第52話 神々の帰還⑥
さて俺たちの中に一人だけ異世界に行くことができないメンバーがいる。
そう神宮路さんだ。
俺は暫しの別れを告げるため、彼女のベッドに近づいた。だが、
「もちろんわたくしも異世界にご一緒致します。よろしいですわね、瑞貴君」
「はあ? いやいや集中治療室から出たばかりのその身体で、異世界なんか行けるわけないじゃないか」
腕がギブスで固定されて身体中包帯だらけの彼女が、点滴チューブを揺らしながらベッドからゆっくりと身体を起こすと、真っ直ぐに俺を見て言った。
「わたくしを妻に選んでくれた瑞貴君の役に立ちたいのです。この身体ではさすがに戦闘はできませんが、今後は自衛隊との連携作戦が主体となって参ります。部隊の指揮はお任せください」
「だがしかし」
確かに、各所との連絡調整をしながら刻一刻と変化する戦況を瞬時に判断して最適な作戦を立案する能力は、さすが完璧超人の神宮路さんであり、俺たちの部隊の指揮官は神宮路さんをおいて他にいない。
特に瀕死の重傷から意識を取り戻してたった数日なのに、今日の作戦指示も見事という他なかった。
だが医療設備の整った日本ならともかく、中世ヨーロッパレベルの不衛生な異世界ではどう考えても彼女の身体に差し障りがある。
俺は日本に残るよう彼女を説得しようとすると、神宮路会長が彼女の隣に立って俺の言葉を遮った。
「瑞貴君の心配はもっともだが、どうかさやかを君の傍に置いてもらえないか」
「神宮路会長までそんなことを・・・」
「さやかは片時でも君のそばを離れたくないのだよ。孫娘の気持ちをどうか察してやってほしい」
「ですがこの身体ではさすがに・・・」
「もちろんさやか一人を送り出すつもりはない。異世界へはここにある医療設備一式とともに医療スタッフや専属メイドを全員送り込むつもりだ。この私も一緒に付いていきたいところだが、さすがに会社を放っては行けないし、その代わりと言ってはなんだがウチの社員でもある雨宮主幹研究員とその研究スタッフたちを一緒に連れて行ってほしい」
「ここにいる全員を・・・」
神宮路さんの周りには4人の医療スタッフと、4人の専属メイドが立っている。その中の一人はメイド長の長谷川さんだ。
そしてもう一人、神宮路さんのリムジンの専属運転手の松原さんがひょっこり姿を表して、帽子を取って俺にお辞儀をしてくれた。
また例の装置の方を見ると、雨宮主幹と研究スタッフたちが俺に向かって手を振っている。
「雨宮主幹まで・・・」
再び神宮路さんに視線を戻すと、今度は懇願するような目で俺を見ている。
「瑞貴君・・・ダメでしょうか」
そんな彼女の目からポロポロと涙がこぼれ始めると俺は慌てて、
「わかった! 頼むからもう泣かないでくれ。神宮路さんも俺たちと一緒に行こう」
俺はどうやら、女の子の涙に弱いらしい。
特に神宮路さんに泣かれると、胸が締め付けられるように痛くなって、今すぐ抱きしめたくなるほど愛おしさを感じてしまう。
さすがに今の彼女を抱きしめる訳にはいかず、唯一怪我のない左手をそっと握ると、俺は優しく微笑んで見せた。
だが神宮路さんは泣き止んではくれたものの、今度は少しふて腐れたように頬を膨らませて、
「さやかとお呼びください」
「え?」
「アリスレーゼ様は呼び捨てなのに、どうしてわたくしの呼び方だけ「神宮路さん」なのですか。そんなの他人行儀で嫌です」
神宮路さんが一転、期待を込めた目で俺を見つめ、周りの医療スタッフやメイドたち、そして神宮路会長までが俺のことをじっと見ている。
いきなり名前呼びなんて俺にとってはめちゃくちゃハードルが高いが、この娘と俺は5年後に結婚する。だったら覚悟を決めて、今呼び方を変えた方がいい。
「・・・さ、さやか」
「はい、瑞貴君!」
満面の笑みを浮かべる神宮路さん・・・さやかは、普段は冷静沈着なのに俺の前だと感情が溢れて表情がコロコロ変化する。それが思わぬギャップを生んで、彼女を一層魅力的に感じさせた。
気がつくと俺とさやかは手を握り合って、お互いを見つめていた。
それを神宮路会長やメイドたち、おまけに政治家たちまでもが生暖かい目で見守っていたのは百歩譲ってまあいいとして、敦史とヒッグスの二人に至っては、俺をからかうように口笛を吹き始めやがった。
しかもそれがSPや自衛隊幹部たちにまで伝染してしまい、拍手やらヤジやらが飛び交い始めたのだ。
「ちょっとやめてくれよみんな。恥ずかしいからもう勘弁してくれ・・・」
だが俺をからかう男たちのヤジが、静まるどころかどんどん大きくなっていき、どうもおかしいと周りを見てみるとさっきまで魔道師と戦っていた草地にはたくさんの自衛官が続々と集結しており、その隊長たちが黒川総理の前に順次整列を開始していた。
そんな彼らが総理に敬礼をした後、大笑いしながら俺にヤジを飛ばす集団に加わっていたのだった。
◇
ということで異世界に行くメンバーが確定した。
UMA室戦闘員は全員が行くことになり、階級的には警部である藤間主任が俺たちの上官として隊を束ねることになるが、その職務は専ら鮫島逮捕のための犯罪捜査となり、対グランディア帝国の組織戦ではさやかが引き続き指揮官の任に就く。
アリスレーゼは戦闘員ではなくなったがこれまで通り戦闘には参加し、母さんは保護者代表兼高校教師として異世界に随行する。これは俺たちが異世界にいる間も高校を欠席扱いにならずに卒業の資格を取得可能となるよう爺さんが配慮してくれたものだ。
そんな爺さんは自分も異世界に行くと張りきったが、父さんが説得して共に日本に残ることになった。
そして自衛隊の方も概ね部隊が集結したようだ。
進藤幹事長によると、今回の異世界への派遣に向けて陸海空全ての隊から広く志願者を募り、その中から選抜された高い能力と強い意思、そして自衛官としての職業意識と倫理観を兼ね備えた隊員だけがここに集まっているとのこと。
つまり目の前にいる彼らこそが日本最強の精鋭部隊なのだ。
その隊員の能力や人数もさることながら、各種装甲車や輸送用トラックも多数勢揃いし、見たこともないような大部隊になっていた。
これでもまだ一部の隊はまだグランディア帝国騎士団と交戦中であり、今は彼らの到着を待っているとのことだ。
「すげえ・・・日本の本気を生まれて初めて見た気がするよ」
俺が感心していると、父さんがチラッと腕時計を確認し、俺たちに最後の説明を始めた。
「ちょうどいい頃合いだから、異世界転移の最終シーケンスを開始しよう」
「いよいよ異世界転移か・・・緊張するな」
「そう固くなるな瑞貴。細かい調整は全て雨宮主幹たちがやっているから、お前がするのは転移のトリガーを引くことだけ。簡単な仕事だよ」
「・・・え? 俺も何かするのか?」
「お前と弥生の二人にやってもらうことがある」
そう言うと父さんは懐から指輪を取り出すと、俺と弥生の二人にそれぞれ手渡した。だがこの指輪は俺にとってすごく見覚えのあるデザインだった。
「ていうか父さん、この指輪って母さんが大切に身に着けている婚約指輪じゃないか!」
この独特な雰囲気のデザインリングを見間違うバカはこの世にいない。それを俺と弥生に渡すってことはつまり、俺たちを婚約させるということか。
だが父さんは、
「これが婚約指輪だって? ・・・ああそう言えば、俺が母さんにこの指輪をあげた時はちょうど婚約したての頃だったから、そう言えなくもないか・・・」
「え、これ婚約指輪じゃなかったの? 母さんはそう言っていたけど・・・マズッ!」
父さんは女心に無頓着なところがあって、こういう無神経な発言をしては母さんに怒られるのがいつものパターンなのだ。
だがいつもならカンカンになって父さんに殴りかかっているはずの母さんは、なぜか黙って俺たちの指輪を凝視している。そして、
「あなた、この指輪をどこで手に入れたのよ。これはこの世に2つしか存在しない特別な指輪なのに、ひょっとしてこれってあなたが・・・」
「そう、筑波の思念波工学研究所で作ったものだよ。素材探しに手間取って何年もかかってしまったがな」
「呆れた・・・やっぱり作ったのねそれ。なら、その子の・・・神無月弥生の秘密を教えてちょうだい」
母さんは怒るどころか、何かに納得した表情で父さんに説明を促す。そして父さんが話した内容はとてもにわかには信じ難いものだった。
「グランディア帝国の本来の目的である3柱の神々、つまり永劫の時の中で輪廻転生を繰り返す3人の異能者のうちの2人は、瑞貴と弥生、お前たちだよ」
「え?」
かつて異世界からこちらの世界に転移したという異能者がこの俺! しかも弥生もそうだと言うのか。
「瑞貴、お前がその異能者であることは生まれてすぐに分かったんだが、隣に住む弥生がそうだと分かったのは彼女が中学生になってからのことなんだ。俺は早くから彼女を候補として目をつけていたが、他にも可能性のある奴が何人かいて確定に時間がかかった」
「ちょっと待て。何で父さんがそんな昔から異能者を探していたんだよ。ていうか何で俺がその異能者なのかとかそれをどうやって調べたのかとか、ああっ! 聞きたいことが多すぎる!」
「それを話すと長くなるからちゃんと時間を取りたかったんだが、もう説明する時間がない。異世界に着いたら母さんにでも聞いてくれ。そもそも俺が商社マンをしてたのも世界のどこかにいる異能者を探すためだったが、日本人に絞ればいいことが判明した後はこうして公安で働いてるってわけさ」
「マジか・・・もうどこからツッコんでいいのか分からんが、後で母さんに聞くしかないか。それで俺と弥生はこの指輪を使って何をしたらいい」
「要点だけ簡潔に言うぞ。本来なら3人の異能者が揃わなければお前と弥生の異世界への帰還は不可能なんだが、この指輪はその個人が持つ思念波を数倍に増幅する特別な思念波補助デバイスであり、そこに鮫島の思念波エネルギーも大量に使うことで、3人目の異能者の能力を擬似的に発動してトリガーを引く」
「そんなすごい指輪だったのか、これ・・・」
母さんとお揃いの指輪が俺の手のひらでキラリと光っている。早速それを指にはめようとすると、
「ちょっと待て瑞貴。それは弥生のだからお前が彼女につけてやれ」
「え・・・やだよ。だってこれ婚約指輪っぽいし」
俺は神宮路さんを婚約者に選んだわけだから、例えこれがただのデバイスであっても不誠実な気がする。それにコイツは俺の幼馴染みのガキ大将で、おまけに俺のストーカーだし。
だが弥生はキラキラした目で俺を見つめ、左手を俺に差し出した。そして父さんも
「瑞貴、これから行う異世界転移は、グランディア騎士団なんかとはケタ違いに大規模な自衛隊と、本来異世界に転移できないお前たち二人を強制的に転移させるために膨大な思念波エネルギーを使用する。さらにそのトリガーを引くためには、お前たち二人の精神を完全にリンクさせなければならない」
「だからって、コイツとなんか絶対やだよ」
「ダメだ。一番確実なのはお前たちが永遠の愛を誓って身も心も結ばれることだが、それが難しいからせめて指輪交換をして二人の絆を深めようという作戦なんだ。これでもお前にギリギリ譲歩してやってるんだし、もし転移が失敗してしまうと、愛梨が予知したような事態に陥ってしまうぞ」
「転移が失敗・・・つまりアリスレーゼの強制送還か亡命・・・それだけは絶対にダメだ!」
「だったら、早く指輪交換をしろ!」
「し、仕方がないな・・・弥生、指を貸せ」
「はいっ!」
急に可愛い声を出して左手を俺に差し出した弥生だが、調子に乗って目をつぶって唇を突き出している。
「うっ・・・」
だがこうやって見ると、長く綺麗な黒髪がサラサラと風に流れ、人形のように整った顔と化粧もしてないのに透き通るような真っ白い肌に、ほんのりと赤く染まった頬。自分で言うだけあって、超絶美少女であることに間違いはない。
だがそんな容姿とは裏腹に頭の中身は、俺の使い古しの下着を集めるようなド変態ストーカー女だ。
「ねえ瑞貴、早く永遠の愛を誓いましょう」
「うるせえ! ・・・こ、これは異世界転移のためのトリガーだ。決して指輪交換なんかじゃないぞ」
だが気になって周りを見ると、愛梨は期待に胸を膨らませてキラキラした笑顔を見せているが、さやかは寂しそうな表情で俺を見つめ、アリスレーゼに至っては頬を膨らませて完全に拗ねている。
プリンセススマイルはどこ行ったんだよ、お前!
だが父さんが腕時計をチラチラ見て俺にプレッシャーを与えてくるので仕方なく、本当に仕方なくだが、俺は弥生の左手薬指に指輪をつけてあげた。
これは婚約指輪ではなく、あくまでも思念波補助デバイスだ。
デバイス、デバイス、デバイス・・・。
俺が心を無にしてデバイス経を唱えていると、今度は幸せそうな顔の弥生が俺の指にそのデバイスをそっとつけてくれた。
「瑞貴、これで私たちは婚約者ね!」
「いや違うだろ。これはただの作戦の一環で・・・」
だが父さんが俺の言葉を遮り、
「瑞貴、この異世界転移はとてもデリケートなんだ。二人の心が完全にリンクしないと失敗の可能性が高くなる。だからお前もこの弥生を自分の婚約者だと思い込め。さもないと・・・」
「だあっ! 分かったよ・・・仕方ないなあもう」
俺が無駄な抵抗を諦めると、弥生は俺の右腕にしっかりしがみついて離れなくなってしまった。
だが次の瞬間、俺と弥生の身体に膨大な思念波エネルギーが流入すると、全身の気孔が気で満たされていき、身体が硬直して全く動かなくなってしまった。
「あがっ・・・うぐっ・・・」
やべえ・・・声も出せねえ・・・。
そんな俺を見た父さんがニヤリと笑うと、
「よし、異世界転移のトリガーが引かれた。デバイスの発動を急いでくれ、雨宮主幹!」
「了解よ!」
慌ただしく動き始めた雨宮主幹たちをよそに、母さんが父さんに話しかけた。俺はこの動かない身体で、何とか母さんたちの方に目線を移す。
「ねえあなた。私も異世界に行くんだから、この指輪の封印を解いてよ」
「おっとそうだったな、忘れるところだった」
指輪の封印?
次回最終話
お楽しみに




