第44話 生徒会長選⑤
芹沢君がわたくしのすぐ近くまで来ると、少し肩を落とした様子でわたくしに呟いた。
「まさかこの学園にリッターが襲撃してくるとはな。しかも生徒会長選挙の山場に・・・」
「あら、芹沢君。握手会の時の元気がどこかへ行ってしまわれたご様子ですね。もしかして選挙が不利になることを心配されているのでしょうか」
「いやそんなことは・・・」
歯切れの悪い芹沢君ですが、選挙の趨勢が逆転したことは彼も感じ取っているのでしょうし、わたくしはこの機会に彼の本音を探ることにしました。
「わたくしの知る限り、あなたは生徒会長になることにそこまでこだわる人ではなかったはず。なのに学園アイドルという奇策を使ってまで選挙に勝とうとした理由を教えてください。それともう一つ、アリスレーゼ様を引き入れた理由は一体何だったのでしょうか」
わたくしは人の思考を読むのが得意な方だと自負しておりましたが、芹沢君の行動には不自然なところが多く、彼の思考を読むのはかなり難しいのです。
特に最近の彼は、わたくしへの敵意を隠さなくなってきており、一方でわたくしは彼の機嫌を損ねるような事をした覚えが全くなかったのです。
そんな中で彼はアリスレーゼ様を巻き込む形で大胆な選挙戦を展開し、ここまで有利に運んできました。しかしリッターの襲撃と瑞貴君たちに熱狂する生徒を見て、自分の選挙戦に限界を感じとったのでしょう。
わたくしの確信を持った表情を読み取ったのか、ため息を一つつくと芹沢君はわたくしにさらに近寄り、小声で話し始めた。
「・・・僕が選挙戦を戦う理由が知りたいのかい? なら教えてやるさ。最初に僕はキミの下につくことを提案したのだがそれをあっさりと断られてしまった。だから僕は・・・」
「いいえ、本当の理由は別にございますわよね。なぜなら少なくとも1学期までは、生徒会長選挙を戦うための次期生徒会スタッフを陰で組閣していたはず」
「なるほど、さすがは神宮路さやかの情報網。学園内の巨大派閥を仕切っているだけのことはあるな。確かにキミの言う通り、僕は今とは異なるメンバーで生徒会長戦に臨もうとしていたが、それをキミに潰されてしまったためその反撃に打って出たのさ」
「わたくしが潰した? ・・・いつ、何を」
やはりこの芹沢君の思考が上手く読めません。
アリスレーゼ様ならマインドリーディングでこの手の人間も御し得るのでしょうが、わたくしには情報を調べあげて推理するしか能がありません。
ですが今のわたくしに彼に関する十分な情報はなく、彼が言わんとしていることを正確に推測することができません。
わたくしがお手上げ状態なのを悟った芹沢君は、どうやら溜飲が下がったらしく、わたくしを試すような顔をやめて真面目な表情に変えた。
「キミの情報網をもってしても、僕の秘密にはたどり着けなかったようだな」
「あなたの秘密・・・そう、あなたの行動にはどこかチグハグな所があるのを常々気になっておりました。もう降参ですので、もし差し支えなければわたくしを敵視する理由を教えていただけないでしょうか」
わたくしがそう素直に尋ねると、彼も話を切り出しやすくなったのか、
「・・・取引がしたい。キミにだけ特別に教えてやる代わりに、一つだけ条件をつけさせてほしい」
「条件とは」
「僕をキミたちの仲間に入れてほしい」
仲間の意味するところがわかりませんし、彼の提案が取引として成立しているのかも怪しいですが、一度彼の真意を確かめておきたいので話は続けましょう。
「仲間になるというのは、選挙に負けたとしてもわたくしたちの生徒会に入れて欲しいということですね。ですがその場合、節操がないと悪い評判が立ってしまうと思いますが」
「そういう意味ではない。この僕も戦闘員に加えてほしいんだ」
「戦闘員ですって?! そんなの誰でもなれるものではありませんし、普通の人には感知することすらできませんが、あれは一種の超能力で・・・」
「だがその能力が僕にもあると言ったら?」
「あなたにも能力が」
「おそらくは。実はあの修学旅行でオーク騎士団に遭遇して、その時に気が付いたんだが、他のみんなには見えないオーラのようなものが僕の目にはハッキリと見えたんだ」
「オーラが・・・詳しく教えてください」
話を聞くと、芹沢君は市街地に侵入したオーク騎士団とUMA室戦闘員との戦闘の現場にたまたま居合わせ、その際に使用された思念波弾やそれを弾き返したオーク騎士団のバリアーが肉眼で見えたらしい。
思念波弾自体は、空気中を通過する際に電子を励起状態にしてプラズマ発光するため、一般の人にもチラチラした軌跡が光線のように見えるのですが、彼に見えたのはそんな光ではなく、もっとハッキリとした思念波の塊のようです。
「あなたも能力者である可能性は高いですが、実際に戦闘員に採用されるかは検査をしてみなければわかりません。もし採用されたなら、わたくしたちのチームに入れるよう話を通してみることは約束しましょう」
「そうか・・・それで構わない」
「では取引成立ですので、あなたの秘密を教えてくださいませ」
「ああ、キミにだけ僕の秘密を教えよう。ただし他のみんなには秘密にして欲しいし、前園にだけは絶対に話さないでくれ」
「瑞貴君にだけは絶対に秘密・・・一応承知はしましたが、それが戦闘に支障をきたすことならその限りではございません」
「それは大丈夫だから安心してくれ。・・・僕は少し特殊な性癖を持っているんだが」
「せ、性癖っ?! ちょっと待って下さい。申し訳ございませんが、そのようないかがわしい話など、わたくし聞きたくありません」
「すまない、少し言葉のチョイスが悪かったようだ。実は子供のころから、僕は自分の美しさに見惚れて、いつしか自分自身しか愛せなくなっていたんだ」
「はあ・・・つまりナルシストということですね」
「まあ端的に言えばそうだ。だがこの学園に入学して僕は変わった。僕は高校入学組なんだが、この学園で僕は自分より美しい存在に巡り会えたんだ」
「・・・なるほど。アリスレーゼ様を取り込んだのはそのためでしたのね」
「アリスレーゼ君か・・・確かに彼女がとても美しい存在なのは認めるが、僕が見つけたのは別の人だ」
「別の人? ・・・ひょっとして愛梨ちゃん?」
「・・・前園瑞貴だ」
「ええーっ! だって瑞貴君って男性よ?!」
「しーっ! ・・・こ、声が大きいよ神宮路君」
「ごめんなさい・・・ですがいきなり変なことをおっしゃるから、つい」
「そうだよな・・・いきなりカミングアウトされても反応に困るよな」
「ちょっと待ってください。通信が入りました」
そこでインカムに藤間主任から通信が入り、総司令部の指示が下った。
オーガ襲撃は既にピークを越え、今回はわたくしたちの戦力だけで事態収拾が可能と判断。自衛隊と機動隊を両方とも撤収させ、代わりに事後処理班をこちらに送り込むことにしたそうだ。
変な話ですが、藤間主任と話すことで冷静さを取り戻したわたくしは、瑞貴君と水島さんに指示を送るとインカムを切り、芹沢君との会話を再開した。
「つまりあなたは瑞貴君が好きだったってこと?」
「その通りだよ。だからキミが瑞貴の婚約者であることを発表した時は、本当にショックだった・・・」
「そんなことを仰られましても、えええ・・・」
いつも女性に囲まれてプレイボーイを気取っていた芹沢君が、まさかゲイだったとは。
「わたくしを敵対視していた理由は大変よくわかりましたが、アリスレーゼ様を引き込んだのはどういった理由からなのでしょうか」
「彼女に関しては大した理由はないよ。ていうか別に誰でも良かったんだが、瑞貴の隣で幸せそうに微笑むキミに一矢報いてやりたかった。そしてあわよくば、彼をこの僕の元に・・・」
「はあ?! なぜそれがアリスレーゼ様を取り込むことにつながるのですか。全く意味がわかりません!」
相変わらずこの芹沢という男の考えることは、わたくしの理解を越えています。
「キミと瑞貴の間に亀裂を作るために、彼を溺愛する前園姉妹に僕は目をつけたんだ。嫁であるキミに対抗するには小姑をぶつけるのが一番だからな」
「嫁と小姑・・・」
「そして最初は愛梨君を使おうと考えたんだが、彼女はガードが固くて僕の言葉に一切耳を傾けなかった。だからアリスレーゼ君を・・・」
「・・・ちなみに彼女に何をしたのですか」
「彼女は姉なのに、なぜか瑞貴の気を引きたくて仕方がなかったらしく、僕が恋愛の手ほどきをしてあげると言って優しく微笑むと簡単に食いついてきたんだ。無防備というか逆に心配になってくるよ」
「盗人猛々しいですわねっ! しかも恋愛の手ほどきって、一体彼女に何を吹き込んだのですかっ!」
「簡単な恋愛の駆け引きだよ。いつも自分の傍にいてくれた彼女が突然自分の元を去ると、男は寂しく不安になってその彼女のことが気になって仕方なくなる。つまり押してダメなら引いてみろ作戦」
「なっ!」
あまりにバカバカしい話に、わたくしは絶句してしまいました。こんな作戦上手く行くはず・・・いや。
幼少の頃から瑞貴君一筋で一般的な意味での恋愛経験など何一つないこのわたくしから見ても、あの二人はどうしようもない恋愛音痴。
そんな二人なら、このバカバカしい作戦もボディーブローのように効いているはず。現に選挙戦が始まってからずっと、瑞貴君に元気がありませんでした。
「本当に呆れましたが、あなたが取った作戦は戦術としては的確でも、戦略としては完全に悪手でしたね」
「戦略として悪手・・・それはどういう意味だ」
「わたくしの口からは決して申し上げられませんが、アリスレーゼ様の髪色や瞳の色をよく観察すればそれが悪手であることに自ずと察しが付くと存じます」
「髪と瞳の色? 彼女はいかにも前園家らしい見事な金髪碧眼で・・・いや前園理事も愛梨君もどちらかと言えばプラチナブロンド・・・まさかっ!」
アリスレーゼ様の正体を想像して狼狽する芹沢君をよそに、体育館の外ではオーガとの戦闘が終決した。
わたくしは体育館のバリアーを全て解除すると共に水島さんにも連絡して学園を覆うバリアーも解除し、総司令部へは事後処理班の受け入れ態勢が調ったことを知らせるため、インカムのスイッチを入れた。
そんな体育館の中では、スマホの画面に熱中していた生徒たちから大歓声が沸き起こり、生徒会長選挙の趨勢も完全に決していた。
次回もお楽しみに




