第29話 オーク騎士団の来襲①
小田島室長の指示が指令室内を飛び交い、オペレーターたちが各所への連絡にあわただしく動き出す中、今回のリッター転移現象をいち早くキャッチした雨宮しずく主幹研究員は、室長の隣の椅子に座ってデータ解析を進めていた。
「リッターの出現はこれで都合9回目になるけれど、市街地に出現するのは始めてのケースね」
それに頷く小田島室長に、雨宮主幹は話を続ける。
「これまで山林ばかりで場所もバラバラだったけど、たぶんそこに規則性はなく日本は森林が多いから確率的に人が住んでいる所に出現しなかっただけのこと。でもその幸運は今回で終わり。白昼堂々としかも市街地への来襲よ」
「我々はこれまで、やれることは全てやってきたつもりだ。警察特殊部隊も拡充し、自衛隊との連携も図ってきた。官邸にもこれまでのリッター来襲時に取得した戦闘データは全て入れてあるし、政府の対応計画も十分に練られている。あとは治安出動を行えるかどうかの政治判断だけだ」
警察では治安を維持できない事態に対応するため、自衛隊は内閣総理大臣の命令で治安維持活動を行うことができる。ただし、治安出動が実際に行われた事例はまだ一件もない。
小田島室長は政府の判断を後押しするため、警察の総力を上げて事態収拾を尽くした形を作らせる。
「オペレーター、即応できる戦闘員全員に出動命令を出したのか! 修学旅行中の神無月君や、彼女を監視中の藤間君たちにも出動させろ」
「り、了解しました、小田島室長!」
そしてオペレーターは、神無月弥生戦闘員の端末に緊急の出動命令を発出した。
大阪の見学を終えて京都へ戻る俺たちを乗せた電車は、ちょうど川に差し掛かった辺りで突然急ブレーキがかかり、車内に自動アナウンスが流れた。
「急停車します。ご注意ください」
その後のアナウンスで、どうやらこの先の線路に人が立ち入ったことを知らせる信号を受信したらしく、安全の確認が取れるまで運行を見合わせるとのことだった。どうせいつものように踏切で無理な横断をした人がいたのだろう。
だが窓の外を見ると、電車はちょうど川の上で止まっているし、地図をみるとこの先は京都駅までずっと高架になっていて踏切などなさそうだ。
なんか変だなと思っていると、前の方の車両で大きな破砕音と悲鳴のようなものが聞こえた。
最初は何かの聞き間違いかと思っていたが、すぐに前の車両から乗客が駆け込んできた。それも一人や二人ではなく次々と移動してくる乗客がみんな口々に、
「前の車両で人が殺されたらしい!」
「変な化け物が電車の中に入ってきたんだ!」
突然のことに最初は半信半疑だったこの車両の乗客も、次々と駆け込んではそのまま後ろの車両に逃げようとする乗客たちをみて、前の車両で何か大変な事態が起きていることを悟った。
パニック状態になった乗客たちが、我先にと後ろの車両に逃げ出そうとする中、窓の外には線路に沿って前方からこちらにゆっくりと歩いてくる大男の姿が目に入った。
身長2メートルを優に超える大男は、力士をふた回りほど大きくしたような巨体を誇り、その肌は緑がかった浅黒いものだった。
だがそれより目を引くのが、身体は人間なのに顔はまるでブタのようなこと。そんな異形の男が上半身裸で腰に毛皮を捲いた原始人のような格好で、こん棒を振りかざしながら叫び声をあげている。
それを見た乗客の一人が、
「あれってオークじゃないのか? コスプレにしてはリアルすぎるし、なぜ線路の上なんか歩いてるんだ。まさか本物のオークが襲ってきたのか・・・」
そのオークがこちらに近づくと電車の車体にこん棒を打ちつけて来たため、パニックに拍車がかかった。
「うわあ、本物のオークだ!」
「電車を壊して、中に入ってくるつもりよ」
「やべえ、殺される・・・」
逃げ惑う乗客が後ろの車両に殺到する中、俺は混乱を避けるようにみんなを電車の出入り口付近に集めると、アリスレーゼに小声で確認する。
「あの化け物に、俺のマナキャノンは通用するかな」
半グレ集団「MEGA御武倫」のバイクを蹴散らすことはできたが、外の化け物に通用するのかはわからない。だがアリスレーゼは俺の耳元で即答する。
「オーク単体なら十分通用すると思いますが、彼らは集団行動を取るため、うかつに攻勢に出るのは危険です。ここは退却を考えるべきかと」
「もちろんそのつもりだよ。・・・ていうか、アリスレーゼはあいつらのことに詳しそうだな」
「オークはティアローズ王国の辺境にも生息していた亜人種ですが、独自の王国を築いていてわたくしたちとは相容れない存在でした。逆に聞きますが、ミズキはオークを知らないのですか?」
「空想のモンスターとしての知識ならあるが、俺たちの世界にオークなど存在しない。だからみんなパニックになってるんだ」
「この世界にオークが存在しないですって? すると彼らは一体どこから来たのでしょうか」
アリスレーゼの世界ではどうやらオークは普通に存在しているようで、彼女はオークの出現よりもむしろ俺の言葉に困惑してしまったようだ。
だがマナキャノンを使えばオークとは戦えることがわかったので、ここからの方針をみんなに伝える。
「みんな聞いてくれ。電車の外にはオークが徘徊していて外に逃げ出すのは危険だし、かと言って後ろの車両に逃げてもパニックに巻き込まれるだけだ。きっと救援が来るはずだしそれまではここでやり過ごそう」
俺は一人ひとりの顔を見るが、敦史も含めてみんな完全に怯えてしまって、コクコク頷くばかりだ。
そんな中、母さんだけは外のオークをじっと見つめて何かを考えているようだった。こんな時にオタク心に火でも着いたのだろうか。
俺はこん棒を何度も打ちつけてくるオークを見て、みんなに作戦を説明する。
「オークが電車の扉を破壊して中に入ってくるには、ある程度時間がかかるようだから、今一番危険なのは前方車両のオークで、これは俺とアリスレーゼが対処する。敦史と愛梨は外のオークが中に入って来そうなら教えてくれ。そして葵さんは後方車両からオークが来た場合に備えて警戒を・・・って何をしてるんだよ葵さん」
一人だけ床にうずくまっていた葵さんは、どうやらタブレットの画面を確認しながら、さっきからずっと誰かと通話をしていたようだ。
「・・・はい・・・はい・・・了解しました。それでは自衛隊の来援が来るまでここを死守すればいいのですね。・・・えっ、瑞貴たちを? ・・・はい・・・はい了解です」
そして通話を終えてタブレットをカバンにしまった葵さんは、急に立ち上がると真剣な表情で俺たちにとんでもないことを言い出した。
「全員私の話を聞いて。現時刻を持ってここにいる7名を警察庁公安外事課UMA室戦闘員に任命します。ここから先は私の命令に従って行動してください」
「・・・葵さん、キミは何を言ってるんだ」
「瑞貴、そしてみんなは私と一緒に日本国政府の命令に基づき、このオーク騎士団を排除・殲滅します」
「日本国政府の命令・・・ちょっと待て、オーク騎士団って一体どういうことだ!」
「今この電車を襲撃しているのは、外来知的生命体『リッター』が送り込んできたオーク騎士団。それに対応するため、警察の特殊部隊や機動隊、陸上自衛隊が現在こちらに向かっています。彼らが到着するまでの間、車内の乗客の生命を守るために、オーク騎士団に対処するのが私たちの任務です」
「葵さん、キミって一体・・・」
「そういった質問は後でまとめて答えてあげるから、今はオークの排除・殲滅に集中して。今から前方車両に突入して、生き残っている乗客を救助するわよ」
「生き残っている乗客・・・わかった。それで俺たちは何をすればいい」
「覚悟を決めたいい眼ね。では私と瑞貴がアタッカーとしてオークとの近接戦闘を行う。愛梨ちゃんとアリスレーゼさん、敦史の3人は側面と後方を警戒して、オークが侵入する気配があれば教えて。そして他の3人はケガをした乗客の救護と私たち戦闘員のバックアップをお願い」
そう言うと葵さんは、自分のバッグから金属製の棒のようなものを取り出して、それを一つずつ全員に配った。だがこれってどこかで見たことが・・・。
「これってMEGA御武倫のリーダー鮫島が持っていた謎の武器だ・・・どうしてこれを葵さんが」
「そういう質問は後で全部話してあげるから、今は戦いに集中しなさい!」
「・・・わかった。それでこれはどう使うんだ」
「思念波・・・瑞貴たちの言葉でいう「気」をこの金属棒に注入して、頭の中にイメージを浮かべるだけ。鮫島は『かめ○め波』をイメージしたみたいだけど、彼のようにマンガの主人公になったつもりで色々試してみて。きっと自分に合ったものが見つかるはず」
「「「了解!」」」
次回もお楽しみに。




