第50話 決断
12月も中旬になり、神宮路さんの意識が無事回復したとの連絡が入って、既に数日が経過していた。
病院に運ばれた時には、もう命が助からないと医師から匙を投げられていた彼女だったが、母さんが警察権力を盾に治療を強行させると、神宮路電子工業もその資金力と思念波技術を惜しみ無く投入し、奇跡的に蘇生が成功したのだ。
その後も集中治療室での困難な治療が続いたが、一般病棟へ移れる所まで回復すると、ようやく今日俺たちにも面会が許されることになった。
「アリスレーゼと愛梨、そろそろ行こうか。葵さん、瞬間移動をよろしく頼む」
「了解よ」
家まで迎えに来てくれた葵さんを案内して、ウチの小さな庭に出ると、遠くの方から人々のシュプレヒコールが微かに聞こえてくる。
「戦争反対!」
「アリスレーゼ王女を祖国に返還して、グランディア帝国とは話し合いで解決を!」
「UMA特戦隊を即時解散し、これ以上無駄な戦いで日本人の血を流させるな!」
「武装放棄して平和憲法を守ろう!」
そんな人々の叫び声を聞いて不安そうな表情をするアリスレーゼに、「心配するな」と俺は微笑みかけると、葵さんに目で合図を送った。
黙ってうなずく葵さんの隣には例の暗黒球体が忽然と現れ、俺たち4人がそこに入ると藤間主任が拠点にしているマンションの地下駐車場に転移した。
そこから彼の車に乗り換えると、神宮路さんが入院する総合病院へと車は走り出した。
途中、車中から俺たちの家のある方角を見るとたくさんの警察官が辺りを巡回して反戦運動のデモ隊を監視し、デモに紛れた活動家が俺たちの家を破壊したりアリスレーゼを誘拐しないよう警戒している。
そんなデモ隊も以前は高齢者がほとんどだったが、今はサラリーマンや学生の姿も珍しくなく、世論は完全に二分して当初は劣勢だった左派の勢いがどんとん伸びている状況だ。
このままいけば明日の衆議院選挙はかなりもつれるとの予測もあり、結果次第ではアリスレーゼを帝国に引き渡す動きが現実味を帯びてくると、俺の爺さんが怒りまくっていた。
と言うのも、政府内では選挙後の対応を検討するため非公式の会合を頻繁に開いているらしく、アリスレーゼも事情聴取を受けるために俺たち家族全員で警察庁まで一緒について行った。その裏では爺さんが例の与党の有力者を訪問して、アリスレーゼを帝国に引き渡さないよう陳情していた。
その一方グランディア帝国は、あれ以来新たな襲撃を停止している。
おそらく、神宮路さんとの一騎打ちで召喚士であるヴェイン伯爵がかなりの重症を負ったため、騎士団をこちらの世界に転移させられないのだと俺は思うが、マスコミはそれを都合のいいように解釈して、帝国がアリスレーゼの返還を催促しているから攻撃を停止しているのだと決めつける報道がほとんどだった。
◇
さて病院に到着した俺たちは、遠慮する藤間主任をそのまま車に残して、神宮路さんが入院する病室に入って行った。
部屋は広い個室で、たくさんの医療機器が取り付けられたベッドに横たわる神宮路さんが既に目を覚ましており、その頭には包帯がグルグル巻かれ、右腕はギブスでしっかりと固定されていた。
そのベッドの周りには彼女のご両親や祖父母もお見舞いに来られていたが、俺たちの訪問に気づいた神宮路会長がベッドの近くに来るよう促してくれた。
神宮路さんも身体をゆっくりと起こして俺たちを迎えてくれたが、点滴のチューブがゆらゆらと動いて、看護師さんが無理をしないようくぎを刺す。
彼女はそれを特に気にする様子もなく、
「瑞貴君、それに愛梨ちゃんたちも、わざわざお見舞いに来ていただき申し訳ございません」
そう言ってほほ笑む彼女は、意識を取り戻したばかりとは思えないほどしっかりした口調だった。
「思ったより元気そうでよかった。一時はもうダメかと絶望していたから、キミがこうして生きているだけで俺は本当に嬉しいよ」
神宮路さんが生死の狭間を彷徨っている間、俺は祈るような気持ちで彼女の回復だけを願い続けていた。
その間、学校も休んでずっと家に閉じこもっていたから、こうして再び彼女と会って話をすると、まるで長いトンネルから抜け出て暖かな太陽の陽射しを浴びたかのような気持ちになった。
俺のそんな気持ちを察したのか、クスクス笑う神宮路さん。
「わたくしのことで、随分とご心配をおかけしたようですね。でもやっとわたくしのことも振り向いていただけて、怪我をした甲斐があったというものです」
「いやいや笑い事じゃないよ。どれだけ心配したか」
「うふふ・・・ごめんなさい。でもわたくしがこうして生きていられるのは、前園理事が最後まで諦めずにご尽力いただけたからだと聞いていますし、葵さんや水島さんもギリギリまで能力を使って頂き、わたくしの蘇生を手助けいただけたそうですね。本当にありがとうございました」
そういって頭を下げる神宮路さんだが、包帯に滲んだ血が間近に見えてとても痛々しい。葵さんも照れくさそうに頭を掻きながら、
「あなたとはいつもケンカばかりしていたけど、私のライバルなんだからこんなことで死なれたら困るの。早く身体を直して戦列に復帰しなさい」
葵さんはそう言ってプイッと後ろを向いてしまったが、おそらく照れ隠しのつもりなのだろう。
真っ赤になった表情を隠しきれていない葵さんは、アリスレーゼばりの古典的なツンデレだった。
それからしばらくの間とりとめのない話をしていたが、家族の邪魔をしても悪いしあまり長居をするのも身体に差し障ると思った俺は、そろそろお暇することを切り出した。
すると神宮路さんは笑顔を消して真面目な顔で俺に向き直ると、
「瑞貴君、わたくしたちの婚約を解消しましょう」
「え? 婚約解消・・・どうして」
突然の話に、俺だけでなくずっと微笑ましそうに俺たちを見ていた家族も表情が変わった。
「瑞貴君・・・。今は元気にふるまってはいますが、わたくしの身体は既にボロボロで、右腕も一応つながりはしましたが、ちゃんと動くようになるかまだ何とも言えない状況です。少なくともどれだけリハビリを頑張っても完全に治ることはないそうです」
「その右手はもう治らないのか・・・でもそれと婚約の話に何の関係が」
「わたくしにはもう瑞貴君の妻になる資格がないのです。内臓も損傷して子供も産めなくなっている可能性もあるとのことですし、それでなくてもこの傷だらけの醜い身体ではとても瑞貴君に・・・」
「醜いって・・・そんなこと気にするわけ」
「これをご覧になっても同じことが言えますか」
そう言うと彼女はパジャマをたくし上げて腹部の包帯を無理やり取ろうとした。
看護師さんが慌てて彼女の左手を押さえつけたが、ガーゼがめくれて少しだけ見えたその傷口は皮膚が真っ赤に引き裂かれて、その余りの痛々しさに思わず顔をそむけるほどだった。
そんな俺の反応を神宮路さんは悲しそうに見つめ、そして彼女の頬を涙がこぼれ落ちた。
「違う! 神宮路さん、これは・・・」
だが涙が止まらなくなって肩を震わせて静かに泣く神宮路さんを彼女の母親と祖母の二人が必死に慰め、その後ろで父親が悲しそうに首を振る。
そして祖父の神宮路会長が早く病室から出るように促すと、俺たちは彼女に挨拶することなく、そのまま病室を後にした。
◇
地下駐車場に停めてあった神宮路家のリムジンに乗るように促す会長に、葵さんは場の空気を察して遠慮すると、そのまま藤間主任と共に病院を後にした。
そして残された3人で車に乗り込むと、向かいに座った会長が寂しそうな表情で俺に話し始めた。
「さやかが今も生きているのは本当に奇跡的であり、前園夫人を始めキミたちには感謝しても尽くせない。だが見ての通り、さやかの身体はもう以前のようには戻らない。気丈にふるまってはいるが、一人になるとさっきのようにずっと泣いているのだそうだ」
「・・・彼女があんな身体になってしまったのは全て俺の責任です。アリスレーゼの護衛を彼女に頼まなければこんなことにはならなかったはず・・・本当に申し訳ありませんでした」
謝って済むような話ではないのだが、今の俺にできることはただ頭を下げることだけだった。
「頭を上げなさい瑞貴君。私は別にキミが悪いとは思っていないし、責任を追及するつもりもない。ただ、さやかはずっとキミとの結婚を夢見て今日まで生きて来たし、それを断念せざるをえなかった孫の無念さを想うと、心が張り裂けそうではあるがな」
「会長・・・」
「私自身も、キミがさやかと一緒にわが社を盛り立ててくれる未来を夢見ておったが、孫はもう君の隣にはいられないと身を引く意思を固めたようだし、私はその決断を尊重するだけだ。残念だが、さやかとキミの婚約を解消させていただく。・・・今後の君の活躍に期待しているぞ」
神宮路会長はそう言うと、笑顔で俺の肩をポンと軽く叩いて運転手に俺たちの家まで送り届けるよう指示を出した。
だが俺は首を横に振ると、あの戦い以来ずっと考えていたことを会長に告げた。
「神宮路会長。申し訳ありませんが、一方的に婚約を解消されても俺は納得できません」
「瑞貴君、キミは何を言って・・・」
「さやかさんは、身体に傷があるから俺に相応しくないと言ってましたが、それを言うなら俺の方が彼女に相応しくないダメな男です」
「どういう意味だね、それは」
「彼女の方が俺よりずっと優秀で、俺にはもったいないほどの女性だということです。それに怪我をしたからと言ってその価値が失われたなどとても思えませんし、相応しい相応しくないで言えば、俺の方こそ婚約者を辞退すべきと考えます。ですが俺にはそんな気も毛頭ありません」
「瑞貴君・・・」
「そして今回の件で、さやかさんがどれだけ責任感が強く素晴らしい女性であるかを十二分に理解することが出来ました。俺なんかには本当にもったいない女性ですが、もしお許しいただけるのなら彼女を僕にください」
「くださいってキミ・・・本当にいいのか」
「はい。ただし、ご存じの通り俺の両親はこの婚約に反対しており、彼らを説得するのに時間はかかると思いますが」
「いや、その言葉が聞けて十分だ。大変感謝する」
神宮路会長が俺の両手を固く握りしめて頭を下げたが、愛梨とアリスレーゼの二人は俺の決断に動揺を隠せなかった。
「お兄・・・愛梨も神宮路さんのことは気の毒に思うけど、だからと言ってお兄が責任を取る必要は」
「いいえ愛梨ちゃん。わたくしはミズキがさやか様を見捨てるようなことをしたら、おそらく幻滅していたことでしょう。ですが、さやか様を妻に選ばれたのならわたくしたちは今後ミズキに対してどのように振る舞えばよいのか不安が残りますが・・・」
そんな二人を見て、俺は以前敦史が言っていたあの話を会長にしてみた。
「会長、一つだけお願いがあるのですが・・・」
「何だね、遠慮せず言ってくれ」
「もうご存じの通り、アリスレーゼは実の姉ではなく異世界から来た王女です。そして俺は彼女を帝国から絶対に守り抜くと誓いました。つまりその、ちょっとお願いしにくいことなのですが、アリスレーゼも一緒に神宮路家で面倒を見て頂けないでしょうか。ついでに妹の愛梨もまとめて一緒に・・・」
「面倒を見るって、瑞貴君と一緒に暮らせるようにすればそれでいいのか?」
「ええ、できれば・・・ダメでしょうか」
「はっはっはっ! そんなの簡単なことじゃないか。二人とは言わずキミの家族全員の面倒だって見てやれるぞ。キミは神宮路家を一体何だと思っている」
「え? 本当にいいんですか」
「キミは将来、神宮路財閥の当主になる男だ。その程度の金、キミが得ることになる年俸のごく一部で簡単に賄えるだろう」
「年棒っ! ちょっと想像できませんが、お許しいただけたのならありがとうございます。愛梨とアリスレーゼもそれでいいか」
「うーん・・・愛梨が思ってたのとちょっとイメージが違うけど、お兄とずっと一緒に暮らせるならそれも悪くないかも・・・」
「わたくしも期待していたものとはかなり異なりますが、帝国から保護していただけるのなら大変ありがたいお話です。その・・・とても残念ですが」
二人とも渋々だが了承するのを見て、神宮路会長は俺たちの関係を理解した。
「愛梨君はよく分からんが、どうやらアリスレーゼ君には悪いことをしてしまったようだな。キミたちは既に恋仲だったのか」
「「恋仲! いっ、いえそんなことは決して」」
俺とアリスレーゼが慌てて否定するが、
「キミたちは随分と分かりやすいな。二人ともそんなに顔を真っ赤にして否定しても完全にバレバレだよ。今時の若者とはとても思えんが、そんなことよりこれからのことで大事な話がある」
「大事な話! それって・・・」
「今の日本はかなり危険な方向に向かっている。もし明日の衆議院選挙で与党が負けることになれば、左派政権は確実にアリスレーゼ君を帝国に引き渡す決断をするだろう」
「左派政権・・・」
「だがこれだけは約束しよう。キミがさやかと共にいてくれる限り、我が神宮路家は全力を持ってアリスレーゼ君を守ることを誓おう。この日本が危険となれば国外でもどこにでも彼女を逃がしてやる。それが恋仲であるキミたちを引き裂いたせめてもの償いだ」
「神宮路家がアリスレーゼを守ってくれる・・・ぜ、是非よろしくお願いします」
こうして俺は神宮路さんとの結婚を前提に動き出すことになったのだが、この決断がより多くの血を流す結果となるのは、もっと後になってからの話だ。
次回もお楽しみに




