第4話 日本は魔法大国?
ランチにするため俺たちはショッピングモールを出ると、隣接する高層ビル最上階のレストラン街へと向かった。
そこのイタリアンレストランに入ると、窓際の席を案内してもらいアリスレーゼを窓側に座らせた。
「ええっ?! い、いつの間にわたくしたち、こんな高さまで上がってきたの・・・地上があんなに遠くに見えるわ。ねえねえミズキ、あの地面でたくさん動いているのは人で、その隣を走ってるのが自動車よね」
ついさっきまでパンツを見られたショックで落ち込んでいたアリスレーゼだったが、ビルの最上階からの景色に全てを忘れ、子供のように楽しそうにはしゃいで窓の外を眺めている。
「ここは高さが150m程度だけど、日本にはもっと高い建物がたくさんあるよ。そうだ、今度スカイツリーに行ってみるか。日本で一番高い建物で634mもあるんだよ」
「すごい! 是非連れて行ってくださいませ。わたくしこの世界に生まれ変わって、本当に幸せです!」
それからずっとアリスレーゼは窓に張り付いて外を眺めていた。母さんがメニューを選ぶようにアリスレーゼに言ったものの、おそらく何も聞こえていないようだ。クスクス笑う母さんは、彼女の分を適当に選ぶと店員を呼んでさっさと注文を終えてしまった。
全員の料理がテーブルに並べられると、そのおいしそうな匂いに惹かれて、アリスレーゼがテーブルの方を向き直った。
「あら? もう料理が運ばれていたのですね・・・とても美味しそうな香りですが、これは何でしょうか」
「アリスちゃんのはスパゲッティー・ボロネーゼよ。好みが分からなかったから定番のものを選んでおいたの。口に合うといいのだけれど」
「初めて見る料理ですが、とても美味しそうですね。それではいただきます」
気品あふれる優雅な動作でスパゲッティーを口に運ぶアリスレーゼ。そして数回咀嚼した後、突然彼女が口を押えて叫んだ。
「んーーーーっ!」
「どうしたのアリスちゃん。もしかして口に合わなかった?」
母さんが心配そうに尋ねるが、口の中の物を飲み込んだアリスレーゼは、
「お、お、美味しいーっ! こんなおいしい料理、食べたことありません」
「そ、そう、気に入ってもらえて母さん嬉しいわ」
その後もゆったりとした上品な所作でスパゲッティーを口に運ぶアリスレーゼ。にもかかわらず彼女の皿のスパゲッティーがあっという間に減って行くのを見て、俺たちは唖然とするしかなかった。
どんだけ好きやねん。
そして一番に最初に食べ終わった彼女が満足そうに言った。
「これが日本の料理なのですね。ティアローズ王国の宮廷料理より美味しいなんて、日本の平民に生まれ変われて本当によかった・・・」
「いやこれは日本の料理ではなくイタリア料理なんだが・・・」
「料理もおいしいし巨大な街に不思議な乗り物だらけだし、日本ってよほど魔法が発達しているのですね」
「えっ、魔法?」
またアリスレーゼが変なことを言いだしたと、俺と愛梨が顔を見合わせると、母さんは目を輝かせて彼女の話に食いついた。
「やっぱりっ! アリスちゃんの国には魔法が存在するのね。そうじゃないかと思ったわ」
「もちろんですお母様。ですが、日本の方がはるかに発達した魔法文明をお持ちのようですし、わたくしは日本の魔法を勉強しとうございます」
アリスレーゼが目を輝かせて母さんに日本の魔法について尋ねるが、母さんは母さんでティアローズ王国の魔法のことを尋ねる。
「母さんはアリスちゃんの魔法のことが知りたいの。どんな魔法が使えるのか教えて!」
「・・・わたくしの魔法ですか? いくつか魔法が使えますが最も得意とするのは人の心を読む魔法です」
それからアリスレーゼは魔法について話を始めた。
それによると、彼女の世界ではほとんどの人は魔法が全く使えないらしい。ただし、ティアローズ王国の王家を頂点とする高位貴族たちや、その他の国でも一部の王族は魔法を使うことができるそうだ。
だが使える魔法には得意、不得意があって、アリスレーゼの場合は人の心を読む魔法、つまりテレパシーのような魔法が得意だったらしい。
「わたくしはティアローズ王家の中でも特に魔力が強く、それが理由で第1王子のマクシミリアンではなくわたくしが次期女王になることが決まってました」
「でもそのせいで、他国の王の手に落ちる前に自殺をさせられちゃったのね・・・かわいそうに」
「はい・・・。そっ、そんなことよりお母様、今度は日本の魔法について教えてください!」
「残念ながら、日本に魔法なんか存在しないわよ」
「魔法がないってそんなのあり得ません! だって馬がいなくても走る自動車とか、勝手に動く階段や上下に移動する小部屋とか、建物の中も外も魔法だらけではないですか!」
「そっか・・・アリスちゃんはここにあるもの全てが魔法で作られたものだと思っていたのね」
「まさか・・・違うのですか?」
「アリスちゃんにはたくさん時間があるから後でゆっくり勉強すればいいと思うけど、あなたが魔法だと思っていたものは全部「自然科学」という学問によって作り出されたものなのよ。それは王族にしか使えない魔法なんかではなく全ての人間が等しく持つ「知識」という力によって実現するものなの。だから自動車もエスカレーターもエレベーターも巨大な都市も全部、みんなの力を集めて作ることが出来たのよ」
「自然科学・・・みんなの力を集めて作る・・・わたくしにもその力が使えるようになるのでしょうか」
「もちろんよ。母さんは物理の先生だからアリスちゃんに色々と教えてあげられるわよ」
「お母様は先生なのですか! 是非わたくしにも教えてくださいませ!」
それから母さんは子供に教え聞かせるようにゆっくりと説明を始めた。アリスレーゼは魔法と科学の違いを興味深そうに尋ねる。愛梨はそんな二人を心配そうに見つめながら、
「お兄、あの二人が魔法がどうとか大声で喋ってるけど、周りのお客さんから変な人だと思われないか心配だよ・・・」
「たぶん大丈夫だろう。どうせゲームかアニメの話だろうと思われてるし、あの二人だったら日本のオタク文化好きの外国人が勝手に盛り上がってるようにしか見えないよ」
「ゲーム、アニメ・・・そ、そうよね、じゃあ二人のことは放っておいていいよね。とりあえず愛梨たちもさっさとゴハンを食べてしまお」
そして俺と愛梨はパスタを食べながら、生活雑貨を買いに行くならどこがいいか話し合った。
「ではお母様、わたくしの魔法をご覧ください」
「きゃーっ! やってみて、やってみて!」
「「ぶーーーっ!!」」
どういう話の流れか分からないが、アリスレーゼが突然魔法の詠唱を始めた。
その呪文が無駄に本格的なものだったため、俺と愛梨は口に入っていたパスタを思わず噴き出してしまったが、母さんは俺たちを気にすることなくアリスレーゼを期待に満ちた目で見つめている。
「おい母さん。この世界には魔法が存在しないことを説明してたんじゃなかったのかよ」
慌ててパスタを片付ける俺と愛梨だったが、その間もアリスレーゼの詠唱は淡々と進んでいく。そんな彼女を周りのお客さんも好奇の目で見ている。
怪しげな呪文を得意げに詠唱するアリスレーゼに、恥ずかしいから早く終わってくれと二人でじっと我慢していると、詠唱も終盤に差し掛かった頃にその現象が起こった。
なんと俺たちの頭上に、RPGの戦闘エフェクトでよく見かける魔法陣が突然浮かび上がったのだ。
「な、なんだよこれ。まさか本物の魔法陣なのか」
「お兄・・・怖い」
そして頭上の魔法陣が白い光を放つと、下から上へと何かが身体を突き抜けていく感覚が走り、その何かが俺たち4人の周りをぐるぐると回り出した。
その渦がどんどん大きくなり、やがて建物全体を覆うように広がると、最後はとてつもない輝きが俺たちを包み込んで、視界から全てが消えた。
気が付くと俺は、レストランのテーブルにうつぶせになって気を失っていた。隣を見ると、座席に座ったまま呆然と宙を見つめるアリスレーゼと、俺と同様にテーブルにうつぶせになって気を失っている母さんと愛梨の姿があった。
だが周りを見ると、他のお客さんたちは全員平気そうで、怪訝な表情で俺たちを見ていた。
「みんなは今の強烈な光を何も感じなかったのか」
だがその一言が余計だったのか、俺たち4人が店内で騒ぎを起こしていると、店員にクレームをつける人まで現れた。
「このままここに居たらマズい。アリスレーゼ、母さんと愛梨を起こして今すぐこの店を出るぞ」
二人を起こすとすぐ目を覚まし、周りのお客さんの様子と慌てた俺を見てすぐに状況を理解した。そのまま席を立って清算すると、呆然としたままのアリスレーゼの手を引っ張って店を後にした。
エレベーターで地上まで降りてすぐに建物を後にすると、街の人混みに紛れながら逃げるように早足で進み、少し離れた海浜公園までたどり着いた。
「はあはあ・・・ここまで来れば大丈夫かな」
周りを確認するが、さっきのレストランの客らしく人は一人もおらず、俺たちを怪しむ者は誰もいない。
公園には、芝生に座ってのんびりと過ごす家族連れやカップルしかおらず、俺たちも適当な場所に座って海を見ながら心を落ち着かせることにした。
港を出入りする貨物船を見ながら、ぼんやりとした時間をしばらく過ごす。
母さんと愛梨はもう落ち着いたようだが、アリスレーゼだけは相変わらず表情が強張っている。
「アリスレーゼ、さっきの魔法は上手くいったのか」
魔法なんて存在しない。頭ではそう理解していてもあの時に見えた魔方陣や、身体を突き抜けて渦巻いていた得体の知れない何か、そしてあの強烈な光。
それらは常識や理屈を全て吹き飛ばしてしまうほどの、圧倒的な現実感を伴っていた。
「ミズキ・・・わたくしどうしたらいいの」
だがアリスレーゼの答えは、魔法の成否ではなく自分が感じている戸惑いや不安だった。
「アリスレーゼ、ゆっくりでいいから一体何が起きたのか俺たちに教えて欲しい」
するとアリスレーゼはコクりと頷き、少しずつ話し始めた。
「この世界には魔法が存在しないということでしたので、それを確かめるために全力で魔法を発動してみたのです。すると使えないどころか、これまで体験したこともないような大量のマナが集まってきて、わたくしの力では制御ができなくなってしまったのです」
「大量のマナって、俺たちの周りを渦巻いていたあれのことか。マジかよ・・・」
「はい。そして魔力が暴走して皆様はその衝撃で意識を失われたのですが、周りの方たちはあの魔力暴走にも全く気が付かずに、なぜかわたくしのことを蔑んでいたのです」
「蔑んでいた・・・そんなことがなぜ分かるんだ」
「人の心を読む魔法が発動したからです」
「確かテレパシーみたいな魔法だったな」
「ですが、ティアローズ王国の時とは魔法の効果が異なり、一度に何十人、何百人もの思考がどっと押し寄せて来たのです。周りの女性客からはわたくしの容姿に対する妬みと奇行を処断するような正義感が、殿方からは口ではとても言えないような劣情がわたくしに向けられていました」
「ティアローズ王国では違ったのか」
「向こうでは狙った人物の思考を読み取る感じでしたので、感情の部分までは伝わってこなかったのです。ですがこちらではわたくしの意思とは無関係に近くにいる人の思考や感情がどんどん流れ込んでくるのです。この庭園は人がまばらでほとんど思考が聞こえなくなってホッとしているのですが、どうやらまだ魔法の効果は続いているようです」
「・・・まさか俺の頭の中も読まれているのか」
「はい。でもミズキは他の殿方のようにイヤらしいことは考えていませんし、お母様もアイリちゃんも普段口にするようなことしか考えていないようで安心しました」
俺たちの心が今もアリスレーゼに筒抜けだと聞いて愛梨は顔を真っ青にしたが、母さんは落ち着いて俺たちに指示した。
「アリスちゃんを人ごみに戻すわけにはいかないから、もう今日はウチに帰りましょう。車を取って来るからあなたたちはここで待っていなさい。着いたらスマホで連絡するから」
「わかった。頼むよ母さん」
前園家の4人が海浜公園を去ったのと入れ違いに、ショッピングモールの地下駐車場に一台の車が入ってきた。その車からサラリーマン風の若い男が出て来ると、手元の小さな測定器のモニターを見ながら、難しい表情を浮かべていた。
「思念波の残留濃度が濃いな。ここで能力が使われたのは間違いないが、こんな白昼堂々と街中で事を起こすことは今までにはなかった。奴ら一体どういうつもりだ」
男はモニターを確認しながら上層階へと登って行く。そしてショッピングモールの吹き抜けの真ん中に立って上を見上げる。
「思念波が上空に向かった形跡がある。おそらくビルの高層階で能力を使用したか・・・奴らがそんな場所で何を仕掛けたのか、確かめる必要があるな」
男はスマホを取り出すと、専用のメッセージアプリに連絡を入れる。
「MMエリアのLSビル最上階付近で「リッター」の痕跡あり。調査を頼む」
そして男は地下駐車場に戻ると再び車を走らせた。
次回、アリスレーゼの魔法を巡って物語が動き出す。お楽しみに。
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