第29話 オーク騎士団の襲撃②
俺たちが乗っていた車両は、12両編成の前から4両目。そこから3両目に移動すると、ここにはまだオークの侵入はなかった。
だがさらに前の車両からは、大きな破砕音と乗客の悲鳴らしいものが断続的に聞こえており、恐怖のあまり失神してしまったり、足がすくんで逃げ遅れた乗客がまだ10人近く残っていた。
葵さんはそんな乗客たちに警察手帳を見せながら、安心させるように笑顔で話しかけた。
「私たちは警察です。まもなく救助隊が来ますので、それまでは私たちの後ろに下がっていてください」
「キミたちは警察なのか?! だが助かった・・・」
「お願い、私たちを助けて!」
老夫婦や小さい子供連れの女性など、逃げ遅れた乗客が俺たちの周りに集まってくると、
「今から私と瑞貴で2両目に突入するから、みんなは制圧が完了するまで3両目に留まって、この乗客たちを守っていて」
葵さんの指示に全員が了承するが、アリスレーゼは首を横にふると、
「わたくしも一緒に参ります。多少なら戦えますし、ミズキのサポートにわたくしは必要だと存じます」
「あなた、本当に戦えるの?」
葵さんはアリスレーゼを試すような目線を送るが、彼女の身体から膨大な気が沸き上がるのを感じると、
「何よ、このデタラメな思念波は・・・でもやっぱり適性値ゼロはカムフラージュだったようね。了解よ、あなたもついて来て」
そう言ってニヤリと笑うと、葵さんはアリスレーゼを受け入れた。
全員を車両の真ん中に集めて敦史たちが周囲を警戒する中、俺たち3人は2両目への扉を一気に開けた。その瞬間、むせ返るような血の匂いと凄惨な光景が俺たちを出迎えた。
おそらく逃げ遅れた乗客だったのだろう、2両目の車内には、座席や床、窓や天井など至るところに大量の血や肉片がこびりつき、既に事切れた乗客たちの遺体をその足で踏みにじりながら、2体のオークがまだ生きている乗客をこん棒で殴りつけていた。
「ぎゃーっ!」
「頼む、助けて・・・」
「痛い、やめてくれ・・・」
血まみれで息も絶え絶えになった若者やサラリーマン風の男たちが、怯えるような目で必死に命乞いをするものの、オークはそれをニタニタと笑いながらわざと致命傷を与えず、殺戮を楽しんでいるようだった。
そして俺たちの姿を見つけると、オークはその醜い顔を一層下卑たものに変化させ、
「ワザワザ殺サレニ、バカナニンゲンドモガ、3匹モ戻ッテキヤガッタ」
「シカモ、若イメスガ2匹モイルジャナイカ。アレハ殺サズニ、オレタチデイタダコウゼ。ウヒヒヒヒ」
そう言うとオークは、人形遊びに飽きた子供のように血まみれの乗客をその辺に投げ捨てると、その場に立ったまま俺たちにかかって来るよう手招きをした。
人間を非力な生き物だと決めつけ、自分が負けることなど全く考えていない、完全になめきった態度だ。
俺は怒りをぐっと抑えると、精神を統一して「気」を高めていく。
世界がゆっくりと時を刻み、オークの発する耳障りな音だけが俺の耳にまとわりつく。
・・・さあ準備は整った。
俺の背後ではアリスレーゼが呪文を唱え始め、俺の左隣では葵さんが獲物を狙う猛禽のような目で正面のオークを見据えながら、俺に一言だけ確認した。
「ねえ瑞貴、私たちに下された『殲滅』という命令の意味はちゃんと分かっているわよね」
俺も隣を振り返ることなく、オークを真っすぐに見据えながら答える。
「ああ分かっている。乗客や俺たちの生命を守るために、オークは全て殺せと言う命令だ」
「OKよ。言葉をしゃべるからと言ってアイツらには一切容赦はいらない。では突撃っ!」
「おう!」
葵さんの合図で一気に加速すると、葵さんは車両中央の、俺は車両前方のオークとの距離をゼロにした。
鈍重なオークたちは俺たちの動きに全くついて来れず、何が起きたのか理解する間もなくあっさり俺たちを懐に入らせてしまった。
戦いの相手がシステマの選手だったら絶対にありえない絶好のポジションを取った俺は、驚愕の表情を浮かべるオークの心臓めがけて全力の掌打を当てた。
「ウガーーーッ!」
人間なら致命傷レベルの渾身の一撃が、青い閃光をほとばしらせてオークの左胸に命中する。が、オークは苦悶の表情を浮かべるだけで、倒れるどころか全くびくともしなかった。
「俺の攻撃が効かない・・・」
一方のオークも、まさかひ弱な人間から攻撃を食らうなど思っていなかったのだろう。怒りの表情で俺を睨み付けると、こん棒をフルスイングしてきた。
身体の動きは鈍重なオークだが、そのスイング速度だけは恐ろしく速く、ギリギリのタイミングでなんとかそれを避けると、俺の頭をかすめたこん棒が電車の手すりに激突。
つんざくような金属音を立てながら、手すりは大きくひん曲ってしまった。
「・・・とんでもないパワーだ」
そんな俺とオークの最初の攻防を横目で見ていた葵さんが、俺にアドバイスを送る。
「今ので分かったでしょ瑞貴。オークは目に見えないバリアーで全身を守っていて、まずそれを破壊しない限り、私たちの攻撃ではダメージを与えられない」
「バリアーだと。そんなものがあるのか・・・」
「そうよ。私の攻撃を見ていて」
俺は言われた通り、オークに攻撃の隙を与えないよう攻め立てながら葵さんの戦い方を確認する。すると普通の対人戦のように戦う俺に対し、葵さんはそれとは違う動きをしていることにすぐに気がついた。
彼女は俺と同等の速さでオークを翻弄しながらも、敵の身体ではなく周りの空間に対し攻撃をしていたのだ。
そして攻撃が当たる度に、突然何もない空間から小さな魔方陣が出現し、その次の瞬間には粉々に砕け散っていった。
「その一瞬見える魔法陣がバリアーなのか」
「そうよ。次はあなたもやってみて」
俺はバリアーの位置を把握するため目に「気」を集中させようとするが、葵さんがすぐにそれを止め、
「さっき渡した思念波補助デバイスを使うのよ。握り手の所にある一番上のボタンを押してみて」
「このボタンだな、わかった」
俺は左手で金属棒を握り、ちょうど親指辺りにあるボタンを押した。すると俺の目に何かが作用したらしく、オークの周りに小さな魔方陣が多数浮かび上がった。
「これがバリアーか・・・」
「この魔法陣の中心に強力な「気」をぶつければバリアーを破壊できるわ。こんな風にね」
そう言うと葵さんは、ざっと数10箇所はある魔方陣の中心を黄色に輝く掌打で攻撃し、一つずつ確実に破壊していった。
一見まどろっこしく見えるが俺たちのスピードがあれば実際にはそれほど時間のかかる攻撃でもないし、葵さんの洗練された動きを見るに、かなり前からオークとの戦闘を想定した訓練を積んでいたのだろう。
「じゃあ、やってみて」
どうやら葵さんは、実地で俺に戦闘訓練を施してくれているようで、俺は見様見真似でバリアーを一つずつ破壊していく。
「まず一つ目」
俺はオークの心臓付近にある魔方陣を青く輝く右拳で殴りつけると、「パリン」と鋭い衝撃を伴いながらバリアーが一つ砕け散った。
すると次の瞬間にはその周りにあったバリアーが少し広がって、消滅したバリアーをカバーする。
「なるほど、バリアーが一つ壊されても残ったバリアーがオークへの攻撃をガードする仕組みなんだな。つまりバリアーがたくさんあるのはカバレッジの問題ではなく、ストックの意味があったんだ」
「でも、一度でバリアーを破壊できるなんてさすが瑞貴ね。私からのレクは終わり、ここからは競争よ」
「おう!」
俺は残りのバリアーも全て破壊すべく、さらに速度を上げていき、それを見た葵さんも負けじとバリアーを破壊していく。
すると最初は力任せに攻撃を仕掛けてきたオークたちも、あっという間に防戦一方に変わっていった。
「ナンナンダ、コノニンゲンタチハ! バリアーガ、スベテ破壊サレテイク・・・」
「動キガ速スギテ、攻撃ガ全然アタラナイ。コイツラヤバイ!」
見えないはずのバリアーを次々に破壊されていくオークたちは非力と思っていた俺たちに手も足も出ず、完全にパニックに陥っていた。
そして最後のバリアーが消失し、慌てて逃げ出そうとするオークの背中に向けて、心臓を貫くように渾身のストレートを放った。
「これでトドメだっ!」
分厚い筋肉に覆われた背中を抉るようにねじ込んだストレートは、そのインパクトの瞬間、車両全体に響くような重低音を伴って青い閃光が輝いた。
「ガハッ・・・」
その閃光がオークの身体を突き抜けて先頭車両へと続く扉のガラスを粉々に打ち砕くと、胸に風穴が空いたオークは、大量の血を吹き出しながらゆっくりと床に崩れ落ちた。
だがホッとする間もなく、その次の瞬間、車両後方で魔法の準備をしていたはずのアリスレーゼが大声を張り上げた。
「二人とも床に伏せてっ!」
俺は反射的にその場にしゃがむと、頭上を白い閃光が先頭車両に向けて放たれた。
アリスレーゼの方を見ると、彼女の前面には巨大な魔方陣が展開し、それが白く輝きを放ちながら火花をバチバチ発生させていた。今発射されたビームの凄まじさが嫌でも伝わって来るようだ。
「これがアリスレーゼのマナキャノンか・・・」
ティアローズ王国の歴代王族の中でも群を抜く才能を持つと言われていたアリスレーゼ。
その彼女が放ったマナキャノンは、先頭車両にいたオークの頭部を一撃で吹き飛ばしていた。
おそらく無数のバリアーで守られていたであろうそのオークは、手に大型のボウガンを握っていたことから、俺たちにこれを発射しようとする直前にアリスレーゼに返り討ちにあったと見える。
その哀れなオークは、顔が無くなった首から大量の血液を噴水のようにまき散らせると、轟音と共に電車の床に倒れ落ちた。
「たったの一撃で・・・。アリスレーゼにかかったら、バリアーなんか何の意味もなさないのか」
俺が感心すると、だがアリスレーゼは首を横にふってそれを否定した。
「いいえミズキ。あのレベルのマナキャノンは、わたくしのマナをもってしてもそう何度も撃てるものではないわ。今回はミズキの命の危険が分かったから、それを阻止するために撃ちました」
「俺の命の危険・・・それってどういう」
俺が窓ガラスを破壊するまでは血のりがべっとりとついていて、先頭車両の中はほとんど見えなかった。ひょっとしてマインドリーディングを使ったのか?
だがアリスレーゼは意外な種明かしをしてくれた。
「実はアイリちゃんが教えてくれたのです」
「アイリが?」
するとアリスレーゼの背中に隠れていたアイリが、ひょっこり姿を表した。
「3両目に居ろと言われてたけど、お兄のピンチがわかったから思わずこっちに来ちゃった」
「愛梨・・・お前3両目にいながら、どうして1両目の敵の行動がわかったんだ」
「愛梨の頭の中に突然、お兄が矢で撃ち抜かれる映像が現れたんだよ。愛梨のシックスセンスがついに覚醒したのかな」
それを聞いていた葵さんが、急に声をあげた。
「それって思念波補助デバイスで能力が発現したものだと思うけど、ひょっとすると未来予知・プレコグニションかも。超レアだよ、激レア!」
そう言って大喜びする葵さんだが、アリスレーゼは俺にそっと近づくと少し涙を浮かべて、
「アイリちゃんの能力は、今は亡きティアローズ王国王妃と同じ能力なの」
「王妃ってつまり、アリスレーゼの・・・」
「ええ。・・・お母様、あなたの能力は遠い異国の地でわたくしの妹に引き継がれたようです」
俺以外には聞こえないような小さな声で、アリスレーゼはとても嬉しそうにそう呟いた。
次回もお楽しみに。




