第3話 王女殿下のショッピング
地下駐車場からエレベーターに乗り込むと、まずは地上階まで上る。
この建物、5階までが吹き抜けの大型ショッピングモールで、カジュアル系のブランドが集まっていて高校生の男女もよく利用しており、かなりリーズナブルな価格設定で人気のあるスポットだ。
あまりの人の多さにアリスレーゼも最初はかなりのショックを受けていたが、周りの人たちをしばらく観察しているうちにその雰囲気にも慣れてきたようだ。
「こんなにたくさん人がいるのに同じ服装の人をあまり見かけず、みんな個性的で変わったデザインの服を着てますね。それにみすぼらしい人を全く見かけませんし、とても裕福な街だということがわかりました」
アリスレーゼは王女らしく努めて冷静にコメントをしたつもりだろうがその表情から笑みが隠し切れず、どうやらショッピングモールに興味津々のようだ。
それを見た母さんは、
「アリスちゃんも落ち着いたことだし、そろそろショッピングを始めましょう。まずは2階から見ていきましょうか」
2階はティーンズ向けのカジュアルな店が多く入っており、母さんはアリスレーゼの手を引っ張ってエスカレーターに乗ろうとしたが、
「お、お母様っ! 階段が動いています!」
「アリスちゃん、これはエスカレーターと言ってこうやって乗るのよ」
母さんはそのままエスカレーターに乗ると、それに引きずられてアリスレーゼもステップに足を乗せた。
「きゃーっ!」
バランスを崩したアリスレーゼが後ろに倒れそうになるのを、母さんが慌てて抱き寄せる。
「後ろを御覧なさいアリスちゃん。みんなタイミングよく乗ってるでしょ。すぐになれると思うから頑張ってね」
「はいお母様!」
そんな二人を周りの人たちは不思議そうに見つめている。愛梨は「恥ずかしいからやめてよ、もう」と下を俯いてブツブツと文句を言っているが、エスカレーターで2階に上がったところで愛梨は知り合いに出くわしてしまった。
「アイリスじゃん、やっほー」
「ひーっ、知り合いに見られたっ! 違うのみんな、ちゃんと説明するからこっちに来て」
JKらしきギャルの集団に声をかけられた愛梨は、慌てて彼女たちの背中を押すと、さっさと向こうに行ってしまった。
愛梨はよくここに買い物に来ていて知り合いも多いため、さっきからやたらと悪目立ちしているアリスレーゼと母さんの身内だとバレるのが嫌なのだろう。俺たちから距離を取って、みんなと何やらコソコソ話をしている。
そんな愛梨とJKたちを見て、アリスレーゼが俺の耳元で囁いた。
「ねえミズキ。アイリちゃんと一緒にいるあの方たちですが、あんなにスカートを短くして下着をはいてらっしゃらないのかしら。なんてはしたない」
「何を言ってるんだ、下着ぐらい全員つけてるよ! あのミニスカートでノーパンだったら、それこそ大惨事じゃねえか」
「ですが、あのような短いスカートでは下着が丸見えになってしまうはず」
「そこをギリギリ見えないようにするのが、JKという生き物なんだよ」
どこか噛み合わない俺たちの会話を聞いた母さんがアリスレーゼの耳元で囁く。
「アリスちゃんが着けているようなゴージャスな下着だと完全に丸見えになってしまうわね。アリスちゃんの場合、服を見る前にまず今している下着を着替えなくちゃ。ランジェリーショップから行きましょう」
母さんはそう言うと、アリスレーゼの手を引いてエスカレーターをさらに上って行った。
「しっ、しっ、下着を変な人形なんかに着せて何てハレンチな! しかもあんなスケスケの下着を・・・。ミズキ、あの人形を絶対に見てはなりません!」
ランジェリーショップの前でマネキンを指さしながら真っ赤な顔で激怒するアリスレーゼを、スタッフや他のお客さんたちが怪訝な表情で見つめている。そんな彼女を母さんは事も無げに手を引っ張って店の中に連れて行く。
「瑞貴も一緒に来る?」
「誰が行くかっ!」
男の俺はランジェリーショップに入るのは絶対に無理だし、あんなに大騒ぎをしているアリスレーゼと一緒に居ると余計目立つし恥ずかしすぎる。
俺は少し離れたベンチに座ってスマホをしながら待っていると、しばらくして隣に愛梨が腰かけた。
「お前、よくここがわかったな」
「あの女がランジェリーショップで大騒ぎしてるから、誰でもすぐに分かるよ」
「だよな・・・そうだ、愛梨も一緒に下着でも見てくればいいじゃないか」
「イヤに決まってるでしょ! あの女の身内だと思われたくないしそれに・・・」
そして愛梨は俺の隣でスマホをしながらつまらなそうに続けた。
「それに愛梨はお兄を守る仕事があるからここから動けないの」
「またそれかよ。俺の貞操なんか守ってくれなくていいから、お前は彼氏でも作って普通に高校生活を楽しめよ」
「愛梨は彼氏なんかいらない。そんなことよりも、今も野獣どもがお兄のことを狙ってるし、ここから離れられないの」
「俺のことなんか誰も狙ってねえよ」
そう言って俺はあたりを見渡すが、やはり野獣なんかどこにもいない。
もちろんそれが愛梨用語で「女の子」を指すことぐらい分かってているが、俺を狙うような女の子など当然見当たらないし、コイツの言い分を聞いているとまるで俺が女子にモテるかのような錯覚に陥って、そして誰も俺を見ていない現実に気付かされてがっかりしてしまうまでがセットだ。
今も愛梨の友達のギャルJKが辺りをブラブラしているだけだし・・・。
「もうわかったから、お前がそこにいたいのなら好きにしろ」
「うん、そうする」
しばらく待ってると、母さんとアリスレーゼが店を出て来た。
「随分と時間がかかったんだな」
俺がそう言うと、満足そうな母さんとは対照的に、アリスレーゼは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
母さんの服を着ているため、膝丈のスカートのスーツ姿で少し大人っぽく見えるアリスレーゼだが、胸と股間に手を当てて恥ずかしそうにモジモジしている。
その姿がなんだかエロく、とても正視できない。
「お母様・・・こんな頼りない下着で、本当に大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫よアリスちゃん。日本人女性は全員それで普通に生活してるし、履き心地がとてもいいでしょ」
「ええまあ確かに・・・でもこんなハレンチな下着を殿方に見られでもしたら、恥ずかし過ぎて死んでしまいそうです。ううう・・・」
「ハレンチな下着って、さすがは王女様ねクスクス。でもそんなに恥ずかしがるなら、もっと色々着せて見たくなっちゃう。次はいよいよ服を買う番ね。すごいミニスカートをアリスちゃんに着せたらどんな反応をするのか、萌えるわね~」
「ミニスカートなんて絶対に嫌です! あ、ちょっとお母様、手を引っ張らないでくださいませ・・・」
母さんはニヤニヤ笑いながら、アリスレーゼを引っ張って次の店へと連れていった。
2階のカジュアルブランドの店にやってきた。
今度はランジェリーショップの時とは違い、俺も一緒にアリスレーゼの服を選ばされることになったのだが、女子の流行なんか知らない俺は、愛梨がいつも着ているような服を選ぶしか能がなかった。
それで適当な服を選んでいると愛梨が大喜びした。
「お兄はやっぱり、そっち系のファッションが好きなんだよね。ふっふーん、愛梨の目に狂いなし!」
「いや俺はお前がいつも着ているような服を選んだだけなんだが・・・」
だがアリスレーゼはその服が全く気に入らなかったようで、
「あのねミズキ・・・そんな短いスカートをこのわたくしがはけるわけないでしょ!」
「これぐらいなら全然短くないと思うが・・・」
俺が選んだのはわりとコンサバで、さっきのギャルに比べたら全然マシなのだが、それでもアリスレーゼにはまだダメらしい。だがそんな彼女に、母さんがズバリと言った。
「アリスちゃんは顔やスタイル・・・ていうか存在自体が派手だから、あまり地味な服を着ると逆に違和感しかなくて、悪目立ちすると思うの。周りのみんなのファッションに合わせるのも大事なことなのよ」
「存在自体が派手! ま、まあ確かに周りの方たちとは髪の色とか顔つきが異なるようですし、先ほどから周りの視線をたくさん感じておりましたので自覚はしています。ですがこのようなハレンチな服を着るのはちょっと・・・」
その言葉に愛梨が強く反応した。
「ハレンチな服って、いつも愛梨が着てる服をバカにしないでよ!」
「け、決してそのようなつもりは・・・」
「だったら今ここで着て見なさいよ。何だったら愛梨が手伝ってあげようか!」
そう言って機嫌が悪くなった愛梨が俺の選んだ服を掴み取ると、アリスレーゼを連れてフィッティングルームに入ってしまった。
「さあ、今着ている服をさっさと脱ぎなさい」
「わたくし、侍女がいないと服を着替えることはできません」
「侍女って・・・まさかその服はお母さんに着せてもらったの」
「はい。ですので愛梨ちゃんが着せてくれないと、わたくし着替えることができません」
「めんどくさっ! もう、仕方がないなあ・・・じゃあ早く後ろを向いてよ」
「ええ、よろしくね愛梨ちゃん」
その後も大騒ぎをしながら試着する二人と、それをクスクス笑って待っている母さん。
「あの二人、なんだかんだ言ってもうすっかり仲良しさんね」
「どこがだよ!」
やたら時間はかかったものの、ようやく試着を終えた愛梨がゆっくりとカーテンを開くと、そこには17歳らしい服装の可憐な少女が立っていた。
透明感あふれる清楚な顔立ちの美少女ながらスタイルも抜群で、それに気づいた女性店員たちが俺たちの周りに集まって騒ぎ始めるほど、アリスレーゼの服はよく似合っていた。
頬を染めて恥ずかしそうにするアリスレーゼが、俺に尋ねる。
「ミズキ・・・どうかしらこの服」
「お、おう・・・とても似合ってると思う。愛梨で見慣れた服だけど、アリスレーゼが着ると少し違って見えるな」
そう、妹が着ると何も感じなかった服なのに、アリスレーゼが着ているのをみるとなぜかドキドキしてしまう。それを敏感に感じ取った愛梨がムッとした表情で、
「お兄っ! 愛梨も同じような服を着てるんだから、こっちも見てよ!」
「わ、悪い・・・こ、こうして並んでいると仲良し姉妹に見えるな」
俺は当たり障りのない感想を言ってみたが、それが愛梨の怒りに火をつけた。
「お兄のバカっ! さっきからこの女・・・じゃなかった、お姉ちゃんの太ももばっかり見てるくせに! 愛梨のこともちゃんと見て!」
「太ももなんて見てねえよ! 変な言いがかりはよせよ愛梨!」
だか俺のその言葉にアリスレーゼが過剰反応した。
「ふ、太もも?! きゃーーっ!」
途端、アリスレーゼの顔が羞恥心で真っ赤になり、両手で顔を押さえて床にしゃがみこんでしまった。
だがそれがイケなかった。
アリスレーゼはドレスしか着たことがないからか、自分のスカートを押さえるという動きが全くできていなかった。そのためしゃがんだ拍子に下着が丸見えになってしまったのだ。
「ピ、ピンク・・・ねっ姉さん、全部見えてしまってるから、早くスカートを押さえて」
「ピンクって、いやーーっ! ミズキ見ないでっ!」
だがアリスレーゼは顔を両手で覆ったまま、足をばたつかせているだけで状況は全く改善しない。そんな騒ぎに気がついて、他のお客さんまでこちらにやってきた。これはマズいっ!
「おい愛梨、すぐにカーテンを閉めろっ!」
「あわわわわ・・・わかったよ、お兄っ!」
母さんが腹を抱えて大爆笑する中、愛梨が慌ててカーテンを閉めると、再び二人で大騒ぎしてバタバタと着替えだしたのだった。
その後も色々試着して結局5着ほど服を買ったのだが、その中の一つは最初に俺が選んだ服で、それをそのまま着てその後のショッピングを続けることになった。なんだかんだ言っても、どうやら気に入ってくれたらしい。
そんなアリスレーゼが俺の耳元で囁く。
「ミズキ、さっきのことは記憶から抹消なさい」
「さっきのこと?」
「その・・・わたくしの下着を覗いたことです」
「覗いてねえよ! 姉さんがスカートを押さえれば済むことだろう!」
「それはそうなのですが、殿方に下着を見られてしまったことには変わりません。もし記憶から抹消しないのなら責任を取っていただくしかありません」
「責任てまさか・・・」
「ミズキ、二人で自害しましょう」
「アホかーっ! パンツ見たぐらいで死ねるかよ!」
何を言ってるんだ、この王女様は。これにはさすがの母さんも黙っていることはできず、
「アリスちゃん、平民の女性はそんなことぐらいでは自害しないのよ。前園家で平民として生きていくならパンツの一枚や二枚、堂々と見せなさい」
「えーっ?! 平民は下着を殿方に見せてもよろしいのですか」
「アホかーっ! そんなのダメに決まってるだろ! 母さんも間違ったこと教えちゃダメだよ」
「そうね、さすがに言い過ぎたわね。平民でもパンツは見せちゃダメだから、家に帰ったらうまく隠す練習をしましょう。それよりお腹が空いたからおいしいものを食べに行かない」
そして俺たちはランチを食べに行くのだが、そこで俺たちの運命を変えるあの出来事が起こったのだ。
次回、アリスレーゼの隠された秘密が明らかに。
お楽しみに。
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