1.
第一部は学園編で、こちら一応書き上がっています。
第一部にはR15はありません。
念のためです念のため。
その日アブリルは、父の使い魔である赤狐のベルトランの尻尾の先を手にして、村の中を歩いていた。まあまあ今日だけは仕方ないかという顔をして、ベルトランは五歳のアブリルを先導して、村の中にある学校へと連れていった。
五歳になったアブリルは、今日から学校に通うのだ。だからいつもは耳の所で結んでもらっているだけの茶色い髪の毛を、今日は両方とも三つ編みにしてもらった。リボンも付けてもらったし、着ているのはお気に入りのワンピースだ。背中に大きなリボンがついているのが、とてもかわいいと思う。
往来には同じように、自分の主の子供を連れた使い魔たちの姿があった。子供たちの容姿もみな似たり寄ったりだ。基本は茶色い髪に茶色い瞳。その茶色の中でも濃淡があるけれど、まあ、ベルトランにしてみれば大差はなかった。
村の中の道は、舗装されている場所とされていない場所がある。昔々の村長の使い魔が、歩きやすくなるようにと、コツコツと村中の道を舗装して歩いたそうだ。
その村長と使い魔の没後、召喚された使い魔の内、舗装された道だと歩きづらいものがいた。それが、自分の歩く場所の舗装路をコツコツと地面に戻した。
それが、何度も繰り返されて、今、村の中の道は舗装されている場所とされていない場所があった。地の属性にある使い魔も、石や岩に親しいものと土に親しいものとで違いがあるのだ。
大体これはどこの村でも同じだ。町規模になると、舗装路を好まない使い魔たちが諦める。
村の中の学校は、唯一完全に舗装がされている広場のそばにあった。毎年子供は多いと六人、少ないと一人新たに入学する。今年は、アブリルの他にもう二人、入学者がいた。
一人はギジェルモ。男の子で、お父さんの使い魔のオオトカゲ、エクトルの背中に乗って登校してきていた。エクトルはビーズのようにきらめく鱗を持っていて、子供たちに大人気だ。エクトル自身はとてもおおらかで、主な仕事は村の広場での子守になる。
もう一人はルアナ。女の子で、彼女の頭には大きなきらめく虫が止まっている。母親の使い魔マカレナだ。土を柔らかくするのに長けたマカレナはいつも忙しいが、今日は七色に光りながらルアナを送迎している。おそらく、目に入れても痛くないほど可愛がっているルアナの送迎を、自ら買って出たのだろう。
「おはよう!」
「おはよう」
「おはよう」
ルアナもアブリルと同じで、ちょっとだけおめかししていた。頭の両脇に、みつあみにしたもので作ったお団子が出来ている。その間のスペースに、マカレナが鎮座していた。
ギジェルモはいつもと変わらないシャツにズボンだけれど、その代わりにエクトルがおめかししていた。尻尾の付け根に、新しいリボンを巻いている。
翌日からは一人で登校だし、いやそもそも家から見て学校はすぐそこなので、今日だって付き添いはいらないのだけれど、そこはそれ、親心であった。服装も髪型も、明日からはいつも通りだ。使い魔の送迎だけは、大した距離じゃないから、を理由に、しばらく続けられるのだけれど。
魔術大国アベイタに住む子供たちはみんな、五歳になったら学校へと通い出す。そうして魔術について触れ、十歳になったら試験を受け、十二歳になった秋の始まりに優秀な者たちは王都にあるカバジェロ学院へと通うことになった。
その年バディア男爵領からカバジェロ学院へと入学することになったのはアブリルを含めて五人。アブリルの住むビエルサ村からは、アブリル一人だけだった。アブリルは村長のイラリオさんに連れられて、荷馬車でとことこ六日の距離にある王都へとやってきた。荷馬車を引くのはイラリオさんの使い魔の、水牛のオラシオ。彼が一歩歩くごとに、足元には花が咲いた。数分もすると消えてなくなるので、植生に影響はない。
子供たちは王都にある白い石材で建てられた三階建ての男爵様の館に集まった。アブリルたちの住むバディア男爵領は王都からそれほど遠くなく、近くもない。大人たちは男爵様の館に一泊し、翌朝には帰路に着いた。五人の子供たちの道中は大体アブリルと変わらない距離だった。王都へと連れてきてくれた大人の使い魔の、速さに由来しているんだとか。
「うちの町長の使い魔はイワヤギでね。一緒に背中に乗って走ってきたから、すぐだったよ!」
「うちの村長の使い魔は水牛で、荷馬車でゆっくり来たから、結構時間かかったよ」
子供たちは割合すぐに仲良くなった。
帰っていく大人たちを見送ったさらに翌日、男爵様の使い魔の、切り株状の小ぶりなドライアドの先導を受けて、アブリルたちはカバジェロ学院へとやってきた。男爵の使い魔のウンベルトは、よちよちと、切り株から生えている短い根っこを足にして、一生懸命に歩いていた。十二歳の子供たちよりも、ウンベルトの一歩の方が短いから、ウンベルトは一生懸命歩いている横を、人間たちはゆっくりと王都の街並みを観光しながら歩いた。
バディア男爵の住まいは貴族街のはずれの方にあった。
「この大通りを真っすぐ行くと、お城に着くよ。ああほら、見えているだろう。あの大きな、ここからでも見える白い館が、この国のお城だ」
王様が住んでいたり、村の議会所みたいな場所であるお城は、三階建てのバディア男爵のお屋敷よりも大きかった。
一本の高い塔が、大通りから良く見えた。
「そして進行方向にある黒い建物が、これから向かうカバジェロ学院だよ」
カバジェロ学院は広く、黒く古い石を積み重ねられて作られた門から見える本館は、五階建てだろうか。奥には、本館よりも高い塔も見える。
王城から貴族街を通り抜けて、大通りはまっすぐに走っている。その突き当りがカバジェロ学院になる。カバジェロ学院の前には石畳が敷き詰められた広場があって、ぐるりとお店が囲んでいた。学生たちが学院で使うものは学院内にある売店で購入する方が安く済むので、広場に軒を連ねる店は高級店だ。顧客の対象は貴族と、それから一部の富裕層。それから、プロポーズの為とかで一世一代の貯金をはたいて買いに来る層だ。
子供たちは初めての事だから緊張しているがバディア男爵もその使い魔も、例年の事なので気楽なものである。子供たちには、これといって多大な期待はしていない。自分もかつてこの学院を卒業しているのだから、彼ら彼女らがどういう経緯を経るのかは、よくわかっている。
「気楽にね。楽しんで学んでいらっしゃい。そして卒業したらバディア領に戻ってきてね、色々とみんなに教えてくれれば、それでいいんだから」
≪というより、期待はそっちだな。優秀すぎて王城魔術団に就職とか、やめておくれよ≫
学院の門の近く、あちらこちらで似たような会話が交わされ、子供たちは学院の古くて黒くて薄い石を何枚も何枚も重ねて作られた門をくぐっていく。
それから三年間、十五歳になるまで、アブリルたちは王都に実家があろうが遠くの領地から来ていようが、一律寮に入って魔術の基礎を教わる。村にある学校よりは詳しく。
そして、十五歳になった、夏至の日。
子供たちは、魔法陣の敷かれた部屋に集まった。