第1話 王女がウチにやってきた(前編)
第1話は前後編です。
『晩御飯が出来たから、下に降りて来なさい』
スマホアプリに流れたメッセージは、台所で夕飯の支度をしている母さんからのものからだった。
ベッドに転がってゲームをしていた俺は、セーブして立ち上がると2階の廊下に出る。俺と同じタイミングで、隣の部屋から妹の愛梨も出てきた。
「お兄、今日のゴハンは何かな」
「さあ何だろうな。ていうか愛梨、夕食の準備ぐらい手伝ってやれよ。母さんだって外で働いてるんだし」
「愛梨は手伝う気満々なんだけど、料理が下手だからお母さんが手伝わせてくれないのよ。食材が無駄になるから何も作っちゃダメだって」
「そういやお前に変なクッキーを食わされたことがあったけど、あれって何かの罰ゲームじゃなく、マジで料理が苦手だったのか」
「罰ゲームじゃないよ、あれはお兄へのプレゼント。それより早く下に行こ」
そう言って愛梨は俺の背中を押すと、リビングへと急がせた。
テーブルには既に3人分の晩御飯が並んでおり、母さんが席について俺たちを待っていた。
「今日はカレーライスか、おいしそうだな」
俺は自分の席につくと早速食事を始める。テレビでは夜のニュースが流れており、外国で起きている戦争の映像をボーっと見ながら、無造作にカレーを口に放り込んでいく。すると母さんが俺たちに尋ねる。
「瑞貴と愛梨、二人とも夏休みの宿題は終わったの」
8月も後半に入り、間もなく新学期が始まるころではあるのだが、
「俺たちはもう高校生だよ。小学生みたいに夏休みの宿題で大騒ぎする年齢でもないし、適当にやるから気にしなくていいよ」
「だってお母さんの立場上そう聞くしかないでしょ」
少し拗ねた表情を見せる母さんは、俺と愛梨が通う高校の理事を務めている。
地元の名士である前園家の三男に生まれた父さんは商社勤務で海外赴任が多く、いつも家を留守にしている。そんな父さんに代わって母さんが曽祖父の代に創設された中高一貫校である明稜学園の理事の職に就いているのである。
母さんは「名誉職であまり仕事がないのよ」と言ってはいるが、教員免許も持っているため欠員が出た時には授業を受け持つこともある。事実、俺たち高2の物理は母さんが授業を受け持っている。
そんなお小言にうんざりした顔の愛梨は、母さんを無視してイヤホンを耳にスマホの動画を見ていた。
言いたいことだけ言うと母さんもタブレットを取り出して、食事をしながら小説を読み始めた。親がそんなだからか、俺も愛梨もそれぞれ好きな動画を見ながらダラダラと晩御飯を食べる。
いつもと変わらない時を過ごしていた俺たちだが、突然窓の外から強烈な光が差し込んできた。
「おい愛梨、庭で何か光ってるぞ。自動車でも突っ込んできたのかな」
リビングの窓は小さな庭に面していて、光はそこで発生している。だが自動車が塀を壊して突入して来たような音は聞こえなかったし、一体何が光っているんだろう。
俺より先に窓の外を覗いていた愛梨がこちらを振り返り、
「ここからじゃよく見えない。外に行ってみようよ」
「そうだな。でも愛梨は危ないから俺が見てくるよ」
だが愛梨は俺の腕を掴んで一緒に外に出ようとすると、母さんが俺たちを呼び止めた。
「二人とも待ちなさい。まずは母さんが見て来るわ」
結局3人一緒に庭に出てみると、窓から死角になっていたウッドデッキの上に、まばゆいばかりの光に包まれた少女が横たわっていた。
「お兄、知らない女の子が光ってるけど誰? それに眩しい・・・これってサイリウム?」
「愛梨、サイリウムがこんなに眩しいわけないだろ。でもこの子は一体誰だろ。純白のドレスにティアラをつけてるし、たぶんディ〇ニーキャラのコスプレイヤーさんだと思う」
どうやら愛梨の友達ではないらしいこの女の子は、ウチの庭に勝手に入り込んで、なぜか光輝いている。そのあまりに意味不明な出来事に俺と愛梨が戸惑っていると、母さんは冷静に言いきった。
「二人とも、この子は異世界から転移してきた王女様でまず間違いないと思う」
真顔で変なことを言いだす母親に、俺と愛梨が同時にツッコミを入れた。
「「はああ? んなわけあるかっ!」」
とても物理の先生とは思えない発言に、俺と愛梨はお互い顔を見合わせ呆れた。だが母さんは真顔で、
「だって人間が突然現れて光を放つなんてありえないでしょ。じゃあ瑞貴はこの不思議な現象を物理的に説明できるの。言ってみてよ」
「物理的にって・・・いやそれはその」
この発光現象を俺に説明しろと言われても、そんなの知らねえよ。しかも説明できなければ、なんで異世界転生だと結論付けられるのかも意味不明だ。
だが母さんは、
「日本人が異世界に転移するのが最近の定番だけど、これって異世界から日本に逆転移してきた珍しいパターンね」
既にこの母親の中では異世界転移で確定らしい。
なぜ母さんがこんな突拍子もない発想をするのかと言うと、暇さえあればタブレットでラノベばかり読んでいる「なろう民」だからに違いない。そんな母さんがラノベばかり読んでいるのには理由があった。
この母さん、父さんが海外赴任中に知り合って国際結婚した北欧系の女性であり、日本に住むことが決まって漢字が少なくて読みやすいラノベを日本語の教材に選んでしまったため、20年近く経った今では押しも押されぬゴリゴリのオタクと化してしまったのだ。
俺と母さんがもめているうちに、少女を包み込んでいた目映い光がいつの間にか消えていた。その少女は浅い呼吸をしているため、生きていることは間違いないが起きる様子も全く見せない。つまり、
「母さん、この子意識を失ってるし早く救急車を呼ばないと」
そして手に持っていたスマホで電話をかけようとした俺を、母さんが慌てて止めた。
「何をバカなことを言ってるのよ瑞貴、この子は異世界の王女様なのよ。救急車なんか呼んだらそのまま当局に連れて行かれてしまうでしょ、バカね!」
何言ってんだよ、このババァ・・・。
「はああ? そんな訳ないだろ母さん。母さんは毎日なろうばかり読んでるから現実とファンタジーがごっちゃになってるけど、正しい現状認識は『この子はただのコスプレイヤーでウチの庭で意識を失っている』だ。命に係わる状態だったら取り返しがつかないし、とにかく病院に連れて行かなくちゃ」
だが母さんは頑なにそれを拒否する。
「この子は異世界人だから保険証どころかパスポートも持ってないし、病院に連れて行っても適切な医療が受けられる保証はないの。最悪の場合、不法外国人として当局に連行される可能性もあるのよ」
彼女が異世界人かどうかはともかく、母さんの意見にも一理ある。おそらく母さんは外国人である自分の経験から彼女のことを本気で心配しているのだろう。たぶん俺たち日本人には実感できないリアルな問題がそこに横たわっているのだと思う。
「・・・・わかったよ母さん。今は母さんのリアルな外国人問題ネタは聞きたくないし、彼女は何か事情を抱えた外国人コスプレイヤーさんかも知れないから、今夜一晩ウチで看病してみることにしようか」
「やっとわかってくれたのね、瑞貴。今夜は母さんが看病するから部屋まで運びましょう」
そして3人でこの少女を抱えると、1階奥の母さんの部屋のベッドにそっと寝かせた。
母さんの部屋で少女の姿を改めて見てみると、異世界転生者だというのもあながち間違っていないような気がしてきた。
髪を染めた形跡のない天然の長い金髪に透き通るような白い肌。そしてコスプレ衣装とはとても思えない高価な生地のドレスに煌びやかな宝飾品をたくさん身に付け、頭には何十億円するのか分からないような純金のティアラをつけている。
その姿はまるで西洋美術館の絵画に登場するような中世ヨーロッパ時代の王女様そのものである。
眠っているため瞳の色は分からないが、完璧に整った容姿は神々しささえ感じらるほどの美しさだった。そんな彼女を愛梨が警戒心露わにして言った。
「この女は危険! 超絶美少女の愛梨様でもさすがに分が悪い。早くこの家から出て行ってもらわないと、お兄の貞操を守り切れない!」
「はあ? 何だよ俺の貞操って。そんなもの愛梨に守ってもらなくてもいいよ」
「ええっ?! お兄はこの女に一目惚れしたの?」
「全然してねえよっ!」
愛梨は昔からこういう変なところがあり、妹の義務だからといって俺の周りに女子を近づけないように警戒している。ラノベ脳の母さんが言うには、愛梨は重度のブラコンらしい。
父さん似で日本人寄りの俺とは違い、愛梨は母さんそっくりのプラチナブロンドの美少女に生まれたんだから、俺の貞操など構わずとっとと彼氏を作って自由に生きてほしい。
そんな愛梨をたしなめるように母さんが、
「ほら愛梨、それから瑞貴も。今夜は母さんが看病するから、二人とも部屋に戻りなさい」
そう言うと俺たち二人は母さんの部屋から追い出されてしまった。仕方なく自分の部屋に戻る俺と愛梨だったが、その夜は彼女のことが気になってあまり眠れなかった。
次回、後編です。お楽しみに。
この作品を気に入ってくださった方はブックマーク登録や評価をいただけると筆者の励みになります。
よろしくお願いします!