第35話 思念波工学研究所
水島さんが学校に復帰した放課後、俺たちは神宮路家のリムジンに乗って公安の研究施設へと向かった。
俺たちを招いたのは、思念波補助デバイスの開発者である雨宮しずく主幹研究員。戦闘員として正式採用された俺たちの適性検査と、デバイスを使った戦闘訓練を行いたいとのことだった。
そんな俺たちの他にもう一人、呼ばれてもいないのに母さんがついてきていた。
「私は瑞貴たちの保護者なんだから、その雨宮さんって人の説明を聞く権利があるわよね」
「・・・本当にそれが目的でついてきたのか?」
俺がジト目で睨むと母さんはあっさりと白状した。
「あら、鋭いわね。本当はこの恋愛バトルロイヤルが適正に行われているのか確認するためだけどね」
「どうせ母さんの想定を超えた大騒動になったから、心配になったんだろ」
「否定はしないけどよかったじゃない瑞貴。盆と正月とモテ期がまとめて到来して」
「全然良くないよっ! 母さんのせいで余計な苦労をさせられてるんだから」
「せっかく味方してあげてるのに何よ。だったら瑞貴は周りの大人を全員敵に回して、自分一人で相手を決めることができるの? 実はもう素敵な女の子がいるのかしら?」
「そりゃまあ・・・って、うわっ!」
その瞬間、黙って聞き耳を立てていた女子たちの表情が一変し、一気に膨れ上がった膨大な気の衝撃波で敦史の隣の窓ガラスが粉々に砕け散った。
「か、母さんが余計なことを言ったせいで大惨事だ。こいつら全員、能力者なんだからな」
「ひーっ! エカテリーナ様は発言を控えてくれ」
敦史が破片をもろに浴びて泣きそうになっているが、この神宮路家のリムジンはアメリカ大統領専用車並みの防弾仕様だそうで、修理にかなりの費用がかかったらしい。
「ごめんね。ちょっと煽りすぎたわね、てへぺろ」
そう言って舌を出す30代後半の母さん。
「全然かわいくねえよっ!」
そんな大混乱の後部座席にあって、一番最初に我を取り戻した神宮路さんが即座にバリアーを展開させると、高速道路の脇に停車させようとした運転手さんを制止してそのまま目的地に向かうように指示した。
さすがはハイスペックお嬢様だ。
やがて俺たちを乗せた車は、つくば学園都市にあるとある研究所へと入っていった。
そこで待っていたのは身分証を偽装したUMA室の研究スタッフたちで、彼らの案内で建物の奥へ通されると、モニターがたくさん並んでいる部屋へと連れていかれた。
その一番大きなモニター脇の端末の前に座っていたのが雨宮しずく主幹研究員で、彼女は簡単に自己紹介を済ませると、さっさと本題に入っていった。
「早速だけどみんなにはこれから適性検査を受けてもらうわね。そして適性に応じたデバイスの操作方法を学んだ後に簡単な模擬戦をやってもらうわ。もし希望があれば思念波工学の基礎理論の講義をやってあげるけど、ここまでで何か質問はある?」
「質問というか、俺は公安UMA室がどんな組織か、あまりよくわかってないんですけど」
俺がそう言うと雨宮主幹は少し困った表情で、
「組織の話は私も得意じゃないのよ。そういうことはUMA室のトップである小野島室長に聞いた方が早いと思うけど、あいにく彼は忙しくて今日はここに来れなかったのよ」
「俺たちも挨拶に行こうとしたんですが、時間が取れないからと断られたんです。何かあったんですか」
「国会対応よ。京都でオーク騎士団を撃退した際に、自衛隊に対して治安出動命令を出したことを問題視した野党が、鬼の首を取ったように国会で大騒ぎしているらしいのよ。それで彼は議員レクに行ったり、取って来た質問の答弁を書いたりと・・・」
「ふーん・・・なんか大変そうですね」
「そうかしら。彼が言うには、役人が質問取りや答弁を書くのも民主主義国家としての大切なプロセスらしいけど、私みたいな技術屋から見れば典型的なお役所仕事よね。特に今回の件について完全に野党のパフォーマンス。無駄な仕事ね。他に質問がなければ、まずは適性検査からよ」
それから俺たちはそれぞれスタッフに連れられて、様々な医療器具を使った測定が行われた。全員の検査が全て終わるまでに1時間近くかかり、それが終わると俺たちは再び最初の部屋に集められた。
母さんと二人で何やら話をしていた雨宮主幹がこちらを振り返ると、すぐに説明を始める。
「みんなの測定結果が出たわよ。お互いの能力を知っておく方が圧倒的に生存確率が上がるから、自分だけでなく仲間全員の能力値も頭に叩き込んでおくこと。わかったわね」
彼女はそう言うと、手元の端末を操作して大型スクリーンに結果を表示させた。
特殊能力
A:前園アリスレーゼ (不明)
B:前園瑞貴 念動力
C:前園愛梨 未来予知
D:神宮路さやか 治癒
E:葵菖蒲 時空超越
F:水島かなで 治癒
G:伊藤敦史 スナイプ
MAG VIT DEF AGI SRA LRA
A: 280 30 30 40 40 100
B: 250 40 30 60 60 60
C: 200 30 30 50 30 60
D: 200 40 40 40 40 40
E: 200 40 30 60 60 10
F: 150 60 60 10 10 10
G: 150 40 20 20 10 60
MAG:思念波適性(総合値)
VIT:体力
DEF:防御力
AGI:敏捷性
SRA:近接攻撃力
LRA:遠隔攻撃力
「あなたたち高校生にも理解しやすいように、RPG風にしてみたわ。ちなみにUMA室戦闘員のMAG平均値は100、各能力値の平均は20なので、あなたたちがいかに高い戦闘力を持っているかが理解できるでしょ」
雨宮主幹の説明に俺たちはコクコクと首を振った。各能力値は30を超えれば主力級で、逆に10以外だと実戦には使えないレベルらしい。
「じゃあアリスちゃんから順番に解説するわね。彼女はこの7人の中で最も思念波適性が高い280。特に遠隔攻撃力100は驚異的な数値ね。他の全ての能力も高いオールラウンダーだけど、適性値の高さの割りにはステータスが若干低めで計算が合わないのよ。どうしてかしらね」
雨宮主幹は不思議そうに首をひねるが、俺から見たらさすがティアローズ王国でも歴代最強を誇る王女殿下だと思う。
「次に瑞貴君だけど、アリスちゃんに次ぐ適性値の高さで敏捷性、近接戦闘と遠隔戦闘の3点で60というのは驚異的よ。現公安エースのかん・・・葵ちゃんに遠隔攻撃能力を追加した化け物ね」
なぜか葵さんの名前でツマる雨宮主幹だが、言われて見れば葵さんの能力値は、LRA以外全て同じだ。
「化け物かどうかはともかく、俺と葵さんのステータスは確かにほぼ同じですね。自分が二人いると理解すればいいのかな?」
「ほんとだ・・・だから私たちっていつも息がピッタリなのね! 瑞貴、このまま私を選んじゃえば?」
そう言って葵さんが嬉しそうに俺の腕に抱きつくと他の女子たちの膨大な気が部屋をガタガタと共鳴させ始め、それに慌てた雨宮主幹が説明を進めた。
「止めなさい神・・・葵ちゃん! せ、説明を続けるわよ。特筆すべきなのは瑞貴君の特殊能力の念動力。これは直接手を触れずに遠くの物体を動かす能力で、京都での対オーク戦で瑞貴君がやって見せたように、バリアーを素通りして敵の身体の一部を物理的に破壊することができるのよ」
「俺が記憶を失っている時のあれか・・・」
「なるほど、あれって無意識でやってたんだ・・・。じゃあもっと効率的にオークを殺す方法を教えてあげる。手足をバラバラにするのは思念波エネルギーをかなり消費するから、オークの大動脈や頸動脈を切ってしまえば少ない思念波エネルギーでオークを大量虐殺できるし、さらに言えば・・・」
「も、もう結構ですっ! 次は愛梨の能力を説明してくださいっ!」
この雨宮主幹という人は、頭のネジが何本か抜けているらしい。高校生相手に真顔で大量虐殺方法を説明し始めたが、研究者ってみんなこんな感じなのかな。
「じゃあ妹ちゃんの説明ね。この子は未来予知という破格の能力を持つのが特徴で、敏捷性や他の能力値もかなり高いから、妹ちゃんに敵の攻撃が当たることはまずないわね」
そんな雨宮主幹の説明に満足したのか、愛梨が俺の腕を組んで言った。
「じゃあ愛梨がお兄とコンビを組めば最強じゃね?」
「そうね。でも妹ちゃんは瑞貴君だけでなく部隊全体に対して、その予知情報を提供してほしいわね」
雨宮主幹は戦闘に関することしかコメントしなかったが、アリスレーゼは愛梨の能力が自分の母親と同じものだと言っていた。
つまり戦いの末に起こる結果も予知できる可能性がある・・・母親である王妃殿下がアリスレーゼ王女に自殺を命じた時のように。
雨宮主幹がさらに説明を続ける。
「そんな妹ちゃんの思念波適性と同じなのが、さやかお嬢と葵ちゃんね。お嬢は見ての通り、全ての能力値が40で治癒能力も兼ね備えたオールラウンダーよ。対して葵ちゃんは近接戦闘特化型の現エース戦闘員。この二人ってどっちが強いのかしら・・・」
それだけ言うと、雨宮主幹は説明を中断して二人の能力値を見たまま動かなくなってしまった。
まさかこの人、趣味で仕事をやってるのでは。
「コホン・・・雨宮主幹、葵さんの時空超越について教えてください」
するとハッと気づいた雨宮主幹が再び動き出した。
「い、いい質問ね、瑞貴君。彼女の能力は極秘事項で他の戦闘員にも伏せられているから、ここだけの話にしておいてほしいのだけど」
「わかりました」
俺がそう言うと、他のみんなも黙ってうなずく。
「一言で言えば瞬間移動。自分や仲間を離れた地点に転移することができるという破格の能力なんだけど、質量と距離に応じた思念波エネルギーを消費するため場合によっては一定のインターバルが必要になる」
「瞬間移動って・・・すげえ」
この前の異種格闘戦で、ブラジル柔術の選手相手にマウントポジションから逃れた際、おそらくこの能力を使ったのだろう。
ただでさえ俺と同等のスピードを誇るのに瞬間移動まで使えるなら、とても彼女を倒せる気がしない。
「最後は残りの二人ね。かなでちゃんは戦闘力はほぼ期待できないけど、防御力に秀でているわね。特筆すべきは治癒能力に加えてバリアー制御にも特異な才能があるのよ。だから京都での戦いみたいに、近接戦闘部隊での盾役で無類の強さを発揮する。おそらく現公安戦闘員全体の中でも飛びぬけて頑丈だと思うわ」
「こんな私が飛び抜けて頑丈だなんて・・・そうか、きっと私は前園君を守る盾になるために生まれて来たんだ。生きる意味を与えてくれてありがとう神様」
そう言って俺を見つめる瞳に熱がこもって来た水島さんと、それを警戒する他の女子たち。
「そ、そんな訳ないよ水島さん。もっと自分を大切にしてくれ!」
「コホン・・・えーっと最後に敦史きゅんだけど」
雨宮主幹のその言葉に、緊張漂うモニタールームの雰囲気が一瞬で変わった。
敦史きゅん?
実にどうでもいいことだが、ここは場の雰囲気を鎮めるために大いに利用させてもらおう。
「・・・あのすみません雨宮主幹。なんで俺は「君」で敦史は「きゅん」なんですか?」
「あら? つい本音が出ちゃったわね」
「本音・・・」
「もし嫉妬しちゃったのならごめんなさいね。私ってキラキラした王子様タイプより、粗削りでワイルドな男の子に色気を感じるのよね。はーとっ」
「お、おう・・・」
雨宮主幹は40代半ばぐらいで母さんより年上なのに、敦史に送る熱い視線はまるで10代だ。
その敦史も「お、俺?」と戸惑いながらも、まんざらではない表情をしている。
敦史お前・・・女性なら誰でもいいのか?
そんな雨宮主幹が嬉々として敦史の説明を始める。
「敦史きゅんの能力「スナイプ」は、攻撃を必ず命中させる能力よ。対オーク戦の戦闘データを解析していて判明したんだけど、彼の思念波弾の命中率はなんと驚異の100%だったのよ。遠隔攻撃力もアリスちゃんに次ぐ強さだし、攻撃の切り札として使えそうね」
「俺が攻撃の切り札・・・マジか!」
敦史が俺の肩を組むと、嬉しそうに笑った。
「100%ってすげえ能力だな。敦史はさしずめ凄腕の狙撃手とか誘導ミサイルみたいなものだな」
「さて、それぞれの能力が分かったところで、今度はデバイスの使い方の講義を行うわね。その後は地下の訓練施設に移動して模擬戦をやってもらうわよ」
次回は模擬戦です
お楽しみに




