第20話 修学旅行に向けて錯綜する思惑
俺たち3人だけだった教室は、始業時刻が近づくにつれて生徒の数が増えていった。
最初に来たのは、敦史をはじめとする男子どもだ。愛梨とアリスレーゼを目当てに、無駄に早く登校している。
女子で一番早く来たのは生徒会役員でクラス委員長もしている神宮路さやかだが、この時にはもう男子全員が俺たちの周りを取り囲んでおり、彼女がアリスレーゼに声をかけようとしても、取り巻きと化した男子どもが邪魔で近づくことすらできない。
一方愛梨の周りにも敦史たち数人の男子たちが取り囲んで何やらコソコソ話をしている。話は聞こえないがどうせロクでもない相談をしているのだろう。
特にやることもない俺は、アリスレーゼとその取り巻きたちの雑談に適当に相槌を打ちながら、始業までの時間を過ごしていた。
「・・・愛梨ちゃん、言われた通り神宮路を瑞貴に近づけないようにしてるけど、こんな感じでいいよな」
「・・・OKよ、中々やるじゃん敦史たち」
「よっしゃ! 愛梨ちゃんに褒められた。そろそろご褒美に一回ぐらい俺たちとデートしてよ」
「シーッ! 声が大きいよ敦史、お兄に聞こえちゃうじゃん。そんなことより水島さんを何とかして。神宮寺さんを阻止できても水島さんがお兄と付き合うことになったら元も子もないよ。敦史は詰めが甘い!」
「ええぇぇ、そりゃないよ愛梨ちゃん。瑞貴がまさかボッチの水島狙いだったなんて夢にも思わないし、俺たちの責任にしないでくれよ」
「とにかく、水島さんを何とかしてくれないとデートなんて無理ね・・・あ、チャイムが鳴ったから愛梨は自分の教室に戻るね」
「あ、愛梨ちゃん待って・・・」
チャイムが鳴って教室を出て行く愛梨と入れ違いに水島さんが登校してきた。男子の壁をかき分けて斜め右前の席に座る水島さんに俺は声をかける。
「おはよう水島さん」
「あ・・・お、おはよう、前園くん」
水島さんはとても内向的でクラスにほとんど友達がいないが、母親からきつく怒られたらしく正式に友達となった俺にはちゃんと返事をくれるようになった。
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯きながら、上目使いに俺をチラっと見て挨拶を返してくれる水島さんに、アリスレーゼの取り巻き男子から口笛が飛ぶ。
それを見た敦史たち愛梨の取り巻き男子が顔を引きつらせてそいつらを必死に止める。そして女子たちの間には何とも言えない微妙な空気が流れ始めた。
「何なんだこの状況は・・・まさか」
俺が愛梨の怪しげな行動を疑っているうちに、今日は副担任の母さんが教室に現れた。
「朝のホームルームだけど、今日は1時間目も使って秋の修学旅行を議題に進めたいと思います。詳細はしおりに書いてある通りですが、決めておくことが多いから効率良く進めていきましょう。委員長の神宮寺さんも前に出てきて進行を手伝ってね」
「承知しましたわ、前園先生」
そしてしおりが前から順番に配られ、神宮路さんが母さんの隣に立つと、早速ホームルームが始まった。
「先輩たちから聞いてると思うけど、ウチの修学旅行は全体での団体行動は行わず、生徒の自主性に任せてグループ単位での行動が基本になります。まずは5~6人でグループを作って、それぞれのスケジュールを話し合って決めてね」
「「「了解っす、エカテリーナ様」」」
男子たちが元気良く返事すると、さっそく席を立ち上がってメンバー集めが始まった。
この種のイベントでは、仲の良いもの同士が集まるのが普通であり、その結果として、グループの人数の制約ではみ出してしまうヤツや、そもそも友達の少ない人間は入るグループがない等シビアな現実がある。
特に水島さんは友達がいないから、席に座ったまま不安そうに辺りをキョロキョロ見渡している。
俺は敦史たちとグループを既に作っていたし、そもそもグループは男女別のため彼女をどうすることもできない。その水島さんの後ろの席でもアリスレーゼが不安そうに俺の方を見ていた。
とりあえずこの2人をグループにして、後は神宮寺グループからはみ出した女子をかき集めようかと考えていたら、アリスレーゼが俺に話しかけてきた。
「ねえミズキ、修学旅行って何かしら?」
「お前の場合はそこからかよ! まあアリスレーゼは修学旅行以前に、学校に行ったことがないんだよな」
「ええ。それにわたくしの場合は、他国からの要人の謁見を受ける立場でしたので、外遊をしたこともありません」
「それはまた凄いな・・・」
外遊すらしたことがないってどれだけ大国の王女だったんだよと心の中でツッコミを入れつつ、こいつが修学旅行という概念を知らなくても仕方がないと俺は思った。
とりあえず俺は、しおりをめくりながらアリスレーゼにざっと要点だけ説明する。
ちなみに俺たちの修学旅行は3泊4日で行き先は定番の京都だ。高校生の行き先としては少し近すぎる気もするが、いつどこを見学するかをグループごとに自由に決められるため、団体行動の煩わしさがない。
説明を終えると、アリスレーゼの瞳がキラキラと輝き出し、
「なんて楽しそうな旅行なのかしら! わたくし修学旅行がとても楽しみです」
「そ、それはよかったな・・・。とりあえず、グループは男女ごとに分かれているから俺は一緒のグループには入れないけど、まずはアリスレーゼのグループを作らないとな」
俺は教室全体をざっと見渡すが、アリスレーゼへの説明に時間がかかったために、グループ分けはある程度進んでしまっていた。
まずは水島さんとアリスレーゼを同じグループにしようと彼女の方を見ると、その隣の席の敦史がなぜか複雑な表情で俺の方を見ていた。
「どうしたんだよ敦史、その顔は。俺たちのグループはもう登録したんだろ・・・何かあったのか?」
すると敦史は俺に黒板を見るよう促しながら、
「ああ、登録は終わっている。だが予定していたメンバーとはかなり変わっちまったけどな」
「・・・え? どういうことだ」
「俺たち2人は、エカテリーナ様が勝手に作ったグループに入れられたんだ」
「母さんが勝手に作ったグループ? 何だそれは」
黒板の前では、神宮路さんが班とメンバーの名前を書き出している。その一番最初に俺の名前が書いてあったのだが、
第1班
班 長 前園瑞貴
副班長 神宮路さやか
班 員 前園アリスレーゼ
伊藤敦史
水島かなで
「あれ? 班長は敦史がやるはずじゃ・・・ていうか俺たちのグループに女子が入ってるじゃん!」
思わず俺が叫ぶと、母さんが腰に手を当て呆れたように俺を見ていた。
「・・・瑞貴、あなたはお義父様からアリスちゃんと常に一緒に居ろって言われたでしょ。それは当然修学旅行の間も同じなのに、男子ばかりでグループを作ったらダメじゃないの!」
「確かにそう言われたけど、修学旅行のしおりには『男女別にグループを作れ』って書いてあるじゃん」
「でもしおりの一番最後のページには「なお学校が定めた場合は、このしおりによらないものとする」と書いてあるでしょ。理事長であるお義父様の命令はこれに該当するの。契約書は最後の一文までちゃんと目を通さないとダメでしょ!」
「本当だ、確かに書いてある・・・って、さっき配られたばかりのしおりを最後まで精読している奴なんていねえよ! まったく無茶苦茶だな、母さんは」
「学校では「母さん」ではなく「前園先生」と呼びなさい。それからこのグループは、まだ日本に馴染んでいないアリスちゃんのためのものだから、あなたがこのメンバーをまとめるのよ。いいわね!」
「ええぇ・・・分かったよ前園先生」
母さんの言う通り、修学旅行先でもアリスレーゼを守ろうと思えば同じグループにいた方が都合がいい。謎の刺客やら、半グレ集団やらがいつ襲ってくるかも知れないしな。
それにアリスレーゼの世話係として、体操服の着替えで実績のある水島さんがいた方が助かるし、神宮路さんはアリスレーゼの話し相手にはピッタリだし副班長をやってくれれば先生とのやり取りを任せられる。
そう考えると、このグループは案外悪くない。
「なあ敦史、俺たち2人はこんなグループに入れられてしまったけど、他の奴らのグループと一緒に行動すれば実質変わらないと思う・・・ってどうしたんだ、そんな真っ青な顔をして」
見ると敦史はどこか焦ったように、ブツブツと独り言を繰り返している。
「非常にマズい・・・。お姉さんと一緒にいられるのはラッキーだったが、神宮路と水島が同じグループになったのは余計だ。愛梨ちゃんに怒られる」
その後はグループごとに席を移動して、修学旅行のスケジュールをそれぞれ話し合う。行き帰りの新幹線とホテルでの滞在は学年全体で共通だが、どこを見学するかはグループで決めて学校に提出する。なお学校に認められれば、京都に限らず大阪まで足を延ばすことも可能だ。
教室の一番後ろに集まった俺たち5人は、神宮路さんの仕切りで話し合いが始まった。
「アリスレーゼ様以外とはあまりお話しさせていただく機会がございませんでしたが、このメンバーに早く馴染めるよう、わたくし努力致しますわ」
大きな黒いリボンで長い髪を後ろに束ねた神宮寺さんが、礼儀正しくお辞儀をした。
アリスレーゼで最近見慣れてはいたが、この神宮寺さんも動作一つ一つが洗練されていて、生粋のお嬢様であることが伝わってくる。
そんな彼女が俺に顔を向けると、
「前園君とは今回初めてお話しをさせて頂きますが、実はわたくしのお祖父様が前園理事長と古い友人で、前園君を我が家に招待するようお祖父様から仰せつかっておりましたの。もしよければ今日の放課後、皆様を我が家にご招待させていただき、修学旅行の打ち合わせの続きをさせていただけませんか」
「爺さん同士が友人なのは俺も聞いていた。せっかくだし俺は招待を受けようと思うが、みんなはどうだ」
するとアリスレーゼは、
「わたくしはもちろんご招待をお受けしたいと存じます。かなでさんはいかがですか」
「わ、私は・・・私なんかが神宮寺さんの家に行っても本当にいいのかな」
水島さんが自信なさげに神宮寺さんを見つめる。
「水島さんももちろん大歓迎ですわ。伊藤くんはどうかしら」
水島さんがホッとしている一方で、敦史は相変わらずブツブツと独り言を言っているが、何を思ったのか急に顔を上げると吹っ切れたような表情で、
「も、もちろん俺も参加させてくれ。よし、みんなで神宮寺家にお邪魔するぞ!(こうなったら瑞貴の傍から絶対に離れず、ラブコメイベントが発生したら全部フラグをへし折って、俺が頑張ってるところを愛梨ちゃんにアピールするしかない)」
「では決まりですね。今日の放課後が楽しみです」
次回、神宮寺邸に招待された瑞貴たちを待ち構えていたものは。
お楽しみに。
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