番外編2-3
ホアキン王とその使い魔のイグナシオと、それから戦士の国ファジャの捕虜たちは、空の旅を続けた。
先行するクアドラ侯爵家のコンラドを追う形だ。追うのは大変ではない。まだ若いコンラドは、戦士の国ファジャの卑怯な手により、婚約者を傷つけられている。それに対し怒り、己の使い魔に相当量の魔力を食わせたようだ。
まあ、どこまでポーズかは分からないのだが。いかんせんクアドラ家の男である。
道中、いくつかの焼けた村を見た。人が死んでいるかどうかは分からない。
ホアキン王とイグナシオはそこによる。
「失礼。ここを、大きな火の鳥が襲撃しませんでしたか」
「ああ、したした! あんた、理由を知ってるのか!」
空に浮かぶ亀と、そこから吊るされている人々に怯えずに、言い募る者がいた。おそらく、正しく戦士なのだろうとホアキン王はそれに敬意を表し。
一人の捕虜を、切り捨てた。
「その男どもがあの火の鳥の婚約者を傷物にしたそうで。それで怒りに我を忘れているのでしょう。
真実を言うとは限りませんが、さて、詳しくはそいつに聞いてください。
それでは、先を急ぎます」
もしもこの襲撃者が王家の直属であるのなら、きっと村の復興に関しては王家がその責を負うだろう。王家の命令ではなく一領主がそれを行ったのであれば、王家に願い出てそこに復興してもらえばいいだろう。
戦士の国ファジャのありようは知らないが、この村が痛手を負ったのは正しくこいつらが元凶なので、あとはそちらでどうとでもすればいいと思う。
ホアキン王とイグナシオはそうして、いくつかの村と街を経由して、先へと進んだ。一足飛びにコンラドに追いつくことは可能だけれど、まあ、たまには戦うのも悪くはないだろう。軍ではなく、個人ではあるが。
≪ん―≫
「どうした、イグナシオ」
≪いやあ、追いついちゃうねぇ≫
「それは仕方がない。追いつこうか」
火の鳥と、空の亀である。空を飛ぶ速さと泳ぐ速さでは、どうしてもイグナシオの方に分があった。特にコンラドとダニエルは村や街に対して破壊行為を行っているのだから、疲れもするだろう。
ほんのわずかに、イグナシオはホアキン王の魔力を食べた。疲れるほどではない。ただそれだけで、空を泳ぐスピードが上がる。半分に程にその数を減らした捕虜たちが、声にならない声を上げる。空を泳ぐのに慣れているイグナシオや、その背に乗るのに慣れているホアキン王にとってはわずかなスピードアップであっても、初めて、しかもロープで吊るされている彼にとっては、たまったものではないだろう。
まあ捕虜になってしまった侵略者に人権などないので、ホアキン王もイグナシオも、それを黙殺したが。
「やあコンラド、そろそろ終わりの時間だ」
「早いのかそうでもないのか、悩むところですね」
大きな火の鳥の隣に浮かんで、ホアキン王はコンラドに声をかけた。落ち着いたのか、それとも元からそれほど怒ってはいなかったのか。
「まあそれはそれとして、王城に向かおう。コンラドの使い魔は、そろそろ限界じゃないのかい。ふたりとも、こちらに乗りなさい」
≪たすかるーぅ≫
ふらりと。よろめくようにダニエルはイグナシオの上空に移動した。次の瞬間には小さい姿に戻っていて、コンラドは慌ててダニエルを抱きとめた。
イグナシオの甲羅は広く、下に落ちる心配はない。
「それじゃあ、イグナシオ」
≪ハイハイ≫
イグナシオは、またホアキン王の魔力を食べた。ぐい、ぐい、ぐい、と空を漕げば、それだけで王城は目の前だ。
空を泳ぐか目を見て、あんぐりと口を開けている人々の目の前を、幽遊とイグナシオは泳ぐ。誰も武器を構えない。その手にした槍で、突いて見ればいいのにと、コンラドなんかは思う。
いや、傷つけられないのだけれど。
「お土産を持って参りましたよ、ファジャの王よ。
正々堂々と正面から戦うことを諦め、商人のふりをして民を殺す卑しき技を命じたファジャの王よ。私たちはあなた方の子を殺しはしません。ええ、どれほど卑しかろうと、生きてお返しいたしましょう」
城門を抜け、広場のあるあたりで、ホアキン王は挨拶の口上を述べた。その言葉は、イグナシオの権能の一つを持って、良く響いた。
城下町の人々は、イグナシオを見上げていた。空を泳ぐ亀など、初めて見たのだから。
だから、ホアキン王の挨拶を聞いた。彼らは、ざわめいた。
ひょい、と、イグナシオは残った十人余りの捕虜を繋いだ紐を切った。それは、どこの軍にもひとりはいる、蜘蛛の使い魔の糸をよって作った紐だ。人間の重さにくらい耐えられる。
ああ、使い魔でなければ切れないかもしれないが、それは些細なことだ。
「貴方が弄した愚かな策で、私の国の子が傷物にされたとか。その婚約者とその使い魔が怒って、ええ、この国のいくつかの村と街を燃やしましたが、それは些細なことでしょう。その程度、織り込み済みですね? ファジャの王よ」
ファジャの王は、城内から出てこない。出て来られないのか、出て来ないのかは分からないが、それはホアキン王にとってはどうでもいい事だった。
「ここに、魔術大国アベイタの王、ホアキンの名において宣言する。今後ファジャの民は誰一人、アベイタの地を踏むことは能わず」
その宣言は、アベイタでも聞こえていた。
アベイタにいたとあるファジャの商人は、とん、と、その時商談をしていたアベイタの商人に肩を叩かれた。
「残念だよ。達者でな」
「え」
蜘蛛の糸が、絡まる。絡まる。
ホアキン王の息子であるフアン王子の使い魔は、空属性の蜘蛛である。ベネディクトはフアン王子の魔力を食べて、食べて、国中に糸を吐いた。そうしてそれを引き絞り、ポイ、と、ファジャの方に向かって投げた。
≪受け取りはそっちでよろしくー!≫
アベイタで暮らしていたファジャの商人たちの財産は没収となった。当然文句を言うものも出たが、それはファジャの王に言えと突っぱねた。
ファジャの商人が先に手を出したのだ。
正確には商人のふりをした軍人かもしれないが、軍人ではない民間人に手を挙げたのだ。ならば、振り上げたこぶしがファジャの民間人に振り下ろされて何が悪いのか。
以降、ファジャの民はアベイタに入国することが出来なくなった。険しいガゴ山脈を越え、商人の国グラシアンに出るか、さらに東、盗賊の国グリンへと出るかしかなくなったのである。
戦争のお話はこれでおしまい。