第2話 ブリーフィング
司令部を後にした俺は、部屋の近くまで迎えに来てくれていたさやかの車椅子を押すと、新年会が終わったみんなを一ヶ所に集めて、加藤陸将補と話し合った今後の行動方針や当面の作戦について説明した。
「では港町ドルマン潜入作戦の人選の前に、この南部異界門基地に残るアリスレーゼの守備隊を発表する。愛梨、弥生、翔也の3名はここに残ってくれ。未来予知と瞬間移動、遠隔視の3つの特殊能力があれば、帝国軍のいかなる魔法攻撃にも即応できるだろう」
俺はさやかの反応を見る。
彼女は俺を見上げてコクリと頷き、この人選に同意してくれたようだが、これに真っ先に反発したのが、俺の正面に立つアリスレーゼだった。
「瑞貴、この世界のことはわたくしが一番詳しいですし、一緒に行くのは当然のはず。なのに、わたくしが基地に残るのが前提になっているのは何故ですか! 片時もあなたの傍から離れるなと言ってくれたのを、瑞貴はもう忘れたのですかっ!」
そう言ってアリスレーゼは頬を膨らませて、完全に拗ねてしまった。
「もちろんキミと離れるのは俺もツラいんだが、今回は帝国軍の前線基地のある港町への潜入作戦だし、どうやらキミは有名人のようだから隠密行動には向いていない。だから案内役にはキミの代わりにヒッグスに来てもらうことにする」
「うっ! ・・・そういうことなら仕方ありません。わたくしの代わりがオークと言うのが気に入りませんが、必ず無事に帰ってきてくださいね、瑞貴」
どうやら納得してくれたようだが、アリスレーゼは寂しそうに俺を見つめている。
「俺もキミのことが心配だからなるべく早く帰って来るつもりだ。だからキミも俺たちの無事を願って待っていてくれ」
そして俺は心配の元凶の一つである芹沢翔也を睨みつけた。
「翔也、俺はお前の能力を見込んで残ってもらうことにしたが、絶対にアリスレーゼには手を出すなよ」
どうやら俺は器が小さいらしく、生徒会長選の時にアリスレーゼを引き抜いた翔也の行動をまだ根に持っている。
それだけ「イケメン」という生き物は俺にとっての天敵なわけだが、翔也はさわやかな笑みを浮かべて、
「もちろんキミの大切な人に手を出すつもりはない。この僕を信じて君は作戦に集中するといいさ」
「そのイケメン風の笑顔が全く信用できないんだよ。まあいい、愛梨も弥生もよろしく頼んだぞ」
今度は愛梨と目を合わせると、彼女はいい笑顔で、
「任せてよお兄!」
と以前では考えられないほど素直に従ってくれた。
愛梨は異世界転移の直前に父さんに命じられて、かなり遠い先まで未来予知をした。
その行きつく先には、愛梨の望む未来が待ち受けていたらしく、今はゴール目指して真っすぐに突き進んでいる。
そのゴールが何なのかは絶対に教えてくれないが。
そんな愛梨はここに来てすぐ容姿が少し変化した。それは母さんも同じなのだが、もともと薄い金髪だった髪色が完全に銀髪になり、瞳は充血したのか燃えるような赤になってしまった。
「愛梨、その充血した目は本当に大丈夫なのか。医務官さんにもらった目薬はちゃんと差しているのか」
「うーん・・・ちゃんと目が見えているし、どこかが悪くなった訳じゃないと思うけど、この異世界に来てからオーラが集めにくいというか、思念波補助デバイスの効果が弱くなったみたい」
「それは愛梨だけじゃなく全員がそうだ。雨宮主幹が今その原因を調査しているが、目が何ともないのならそれでいい」
「そういうお兄は、見た目が全然変わらないね。相変わらずの超イケメンだよ」
「俺がイケメン? そう言えばそうだっけ、全く自覚はないけど・・・」
この異世界に来ても、相変わらず俺は自分の姿が正しく認識できず、アリスレーゼの言う強力な精神感応魔法がかかったままだった。そんな俺に、弥生も頬を膨らませて文句を言い始めた。
「ねえ、私たちは前世からの相棒で、輪廻転生を何度も繰り返す永遠の恋人なのよ。それなのに私の扱いがちょっと雑じゃないかしら」
綺麗な黒髪を右手でさらりとかき上げて、いかにも美人風の仕草を見せる弥生だったが、
「そうは言うけど、俺には前世の記憶が全くないし、お前の印象って鼻くそを美味しそうに食べてる近所のガキ大将だからな」
「またそれを言った! こんな超絶美少女を捕まえてその言い方な酷くない?」
「自分で言うなよ。それに前世がどうのって話は、俺たちを異世界転移させるために父さんがでっち上げた作り話じゃないのか」
「お義父様に限ってそんなこと絶対にないわよ!」
この言い争いは異世界に来てから何度もやったし、母さんに聞いても「これは瑞貴の物語だから」って何も教えてくれない。
だからこれ以上この言い争いを続けても無駄だし、弥生にはちゃんと仕事をしてもらえればそれでいい。
「とにかくお前はアリスレーゼの護衛を頼む。また鮫島の野郎が現れたら、お前じゃないと対処できないんだからな」
「それは分かってる。頼まれた仕事はちゃんとするし、瑞貴もしっかり頑張るのよ」
公安UMA室の先輩らしく、腰に手を当てて偉そうに俺に指導しているが、弥生は仕事はキッチリこなすし安心してアリスレーゼを任せられる。
「ああ、お互いに頑張ろうな」
「さて俺と一緒に港町ドルマンに潜入するのは、藤間警部とヒッグス、敦史、水島さん、そして神宮路家の運転手の松原さんだ」
俺がそう言うと藤間警部はビシッと敬礼をし、松原さんは運転帽を取ってお辞儀をした。
そしてヒッグスは、分厚い胸板を力一杯叩いて大声で笑った。
「アリスレーゼ王女殿下の代役を見事果たして見せましょうぞ。ガーハッハ!」
一方、敦史は期待に満ちた表情で、
「いよいよ異世界の冒険が始まるのか! なあ瑞貴、最初はやっぱり冒険者ギルドに行くんだよな。そして転生スキルを確認して、ヒロインたちとパーティーを組んでチートでカッコいいところを見せて、その後はウシシシシ!」
「敦史、悪いが俺たちは冒険に行くのではなく、現地で活動中の地下組織レジスタンスと接触するだけだ。それにスキルはもう雨宮主幹に調べてもらっただろ」
「・・・せっかく雰囲気を出してたのに、いきなり現実に引き戻すなよ」
「お、おう・・・悪いな」
見る見るうちにションボリして行く敦史とは対照的に、水島さんは楽しそうに俺を見つめている。
「本当は女の子を危険な場所に連れて行きたくなかったんだけど、水島さんの防御力と治癒能力はこういった敵陣ど真ん中への潜入作戦には必要不可欠なんだ。この異世界では俺と最前線に出てもらう機会が多くなるけど、本当に申し訳ないと思っている」
だが水島さんは首を横に振って嬉しそうに答えた。
「前園くんが望むなら私は何だってするし、敵が攻撃して来たら身体を張って守ってあげる」
「それはダメだ。俺はキミを無事日本に帰還させなければならないし、もし怪我なんかさせたらキミの両親に申し訳が立たない」
「それは平気。お母さんは、私が前園くんのために生きるってことを応援してくれてるし、お父さんも私のことはすっかり諦めたみたいだから何も気にしなくていいのよ」
「いや、だからそう言うことは軽々しく・・・」
そんな俺の心配を全く気にせず、楽しそうに俺の隣に並んだ水島さんを見て、アリスレーゼと弥生が揃って頬を膨らませた。
特にアリスレーゼは、他のみんなにはいつもプリンセススマイルを絶やさないのに、俺にだけは怒ったり拗ねたり駄々をこねたりと、甘え放題なのだ。
そして愛梨だけは俺が何をしてもいつもニコニコしていてかなり薄気味悪い。
さてそんなブリーフィングも終わって出発を待つだけとなったが、俺はさやかに暫しの別れを告げる。
「俺はしばらく留守にするけど、キミはゆっくり身体を治してくれ」
するとさやかが、車椅子から俺を見上げて、
「ありがとう瑞貴君。おかげで怪我はかなり良くなったのよ。もう何とか立ち上がることもできるし」
そう言って車椅子から立ち上がろうとするさやかを俺は慌てて止めた。
「動いてはダメだ!」
「瑞貴君?」
「まだ右腕のギブスも取れていないし後遺症が残ったらどうする! 他にも包帯が取れていない所がたくさんあるし、完全に治りきるまでは絶対安静が必要だ」
「ですが、わたくしだけ何もしないわけには」
「そういうところが心配なんだ。キミは責任感が強すぎて、自分の命を顧みずに使命を全うしようとする。頼むからもうあんなことは絶対に止めてくれ・・・」
「瑞貴君・・・」
「俺はもうキミが傷つく姿を見たくないんだ。だから俺がいいと言うまでは車椅子から降りてはいけない」
「・・・ありがとう瑞貴君」
そう言うと、さやかは俺から目をそらして下を俯いてしまった。綺麗な長い髪の間からチラリと見えた耳が真っ赤になっていた。
俺はそのまま車椅子を押すと、侍女長の長谷川さんに彼女を託した。
「という訳だから、さやかを絶対安静にしておいてほしい。頼んだぞ長谷川さん」
すると侍女たちが一斉にお辞儀をすると、長谷川さんが微笑ましい表情で俺に答えてくれた。
「承知いたしました若旦那様。我ら神宮路家侍女一同、お嬢様のお身体の回復を最優先に誠心誠意お仕え申し上げます。ですので家内のことは何も気にせず、若旦那様は外でご活躍くださいませ」
「若旦那様って・・・いくら何でも気が早すぎると思うが、頼りにしてるよ長谷川さん、そしてみんな」
こうして、頬を膨らませてタコのような顔になってしまったアリスレーゼを残して、各々は出発準備のため自分の部屋に戻っていった。
次回「野営」。お楽しみに。
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