番外編3-2,3-3
一話が短い。
使い魔は基本、召喚主の魔力の質に合わせたものが召喚される。大地の魔力を持つ者には大地の魔力を持つ使い魔が。風の魔力を持つ者には、風の魔力を持つ使い魔が。
空の属性を持つ使い魔も同じ事だ。
しかし、空の属性を持つものは少ない。魔術大国アベイタにおいては王家がそうであるが、王のみがその属性を発現していた。
裏を返せば、第一王子であろうが王の実子であろうが、空の属性を顕現させなければ王にはなれない。
大体は国王の血を受け継ぐものに発現する。王の子であったり、王の兄弟の子であったり。過去に一度だけ、王の子からも、王の兄弟の子からも、王の従弟の子からも風の属性を持つ子供が生まれなかった時があった。
かなり昔に嫁いでいった当時の王の姉の子孫から結局は見つかったのだが、その子はすでに貴族ではなく。王となるための勉強に疲弊していったものだから、それ以後王族は厳しく管理されることとなった。愛人などもってのほかである。
そのせいで子供が不幸になったらどうするのだ、というのが共通認識になった。
レアンドロ王は、息子のクリストバル王子に王位を譲り、引退した。公務は王子が学院を卒業した時から少しずつ委譲していて、結婚した時に大きいものを、子供が一人産まれるごとにも大きいものを渡した。
そうして。いや体はまだ動く。公務だって辛いが出来ないわけではない。立ちっぱなしの仕事から順に若い息子に渡していったから、今は書類仕事がほとんどだ。それでも。
死んでから譲位すると、いざという時に助けることが出来なくなる、それを理由にアベイタの王は生前譲位がほとんどであった。
レアンドロもクリストバルに王位を譲ったあとは、妻のドミティラとともに各地を回った。海外にも行った。
それには当然、二人の使い魔も同行した。
すでに大人になっていた子供たちの誕生日などは滞在地から絵葉書を送るにとどめたが、孫たちの誕生日にはプレゼントをたくさん持って戻ってきた。ただ、終の棲家となった離宮にいるだけの年もあった。
そうして、年を重ねた。
妻のドミティラとその使い魔であるワニのファティマを見送った。自身の使い魔である大空を統べる鳥のロレンシオはそっとレアンドロに寄り添っていた。
番外編3-3
レアンドロの体も、少しずつ弱ってきた。
そんな頃に、息子であるクリストバル王の第一王子、ルシアノが使い魔を召喚できる歳が近づいてきた。
≪なあ、なあレアンドロ≫
「どうした、ロレンシオ」
そわそわ、そわそわとしている。レアンドロはこの所、うとうとしていることが多かった。寝台で、寝椅子で。
使い魔は、その主と魂を同一にしている。その方が魔力の効率がいいからだというのが第一義であるのは確かだが、魂を同一にしているが故に魂の持ち主本人よりも明確に気が付くことがある。
魂の摩耗。すなわち寿命についてである。
≪その、そろそろ決めておかないか≫
「ああ、そろそろなのか」
主の魂が摩耗してそろそろとなると、大体の使い魔はそわそわしだす。どうするかを話し合いたいが、それを切り出すのもお前はもうすぐ死ぬのだと宣言しているようで座りが悪い。出来れば死なないでほしい、ずっとそばにいたい。
そんな思いが彼らを浮足立たせる。
ロレンシオは、その大空一杯に広げられる翼を小さく折りたたんで、そっとレアンドロのしわが浮き上がった顔にすり寄った。
≪今、送還してもらえればさ≫
「ああ」
≪ルシアノの召喚の儀式に間に合うかもしれないんだ≫
「うん?」
レアンドロは微睡んでいる。完全に向こう側には行っていないが、それでもどこか、ゆらゆらと揺蕩っていた。
≪レアンドロを送りたいんだ。けれど空の属性を持つ自分を送り返すのには、大きな魔力が必要だ≫
王宮勤めの魔術師たちが必死に魔力を込めれば、送還布を作ることも出来るだろう。けれど、レアンドロが死んでしまってからではどれだけの魔力を必要とするか分からない。クリストバルもルシアノもクレスセンシアも強い魔力を持っている。彼らの力も併せれば死人は出ないだろうけれど。
「そうだな」
今ならまだ、レアンドロ自身の魔力でロレンシオを送還できるだろう。ちょっと空は荒れるかもしれないけれど、時期が来たのだと国民は皆思ってくれるだろう。泣く者も出るかもしれないが、それは自分が愛された王だったのだと、そういうことなのだから悪くはないだろう。
死を望まれる王でなかったのだから、良いはずだ。
≪送還の時にルシアノに立ち会ってもらって、ちょっと送還を手伝ってもらえれば、ルシアノの魔力を覚えられるからさ。ルシアノに召喚してもらえるはずなんだ≫
「待てロレンシオ。そういうことが出来るのか?」
≪出来るはずだけど。だってほら、一族にちょくちょく来る奴だっているじゃん。それと一緒だよ≫
言われてみればその通りである。
空の属性を持つ使い魔も数は少なくはないのか、同じものが来た、という報告はない。しかし、大地の一族であれば何度も召喚されているものも多くいる。
特に豊穣の加護を持つものは何度も訪れてくれていた。
そうして。
レアンドロ王の使い魔、ロレンシオの送還を行うことが決まった。
王の使い魔の送還には、特殊な魔法陣が必要だ。大きさもそうだが、必要とする魔力も桁違いである。魔法陣を布に刻むだけでも数人の魔法使いが倒れた。
≪なんかごめん≫
「それでも、先王陛下はまだご存命であそばされますから」
だからこの程度で済んでいるのだと、魔力を魔法陣に搾り取られた結果、地面に転がった魔法使いたちは手を振った。その隣で、彼らの使い魔もロレンシオに気にするなと手を振っていた。
送還の儀式を執り行う日は、良く晴れていた。アベイタの王の使い魔は代々空の属性を持つものと決まっていたから、その中庭は広く、椅子に腰かけたままのレアンドロの視界一杯に広がるロレンシオを見つめることが出来た。
大空一面の鳥。それが、ロレンシオである。
中庭には、大きな布が敷かれていた。送還用の布である。中央にひときわ大きな円があり、その四方を中くらいの円が囲み、その外を二重の四角が囲んでいる。
レアンドロの息子、クリストバル王の四人いる子供の内長子であり、王子でもあるルシアノがこの場には呼ばれていた。他の家族は皆、中庭を見下ろすことが出来る部屋から見ていた。
送還の儀式が始まった。
大空において、まずは雲が呼ばれた。風が吹き、太陽が隠れた。ぐ、とロレンシオの体が傾ぎ、まるで渦が巻くように、ロレンシオは消え去った。