貴族街には入らない。何か用事や仕事があれば別だが、そうでなければ行く必要もないし。

 しかし今日は別である。基本的にカバジェロ学院にて教師をしていてあまりお出ましになられないクレスセンシア王女が城外にお出ましになるのだ。貴族街へと行く、立派な理由になる。


 クレスセンシアは王女の装いで、王家の紋章の入った馬車でクアドラ侯爵邸を訪れた。馬車を引くのは一頭の馬の使い魔だ。羽が生えた馬であるシヘス種は、上半身のみの馬だ。馬車を引くハコブは風の属性であるが、他に大地水火と、シヘス種には一通りの属性が揃っている。

 子爵家の三男坊としては、大当たりの使い魔であった。こうして、王族の御者を務めることが出来るのだから。


≪しかしクレスセンシア様も、ああするとちゃんと王女様に見えるからすごいよね≫

「お願い黙って」


 王家の馬車は、注目されている。かぽかぽと空中を歩いている使い魔も珍しい。さらにはハコブの魔法で、馬車そのものが浮いているのだから、注目を集めないはずはないのだ。

 馬車は王城を出発して、大通りを真っすぐに進む。クアドラ侯爵家は旧くからアベイタ王家に仕える家系だから、王都にある屋敷も王城の近くになる。移動距離はそれほどなく、王侯貴族でない身であるならば、歩くことも出来る距離だ。クレスセンシアは王女であるから、こうして馬車に揺られているのであるが。

 御者を務める騎士が、ドアを開けてクレスセンシア王女のエスコートもする。それを一目見ようと、周りは人だかりなのだ。

 御者を務めている騎士のイケルが、己の使い魔であるハコブに注意を飛ばした。学院に通い、クレスセンシアのクラスに振り分けられでもしない限り、多くの国民が知っているのは、王女としてのクレスセンシアなのだから。


 馬車は侯爵家の門を抜け、馬車止めまでかぽかぽと進む。大地を蹴っていないので、その音はしない。地面に足をつけないから、ハコブは蹄鉄をつけてもいなかった。だからその音は、一切していないのだ。

 馬車には車輪もついていないから、きしむ音もしない。すべてはハコブの風にくるまれて、この馬車はとても乗り心地が良くできていた。


≪大丈夫、もう侯爵家の敷地内だ。声は聞こえてないって≫

「そう言う油断が大敵なんだよ」


 王都の住民たちは、門の前からこちらを覗き込んでいる。押し合いへし合いしたりせずに行儀よくのぞき込んでいるから、侯爵家の門番もどうしようもない。もっとも門番たちですら、行儀よくクレスセンシア王女を見ようとしている気配を、ハコブとイケルは感じていたが。

 馬車止めの向こう、屋敷の扉の前に、クアドラ侯爵家の皆が揃って待っていた。侯爵に、侯爵夫人、エルミニアに、嫡男であるその兄。

 馬車が止まり、護衛の騎士にエスコートされて、クレスセンシア王女が馬車を下りた。

 残念ながら、門の外からは馬車で隠れて王女は見えない。

 門の外から、残念そうなため息が聞こえた。門の内外に立つ門番はきっと、ため息をついていないだろうが。


「この度はご足労をおかけいたしました」


 クアドラ侯爵のその言葉に、夫人も子供たちも腰を折って頭を下げる。皆、少しずつ疲れているようにクレスセンシアには見えた。


「お招きありがとうございます。侯爵。それから皆さま。お顔をお上げください。

 少しだけ、外の皆様に手を振っても?」

「ええ、そうしていただけると、皆喜びましょう」


 す、と姿勢を元に戻して、クアドラ侯爵はクレスセンシア王女に頷く。馬車で見えなくなってしまっても、まだ門の外には人々がいた。うるさくはない程度のざわめきから、それが分かる。

 騎士のイケルに再度エスコートされ、クレスセンシア王女は馬車の陰から出た。門の方に微笑みかけながら優雅に手を振ると、わっ、と、門の方が沸く。


≪大人気だねぇ≫

「あら私、こう見えて王女なのよ?」


 門の方をちらりとも見ずに、くつくつとハコブは笑う。すました顔のままクレスセンシア王女はそれに答えた。イケルは胃を押さえたかった。人前だから、そんなことはしないが。まあでも、この二人はいつもこんな調子だから、そろそろ慣れた方がいいのだろうと、思いはするのだが。


「キリがなさそうですから、王女様。こちらへどうぞ」


 エルミニアと同じ、真っ赤な髪を緩く後ろに撫でつけているクアドラ侯爵に促され、クレスセンシア王女は侯爵家に足を踏み入れる。彼女の背後で扉が閉まってしばらく。ようやく、人々は解散した。

 ハコブは侯爵家のうまや番に誘われて、そちらへと向かう。


≪分かってると思うが、触れないでくれたまえよ。うかつに手を触れられでも使用もんなら、王城でぼくが文句を言われてしまう≫

「そりゃそうでしょうなあ」


 ハコブ専用の馬車は、王城のうまや番の手で丁寧に扱われているはずだ。彼の魔法が通りやすいようにと、細心の注意をもって。なぜならその馬車に乗るのは、この国の第一王女殿下なのだから。


 クアドラ侯爵家の屋敷も、四角く建てられている。アベイタ王国において、屋敷は四角、もしくは長方形の建築様式が多い。屋敷の玄関口から中央は吹き抜けになっている造りが多い。

 クアドラ侯爵家の屋敷の中央には、中庭があった。小さな池もあり、空も覗くことが出来る。

 その中庭を抜けた奥にある応接室にて、クアドラ侯爵家の皆と、クレスセンシア王女は向かい合った。衣擦れの音すら立てずに、侍女たちの手によってお茶とお茶菓子が供されて、各人が喉を潤す。

 ガラスで作られたローテーブルを挟んで、二人掛けのゆったりとしたソファにクレスセンシア王女が座っている。黄土色の座面とクッションは、クアドラ侯爵家の領地からとれる麻布を染色したものだろう。テーブルの向かいに侯爵夫人とエルミニアが、クレスセンシア王女が腰かけているのと同じ二人掛けのソファに、クレスセンシア王女の左隣の一人掛けのソファに侯爵が、右隣の一人掛けのソファにエルミニアの兄ノヘラルドが腰かけていた。

 侯爵の使い魔のセブリアンは、背もたれに止まっている。エルミニアの使い魔のカリナは彼女の膝の上で、エルミニアの兄であるヘラルドの使い魔、火吹き亀のゴドフレドは彼の足元だ。


「いや、夏前の夜会以来ですな」

「ええ、夏至に行われる召喚の儀式以降は、学院の方におりましたから」


 応接室に並ぶ侯爵家一家は、よく似ている。燃えるような侯爵の髪の色を、子供たちは二人とも受け継いでいた。エルミニアの兄のヘラルドは侯爵のしっかりした眉毛をも受け継いでいるが、それ以外は二人とも夫人のたおやかな顔立ちを受け継いでいた。侯爵夫人の髪色だけが、茶色かった。

 王家と侯爵家は、歴史を紐解けは近しい。何度か王女が降嫁していることもあり、周囲に他の家のものがいなければ中々に気安い間柄である。

 クレスセンシア王女にしても、クアドラ侯爵は父の良き相談役であり、ヘラルドは王太子である兄の側近の一人であり、侯爵夫人は母である王妃の友人の一人である、という認識だ。エルミニアが自分の生徒であるということは、少し脇に置いておくこととして。


「まあ、エレミニアの事でうるさく言う者たちがおりましてね」


 ふう、と、侯爵の使い魔である四枚羽の火の鳥がため息をついた。先ほど、クレスセンシア王女の使い魔、デイフィリアに答えるように空を舞った、その鳥である。翼を広げなければ普通の鳥と何ら見た目は変わらない。

 そのまねをして、エルミニアの兄であるヘラルドの使い魔、火を吐く亀のゴドフレドもため息をついた。侯爵夫人の使い魔の蝶は火の鱗粉をキラキラとまき散らしていた。クレスセンシア王女であっても、蝶の表情は分からない。


「我が家はまあ、現在火の使い魔ばかりでしょう? だから、エルミニアの月の属性が羨ましいやらなんやらで」

「珍しいのは、その通りですね」


 壁際に控えていたイケルが、クレスセンシア王女にそっと歩み寄り携えてきたノートを渡す。美しい淡い青緑色の想定のそのノートは一冊だけで、他には何も携えてはいない。


「ちゃんと調べてまいりましたよ」


 ノートを開いて、クレスセンシア王女は微笑んだ。

 クアドラ侯爵家の面々は、背筋をただした。いや、元から良い姿勢ではあったのだが。

 侯爵とヘラルドの腰かける一人用のソファも、エルミニアと母である侯爵夫人の腰かける二人用のソファも、軋むことはなかった。


「まず最初に、月の資質は女性遺伝です。母から子へ、というよりは、祖母から孫へ、というように、隔世遺伝が基本のようですね」

「ふむ……それは少し困りますな。父親の家系に月の資質を持つものがいたとしても、子供たちには遺伝としては出ないんですね?」

「娘さんの子供には出る可能性はありますけれどね」


≪わたしもレアンドラも、浮気なんてしていないのだわ≫


 ひらひらと火の鱗粉をまき散らしながら、侯爵夫人の使い魔のリアナが文句を言う。それもそうだろう。していないことを疑われているのだから。


「クアドラ侯爵夫人レアンドラ様のご実家、ダビラ伯爵家に、五代前に嫁いでいらっしゃったデ・ヘスス子爵家の息女、タイダ様の使い魔が月の属性をお持ちですね」


 珍しい属性の使い魔を召喚した場合、両親の不貞は確かに疑われるが、それを差し引いても上位貴族からの縁談が舞い込むこともある。タイダ・デ・ヘスス子爵令嬢は、エチェバリアと呼ばれる月属性の狐を召喚したことから、当時のダビラ伯爵家の子息に見染められている。

 当時の日記なんかを紐解けば、二人が同じクラスだったからなのかとか、家同士に何か関係があったからなのかなんかも分かるが、クレスセンシア王女はそこまでは調べてこなかった。学院や王宮の図書室で調べるよりも、そこまで分かればクアドラ侯爵家の図書室の方に情報は残っているだろう。


「ああ、それでデ・ヘスス子爵家と緩くつながりがあるのですね。エルミニアの件もありますし、ふむ、少しだけ距離を詰めてみますか」

「そんなことをなさらずとも、今度の夜会に皆さまでおいでください。私やディフィリアとは違い、兄や父、それからその使い魔はお喋りですから」


 おそらく出合い頭に≪お前たちまとめて見るとそっくりだな!≫とか言い出しかねない。兄王子の使い魔であるデメトリオも父王の使い魔であるグラシアノも属性は空だから、その声はとても通る。

 王家がよく似ていると評してしまう方が、浮気騒動の終結には早いだろう。もっともクアドラ侯爵夫妻の使い魔はとても仲がいいので、その浮気を疑う者にとっては、その発言など大した意味は持たないだろうが。必要なのは、「お前は陛下方の目を疑うのか?」と返せることである。

これにて一旦おしまいです。

この後番外編をいくつか書いて、第二部になります。


このシーンを書きたいがためだけにここまで書いた。

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