第1話 異世界攻略開始
自衛隊の高機動車に乗って、東へ向けて走る俺たち6人。その行き先は、グランディア帝国の前線基地が置かれている港町ドルマンだ。
この車の乗り心地がイマイチなのは車の性能のせいでも運転する松原さん(神宮路家の専属運転手)の腕が悪いからでもなく、舗装されていない荒野をグランディア騎士団の大軍が頻繁に通過したことで、地面が荒れ果てていたためだ。
ガタガタ揺れる車の後部座席には、俺の両隣に敦史と水島さんの二人が、さらにその後ろには藤間警部(ここ異世界では犯罪捜査が任務のため、こちらの階級を名乗るらしい)と元オーク騎士団副団長のヒッグスが座っている。
俺は後ろを振り向いてヒッグスに話しかける。
「町ではスパイ活動を行うことになるから、今の戦闘服では目立って仕方がない。悪いがヒッグスだけ先に町に入って俺たちの服を調達してくれないか」
俺たちが今着ているのは学生服風の戦闘服であり、ヒッグスだけが以前着ていたオーク騎士団の装備を身に付けている。だから唯一彼だけが帝国の支配する港町ドルマンに入っても違和感なく行動できる。
俺への忠誠心の強いヒッグスはもちろん快諾し、
「お安い御用です、ミズキ殿! 運転手のマツバラ殿の分も必要ですか」
「いや松原さんには町の外で、この車ごと身を隠していてもらう」
「では4人分ですな。ミズキ殿には我が主に相応しい豪華な装備を用意しましょうぞ。ガーッハッハ!」
「・・・いや、傭兵風の目立たない格好を頼むよ」
どこまでも続く地平線に、本当に異世界に来てしまったことを俺は改めて実感していたが、ぼんやり景色を見ながら、俺たちが港町ドルマンに潜入することになった経緯を思い返していた。
◇
12月中旬、日本の山中から異世界に向けて旅立った俺たちと自衛隊の大部隊は、グランディア帝国が支配する転移基地の一つ「南部異界門」への転移に見事成功した。
そこは広い平地を取り囲むように巨大な石の構造物が円形に配置され、地面に巨大な魔法陣が刻まれているとても神秘的な場所だった。
強いて例えるなら、イギリスのストーンヘンジーの直径を数10倍に拡大した真ん中にナスカの地上絵が描かれている場所と表現した方が分かりやすい。
そんな敵基地のど真ん中に突如出現した自衛隊は、間髪入れずにヘリ部隊全機が離陸すると、基地の外側で守備についていた敵騎士団の頭上に静止し、機銃を一斉掃射した。
おそらく彼らは、日本に向けて出撃した主力騎士団が不在の間、この基地を帝国の敵対勢力あるいは野盗の襲撃から守るための守備要員だったのだろう。
今となってはその役割が何だったのかを彼ら自身に聞く術もないが、対戦車ヘリの圧倒的な火力を前に瞬く間に沈黙した彼らからは組織だった抵抗を受けることもなく、敵基地を無傷で制圧することに成功した。
その後この異界門に俺たちの拠点となる「南部異界門基地」を建設したのだが、帝国軍の基地はそのまま流用した上で、当面の間全部隊を収容するための仮設基地も随時設置していった。
そして異世界転移から半月ほど経過した今日、新年の門出を祝うかのように総員3000名を収容できる巨大な基地が完成した。
新年の訓示を兼ねて全隊員の前で基地の完成報告を行ったのは、陸海空自衛隊の精鋭たちを統括する司令官の加藤一郎陸将補だ。
その彼に呼ばれた俺は、その後開かれた新年会もそこそこに司令部のある作戦司令室に向かった。
俺たち4人が部屋のテーブルに座ると、既に幕僚は全員勢揃いしており、正面の壁にプロジェクターで映し出された「世界地図」の横に加藤陸将補が立つと、レーザーポインターで場所を指し示しながら、今後の行動方針について話し始めた。
なお、今説明を受けているのは俺とアリスレーゼ、保護者の母さん、藤間警部の4人で、本来なら俺たちUMA室戦闘員の指揮官であるさやかも参加すべきところを、まだ体調が万全でないため俺が休ませた。
また今のアリスレーゼの立場は「ティアローズ王国第1王女兼臨時政府代表」であり、国家元首の彼女の強い希望で俺は「在ティアローズ王国日本全権大使」というとんでもない役割を黒川総理から任命されてしまったのだ。
「さてこの世界地図は現地で作成されたもので、縮尺はかなりいい加減だが、書き込まれた情報は警察庁の内偵が調べ上げたものだから極めて確度が高い」
「警察庁の内偵って確かアンナさんでしたっけ。彼女とは連絡がついたんですか?」
「いやまだだ。あとで説明するが、現在彼女は猫人族の有力者に接触している。我々がそこに進駐した際に彼女と合流する手筈だ」
警察庁公安課UMA室長である父さんがクランディア帝国の内部に送り込んでいたのは、アンナさんという現地採用のスパイだ。
父さんがどこで彼女を見つけたのかは知らないが、俺たちと合流するために帝都ティアローズを脱出し、現在こちらに向かっていると聞いている。
このアンナさんの件を含めて、時間がなくて父さんに聞けなかったことを母さんに尋ねてみたのだが、
「これはあなたの物語なんだから、自分で答えを見つけなさい」
とけんもほろろで、結局何も聞き出せなかった。
「さてこの地図を見ても分かるとおり、この大陸には東西南北それぞれに1カ所ずつ「異界門」が存在する。グランディア帝国はこの異界門を使って日本に騎士団を送り込んでいるのだが、我々の目的はこの4か所全ての占領、もしくは完全な破壊だ」
加藤陸将補の説明に、俺は一つ質問をする。
「この地図では帝国が占領している異界門は2つで、そのうちの1つは既に俺たちが占領したこの南部異界門ですよね。一方で東部と北部の2つはまだ帝国の占領下に置かれてませんが、これはどうするのですか」
「いい質問だ。現在帝国はこの大陸の全てを支配すべく各地に軍隊を送り込んでいる。この状況で我々の取れる手段として、残り二つを帝国に占領される前に「反帝国同盟諸国」と共闘態勢を組むのが最善だろう。もし上手くいけば帝国との戦闘のいくつかを回避できるかもしれない」
「仲間を作って戦いを有利に進めるわけですね」
「そういうことだ。では当面の我々の戦略目標だが、かつて「オーク騎士団国」のあった山岳地帯の回廊を通過して帝都ティアローズを強襲する。ただし、直接オーク騎士団国へ向かうのではなく、その中間地点にある大規模な油田を占領して燃料を確保してからだ」
「この油田のある所には、確か猫人族の里が・・・」
「そうだ。そのために公安の内偵が先に潜入して工作活動を行っているという訳さ」
「もしかして今日俺たちが呼ばれたのは、油田制圧のために自衛隊が出発することを伝えるためですか?」
「実はその前に叩いておきたい帝国軍の基地がある」
そういって加藤陸将補が示したのは、この基地の東に位置する赤い点だった。
「ここは日本に送り込まれてくる帝国騎士団の前線基地になっていて、おそらく今はこの基地を奪還するため各地から兵が集められているはずだ。この南部基地は日本への帰還のために必要であり、守備部隊は残していく予定だが、後顧の憂いを断つためにもまずは敵の前線基地を完膚なきまでに叩かなければならない」
「では自衛隊は、こちらに進撃を開始するのですね」
「そう言うことになるが、瑞貴君に頼みがある」
「なんでしょうか」
「内偵からの情報によると、ここはかつて犬人族が支配する国だったそうだ。今の犬人族は2等市民に格下げされて実質奴隷のような生活を余儀なくされている。この状況を打破するため、地下組織が反攻の機会をうかがっているらしい。瑞貴君にはその地下組織と接触して我々との連携が可能か探りを入れてほしい」
「アンナさんみたいに工作活動をしろということですね。上手くできるか分かりませんが、お役に立てるなら頑張って見ます」
「ああ、期待しているぞ」
そう言って加藤陸将補はニッコリ笑って頷いたが、急に真面目な表情に変わると、少し強い口調で俺に注意を促した。
「念のために言っておくが、この異世界での指揮命令権は君にあるんだ。君は我が国の全権大使であり文民統制が確立されている我が隊において、現在の最高司令官は君なんだよ」
「この俺が最高司令官・・・」
「我々は軍事的な観点から君にアドバイスはするが、最後に決断するのは君だ。もちろん未成年である君に無茶な判断はさせないし、万全のサポートはさせてもらう。それに君の保護者である前園夫人もちゃんと見ていてくれるはずだ」
隣を見ると母さんが俺に優しくほほ笑えんでいる。どうやら俺には自覚が足らなかったようで、両手で頬を叩いて気合を入れ直すと、加藤陸将補に告げた。
「では改めて俺の方針を伝えます。我々は誰一人欠けることなく全員で日本に帰還しましょう。そのためにグランディア帝国に反旗を翻す全ての人たちとよく話し合い、仲間を増やして共闘しましょう。そして一歩ずつ確実に帝国を追い詰め、我が友好国であるティアローズ王国の国土の回復と独立を勝ち取りましょう」
すると全幕僚が一斉に起立して敬礼をしてくれた。どうやら俺はみんなから及第点をもらえたようだ。
「さて瑞貴君に一つ質問だが、これから我々は亜人居住地域を縦断して帝都へと向かう。その結果、帝国軍を退けた後には支配者のいない空白地帯が残ることになるが、果たしてこれは誰のものになるのだろうか」
加藤陸将補がまるで学校の先生のように俺に問いかけるが、これも質問の形式を取った日本の外交スタンスを教えるためのレクチャーだ。俺は、頭をフル回転させて何とか回答を導く。
「もちろん元から住んでいた亜人種族、犬人族や猫人族に返還します。そのための共同戦線ですよね」
「そうだ。我が国は軍事的手段によって領土を拡大することは絶対に行わないし、そう憲法に明文化されている。したがって我々が行う軍事行動はあくまで敵基地攻撃という戦術的選択肢の一つに過ぎないが、亜人族にとっては祖国奪還のための戦争ということになる。だから彼らと友好関係が結べれば、我々は彼らの国家再建に大いに力を貸してあげようではないか」
「亜人解放戦争・・・ということですね」
「そういうことだ」
こうして異世界での俺たちの基本方針が定まった。




