第4話 港町ドルマンの惨状
グランディア帝国が計画している「日本国・南部異界門基地」再奪還作戦。
これに参加するため大陸各地から港町ドルマンへとやって来た傭兵たちに紛れて、俺たち5人は街への潜入を果たした。
公安内偵のアンナさんからの情報では、街の繁華街のどこかに犬人族レジスタンスのアジトになっている酒場があるらしく、街の中心部へと足を進める。
城門から繁華街へは大通りが一直線につながっていて、グランディア帝国の騎士や兵士たち、帝国支配地域から徴用されたオークやオーガ等の亜人種族、そして報酬目当てで集まった傭兵やならず者たちが我が物顔で闊歩していたが、本来の街の住人であるはずの犬人族の姿はまばらであった。
その犬人族は、その名の通り犬のような三角耳と、くるんと丸まった大きなしっぽが特徴的で、それ以外は俺たちとなんら変わらない普通の人間のようだ。
このような種族がどうして誕生したのか、その進化の過程はよくわからないが、みすぼらしい服装をした彼らは帝国人相手に露店を開いてなんとか生活している様子だった。
俺は隣を歩く敦史に小声でつぶやく。
「ティアローズ王国の国民も、帝国の支配下に入った後は2等市民として扱われ、実質的には奴隷のような扱いを受けていると聞く。この犬人族の状況を見れば帝国支配の苛烈さがよくわかるな」
すると敦史は、何も言わずに俺の脇腹を小突いた。その目線の先を見ると、まさに数人の傭兵が露店を囲んで揉め事を起こしているところだった。そして、
ドガシャーーン!
「きゃーーーっ!」
傭兵たちがいきなり露店を蹴り倒すと果物が道端に散乱。それに慌てたオバサンが果物を拾おうとして、傭兵の一人に踏みつけられた。
ころころと転がって行く果物も残りの傭兵たちが乱暴に踏みつけると、その中のリーダー格の男がニヤニヤ笑いながら、銅貨を一枚オバサンに投げつけた。
「ほら金だ。これでババアの店のオレンジを3つ買ってやるよ」
路上に転がった銅貨を見たオバサンは、
「銅貨1枚って、オレンジは3つで銅貨10枚だよ。それにこの銅貨は質が悪くてウチの店では・・・」
「グランディア帝国銅貨の質が悪いだと? お前たち亜人風情が作った銅貨の百倍は価値があるはずだし、逆に釣りを貰わねえとな」
「そんな無茶な・・・」
代金を払って貰おうと必死に懇願するオバサンを無視すると、男は地面に転がった果物を拾い上げて、
「この不味そうな果物は、釣り銭の代わりにもらっていくぜ」
「ウヒャヒャ! じゃあ俺たちも貰ってやるよ」
そう言って傭兵たちは気に入った果物を次々と手にして、笑いながらどこかへ去って行った。
「後生だからお代を・・・だ、誰かあの男達を捕まえておくれ」
オバサンは周りに助けを求めるものの、彼女を助けようとするものは誰もいない。
他の犬人族は自分たちが巻き込まれないよう知らん顔をし、街を支配下に置く帝国騎士や兵士たちは犬人族のイザコザにはタッチせず、傭兵たちに早く基地に行って契約を済ませるよう呼び掛けている。
その傭兵たちはと言うと、ようやくたどり着いた港町に完全に浮かれていて、さっきの奴らのご相伴に預かろうと、銅貨をオバサンに投げつけては気に入った果物を適当に掴むと食べながら立ち去って行く。
「あいつら許せねえ・・・」
敦史が怒りに震えて、今にも飛び出して行きそうな形相で傭兵たちを睨み付け、そういう俺も気がつけば右手に思念波補助デバイスを握り締めていた。
だが一呼吸おいてデバイスをポケットに仕舞うと、敦史の腕を掴んでそれを止めた。
「敦史、今は潜入作戦の途中だ。我慢しろ」
「分かってるよ・・・だが帝国め今に見てろよ」
何とか思いとどまって悔しそうに歯を食いしばった敦史だったが、その堪忍袋の緒が一瞬で切れる事件が目の前で起こってしまった。
「・・・おい瑞貴、あれ何だと思う」
そう尋ねられた俺は、敦史の指さす先に目を移す。
するとそこには、猛獣を入れるような檻の中に若い犬人族の女性がぎっしりと詰め込まれ、それを馬が引いていたのだ。
「若い女性ばかり・・・まさか拉致しているのか」
荷馬車が港に向けてゆっくり進んでいくのを呆然と見ていると、後ろからヒッグスが小声でつぶやいた。
「ミズキ殿。おそらく彼女たちは我がオーク族やオーガ族の居留地に船で運ばれるのだと思います。グランディア帝国は彼女たちにオーク等の鬼人族の子を産ませ、帝国軍兵士として戦場に送り込む計画です」
「子を産ませ・・・そ、そんな非人道的な!」
「世界征服を企む帝国は、将来の兵士不足を見込んでワシのいたオーク騎士団国を支配下に置いたのです。我々鬼人族は一度に複数の子を成すのが普通で、子供の成長も早く成人すればワシのように強大な肉体を持つ騎士や兵士になる。つまり兵士を量産するのにこれほど適した種族はいない」
「だったらなぜ犬人族の娘たちをわざわざ・・・」
「我々鬼人族は、人族を含む多くの亜人種族との間で子供を作ることができ、鬼人族の女たちへの種付けはもう完了しているため、他種族のメスも動員しようということでしょう」
「聞いているだけで気分が悪くなる!」
黙って話を聞いていた水島さんは、顔を真っ青にしながら俺の右腕にしがみついて震え、常に冷静沈着な藤間警部も怒りをあらわにして、
「ヒッグスの話は、ジェノサイドの側面もあるんだ」
「ジェノサイドって?」
「民族浄化といって、占領地域の支配を半永久化させるため、そこにいた種族を抹殺する戦略のことだ」
「種族を抹殺・・・」
「我々の世界でも歴史的に繰り返されてきた手法で、数え上げれば枚挙にいとまがないが、現在の国際法では固く禁じられている。だがグランディア帝国は、犬人族の子孫を断つためにこのような暴挙に出ているのだろう」
「絶対に許せねえ・・・グランディア帝国め!」
藤間警部の言葉が決め手になったのか、ついに怒りが爆発した敦史が俺の手を振りほどくと、荷馬車の前に飛び出してバリアーを全開にした。
キーーーンッ!
バギャッ! ヒヒーーーンッ!
敦史が展開したバリアーに荷馬車がぶつかり、馬が倒れて悲鳴を上げる。
馬車が激しく揺れて危うく地面に叩きつけられそうになった御者の帝国兵が、怒りに満ちた顔で馬車を降りるとバリアーの向こうで仁王立ちする敦史に向けて叫んだ。
「おい貴様っ! なぜこんな所でマジックバリアーを展開した。今すぐ解除しろ!」
「うるせえんだよ! お前らこそ今すぐ荷台の女性たちを全員解放しろ!」
「この奴隷女を解放しろだと? 貴様・・・傭兵の分際で我がグランディア帝国に楯突くとどういうことになるのか分かっているのか!」
すごい剣幕で怒り出した帝国兵士を援護するように、露店のオバサンには完全無視を決め込んでいた街の警備兵たちが剣を抜いて敦史を威嚇し、街中を闊歩していた傭兵たちは帝国兵と敦史のいざこざを見物するため、その周りを取り囲んだ。
そんな緊迫した空気の中、藤間警部とヒッグスの二人が敦史の前に飛び出すと、藤間警部が帝国兵に頭を掻きながら謝罪した。
「帝国兵の旦那、本当に申し訳ねえ。コイツは若げの至りというか、ここに来る途中の船の中でしこたま酒を飲んで気が大きくなってるんでさあ。今回のことはあっしの顔に免じて勘弁してつかあさいな」
藤間警部の演技に、ヒッグスもそれに合わせて、
「これでもワシは属国騎士団の隊長を勤める者だが、この若造にはワシからもよく言い聞かせておきます。ここは酒に飲まれたガキの戯言として、誇り高きグランディア帝国の騎士様には大目に見ていただきたい」
すると二人に謝罪された上に「騎士」扱いされた兵士は少し気を良くして、
「ほう、ワシが騎士に見えるのか。よし今回だけは、ただの酔っ払いの戯言として不問にしてやるが、我がグランディア帝国をコケにしたことは重罪だぞ」
「それは重々承知で・・・」
「では今すぐバリアーを解除して、そいつをここに連れて来い。ワシが直々に帝国式の薫陶を入れてやる」
藤間警部がヒッグスの顔をチラリと見る。二人がアイコンタクトで意志疎通を交わすと、藤間警部が敦史に命じた。
「不問にしていただけるなら何なりと。敦史、バリアーを解除しろ」
「・・・はい、藤間警部」
バリアーを解除した敦史は藤間警部に言われるがまま帝国兵に近付く。するとその兵士は無言で思い切り敦史を殴り飛ばした。
「グハーーーッ!」
「これが帝国式鉄拳制裁だ。二度と調子に乗るな!」
殴られた勢いで街路に倒れた敦史を俺はすぐに抱き起すと、水島さんが治癒魔法を使って真っ赤に腫れた頬を癒していく。
「ほう、お前たちは全員魔力持ちか。ならせいぜい、帝国のために働くことだな。ハーッハッハ!」
兵士は高笑いをしながら馬車に乗り込むと、若い女性たちを乗せて港へと走り去った。
騒動が一段落すると、途端に興味を失った傭兵たちがその場を退散していく。
俺たちはその隙に犬人族のオバサンを助け、一緒に果物を拾い集めたり屋台を修復した。
それを周りの帝国兵や傭兵たちが怪訝な表情で見つめるが、先ほどの兵士が藤間警部のウソを真に受けて俺たちを不問にしたため、言いがかりをつけてくることもなかった。
そんな藤間警部が、敦史の耳元でこっそり囁く。
「今後はあのような軽率な行動は絶対にとるなよ」
「本当にご迷惑をおかけしました、藤間警部」
「分かればいい。だがこの俺も帝国のやり方は絶対に許せない。さっきの女性たちは必ず助け出すぞ」
「もちろんです警部! ・・・でもどうやって?」
「まずは犬人族レジスタンスと合流して、彼女たちを助ける方法を相談するのが先決だ。我々はこの辺りの地理にも不案内だし、帝国の警備の穴とかそういった情報を彼らに確認した方がいい」
「おっしゃる通りです・・・」
「だが敦史、お前のその正義感はとても大切だ。将来いい刑事になれるぞ」
「俺が刑事か・・・それもいいですね藤間警部」
屋台も元通りになり、女たちを助けようとしたことも含めてオバサンに感謝され、俺たちに帝国ではなくレジスタンスに雇われてほしいと懇願された。
そこでここに来た目的をオバサンに話すと、彼女は大喜びして、すぐ目の前にある酒場がアジトの一つになっていることを教えてくれた。
どうやらカウンターにいるマスターがレジスタンスリーダーの側近らしく、彼に事情を話せばリーダーに会わせてくれるかもしれないとのこと。
「敦史のお陰でアジトが見つかった。行くぞみんな」
次回「犬人族レジスタンス」。お楽しみに。
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