第2話 初めての自動車
前園家の自家用車はコンパクトワゴンで、3列目シートは使わず収納に使っている。愛梨がいつものように2列目シートに乗り込もうとすると母さんが、
「愛梨は助手席よ。瑞貴はアリスちゃんと一緒に後ろに乗りなさい」
「ええっ! 愛梨はいつもお兄と後ろに座ってたのに、なんで助手席?」
「アリスちゃんは初めて自動車に乗るんだから色々教えてあげないと。でも愛梨はアリスちゃんに意地悪して何も教えてあげないでしょ」
「うっ・・・」
母さんに図星を突かれた愛梨が、渋々助手席に乗り込む。俺は後部ドアを開けてアリスレーゼを先に乗り込ませると、反対側のドアから車に乗り込んだ。
アリスレーゼは座席には座ったものの、中をキョロキョロ見回して落ち着きがない。
「ミズキ、これは馬車なのかしら。馬がつながれていないようだけど」
後部ドアが閉まったのを確認し、俺はアリスレーゼのシートベルトを締めながら彼女の疑問に答える。
「これは自動車と言って、エンジンで動く乗り物なんだ。馬が引いていないこと以外は馬車と同じだから、何も心配はいらない」
「ジドウシャ・・・エンジン・・・ちょっと言葉がうまく聞き取れないけど、馬車のような乗り物だということは分かったわ」
自動車も知らない女の子が、これからウチの家族として日本で暮らすことになるのか。彼女はただの外国人ではなく、タイムスリップした中世ヨーロッパ人と考えた方がよさそうだ。
事の重大さを改めて認識した俺は、彼女が早く日本に馴染めるよう最善を尽くそうと思った。まずは彼女がちゃんとウチの家族に見えるよう、もう少し設定を作り込む必要がある。
「そう言えば母さん。アリスレーゼは俺と同じ17歳ということだけど、俺との関係はどうするんだ。ショッピングの前に決めておきたいんだけど」
すると母さんが運転席からこちらを振り返り、
「そうね・・・瑞貴よりアリスちゃんの方が少し大人っぽく見えるし、瑞貴の二卵性双生児のお姉さんということにしましょう。そしてアリスちゃんは生まれてすぐに親族の養子に出してたんだけど、東欧情勢が厳しくなってきたため安全のために養子縁組を解消し、母さんの元に戻されて日本に住むことになった・・・という設定ならどうかしら」
「おおっ、なんか無駄にもっともらしい設定。さすが毎日ラノベばかり読んでるだけあるな」
「えっへん! どうせなら私もなろう作家デビューしようかしら」
「恥ずかしいから、それだけは絶対にやめてくれ! ・・・そうすると俺が弟になるのか」
俺は愛梨との二人兄妹だったので姉ができるのが新鮮だったが、それはアリスレーゼも同じようだ。
「わたくしには二人の兄がいて、第一王女とはいえ一番年下の妹でした。それが一度に二人も弟妹ができるなんてなんだか不思議な気持ち・・・」
「俺もだ。最初はお互い慣れないだろうが上手くやって行こうぜ、アリスレーゼ」
「うふふっ、ありがとうミズキ。でも今はいいけど、外で呼び捨ては変ではないかしら。そうね、わたくしのことをアリスレーゼ姉様と呼ぶのはどうかしら」
「ア、アリスレーゼ姉様?! さすがにそれは恥ずかしいから「姉さん」と呼ばせてもらうよ」
「姉さんか・・・ええ、その方が平民らしいわね! わかったわ、それでいきましょうミズキ」
「ああ、姉さん」
そんな俺たちのやり取りに微笑んでいる母さんと、ほっぺを膨らまして完全に拗ねてしまっている愛梨。そんな妹にアリスレーゼは声をかける。
「アイリもわたくしのことを「姉さん」って呼んでくださる?」
すると愛梨は面白くなさそうに文句を言いながら、
「・・・ホントは絶対にイヤだけど、外では仕方ないからそう呼んであげる。ただし愛梨のことは呼び捨てではなく「ちゃん」をつけること」
「いいわよアイリちゃん」
「ふん・・・お姉ちゃん」
「じゃあ話もまとまったし、そろそろ出発するわね」
そういうと母さんがゆっくりと車を走らせた。
車庫から出た車は俺たちを乗せて、住宅街をゆっくりと走り出す。
「み、ミズキ、馬がいないのに馬車が走ってる?!」
「だから馬の代わりにエンジンが自動車を動かしてるんだよ」
「そのエンジンというのが本当に馬の代わりをしているのね。信じられない・・・あ、見て見てミズキ! 変わった形の建物がいっぱい。これがこの国の平民の家なのでしょうか?」
窓にくっついて大騒ぎしながら外を眺めるアリスレーゼに、俺は一つ一つ説明していく。
「そうだよ。この辺りは住宅街だから一軒家が並んでるだけだけど、もう少し先に行くともっと大きな建物も見えてくるはずだ」
やがて自動車は幹線道路に入る。真っすぐで幅の広い道路の両脇にはロードサイドショップが建ち並び、その奥にはマンションが点在している。アリスレーゼはその景色を食い入るように眺める。
「アリスレーゼ、あの大きな建物はマンションという集合住宅で、10数階建ての建物の中に数100世帯もの家族が住んでいるんだよ」
「まさか・・・あの貴族の居城より大きな建物が平民の家だというの? 信じられないわね。・・・いろんな色や形の建物があるけど、どこに住むかは身分によって決まるのかしら」
「身分ではなく値段だよ。ほら、ずっと遠くの方に見えるあの細長く空に伸びた建物。あれはタワーマンションと言って、高さが数10階もあるんだ。最上階だと高さが100メートルを軽く超えていて、値段も一番高いんだよ」
「100メートルってわたくしの王城よりも大きいじゃない。そんなところに平民が住んでいるなんて、なんて国なの日本は・・・」
「平民か・・・実はこの日本には貴族が存在しないんだよ。100年近く前に貴族制度が廃止され、一部皇族を除いて全員が平民になったんだ。だから国の制度上身分の差は存在せず、あるのは貧富の差だけだ」
「身分の差が存在せず、あるのは貧富の差だけ・・・つまり全員が商人ということでしょうか」
「農家や工場で働いている人も大勢いるけど、就労人口を考えればあながち間違ってはいないな」
俺たちを乗せた車はやがて幹線道路から高速道路のインターチェンジに入って行く。ETC専用レーンを通過して一気に加速する母さんだったが、窓の外を見ていたアリスレーゼが急に怖がり出した。
「ちょっと速すぎないこの乗り物。・・・こ、怖い、ミズキ助けて!」
50㎞程度しか出ていなかった街中でも怖がっていたアリスレーゼだったが、さらに加速したことで今は座席の肘に必死にしがみついている。
「大丈夫だよアリスレーゼ。怖かったら外を見ずに目をつぶってればいいよ」
「そ、そうね・・・でもこんな珍しい景色を見ないのはもったいないし・・・でも怖いし」
アリスレーゼはきっと馬より早い乗り物に乗ったことがないのだろう。騎士でもない王女殿下の彼女は、ゆったりとした馬車の速度に慣れていて100㎞近くで走行する乗り物自体、たぶん初めての経験だ。
顔面を蒼白にしながらも恐怖を必死に耐えて、外の景色を目に焼き付けようとする彼女。俺はそれが少し可笑しくなり、彼女を安心させてあげようと思った。
「母さんは安全運転だから心配しなくていいし、最近の自動車にはいろんな安全機能がついていて、仮に事故が起きたとしても死んでしまうことは少ないよ。それでも怖いなら手を握っていてやろうか」
そう言って手を差し出すと、アリスレーゼが力いっぱい俺の手を握り締めた。
「ミズキ、わたくしが転落したら必ず助けなさい」
「はいはい、わかったよ姉さん」
それを聞いていた母さんが運転席で大笑いし、助手席からずっとこちらをガン見していた愛梨は悔しそうに歯ぎしりをしている。そんな俺たちを乗せた車は、やがて目的地である街の中心部へと到着した。
巨大な高層ビルが立ち並ぶ街の中心部を走る自動車の窓から、アリスレーゼは空を見上げてつぶやいた。
「何なのこれ・・・こんな巨大な建物が無数に並んでいるなんて、日本という国はとんでもない超大国ではないのかしら。ミズキ、ここはもしかして王都?」
「王都? ああ首都のことか。日本の首都は東京と言って、ここよりもっと凄いぞ」
「これ程の巨大都市が王都ではないなんて・・・」
「首都ではないけど、この街も日本有数の大都市ではあるし、欲しいものは何でも手に入る。さあそろそろ目的地に着いたよ」
俺たちを乗せた車は、ショッピングモールの地下駐車場へとゆっくり入って行った。
次回、アリスレーゼがお店で買ったものは。
お楽しみに。
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