最終話 異世界への旅立ち
母さんから指輪を受け取った父さんは、自分の懐からケースを取り出し、そこに厳重に保管されていた自分の指輪と重ねて何かの詠唱を始めた。
俺と弥生が硬直している場所から少し離れていたため何を言っているのか聞き取れなかったが、指輪から突然「カチリ」と音が聞こえると母さんの指輪が一瞬強い輝きを放った。
「封印は全て解けた。俺は一緒について行ってあげられないが、これで瑞貴と愛梨のことはキミに安心して任せられる。・・・二人を頼んだぞ」
「ええ私に任せて、あなた」
そして父さんが母さんの左手薬指に指輪をそっとつけると、母さんの身体から赤いオーラが溢れだした。
そうか、母さんは思念波が使えなかったんじゃなく指輪に封印していたのか。
でも何なんだこのケタ違いの思念波エネルギーは。爺さんや師範代は言うに及ばす、最強の思念波強度を誇るアリスレーゼと同じかそれ以上じゃないのか。
◇
「さてこれで全ての準備は整った。後は帝国の転移魔法を再起動させるだけだが、雨宮主幹、思念波エネルギーの充填状況はどうなっている」
「充填率80%まで来ているわ。あと10分ぐらいで100%に到達する予定だけど、それまでに自衛隊の全部隊が揃うかの方が心配ね」
「わかった。ところで田ノ内大臣、自衛隊の撤収状況はどうなっていますか」
父さんが話しかけたのは、黒川総理の隣でずっと忙しそうにしていた防衛大臣の田ノ内先生だった。
「小野島君、撤収はおろかこのまま戦闘を継続させなければならないようだ。主力である地上部隊を先に撤収させたため今はヘリ部隊だけで戦っているが、これだと山林に入り込んだ敵を掃討し切れないのだよ。もうヘリ部隊は諦めて地上部隊だけで異世界に行ってもらえないだろうか」
「ヘリ部隊を日本に残す・・・いや、航空戦力は貴重な兵力です。隊員の帰還率を可能な限り向上させるためにも、全部隊をセットで送り込みたいのですが」
「だが今ヘリ部隊をここに呼び寄せれば、かなりの数のグランディア騎士団を野に放つことになり、その後の制圧に警察側の犠牲者が多く出るばかりか、一般国民にも多大な被害が生じかねない。いくら我々が下野すると言っても、国民の生命を最後まで守り抜く義務が我々にはあるのだよ」
「・・・おっしゃる通りです。国民の生命には変えられません。ではヘリ部隊は日本に残す方向で・・・」
父さんがそう結論を出そうとしたが、母さんは不敵に笑うと田ノ内防衛大臣に命じた。
「今すぐヘリ部隊をここに集結させなさい。代わりに私がグランディア騎士団をこの地上から消滅させてあげるわよ」
「え?」
そう言うと母さんの身体から真っ赤なオーラが猛烈な勢いで溢れ出しそれが空高く駆け登って行く。そして空全体を覆い尽くすと渦を巻いて地上に降り注ぎ、母さんの身体へと還流していった。
するとプラチナブロンドの髪が白銀に輝き、青い瞳はオーラが充満して真っ赤に燃え上がった。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ・・・・・
そんな母さんが呪文を唱え始めると、大地が揺れて突風が巻き起こり、野鳥や小動物たちがギャーギャーと鳴きながらどこかへと逃げ去って行った。
そのあまりの思念波エネルギーの強さに、普段はオーラを感じることのできない一般人の政治家たちまで母さんのオーラに身震いし、アリスレーゼまでが唖然としながら、
「お義母様が魔力をお持ちなのは以前から存じ上げておりましたが、まさかこれほどとは・・・。お義母様って一体何者なのですか?!」
そして父さんも慌てて母さんを止めにかかった。
「キミは何を考えている! 今すぐ止めるんだ!」
だが母さんは父さんの制止を聞かず、離れた場所に移動してなおも詠唱を継続する。俺はどうにか母さんの方に目線を動かすと、その手元に白いうさぎのぬいぐるみが一つ出現した。
オォオォオォオォオォオォ・・・・
だがその可愛らしい姿とは対象的に、うさぎからは禍々しいオーラが溢れだしていた。
ゾゾゾゾゾゾ・・・
その次の瞬間、背筋も凍るような恐怖が俺の全身を貫くと、上空から燦然と輝く小さな光点が2つ、ゆっくりとぬいぐるみの中に吸い込まれていき「カチリ」と音がして空気の鳴動が止まった。
(何が起きているのか分からん・・・どうして動かないんだ俺の身体!)
その後母さんが見せた行動が更に意味不明だった。
愛用のなろう専用タブレットをバッグから取り出すと、その画面をうさぎに見せ「ターゲットオン」と呟いてうさぎを解き放った。
そのぬいぐるみは本物のうさぎのようにピョンピョンと跳ねて俺たちの前から消えてしまうと、母さんはとてもいい笑顔で父さんたちの方を振り返った。
「うさぎをグランディア騎士団の中心で爆発するようにセットしたわ。小型戦術核クラスの威力があるから辺りの山林ごと消し飛んでしまうけど、この辺りは誰も住んでないから大丈夫よね」
すると父さんが、
「アホかっ! いつもやりすぎなんだよキミは!」
「アホって何よ! 異世界から一人でも多くの自衛官を日本に帰還させるためだから、グランディア騎士団を消滅させるぐらい構わないでしょ! 日本人一人の生命の方が、帝国人1万人の生命よりも重いのよ」
「「うっ・・・」」
母さんのあまりの極論に、ここにいる全員が微妙な顔をして黙り込んでしまったが、恐怖に顔をひきつらせた父さんが田ノ内大臣に慌てて告げた。
「大臣、戦闘ヘリ部隊を今すぐここに呼び戻してください。そして先生方は爆発に巻き込まれないうちに東京の選挙事務所に戻った方がいいです。こいつは目標をどこまでも追いかけて自爆するうさぎ型自走誘導爆弾で本当にヤバい思念波兵器なんです。大爆発の後には残留放射線もちょっぴり残りますので、ここは立ち入り禁止区域に指定した方がいいと思います」
すると全員が顔を青ざめて、田ノ内大臣が父さんを叱った。
「アホかっ! キミの嫁は一体何をやっとるんだ! だがわかった、部隊には至急撤退命令を出そう」
その後、上空から続々と戦闘ヘリが着陸して予定していた全ての部隊がここに揃った。
そして撤収準備が整って後はヘリに乗り込むだけとなった政治家たちだったが、なぜか俺たちの前に戻って来ると、黒川総理以下全員が一列に整列して俺たちに向けて敬礼をした。
「最後に内閣総理大臣として、諸君らに言葉を贈らせていただきたい」
少し間を置いた総理は、続く言葉を語った。
「諸君は全員、本日のグランディア騎士団との戦いで行方不明、つまり殉職したことになり、これから行われるグランディア帝国との戦いも公式の記録には残らないし、栄光も名誉も与えられないかもしれない」
総理が突然始めた話に、俺たち全員背筋を伸ばして耳を傾ける。
「だが少なくともここにいる我々はその心にしっかりと刻むだろう。真に我が国を思い、国民の生命を守るために侵略者との戦いに自らの生命を投じる若き英雄たちの存在を」
静かに、だが気持ちのこもった言葉を淡々と紡いでいく黒川総理。その横に並び立つ進藤幹事長や主要閣僚たちの目には、うっすらと涙が光っていた。
「本来ならこの場には全ての閣僚と国会議員、そしてたくさんの国民に見送られて旅立つはずの諸君だが、このような寂しい旅立ちとなってしまったことを大変申し訳なく思う。だが我らに、この上ない感謝の気持ちを込めて諸君を送り出すことを許してほしい」
そして黒川総理が一瞬間を置いた後、綺麗な所作で右手を掲げた。
「総員、敬礼っ!」
全ての政治家が一斉に敬礼すると、そのまま後ろを振り返ってヘリに乗り込み、この場から順次飛び去って行った。
そして異世界転移魔法の起動に成功したことを確認した父さんも、日本に残る人たちを全員引き連れて、ヘリでこの場を待避した。
その後暫くすると空が七色に輝きだし、空間が捻れて激しい時空震が俺たちを襲った。
そう俺たちは今、異世界へと旅立ったのだ。
◇
衆議院選挙の最中の夕方、日本のとある山中で巨大な爆発が発生した。
マスコミ各社は政権交代を確信して選挙特番の準備に追われていたが、現政権の総理と主要閣僚の動きを見失っていたのは確かで、その爆発を最初に報道したのが欧州の公共放送だったことは皮肉だった。
このことがその後の新政権のお粗末さと併せて世界から失笑されるネタとなるのだが、これが視聴率を稼ぐために無用に政権交代を煽ったマスコミへの政権与党の意趣返しだったのかは今となってはわからない。
その国際映像では巨大なキノコ雲が空高く上がっていき、気象庁の地震計はマグニチュード4.5、震源の深さは0キロメートルを推計したと発表した。
その後政府は緊急会見を開き、爆発の起きた地点ではグランディア帝国と自衛隊の戦闘が行われており、そこに展開していた部隊とは現在連絡が取れない状況であると発表。
それと同刻、同盟国政府高官は日本に小型戦術核が使用された可能性が高いことを伝えた。
~ 第1部完 ~
第2部 ティアローズ王国奪還編へ続く
学園ラブコメのはずが、最後はバトルものになってしまいました。
第2部は近日中にアップするつもりですが、自衛隊の装備とかスペックを色々確認する必要が出てきたので、週一ペースに落とすかもしれません。
もちろん第2部は異世界バトルファンタジーになりますので、引き続きご期待ください。




