第36話 神無月弥生vs神宮路さやか
その後デバイスの使用方法について一通りの説明を受けた俺たちは、雨宮主幹に連れられ地下の訓練場へとやって来た。
体育館ほどのスペースで、中では戦闘員たちが熱心に訓練をしていたが、俺たちの姿を見ると全員が訓練を中断し壁際に寄って腰を下ろした。
「ここにいるのは関東地方を担当する戦闘員たちで、みんな京都で活躍したあなたたちに興味があるのよ。今日の模擬戦の相手もしてくれるみたい」
「彼らが模擬戦の相手か・・・」
「では早速デバイスを使った模擬戦を開始するけど、まずは誰にやってもらおうかしら・・・」
そう言って雨宮主幹が楽しそうに俺たち全員の顔を順番に見渡すと、葵さんがすっと手を挙げた。
「じゃあ私と神宮路さんでお手本を見せてあげる」
「葵ちゃんとお嬢の模擬戦か。それは面白そうね!」
「ようし、じゃあ恨みっこなしの一発勝負だからね。覚悟はできてる? 神宮路さやか」
「もちろん、受けて立ちますわよ葵さん」
妙に気合の入った二人が訓練場の中央に立つと、システムのブザー音が鳴って模擬戦が開始された。
壁際に座って見学する俺たちに、雨宮主幹がルール説明を始める。
まずデバイスには模擬戦モードというのがあって、実戦同様に思念波攻撃が発動されるものの、システムによってその殺傷力が完全に抑えられているらしい。
ただし通常の格闘戦によるダメージは普通に受けるそうで、バリアーと治癒能力だけは常にアクティベートされているようだ。
つまり模擬戦の勝敗は、思念波攻撃によるダメージ累積値が一定以上を超えたとシステムが判断するか、通常の格闘戦で戦闘不能に陥ったかで決まる。
それを熟知した二人だからか、戦いは最初から死力を尽くした壮絶なものとなった。
まずスピードに勝る葵さんが神宮路さんとの間合いを瞬時に縮めて、そこから痛烈な打撃を連打するが、神宮路さんはそれを全て受けながらも、自己治癒能力でダメージから即座に回復。
加えてカウンター攻撃として至近距離から思念波弾を連射するが、それを紙一重で全て回避する葵さん。
この一連の攻防で葵さんを間合いから完全に遠ざけてしまった神宮路さんだったが、葵さんも再び接近して神宮路さんへの攻撃を試みる。
「・・・ちょこまかと小賢しい動きですね、葵さん。まるであなたの存在そのものみたい」
「ちっ・・・いくらタコ殴りにしても全くダメージを受けないなんて、面の皮の厚さが全身を覆っているのかしら、神宮路さやか」
「あら、面の皮が厚いのはあなたの方ではなくって。ポッと出のヒロインさん」
「それはこっちのセリフよ、敵役のヒロインさん」
「ギリッ!」
「フンッ!」
「「これでもくらえっ!」」
互いに繰り出した攻撃が交錯し、その衝撃波で吹き飛ばされた二人が身体を床に打ち付ける。だが二人が同時に立ち上がると、即座に次の攻撃を繰り出す。
そんな激しい攻防が延々と繰り返され、それを見たアリスレーゼが唖然とした表情で俺に呟く。
「・・・さやかさんって、もっと御淑やかな令嬢だと思っておりましたが、意外な一面もあるのですね」
「そうだな。実はあんな熱い性格だったなんて、高嶺の花の印象が強かったけど、親しみが湧いてきたよ。それにあの葵さんと互角の戦闘力なんて本当に凄い」
「ええ。もしも二人がティアローズ王国に居たとしたら、騎士団でもトップクラスを狙える位置にいたでしょうね。それにしてもどうしてこの二人はこんなに激しく戦っているのでしょうか」
「さあ?」
そんな二人の戦いはさらに延々と続き、その激しさは衰えるどころか増すばかりだった。
「ボロボロの雛人形みたいな顔のくせに! 瑞貴君はわたくしのものよ、このボロ人形!」
「ボロ人形って何よっ! あなたこそギャグマンガの悪役令嬢のくせにっ! この試合に勝って瑞貴と結婚するのはこの私なんだからねっ!」
「おあいにく様。瑞貴君と結婚するのは、許嫁であるこのわたくしなの。ボロ人形はさっさと退場なさい」
試合の激しさもさることながら、互いへの罵詈雑言がとにかく酷くなってきた。
つやのある長い黒髪を振り乱して必死に戦う葵さんは、雛人形よりむしろ平家の落ち武者に見える。
一方の神宮路さんも、トレードマークの大きな黒いリボンが斜めにずれて見事な縦ロールも色んな方向に飛び跳ね、ギャグマンガの悪役令嬢そのものだ。
互いの描写が的確過ぎて俺は思わず吹き出してしまったが、アリスレーゼは表情を真っ青にして突然立ち上がると、
「わかったわ・・・あれはミズキをかけた真剣勝負をしているのですね。こっ、こうしてはいられません。このわたくしもすぐに参戦しなくてはっ!」
それに呼応するように愛梨も立ち上がると、
「やっぱりお姉もそう思う? こうなったら愛梨たちも参戦するしかないよね。お姉、一発勝負で恨みっこなしだからね!」
「もちろんです。ミズキは絶対誰にも渡さないんだからっ! ・・・い、いえ、わたくしの場合はあくまで姉としてダメな弟を守るためなんですから、勘違いしてはダメよ愛梨ちゃん」
そう言うと二人は思念波弾を連射しながら、葵さんと神宮路さんの戦いに参戦した。
◇
「あーっははは! ああ面白かった。もう笑いすぎて腹筋が崩壊しそう」
「アリスちゃんが必死過ぎて、笑いが止まらないわ。く、苦しい・・・息ができない・・・」
雨宮主幹と母さんの二人が腹を抱えて大爆笑しているが、ここにいる他の全員はこの壮絶な戦いの結果を見て、魂が抜けたように呆然としていた。
訓練場の中央にはアリスレーゼがたった一人、ゼエゼエと呼吸を荒げながら辛うじて立っており、残りの3人は全員床に倒れて白目を剥いていた。
アリスレーゼと愛梨も参戦した4人の戦いは長時間に及ぶ激しいものとなったが、攻撃が全く当たらない愛梨と強大な思念波による力押しのアリスレーゼを攻略するため、葵さんと神宮路さんが共闘を組むまさかの展開を見せた。
それでも戦況が動かず、時間とともに徐々に減っていく思念波エネルギーの残量を気にした3人は、先にアリスレーゼを倒してしまうため彼女に攻撃を集中。
だがそれに必死に抵抗したアリスレーゼは、ついに伝家の宝刀「マリオネット」を使用して、この3人の精神操作を敢行。
その結果3人は自分の意思とは反対に互いへの攻撃を強制させられたのだが、精神操作から逃れるために必死に抵抗したため、アリスレーゼも含めた4人全員が思念波エネルギーを全て使いきってしまった。
そして派手な相討ちを演じて華々しく散った3人の傍らで、立っているのもやっとのアリスレーゼが両手を高々と掲げて勝利宣言をしたのだった。
そんな激しい戦いを制したアリスレーゼがとてもいい笑顔で俺の方を振り返ったのだが、たちまち笑顔が消失すると再び臨戦態勢へと突入した。
目を血走らせた彼女の戦意は衰えることを知らず、俺の方にゆっくり歩み寄ると、俺の左腕にしがみついて恐怖で震える水島さんに噛みついた。
「はあっはあっ・・・みっ、ミズキは・・・このわたくしのものよ・・・。絶対誰にも渡さないんだから、今すぐそこを離れなさい・・・はあっはあっ・・・」
息を切らせながらも鬼のような形相で俺から水島さんを引き離そうとするアリスレーゼ。
水島さんもアリスレーゼを敵に回す恐ろしさを理解し、コクコク頷いて素直に後ろに引き下がった。
だがそんなアリスレーゼに猛然と立ち向かう猛者が現れた。床に倒れていた3人の中で唯一意識を回復した愛梨が何とか立ち上がると、その場で叫んだ。
「おっ、お姉の勝ちは認める・・・でもお兄との結婚を認めた訳ではないんだから・・・」
「はあっはあっ・・・何を言ってるのよ愛梨ちゃん。これはミズキの嫁の座を決める戦い・・・そしてその勝者は・・・こ、このわたくしよっ!・・・」
「・・・あ、あれれ? お姉は・・・くっ・・・あ、姉として参戦していたのよね・・・まさかお兄のことを異性として好きなんて・・・あるわけないよね」
「はあっはあっ・・・も、もちろんです・・・ミズキのことは別に好きでもなんでもないんだから。・・・できの悪い弟を保護しただけなんですから・・・か、勘違いしないように・・・」
「そうだよね・・・お兄の嫁の座を巡る戦いは・・・これからもまだまだ続くよね・・・」
「くっ・・・そ、その通りよ愛梨ちゃん・・・挑戦者はいつでもこのわたくしにかかってらっしゃい・・・全員返り討ちにしてあげるから・・・はあっはあっ」
そんなアリスレーゼに、雨宮主幹と母さんがさらに腹を抱えて笑った。
「もうやめてよアリスちゃん! 今時そんな古典的なツンデレ、そうそうお目にかかれないわよ」
「雨宮主幹の言う通り、もういい加減になさいアリスちゃん! あなたは私たちを萌え殺すつもりなの?」
だがアリスレーゼは、なぜ二人が爆笑しながら自分を叱っているのか全く理解できず、息苦しそうに肩を上下させながら、キョトンとした表情で二人の言葉を聞いているしかなかった。
「さて女子4人の戦闘訓練はもう十分ね。後は残りの3人だけど、それぞれタイプが異なるから適当な相手が欲しい所ね」
ようやく笑い終えた雨宮主幹が、ギャラリーの中から相手になりそうな戦闘員を見渡す。
ちなみに葵さんと神宮路さんは、意識が回復しないまま医務室に運ばれていき、アリスレーゼと愛梨もボロボロの状態で俺の傍にへたり込んでいる。
そんな有り様なので、雨宮主幹と目が合った戦闘員の誰もがブンブン首を横に振って、俺たちとの模擬戦を拒否する。
困った雨宮主幹に、だが訓練場に5、6人の集団が突然入ってくると、その中の一人が模擬戦に応じた。
「ならこの俺様が前園の相手になってやろう」
だがその男の顔に、俺は見覚えがあった。
「お前は鮫島っ!」
次回、水島かなでの復讐
お楽しみに




