第19話 電光石火! 神無月弥生登場(Side B)
神無月弥生登場回の後編です。
水島さんが登校を再開してからの数日は、特に何事もなく平穏な学園生活が続いた。
と言っても、世の中的には葛城真央の事件報道がまだまだ盛り上がっており、学校の周辺には報道陣がうろついていた。
特に俺は河川敷の乱闘映像ですっかり有名になり、謎の拳法少年だとか黒髪王子だとか呼ばれて、レポーターから追い回される羽目に陥いっていた。
そこで学校側は混乱を避けるため俺たち3人を母さんの車で登下校させるようにしたのだが、教師の出勤時間は生徒よりも早いため、俺たち3人は誰もいない2年A組の教室でしばらく時間を潰すことになる。
当然愛梨は、自分の教室には行かず朝のホームルームギリギリまで俺の教室で粘るのだが、
「ねえお兄、水島さんとのことだけど、まさか彼女にしたりしないよね」
愛梨がこれで何度目かの同じ質問を俺にしてきた。そしてその度に、アリスレーゼが俺の答えに聞き耳を立てる。
「だから何度も言ってるじゃないか。彼女とは友達になったけど、付き合うとかそういうのじゃないから」
「でも水島さんは、明らかにお兄のことが好きだよ。お兄だって、水島さんと話をしている時はまんざらでもないような顔をしてるよね」
「お前がそう言うのなら、水島さんが俺のことを気に入ってくれているのは本当かも知れないが、だからと言っていきなり付き合うってのもハードルが高いというか、そう言う関係になるのって、ちゃんと段階を踏んでいくものだろ」
「ああっ! やっぱりお兄は水島さんと付き合うつもりなんだ。そんなの絶対に愛梨が許さないから!」
「だからなんで俺が彼女を作るのに、イチイチ愛梨の許しが必要なんだよ。ていうかお前も彼氏の一人ぐらいそろそろ作れよ」
「愛梨はお兄の貞操を守る義務があるのっ! だから彼氏なんか作らないし、お兄が水島さんと付き合うことも絶対に許さない」
「そんな無茶苦茶な・・・。アリスレーゼ、姉として愛梨に何とか言ってくれよ」
俺は愛梨の相手をするのが面倒になり、アリスレーゼに話を振った。こう言うといつもは空気を読んで、愛梨を上手くたしなめてくれるのだが、今日の彼女は少し様子が違った。
「・・・ねえミズキ。この数日間わたくしなりに真剣に考えてみたのだけれど、かなでさんが初めてできた女子の友達だからという理由だけで、ミズキはお付き合いを決めてしまうのかしら?」
「いやだから俺と水島さんはそんな関係じゃ・・・、いや確かに言われて見ればアリスレーゼの言うとおりだな。俺は今の流れの延長線でそういう可能性も考えていたが、そんな単純な理由で本当にいいのか?」
「そ、そうよね! ミズキはそんな単純な理由で生涯の伴侶を決めたりしないわよね」
アリスレーゼが身体を乗り出すようにして、俺の顔をジッと見つめる。
「生涯の伴侶って・・・相変わらず言い方が大げさだなアリスレーゼは」
「だって男女が結ばれるというのは、そういうことではないの? それともミズキは、かなでさんとはただの遊びで、いつかは別れることを前提にお付き合いを始めようとしているのかしら?」
「そこまで無責任には考えていないが、アリスレーゼは考え方が極端なんだよ」
「あらそうかしら。それにミズキが最初に仲良くなった女性はかなでさんではなく、このわたくしなのではなくて?」
「いや、アリスレーゼは俺の姉さん・・・という設定だったな。言われて見れば確かに、俺の初めての女子友達は水島さんではなくアリスレーゼかも」
「そうでしょ! それならわたくしがムグッ・・・」
アリスレーゼが何かを言おうとした瞬間、愛梨が彼女の口を押えて羽交い絞めにした。
「何を言おうとしてるのよ、この女は! やはりコイツが一番危険な猛獣ね」
「ムグーッ! ムグーッ!」
愛梨はアリスレーゼのことを無駄に警戒しており、毎日のようにこうしてじゃれ合っている。だからいつしか俺の中では二人が本物の姉妹のように錯覚してしまっていた。
でもこれと同じ風景をどこかで見たような・・・。
「そう言えば愛梨、俺たちが引っ越す前に隣の家に変な女の子がいたよな。俺たちの家に毎日遊びに来て、晩御飯を食った後、風呂まで入っていったやつ。名前はええっと・・・何だっけ?」
たしか母さんが彼女のことを、日本のカレンダーみたいだって言ってたけど・・・。
「・・・神無月弥生」
「そうそう、神無月弥生だ。あいつ今頃どうしてるかなあ」
俺が遠い記憶を懐かしんでいると、愛梨が露骨に嫌そうな顔をした。そう言えば愛梨は、あいつとあまり仲が良くなかったかもしれない。
「何だよその顔。ちょっと変な奴だったけど、そこまで嫌わなくてもいいじゃないか」
だが愛梨は俺の言い方が気に入らなかったようで、
「ちょっと変? あれのどこがちょっとなの! 完全に頭がおかしかったじゃない!」
「頭がおかしいって、そこまで変じゃなかった気が」
「お兄の前では完璧にネコをかぶってたからね、あの泥棒ネコ」
「泥棒ネコって・・・弥生のやつが何かしたっけ?」
「あの女はいつもお兄にべったりくっついていて、愛梨が近づくと露骨に嫌な顔をして用事を言いつけてきたり、愛梨が目を離した隙にお兄を連れて外に遊びに行っちゃうのよ。それで追いかけようとしても、やたら足が速くていつも置いてけぼりにされてたの」
「そ、そうだっけ・・・」
「それにお兄と結婚したいってうちのお母さんに直談判してきて、お母さんがまだ早いって断ると今度はお父さんの所に行って条件交渉を始めたのよ」
「結婚って、まだ小学校1、2年生ぐらいじゃ」
「それでお父さんとの間で交渉が成立してしまって、お兄より強くなって、18歳になってもお兄のことが好きなら結婚してもいいって約束しちゃったのよ」
「・・・え? 父さんはそんな約束をしたのか」
「信じられないでしょ! でもあの女はお父さんに会うたびに、土下座までしてお願いしてたから、お父さんも最後は根負けしたのよ」
「普通、小学生が土下座でものを頼むか・・・」
「さらにあの女が図々しいところは、ウチのお父さんに弟子入りして拳法を教わり始めたこと。それで朝から晩まで毎日必死に練習して、半年もたたないうちに練習試合でお兄を負かすほどに強くなったのよ」
「それは覚えてる。あいつ急に強くなったけど、そんなに練習していたとは凄いな」
「凄いなじゃないよ! あの女はそれだけお兄に執着していたってことなの。それがあるから愛梨は今も必死になって、周りの野獣どもからお兄の貞操を守らなくてはいけないの!」
「お、おう・・・愛梨のそれって、弥生のことが発端だったのか」
「それも大きいかもね。その後すぐにウチが引っ越したからあの女とはそれっきりになったけど、とにかくあいつだけはヤバいから絶対に見つからないようにしなくちゃ」
「いやもう10年も経つんだし、俺のことなんかとっくに忘れたと思うよ。俺なんか弥生の名前も忘れてたし、顔なんか全く覚えてないよ」
「甘い、甘い、甘いっ! お兄は考えが甘すぎる! 砂糖の1億倍は甘いよ!」
「そ、そうか? ・・・じゃあ一応気をつけとくよ」
私は瑞貴を監視するため、明陵学園高等部2年A組が見える賃貸マンションの一室に潜んでいた。まさかこんなところで瑞貴が暮らしていたなんて、戦闘員になって本当によかったわ。
ちなみに、あのゴミ虫は組織の施設で思念波の戦闘訓練を受けていて別行動。当分は私と藤間主任の二人で監視を行う。
「どうだ、ホシの動きに変わったところはないか」
本職が刑事の藤間主任は、瑞貴のことをまるで犯人のように言うのが気に入らない。
「ホシじゃなくてカレシ。いいえ愛する夫よ」
「まさかキミがあの前園家の古い知り合いだとは知らなかった。奴らは明らかにリッターと同じタイプの思念波を使うのだが、彼らは本当に日本人なのか」
「半分日本人であることに間違いないのだけど、リッターと同じ能力を使うというのは何かの間違いでは。ところで誰よ、あの女!」
「女? 前園瑞貴の周りにいつもいるのは、姉と妹の二人だと思うが」
「その姉っていうのが怪しいのよ。瑞貴は妹との二人兄妹で姉なんかいなかったのだけど」
「そこは調べがついている。姉はリトアニア人の移民家族とともにドイツの片田舎に住んでいたところを、最近母親が日本に引き取って日本国籍を取得させた」
「ドイツの片田舎・・・私、そんな話一度も聞いたことがないんだけど」
「そりゃあ赤の他人でしかも子供だったキミに、家族の複雑な事情を話すこともないだろうさ」
「そうかも知れないけど、何か引っかかるのよね」
「引っかかる? あの姉にか」
「ええ。ハッキリとは分からないけど、彼女は瑞貴の実の姉ではない気がする」
「実の姉ではないだと? だが戸籍上は明らかに実子になっているし、手続きもちゃんと行われていて不正の後は見つからなかった」
「でも私のシックスセンスが最大限の警報を鳴らしているの。あの女は瑞貴の貞操を奪いかねない、極めて危険な猛獣だと」
「シックスセンス・・・つまり刑事の勘か。だとしたらリッターとあの姉に何らかの接点があると」
「それは分からない。見たところお義母さんや義妹の愛梨ちゃんとも顔つきがよく似ているし、少なくともリッターには見えないわね」
「だが姉を洗い直してみるのは必要だ。俺はもう一度役所を当たってみるから、キミは監視を続けてくれ」
「了解したわ」
次回、第2章の物語が動きます。お楽しみに。
ただ、ストックが完全になくなったので、木曜ぐらいには公開できるように頑張ります・・・。
それから、この作品を気に入ってくださった方はブックマーク登録や評価をいただけると筆者の励みになります。
よろしくお願いします!