第45話 愛しのアリスレーゼ
明稜学園を突如襲撃したオーガ軍団。
それを撃退した俺たちUMA室戦闘員の戦いぶりはその一部始終が複数のテレビ局によってライブ放送され、全世界に衝撃を与えた。
これまで謎のベールに包まれていた思念波補助デバイスの威力が遺憾なく発揮され、異世界より襲来したオーガ104体のその全てを、わずか10人足らずで撃退して見せたからだ。
何より、一般市民を含めた人間側の死傷者がゼロだったことで、政府の対応にいつも文句ばかり言っているマスコミも、今回ばかりは手放しで絶賛していた。
その当事者の俺たちがメディアで大騒ぎになっていることを知ったのはその日の深夜であり、校庭に散乱したオーガの後始末や、現場に駆け付けた雨宮主幹たち研究員の分析作業を手伝っていて、なかなか家に帰れなかったのだ。
だが帰宅した深夜の時間帯でも、テレビをつければ俺たちのニュースが流れており、軍事評論家が思念波補助デバイスについて憶測を交えて解説していた。
「お兄、マスコミがまたいい加減な話で視聴率を稼ごうとしているよ」
「そう言ってやるなよ愛梨。このデバイスは軍事機密らしいが、情報もないのにこの解説はかなりいい線行ってると思うぞ。それより俺はもう眠いし早く風呂に入ってこいよ」
「へーい」
母さんたち学園の理事は、警察の立ち会いやら事後処理やらで今日は徹夜になるらしく、学校もしばらく臨時休校になるそうだ。
俺たちはリッターの襲撃に備えて自宅待機することになったが、雨宮主幹によれば彼らも無尽蔵に怪物を送り込めるわけではないらしく、次の襲撃は早くても数日後ぐらいじゃないかという話だった。
愛梨が先に風呂に入り、俺とアリスレーゼが順番を待っていたが、やはり服の汚れが気になる。
戦闘中はバリアーを展開していてオーガの返り血を浴びることこそなかったが、かなり激しい戦いをしたため制服は汗だくになっていた。俺も早く風呂に入って着替えたかったが、
「愛梨の次はアリスレーゼが入るといい。・・・そ、その服を早く着替えたいだろ」
パステルピンクで露出の多いコスチュームのアリスレーゼに俺は相変わらず目のやり場に困っていたが、アリスレーゼはしょんぼりと肩を落としながら、
「ミズキ、今までのことは全て謝罪いたします。本当にごめんなさい・・・」
ここ1、2週間ほど彼女がロクに会話をしてくれなかった件だが、さっきから何度も謝ってくれているしオーガとの戦闘で普段通りに声を掛け合うことができたため、俺はそれだけで十分満足だった。
彼女も戦いの最中は特に問題なく俺と連携が取れていたが、オーガの後始末をしてる時に神宮路さんから何か聞かされた後は、肩を落としてそれっきり元気がなくなったのだ。
話の内容は結局教えてくれなかったが、俺はアリスレーゼが普通に会話してくれるだけで飛び上がるほど嬉しいし、彼女がまた俺のことを避けたりしないように、自分の悪いところはこの際全て直すつもりだ。
「アリスレーゼ、謝罪など必要ないがキミが一言も話をしてくれなくなったことは本当に辛かった。俺のどこがダメだったのか教えてもらえると助かる・・・」
だがアリスレーゼは慌てて首を横に振ると、
「全て誤解なのですミズキ。あなたがダメなことなど何一つなく、全部このわたくしの未熟さが犯した過ちだったのです」
「・・・するとアリスレーゼは、俺のことが嫌いになったわけではなかったのか」
「嫌いだなんて・・・むしろミズキと話ができなかったことで、わたくしも頭がおかしくなりそうでした」
「よかった・・・実はアリスレーゼが俺に愛想を尽かしてティアローズ王国に帰ってしまうんじゃないかと思って、居ても立ってもいられなかったんだ」
「・・・わたくしがティアローズ王国に帰る」
アリスレーゼは一言そう呟くと、悲しそうな顔をしてそのまま黙り込んでしまった。
「アリスレーゼ・・・キミはやはり帰るつもりか」
すると彼女は再び首を横に振ると、
「いいえ、わたくしは王国に帰るつもりなどございません。それが亡きお母様のご遺志ですから・・・」
「キミの母さんの遺志?」
「はい。お母様はその予知能力によって、わたくしがグランディア帝国皇帝アレクシスの子を産む未来をご覧になられたのです。それを何よりも恐れてわたくしに自害を命じたのですが、もしわたくしが元の世界に帰ればその母の命令に背くことになります」
「アリスレーゼが皇帝の子供を産むだとっ? そんなことは絶対にダメだっ!」
「ええ。わたくしの子は世界に君臨するティアローズ王家の正統後継者となり、アレクシスがその父親となれば世界を支配する大義名分を与えてしまうことになります。そうすると、お兄様たちが彼を討伐する正当な理由も失われてしまいます」
「・・・え? 大義名分? そ・・・それは絶対に与えてはいけないな。・・・と、ところでキミには婚約者がいたはずだが、彼は無事なのかな」
「さあ?」
「さあって・・・キミは自分の婚約者のことを気にはならないのか」
「特には。おそらくお兄様たちと行動を共にしているとは思いますが、そんなことよりわたくしが気になるのは王国の臣民たちです」
「婚約者はそんな扱いか。よかった・・・いやいや、気にするのはそこじゃなくて、元王国臣民は実質奴隷のような扱いを受けているんだったよな」
「ええ。・・・ヒッグスには誤解を与えてしまいましたが、わたくしはそれを聞いた時、すぐにでも彼らを助けに祖国に戻りたかったのです。でもわたくし一人が戻ったところでどうすることもできませんし、お兄様と合流しても帝国に負けてしまえば、結局わたくしはアレクシスの子供を産まされるだけ・・・」
「くそっ・・・アレクシスの話はもうたくさんだし、キミが子供を産まされる話なんか考えたくもない! キミは元の世界に戻る必要は一切ないし、一生ここで暮らせばいい!」
「ミズキ?」
「キミ一人ぐらいなら俺の稼ぎでも食べさせてやれると思う。だから・・・」
「あの・・・それって、わたくしに求婚していただけていると理解してよろしいのでしょうか」
「求婚? ・・・あっ! い、いやこれはそう言う意味では・・・」
「・・・うふふ」
俺はアレクシスの話を聞きたくないばかりに思わず変なことを口走ってしまったが、慌ててこの場を誤魔化そうとしてると彼女がクスクス笑いながら、
「これでもわたくしは一国の王女ですし、ミズキの立場もちゃんと理解しております。高校3年生の卒業の時に、前園家の嫁として一人だけ選ぶのでしたね」
「アリスレーゼ・・・」
「それにわたくしはあなたの姉なのですから、わたくしの伴侶が見つかるまでは家族として面倒を見ていただけるものと、わきまえております」
「わたくしの伴侶が見つかるまでって・・・だからそんなのは絶対にダメだ! キミのことは俺が責任を持つから、俺の傍からもう離れないでくれ!」
「は、はいっ! ・・・承知いたしました」
完全にパニックになった俺は、話せば話すほどどんどんドツボにはまって行き、しまいには恥ずかしくてお互いに顔を合わせることができなくなっていた。
俺は彼女の顔を見ないよう視線をそらすが、下を俯くと彼女の魔法少女のコスチュームが目に入ってしまって余計に気まずくなる。
「アリスレーゼ、すまないがその服・・・」
「こ、こ、こ、この服が何かっ!」
アリスレーゼも完全にパニくっていて、顔は真っ赤で目もグルグル回っている。
「その服はキミに相応しくないし、人前ではもう着ない方が」
「相応しくない! ・・・やはりこの服、わたくしには全然似合ってなかったのですね。ミズキも、こんなはしたないわたくしなど、もう嫌いになったのでは」
「嫌いになんかなるわけがない! 俺が言いたかったのは・・・つまりその」
「つまり?」
「そ、そ、そんな格好のアリスレーゼを、他の男どもに見られたくないんだ・・・」
「・・・もしかしてミズキはこの服を」
「すまない・・・本当は気に入っている」
「そうなのですか! この服、ミズキにも気に入っていただけたのですね・・・よかった」
「俺も男だし・・・何と言うかその、申し訳ない」
「いいえ、いいのですっ! ・・・ではこの服は今後ミズキの前でだけ、着ることにいたします」
「俺の前だけって・・・それ本気で言ってるのか」
「はい・・・あなただけに」
「アリスレーゼ・・・」
「今夜はもう愛梨ちゃんがお風呂から上がって来ますので今日はあまりお見せできませんが、服はわたくしの部屋にしまっておきますので、ミズキが見たい時にはいつでもおっしゃって下さい。愛梨ちゃんに内緒で着て差し上げますので、その時にゆっくりと」
「ありがとうアリスレーゼ。だが俺はキミが傍に居てくれるだけで他にはもう・・・」
「わたくしこそ、あなたが喜んでくれるのなら、どんなことでも・・・」
◇
神聖グランディア帝国の帝都ティアローズ。
その中央にそびえ立つ荘厳かつ巨大な城を初代皇帝アレクシスは帝城と定め、世界の統一に向けてここから号令を出していた。
その謁見の間の玉座の前では、片膝を折って戦況の報告を行うヴェイン伯爵の姿があった。
「恐れながら申し上げます。魔界への侵攻部隊はその悉くが壊滅の憂き目にあってしまい、皇帝陛下から賜った貴重なる戦力を・・・」
「前口上はもうよい。それよりアリスレーゼは見つかったのか! まだ小便臭い小娘だがティアローズ王家の血は世界支配に役に立つし、何よりこの城の地下に眠る古代魔法の鍵をヤツが持っているはず」
「はっ! 皇帝陛下の御ため、王女を捕縛すべく魔力反応を頼りにしらみつぶしに探してますが今のところまだ・・・。ですが今回、最初の発見地点よりかなり遠方ですが、魔力反応の最も強い地点に軍勢を送り込みましたところ、以前王女と一緒にいた若い魔族どもを発見いたしました」
「ほう・・・してその魔族どもは」
「ヤツらが少数だったため一気に攻め込んだところ、陛下から賜ったオーガ100体余りを全て失った上に魔族どもには傷一つ与えることができませんでした。誠に申し訳ございません」
「まさか・・・あれが全滅したのか」
「はい・・・」
魔界への侵攻の難しさを覚悟していた皇帝アレクシスもこれにはさすがに眉根を潜めたが、その隣に立つ帝国宰相ゲール公爵が軽く咳ばらいをすると、皇帝の代わりにヴェイン伯爵に話し始めた。
「あのオーガどもは新兵と古参兵の寄せ集めであり、本来のオーガ騎士団と比べれば、戦力は格段に劣る。心配せずとも今回の結果は想定内だが、アリスレーゼ王女は本当にその魔族どもの中にいなかったのか」
「はい。・・・実は王女に少し似た人物は居たのですが、珍妙な服装をしていておそらく王女の替え玉ではないかと」
「珍妙な服装? ただ単に王女が戦闘装束を変えただけではないのか」
「いいえ、あれは戦闘装束などというものではなく、まるで貧民街の娼婦が客引きをするような露出の多い卑猥な服装でした。あれは王女なんかではなく痴女」
「痴女・・・あの厳格にして貞淑なアリスレーゼ王女がそれはあり得んか・・・」
「はい。ですが替え玉を使ったということは、王女がその若い魔族どもと行動を共にしている可能性が高いと思われますので、今回攻め込んだ地点を中心に捜索の範囲を絞り込もうと思います」
「ふむよかろう。それで魔界に送り込む部隊についてだが、さすがにオークもオーガも余力が乏しくなってきた。繁殖はさせているものの成体になるまでに数年を要するため、これまでのように無尽蔵に戦場に送り込むことはできん。ゴブリンなら出せるが」
「ゲール閣下、ゴブリンはダメです。やつらは魔力耐性が低く、半数程度しか魔界への転移に耐えられません。それに知能が低くく命令も聞かず、ロクに戦いもせずに女ばかりを襲う始末。他国への侵攻ならそれも作戦ですが、魔界では足手まといにしかなりません」
「そうか・・・では引き続きオークとオーガを送り込むことにするが、余剰戦力はないことを心して置け」
「はっ!」
だがゲール公爵はふと何かを思いついたようにヴェイン伯爵に告げた。
「いや待て、我にいい考えがある。元ティアローズ王国の平民どもを魔界に送り込んでやるのはどうだ」
「平民どもを? しかし平民ではゴブリン同様、魔界に到達する前にかなりの人数が死んでしまいます」
「だが平民の中にも、魔力耐性のある者は存在する。そういった者を選抜して兵士にしたてあげれば、肉の壁ぐらいには使えるだろう。それに先ほどの痴女がアリスレーゼ王女本人かどうかも、その平民どもに確認させればよかろう」
「なるほど・・・王女を敬愛してやまない彼らなら、例え変装していても王女が本物かどうかの見分けぐらいはつくかも知れませんね。ではさっそく次の出陣に向けて準備を開始します。皇帝陛下にゲール閣下、私はこれにて失礼いたします」
次回もお楽しみに




