第31話 エピローグ③
「この婚約は元々、神宮路家から前園家に対して申し入れがあったもので、お互いに古い家柄で蒼天氏がお父様と親友だったことから、前園家本家の人間は全員が乗り気だったの。だから瑞貴の親とは言え、嫁に来たばかりの外国人の私や、三男坊のあの人の意見はほとんど聞いてもらえなかったわ」
「ということは父さんと母さんは、この婚約に反対していたんだ」
「誰と結婚するかなんて本人同士が決めるものだし、この時代に家同士で婚約者を決めるなんて私は絶対におかしいと思うの」
「・・・全くその通りだと思う」
母さんはいつも変なことばかり言ってるし、愛梨をけしかけている行動も謎だが、こうやってちゃんと話を聞けば実は一番まともな人なのかも知れない。
「前園家に母さんが意見しづらいのは分かる。だったら父さんが頑張らないといけないんじゃないのか」
「本当はそうなんだけど、最近あの人とは全く連絡が取れないし、そもそもこの件については私と考え方が違うのよ」
「どういうことだ?」
そう言えば父さんは最近家に全く帰ってこないし、アリスレーゼが同居していることも知らないはずだ。だから神宮路さんとの婚約発表についても、全く聞いていないだろう。
それと、母さんと考え方が違うってまさか・・・。
「あの人は私みたいな自由恋愛主義者と違って、別の女の子を瑞貴と結婚させようとしてるのよ」
「やっぱりそれか・・・神無月弥生のことだろ」
「あら、知っていたのね」
「愛梨から最近聞いた話だけど、弥生は父さんに土下座までして俺との結婚の許しを得たらしいな。小学生のくせに普通そこまでするかよ」
「そうそう、あの子って本当に変な子で、毎日ウチで夕ご飯を食べるし、最後はお風呂まで入って帰るような図々しい子だったの。どうしてあの人は、そんな子を嫁に欲しがるのかしら」
「ていうかアイツ、いつもボロボロのTシャツに短パンで、俺は弥生のことをずっと男だと思ってたよ」
「私もよ。いつも鼻水垂らして手で擦るから、ほっぺに鼻水がこびりついてラスカルみたいになってたし」
「それにいつも鼻くそをほじくっては、口に入れて食べてたよな。ケンカが強くて足もメチャクチャ速く、近所ではガキ大将として君臨してたし、そんな弥生がいくら土下座で頼み込んだからって、俺の婚約者にしなくてもいいじゃないか」
「プーッ! そう考えれば、神宮路さんの方が1億倍マシな気がするけど、そもそも私は小さい頃に婚約者を決めるという古いしきたりが大っ嫌いなの。そのおかげで私があの人と結婚するためにどれだけ苦労したことか! 全くもうブツブツ・・・」
「お、おう・・・」
母さんにはこの件自体が地雷だったらしい。
おそらく父さんと結婚する時にトラブルがあったのだろうが、両親の恋愛話なんか絶対に聞きたくないから深堀は止めておこう。
さてここまでの話を黙って聞いていた愛梨が憮然とした表情で母さんに尋ねた。
「お母さんが神宮路さんとの婚約に反対なのは分かったけど、愛梨は一体どうすればいいのよ」
「だから何度も言ってるじゃないの、私は自由恋愛主義者だって。だから瑞貴が愛梨を選ぶなら私はあなたたちの結婚を止めないわよ」
「・・・お母さん、それ本当?」
「武士に二言はないわ」
「ちょっと待ていっ!」
母さんが一番まともだと、一瞬でも思ってしまった自分を殴ってやりたい。
実の妹との結婚を認める母親がまともであるはずもなく、俺は慌てて二人の会話に割って入る。
「愛梨と結婚なんかできるわけないだろ。何を考えているんだ二人とも!」
たとえ「妹ものラノベ」と言えども、ラストで実の妹と本当に結婚してしまう作品などない。
・・・ないよね?
だがそんな俺に愛梨と母さんが噛みついた。
「お兄は頭が古いよ。世の中には結婚できない相手なんか存在しないし、世界は同性同士の結婚を認めるために法律まで作ろうとしているんだよ。だったら妹との結婚だって認めるべきでしょ」
「うわああっ、それ以上は発言を控えろ愛梨! え、LGBTの件は横に置いておいて、近親婚は法律でも禁止されている。違法だ、違法っ!」
「あらそれは違うわよ瑞貴。法律では3親等以内の親族との婚姻届けが受理されないだけで、法律上の優遇措置さえ気にしなければ、妹とそういう関係になったこと自体を罰する法律はないのよ」
「・・・え?」
「明確な犯罪行為でなければ、かなりの自由が認められているのがこの日本なのよ。宗教の戒律やタブーだってほとんど何もないし、LGBTQだって欧米に比べて問題が少なかったぐらいなんだから」
「ウソだろ・・・」
「だから瑞貴は法律なんか気にせず、実妹でも男でもアニメのヒロインでも、なんならその辺の犬やメスのオークでも何でもいいから、好きな娘と結婚なさい」
「例がひどすぎる・・・」
そりゃあその辺の犬と結婚するぐらいなら愛梨と結婚した方が100億倍マシだが、本当にそれでいいのだろうか?
母さんと話をしていたらどんどん常識が破壊されていくが、言い方はともかく周りのことは気にせず真実の愛を貫けと言いたいのだろう。
そんな母さんは、心ここにあらずのアリスレーゼに優しく話しかけた。
「だからねアリスちゃん。もし瑞貴のことが好きなら遠慮なんかしなくてもいいの」
すると、視線が宙をさまよっていたアリスレーゼが突然我を取り戻すと、真っ青だった顔が急に真っ赤になって、母さんの言葉を慌てて全否定した。
「お母様っ! 別にわたくしは、ミズキのことなんか好きでも何でもありませんっ!」
「アリスレーゼ・・・」
俺はアリスレーゼの言葉にショックを受けた。
大阪地下街の古風な喫茶店。そこで俺たちは言葉こそ交わさなかったものの、お互いの気持ちを確かめ合えたはずだった。
少なくとも俺はそう思っていたのだが、あれはただの勘違いだったのだろうか・・・。
だが母さんは腹を抱えて大笑いした後、アリスレーゼに向かってこう言った。
「アリスちゃんがこの世界に転移してきた時、瑞貴とはきっとこうなると確信していたの。それまでは神宮路さんや弥生ちゃんに瑞貴を取られるぐらいなら愛梨の方がいいと思ってブラコンを容認してたんだけど、アリスちゃんが参戦してくれて本当に助かったわ」
「ですがミズキには10年来の婚約者がいらっしゃいますし、これは両家の当主同士の決定事項のはず」
「あのねアリスちゃん。さっきも言ったけど、ここはティアローズ王国ではなく日本、それも21世紀の」
「ティアローズ王国とは違う・・・」
「そうよ。日本も昔は家長が何でも決めていたけど、今そんな考え方をする人は絶滅危惧種なのよ。だから神宮路さんとの婚約なんか無視してもいいし、アリスちゃんだってもう王女じゃないんだから、平民らしく実力で瑞貴を奪い取りなさい」
「結婚相手は実力で奪い取る・・・それが日本」
「好きな男は力づくで奪い取るのよアリスちゃん! その相手がたとえ婚約者だろうと、実妹だろうと!」
すると愛梨が真っ赤になって怒り出した。
「何よお母さん! 娘の味方をするのが母親でしょ」
「あのね愛梨、普通の母親なら兄妹同士の結婚なんか絶対に認めないわよ。それでもあなたにチャンスをあげたんだから、アリスちゃんと正々堂々戦いなさい」
「うっ・・・そ、そうね。じゃあお兄が愛梨を選んでくれたら、絶対に結婚を認めるって約束して」
「いいわよ。その時はこの前園エカテリーナがお父様やあの人を説得してあげるわ。瑞貴のお相手は前園愛梨だって」
「よしっ!」
「おい母さんっ! そんな約束をしてどうなっても知らないぞ」
「これは私との約束を破って高校在学中に神宮路さんとの婚約を公表してしまったお父様に対する宣戦布告なのよ」
「宣戦布告って・・・」
「『高校卒業まで婚約の事実を瑞貴に教えない』その約束を取り付けたのは、実は私なのよ。高校生の間は瑞貴に自由恋愛を認めて、あなたが本当に好きになった相手を神宮路さやかと神無月弥生にぶつける、それが私の作戦だったの。もちろん婚約の事実を伏せていても神宮路さんや弥生ちゃんを好きになったのなら、私は喜んでそれを受け入れるつもりだった」
「それが自由恋愛主義者である母さんの考え方か」
「でもお父様が約束を違えた以上、私の作戦を続行するには恋愛バトルロイヤル状態を作り出すしかない。愛梨、それにアリスちゃんも、全員にチャンスをあげるから、見事勝利をつかみ取りなさい!」
「わかったよお母さん! 絶対に負けないからね」
「わたくしもようやく、お母様のお考えが理解できました。では僭越ながらこのわたくしも本気で・・・ちっ、違います! 別にわたくしはミズキのことなんか、好きでもなんでもないんですからねっ!」
「「お前はツンデレかよ!」」
真っ赤な顔で慌てふためくアリスレーゼに、母さんと愛梨が同時にツッコミを入れたが、俺はさっきとは違いアリスレーゼの『俺のことなんか好きでもなんでもない』という発言が実はただの照れ隠しだったことが分かり、ホッと胸をなでおろしていた。
だがそれと同時に、高校卒業までに誰か一人を選ばなければならないプレッシャーをひしひしと感じた。
◇
神宮路さやかのボディーガードを終えて帰り支度をしていた私は、侍女長の長谷川さんからとんでもない話を聞かされた。
「さっき、さやかお嬢様のご婚約が発表されたのよ。お相手は同級生の前園瑞貴様」
「まさか・・・ウソでしょ?」
「あなたが驚くのも無理ないわね。でもこの婚約は、実は10年以上も前から決まっていたのよ」
「10年以上前・・・私そんなこと聞いてない」
「あなたが聞いてるわけないでしょ。だってこの話は両家のご親族と一部の執事・侍女にしか明かされていなかったことだから。・・・あらどうしたの? そんなに真っ青な顔をして」
一体どういうことなのこれ。
瑞貴の婚約者はこの神無月弥生じゃなかったの?
なのにどうして、ポッと出ヒロインの神宮路さやかが婚約者ポジションに収まっているのよ。
そうだ、すぐにお義父様に確認しなくちゃ!
私は急いで神宮路家を後にすると、お義父様に連絡をとるため端末の緊急ボタンを押した。
次回は、土日のどちらかにアップします
お楽しみに




