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4.

 アブリルがビエンベニダを召喚してから、一週間が経った。教職員室に行って追加のレポート用紙を貰って、バディア男爵の屋敷に行って、使い魔を召喚した報告をした。ビエンベニダは珍しいボボネという四つの目を持つ猿だから、男爵の屋敷の図書室を使ってよいと言われた。

 多分、学院の図書室の方が情報は豊富だとは思うけれどね、という言葉とともに。


≪あんまり載ってないわね≫

「珍しい、って男爵様も仰ってたから」


 男爵邸にあるあまり大きくはない図書室で見つけた本の記述を、レポート用紙に写して持ち帰る。

 見つかった本は二冊で、一冊は幻獣事典だ。ボボネの生態や好む食事について記載があった。ビエンベニダにアブリルが確認したところによると、その記述は間違っていなかった。一冊は男爵家の方の日記で、クラスメイトがボボネを召喚したことにより、事典よりは詳しい記述があった。とはいえ、翌年度に別のクラスになってしまっていて、そこで記述は途絶えていた。

 それらをビエンベニダに色々と確認しながらレポート用紙に写していると、男爵邸にお勤めのメイドさんが、軽食を用意してくれた。図書室のすぐ隣の部屋で、休憩をとるようにと促される。ビエンベニダには、果物を用意してくれた。


≪まあなんだ≫


 アブリルとビエンベニダよりも先に、男爵様の切り株型の使い魔ウンベルトが、手に該当する器用な根っこでティーカップを取った。


≪ボボネっていうのは木の属性を持った一族と風の属性を持った一族がその大半でね。どちらの属性を持っているにせよ、得意なのは天気予報なんだ≫


 アブリルとビエンベニダも彼に促されて同じテーブルに着く。アブリルに用意されていたのはすっきりと甘い花茶と、バターが効いた小さなケーキ。ビエンベニダには、小皿にこんもりと新鮮な果物が載っていた。


「天気予報ですか」

≪明日は雨降らないと思うわ≫


 フルーツの入った小皿から顔を上げて、ビエンベニダは空のにおいをかいだ。窓は閉められているから、室内のにおいではないのかとアブリルは思うが、口には出さない。また今度聞こうとは思うけれど。


≪今日明日の天気を予報するものは、そこそこいるんだけれどね≫


 ティーカップを優雅に傾けてウンベルトが言う。くるくるとティーカップを回しているように、アブリルには見えた。


≪ボボネに求められるのは、一週間先に嵐が来るぞ、とかそういう規模のものでね≫


 ビエンベニダは小さく切り分けられていたリンゴを口の中に押し込んで、咀嚼してからまた空のにおいをかいだ。


≪分からないわ≫

≪じゃあしばらく嵐は来ないんだろう。ありがとう≫


 ウンベルトはビエンベニダに向けてほほ笑んだ。その上で、学院在学中にもしも嵐の気配を感じたら先生に報告してほしいと頼んだ。


「男爵様宛じゃなくていいのですか?」

≪構わないよ。おそらく今後授業でやるだろうけれどね、そういった国全体にかかわる情報はいずれ共有される≫


 なるほどと、アブリルとビエンベニダは頷いた。


 男爵邸で写した記述と、それから学院の図書館でも念のためボボネについて調べた。それも、レポート用紙に写す。

 ウンベルトの言っていた天気予報に関しては、図鑑の類には記載がなかった。そのことに、アブリルとビエンベニダは少し首をひねりつつも、レポートの作成を終えることにした。

 それから忘れずに、ドミンゴさんに所にも行って、ビエンベニダの好みの形の寝床を作ってもらった。

 他のみんなの行動も似たり寄ったりで、庭でも教職員室でも、図書館でも食堂でも知った顔にあった。

 知らない顔と一緒だったけれど、それはお互いさまで、すぐに知った顔同士になった。

 一週間の休暇の意義は大いにあって、一週間前よりもみんな自分の使い魔と仲良くなっているようだった。ビエンベニダも最初はアブリルの隣を歩いていたけれど、今では抱っこしてもらって移動するのが好きである。たまにすれ違う上級生や先生方の、肩に座り込んでいる小さな使い魔を見て、あれがやりたいと言い出すほどには仲良くなった。


「それなら、来年習いますよ」


 先生に聞いた所返答はそれで、それまでは自力で歩けと言い渡されてしまった。


「今はまだ、あなたたちの魔力はお互いに馴染んでいませんから。使い魔を小さくするためには、膨大な魔力を使うでしょう。魔力が互いに馴染めば、そんなに苦でもありませんが」


 それならば仕方がないと、教室の皆で諦めた。主に使い魔たちが。無理をさせたいわけではないのだ、と。


 アブリルは、この一週間で完成させたレポートを持って、小講堂へと向かう。より正確には、レポートを抱えたビエンベニダをアブリルが抱えている。

 学年のほとんどは大講堂に向かっていて、小講堂に向かっているのは五十人ほどだ。一クラスよりは多いけれど、二クラスには満たない。

 小講堂の入り口にはクラスの副担任であるダミアン先生がいて、学生たちからレポートを回収している。表紙にちゃんと学籍番号と名前が記載されているか確認していた。記載漏れの場合は、ダミアン先生の後ろにある机で、今すぐ記載しろと言われる。何人かが、そこで書いていた。


「好きな場所に座って。席は決まってないから」


 先生にそう言われても、特にこれといって座りたい席もなく。座席表貼っておいてくれたら楽だったのにと、アブリルは小講堂を見まわした。


≪上の方行きましょう、上の方!≫

≪教卓の前だ。そこにするべきだ≫

≪窓際がいいなあ≫


 どこの席に座りたいか、使い魔たちから声が上がる。どうやらそれぞれに好みがあるらしく、だからダニエル先生は好きな場所に、と言ったのかとアブリルは納得した。


「いいわ」


 アブリルはビエンベニダの声に答えて、後ろの方の席に座る。小講堂とはいえ、五十人近い学生と、それと同数の使い魔たちを収容できる規模である。一人一人はそんなに大きな声で話していないのに、小講堂はがやがやとした音で埋め尽くされている。一つ、また一つと席が埋まっていく。ビエンベニダはアブリルの隣の席に座っているが、ネズミなのだろうか、主の膝に座っている個体もいる。座席に腰かけることのできないサイズゆえか、通路に足を追って座り込んでいる大型の生き物もいた。あれはいったい何だろう? だから、すべての席が埋まることはないのだろう。

 全員入りきったのだろうか、小講堂の扉が閉まった。ちゃんと油はさしてあるのだろう、きしんだ音はしなかったが、締まる時にばたん、と、重厚な音が小講堂に響いた。

 生徒達は思わず口をつぐんだ。使い魔たちもそれに合わせて、お喋りをやめる。

 しん、とした空気が、小講堂に広がった。


「諸君、休暇は楽しめたかな?」


 緩やかな淡い紫色のドレスをまとった銀髪の女性が、壇上に立つ。その声は、小講堂によく響いた。

 魔術大国アベイタの王女、クレスセンシアだ。彼女の腕には、白い蛇が巻き付いている。


「入学から今まで、君たちは使い魔をどう召喚するか、ということを学んできた。これからは、使い魔とどう付き合い、彼らをどう使うか、ということを学ぶことになる」


 アブリルも含めて、学生たちはふ、と自分の使い魔を見た。

 そうだ。使い魔とは何か。使い魔を召喚するのに必要な魔力は。魔力とは何か。魔力の属性とは何か。今までは、そういったものを中心に学んできた。これからは、使い魔と力を合わせて、還元していく側になるのだ。


「さて。この部屋にいる者たちはもう気が付いていることと思うが」


 空を泳ぐ魚に、虹色の虫。二頭一対の犬に、銀色のウサギ。大きな冠羽の鳥に、あれは人魚だろうか。


「ここには、授業で習った一般的な使い魔はほとんどいない」


 ぐるりと、学生たちは小講堂を見まわす。自分の腕の中にいる使い魔を見て、教壇のすぐ近くにいる鋭い牙を持つものを見た。首周りに鋭い剣山を持つ馬もいれば、牛のように鋭い角を持つネズミもいた。


「あそこを悠々と泳いでいるのは、セバジョス。溶岩を泳ぐ魚だ」

≪あら、詳しいのね≫


 クレスセンシア王女に名指しされた青い魚が、空中をくるりと回って見せた。彼女の召喚主は、自分の使い魔と壇上に立つ王女を交互に見ている。


「やあ、ボボネもいるんだね」


 ビエンベニダもクレスセンシア王女の言葉にびっくりしてぴょんと立ち上がり、アブリルの頭に上った。尻尾が揺れて、少しくすぐったい。


「鳥魚猿犬猫、どれも色々な属性を持っていることで知られている。国で一番有名なのは、兄上のデメトリオだろう。彼は空を司る鳥族だ。

 この小講堂に集まって貰っているのはそういった、珍しい属性を持った使い魔を召喚したもの。

 それから、私の使い魔は風属性の龍でね」


 クレスセンシア王女は、その腕に巻き付いている白い蛇を愛おしげに撫でた。


「属性自体はよくあるものだが、彼女の種族は初めての召喚となった。そのためすべてが手探りだ」


 生徒達がそれぞれ、自分の使い魔をまた見た。壇上のクレスセンシア王女を見たり、使い魔を見たりと忙しい。使い魔の中には、笑い出すものもいた。

 クレスセンシア王女は、生徒たちの動向を気にも留めずに言葉を続ける。少なくとも、アブリルはそう思った。


「あちらの大多数、大講堂に今集まって貰っている方は、地水火風の属性に、これまでに何度も召喚されているものたちだ。本人が何度も来ていなくとも、同族が沢山来てくれていて、私たちに情報が積み重なっているもの達だね。

 君たちとは、授業の進度が異なるから、こうしてクラスを分けている」


 なるほど、と、小講堂に集まった生徒たちと使い魔たちが頷いた。

 壇上に、もう一人大人が昇ってきた。こちらは男性で、先ほどドアの所にいたダミアン先生ではない。黒い髪に、瞳の色はアブリルの場所からは見えない。口ひげが立派なことは分かるが。


「初めまして、諸君。私はエベラルド・チャパ。君たちのうち、すでに一度以上、使い魔として召喚されたことがあるもの達の担当となる。よろしく」

「私はそれ以外。すなわち、今回初めて使い魔として召喚された諸君の担当になるね。どうぞよろしく」


 それから。ダミアン先生の指示に従って、生徒たちは移動を開始した。クレスセンシア王女のクラスと、エベラルド先生のクラスは隣同士だ。他のクラスは、すぐ上の階になる。

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