第26話 修学旅行の始まり(前編)
あれから少し月日が経って10月中旬になり、いよいよ修学旅行の日がやって来た。俺たち2年生は今、新幹線で京都へと向かっている。
葛城真央の事件は既に沈静化し、マスコミはたまに続報を伝えるのみになっている。指名手配犯の鮫島は未だ捕まっておらず警察の捜査も行き詰まっている。
一方で俺はというと、爺さんの頼みで総合格闘技の試合に出てしまったため、葵さんとともに高校生格闘家コンビとして、マスコミから注目されるようになっていた。
前園本家の道場には各局のバラエティー番組がお笑いタレントを送り込んで、体験レッスンを受けさせる様子をスタジオで爆笑ネタにするなど、これまでにないほどの活況を呈していた。
これには爺さんも大喜びで、俺にも番組に出演するようしきりに言ってくるが、そこは母さんと伯母さんの意見が珍しく一致して爺さんの暴走を止めており、何とか平穏な高校生活を過ごせている。
葵さんの方も家がとても厳しいらしく、父親から「マスコミにはこれ以上露出するな」と釘を刺されていると言っていたが、たまたま葵さんと二人きりになった時、「俺と一緒なら、高校生格闘家カップルとしてデビューしてもいい」と耳元で打ち明けられた時にはさすがにドキッとした。
葵さんは神宮寺さんが信頼を寄せるボディーガードであり、いつもクールな彼女が突然そんなことを言うと、冗談か本気か判断に迷ってしまう。
まあ葵さんの場合、出会ったばかりの俺に特別な感情を抱いている訳がないため完全に俺の勘違いだが、2学期に入ってからの俺は、水島さんが女子友第1号になってくれたのを皮切りに、ついにモテ期が到来してしまったようだ。
というのも俺は学園の生徒たちから急に人気が出てサインまで求められるようになり、これまで俺を完全に無視していたクラスの女子たちは、いつの間にか俺のファンクラブを結成していたのだ。
急にモテ始めた俺に、クラスの男子たちも最初はかなり焦っていたものの、最近はなかば諦めムードになって、いつもピリピリしている愛梨をなだめるシーンを見かけるようになった。
そして元王女としていつも毅然とした態度を取っていたアリスレーゼもまた、俺への対応が少し変化してきた一人だった。
そんな俺たちは今、新幹線の座席に座って外の景色を眺めたり、友達と雑談をしながら2時間ほどの列車の旅を楽しんでいる。
座席は班ごとに決まっていて、俺たちA組第1班は車両に入ってすぐの3人席を2つ使い、窓側からアリスレーゼ、俺、水島さんの3人と、神宮路さん、葵さん、敦史の3人が向かい合って座っている。
アリスレーゼはいつものように窓にピッタリくっついて、外の景色を楽しそうに眺めているのだが、
「ねえねえミズキ、この新幹線は外の景色があっという間に過ぎ去って行きますが、お母様の自動車よりもどれぐらい速いのかしら」
「ほら、壁のモニターに速さが表示されているけど、今は時速280km/h近く出てるから、100km/hの自動車の約3倍、馬車を時速10km/hだとするとその28倍は速いよ」
「わたくし、日本に来てから驚くことばかりですが、この新幹線には正直言って絶句です」
「日本に来た外国人はみんな口をそろえて、アリスレーゼと同じことを言うよ」
「あっ! ねえねえミズキ、あの山とても綺麗ね」
「あれは富士山といって、日本で一番高い山だよ」
「ミズキ、ミズキ! あそこ・・・」
アリスレーゼは外に何か見つけるとすぐ俺に質問して来るのだが、以前と違って純粋な好奇心からというより、俺に話しかけることが目的のような気がする。
そんな俺たちの様子に、アリスレーゼの向かいに座る神宮路さんがクスクス笑いながら、
「アリスレーゼ様、そんな矢継ぎ早やに質問されては弟の前園君がご友人とお話しする時間が無くなってしまいますわ。もしよろしければ、ご質問にはこのわたくしがお答えさせていただきます」
「そ、そうよね・・・。ではミズキ、わたくしはさやか様に色々と教えていただきますので、あなたは伊藤君とお話しでもしていなさい」
「お、おう・・・。じゃあ神宮路さん、少しめんどくさい人だけど姉さんの相手を頼むよ」
俺が神宮路さんに頼むと、アリスレーゼは一瞬寂しそうな表情を見せたものの、すぐにいつものプリンセススマイルに戻って神宮路さんと会話を始めた。
アリスレーゼからようやく解放された俺は、敦史と話をしようとそちらに目を移す。すると敦史は水島さんのお菓子をつまみながら、彼女と他愛のない雑談をしていた。そんな敦史を満足そうに見つめる愛梨。
そう、1年生の愛梨が俺たちの修学旅行に一緒についてきているのだ。
というのも、今年は葛城真央の事件以降マスコミがウチの学校の周りで色々と騒ぎ立てているため、修学旅行を引率するのに教師だけでは手が足りず、補助者として1年生のクラス委員長を総動員させたのだ。
そして愛梨は1年A組の委員長なので、学園からの依頼で堂々と修学旅行への随行を許され、俺の不純異性交遊を絶対に許さないと気合い十分だ。
頼むから、他のやつらを取り締まってくれよ。
そんな愛梨は、通路を挟んだ反対側の2人席を向い合わせにして、担任の兵衛先生と副担任の母さんと3人で座って、こちらをずっと監視している。
「お兄、お姉ちゃんの相手ばかりしないで、愛梨のことももっと構ってよ。あ、そうだ愛梨のこのお菓子を分けてあげるよ」
「いや、俺はもうお腹がいっぱいだから、敦史にでもくれてやれよ」
「おおっ、さすがはお兄さん。愛梨ちゃん、俺にもお菓子ちょうだい」
「敦史は水島さんのお菓子をもらえばいいじゃん。愛梨のお菓子はお兄専用だからダメ」
「そりゃないよ愛梨ちゃん・・・」
こんな調子で、愛梨は7人目のメンバーとしてウチのグループに完全に溶け込んでおり、逆に水島さんは愛梨から色々とムチャ振りされて萎縮している。
そんな水島さんが気の毒になり、
「うちの愛梨が水島さんに迷惑をかけてるみたいで、本当にごめんな」
だが俺が謝ると、水島さんはなぜか嬉しそうな表情に変わって、
「私なら大丈夫。いつもは仕方なくグループに入れてもらう立場だから、こういう扱いには慣れているの。それに今回の場合、何かの間違いでトップカーストのグループに入っちゃったし、身分不相応の私にできることがあれば何でも命令してほしいぐらいなの」
「いやいや、いくらなんでも卑屈すぎるよ水島さん」
「ううん、そんなことない。雑用でもパシりでも何でもさせてもらわないと、クラスの女子のみんなも絶対納得いかないと思うの。前園くんのためならどんなことだってしてあげられるけど、とりあえず私のお菓子を全部あげるから食べてね」
「えええ・・・」
そう言ってリュックを開けてお菓子を取り出そうとする水島さんに、愛梨がまた余計な口を挟んできた。
「じゃあ、お兄の代わりに愛梨が水島さんに命令してあげる。愛梨と席を代わってよ」
「え、それだけは・・・・・ぃゃ(ボソッ)」
とても困った表情になった水島さんを庇うと、俺は愛梨に厳しく注意した。
「アホか! お前は先生の補助をするためについてきただけだから、そっちに座ってちゃんと仕事しろ!」
そんな俺たちの中で、俺の向かいに座る葵さんだけが浮ついた様子を一切微塵も見せずに、神宮路さんのボディーガードとしての職務を全うしている。
「葵さん、さっきからずっと神宮路さんの方を見ているけど、さすがに気の張りすぎじゃないのか。ここは新幹線の中だし不審者なんか来ないよ」
「いいえ、これが私の仕事だし給料分はしっかり警護しなくちゃ。でも気にかけてくれてありがとう瑞貴。(前園アリスレーゼめ! 中々正体を現さないくせに私の瑞貴に甘え放題で、くっ・・・くやしいっ!)」
「でもせっかくの修学旅行だし、葵さんも仕事ばかりじゃつまらないだろ。京都に着いたら俺も警護を手伝ってやるから、俺たちと一緒に楽しもうよ」
「そうね。あなたなら腕も立つしお願いしようかしら(よっしゃーっ! 瑞貴の方から私と一緒にいたいと言ってくれた! もう大好き、愛してるわ瑞貴)」
そこへまた愛梨がしゃしゃり出てきて、俺の腕を掴んで自分の方へ引っ張ると、
「葵さん・・・お兄に変な仕事を押し付けないで! 警護は私たち1年生クラス委員と引率の先生の仕事だから、あなたの手伝いはこの愛梨様がやってあげる」
「あら、あなたって修行をサボってばかりだと瑞貴が言ってたわよ。そんな人に大事な神宮路さんの警護を任せられるわけないんだけど」
「て言うか、お兄のことを「瑞貴」って呼び捨てにしないでって言ってるでしょ。馴れ馴れしいのよ」
「はい残念でした! 瑞貴は私に「特別に」呼び捨てを許してくれたんだから、妹のあなたにそんなことを言う権利はありませーん」
「ある!」
「ない!」
「あるったら、ある!」
「ないったら、ない!」
「「・・・ふんっ!」」
「もういいから、二人ともケンカをやめろよ!」
愛梨が絡むと、いつも冷静沈着な葵さんまでケンカ腰になり、グループの雰囲気もおかしくなる。敦史は心底うんざりした顔になり、水島さんはただオロオロするのがいつものパターンだ。
そしてアリスレーゼはなぜか、二人のケンカが始まるとその様子を冷静に観察して、たまに首を捻ったり感心したりしている。それで結局、神宮寺さんだけがケンカの仲裁をしようと間に割って入ることになる。
周りを見るとA組のクラスメートたちは「あいつらまたやってるぞ」といった風に、俺たちの様子を完全に楽しんでいて、B組の生徒たちは何が起こったのかと遠くの方から覗き込んでくる始末だ。
「・・・はあ、愛梨は全く仕方がないな」
俺はこの場を静めるため、このワガママな妹の隣の席に移動した。
満足そうな顔の愛梨の向かいでは、兵衛先生がイビキをかきながら熟睡している。よくこんな騒がしい所で眠っていられるものだが、その隣の席では母さんが呆れ顔で愛梨を見ている。
「本当に誰に似たのかしら、この娘は。私も若い頃はかなり一途な方だったけど、さすがにここまで拗らせてはいなかったし、困ったものね」
「こんなことになったのも、全部お母さんのせいなんだからね。お兄は絶対、誰にも渡さないんだから!」
「もうっ! じゃあ勝手になさい!」
母さんと愛梨が相変わらず、俺にはわからない何かで言い争いをしているが、結局のところ、母親と妹に囲まれて行きの新幹線を過ごすという、とても高校生の修学旅行とは思えない最悪のスタートとなった。
いきなりこんな調子で、俺の修学旅行は無事に終えることができるのだろうか。
次回後編です。
お楽しみに。




