第21話 神宮路家への訪問(前編)
エピソードが長くなったので、2つに分けます。
後編は、明日アップします。
マンションの一室から瑞貴の監視を続けていた私、神無月弥生は、放課後校門の前に止まったリムジンに乗り込んでいく瑞貴たちの姿を望遠レンズに捉えた。
「藤間主任は、瑞貴は報道陣を避けるために母親のワゴン車で登下校すると言っていたけど、それとは異なる動きね。尾行が必要だわ」
私はそう即決すると、瑞貴たちを乗せたリムジンを追うため、能力を解放した。
俺たち全員を乗せたリムジンは高速道路を東へ走行し、街の高級住宅地へと向かって行った。
アリスレーゼは相変わらず外の風景に興味津々で、神宮路さんに話しかけてはあれこれと質問している。反対に水島さんはリムジンに恐縮したのか、居心地が悪そうに縮こまってる。
「水島さん、何もそんなに固くならなくても」
「だって前園くん・・・こんな高級車に乗るの初めてだし、私なんかが神宮路さんの家に招待されて、本当にいいのかな」
「水島さんは少し気にしすぎだよ。敦史を見てみろ、コイツ堂々と寝ってるし」
「本当だ・・・すごいよね伊藤君って。私も伊藤くんみたいな性格に変えた方がいいのかな」
「いやいや、こんな図々しくなったらせっかくの水島さんの良さがなくなっちゃうよ。俺は今のままの水島さんの方がいいと思うけどな」
「ええっ! そ、それって・・・」
「俺の周りには母さんや愛梨みたいに気の強い女性ばかりだから、水島さんのような優しい女の子は初めてなんだ。まあ女子の友達自体が初めてなんだけど」
「そっか、前園くんは今のままの私でいいんだ」
「ああ。だから無理に自分を変えようとしなくてもいいと思うぞ」
「うん・・・前園くんがいいならそうする」
それから水島さんは一言もしゃべらなくなったが、オドオドとした雰囲気はなくなり、どこか楽しそうに窓の外を眺めていた。
やがて車は神宮路邸に到着する。
港が一望できる高台の大豪邸の門を通過した車は、そのまま庭を走行し、屋敷の車止めに立つ黒服紳士の前で止まった。
紳士が車のドアを開け、神宮寺さんに対して恭しくお辞儀をする。
「お帰りなさいませお嬢様。そしてようこそお越しくださいました、ご学友の皆様」
50代半ばぐらいのロマンスグレーの執事に出迎えられた俺たちは、車から降りるとそのまま豪邸の中へと通された。
「おわっ! すっげー・・・まるで外国のお屋敷じゃねえかよ。それに本物のメイドまでいる」
さっきまでイビキをかいて寝ていた敦史が玄関ホールで大騒ぎを始めたが、それもそのはず。
3階まで吹き抜けの広い空間を使った贅沢な作りのホールには、2階へと続く大階段やら、屋敷の中へと続く大きな扉があり、そこにメイドがズラリと並んでいるのだ。
まさに絵に描いたような上流階級のお屋敷であり、その圧倒的な光景に、ようやく落ち着きを取り戻した水島さんが再び自信を失ってオドオドしている。
「ど、どうしよう前園くん・・・」
そう言って俺の背中に隠れる水島さん。
一方、俺の隣から一歩踏み出して堂々と挨拶を始めたのがアリスレーゼだ。
「本日はお招きいただきありがとう存じます。さやか様にはいつも仲良くしていただいております、わたくしアリスレーゼ・ステラミリス・フィオ・ティアローズ・前園と申します」
そしていつものプリンセススマイルを湛えながら、優雅にお辞儀をして見せた。それを見たメイドたちは感嘆のため息をつき、一番年配のメイドがアリスレーゼに挨拶を返した。
「これはご丁寧な挨拶を賜り誠に恐縮です。わたくしはこの家のメイド長をしております長谷川早紀と申します。お嬢様にふさわしい立派なご令嬢にお越しいただき、わたくしどもも望外の喜びに存じます」
そしてメイドたちが一斉にお辞儀をすると、神宮路さんがメイド長に命じ、俺たちを応接室に案内するように言った。
応接室は、玄関ホール正面の大きな扉を入って広い廊下を歩いたすぐのところにあった。
中に入ると、部屋の真ん中には全員が座れるだけの大きなソファーセットがあり、部屋の各所に豪華な調度品や骨とう品が、窓際には観葉植物が飾ってある。
「では早速、修学旅行のスケジュールについて話し合いましょう」
俺たち5人がソファーに座ると、神宮路さんが京都周辺の観光ガイドを取り出して、テーブルに並べた。それをみんなでパラパラめくりながら、見学先の候補を紙に書き出していく。
初日と最終日は移動日も兼ねているためホテルからあまり遠くない場所を回るとして、遠くに足を運ぶとすれば2日目と3日目を有効に使いたい。
「大阪もありなら、U〇Jなんてどうよ」
敦史はやはり神社仏閣しかない京都よりも、お笑いとエンターテイメントの街・大阪に行きたそうだが、
「おい敦史、お前はちゃんとしおりを読んだのか? ダメな例として一番最初に挙げられているのがU〇Jじゃないか。つまり却下だ」
「何だよ、せっかく女子と同じグループになれたのに、テーマパークぐらい行かせろよ。つまんねえな」
「別にU〇Jに行かなくても大阪自体がテーマパークみたいなものだから、普通に歩くだけでも面白いぞ」
「そうだな、じゃあナンバに飯でも食いに行こうぜ。グリコの看板がある辺りがそうらしい。大阪城なんかも面白そうだし、あべのハルカスも上ってみようぜ。あと梅田にも行ってみたいな」
「敦史、それじゃただの観光だよ。だがこれを修学旅行風に表現するなら、お初天神(梅田)→大阪天満宮→大阪城→法善寺(道頓堀)→大阪市立美術館(天王寺)と回って、上方文化の研究をするって感じかな」
「瑞貴、お前すげえな。実は関西人かよ」
「適当にググったら出て来ただけだ。最近はAIに聞けばいい感じの答えを出してくれるし、俺たちのスケジュールも全部AIに任せちまうか」
「いいねそれ。じゃあU〇Jを修学旅行風にAIに言い換えさせてみようぜ」
そして俺たちがAIで遊び始めたら、神宮路さんが呆れた顔でそれ止めた。
「申し訳ありませんが、大阪は余裕があればと言うことで、まずは京都の見学コースを考えてください」
「「それな」」
その後わりとガチに見学コースを話し合った俺たちだったが、ノックの音がすると、応接室にメイドさんがコーヒーを持ってきてくれた。
ちょうど休憩を取ろうとしたタイミングだったし、とてもいい香りがする本格的なコーヒーに、俺たちの集中力は完全に途切れた。
「お嬢様、そろそろご休憩になさっては」
「ええそのつもりよ」
神宮路さんがメイドに合図をすると、俺たちの前にコーヒーが置かれていく。ここのメイドはみんな美人ぞろいだったが、この子もとても清楚な感じのとびきりの美少女だった。
漆黒の長い髪に日本人形のように整った顔。所作の一つ一つが洗練されて一切の無駄がなく、彼女の真心がメイドの仕事に全て注ぎ込まれているようだ。
そんな完璧なメイドさんだが、神宮路さんは何か腑に落ちない様子で彼女に声をかける。
「あなた初めてみる顔ね。いつからここに?」
「初めましてお嬢様。わたくし本日からここでお世話になることになりました、葵菖蒲と申します」
「あら、初日からわたくしの給仕を任されるなんて、随分と長谷川さんに高く評価されているのね」
「とんでもございません。ですがお嬢様からお褒めの言葉をちょうだいできて、嬉しい限りです」
この子はどうやら新人のようだが、神宮路さんも言っているように、メイドとしてのレベルは相当高い。そしてその容姿もため息が出るほど整っていて、敦史なんかは完全に見惚れてしまっていて、鼻の下を長く伸ばしている。
彼女は給仕が終わるとすぐに部屋から退出するが、部屋を出る瞬間、彼女が俺の顔をチラっと見たような気がした。
次回、後編です。お楽しみに。
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