第19話 電光石火! 神無月弥生登場(Side A)
話が長くなったので、2つに分けます。
まずは新ヒロイン本人の視点からです。
私には将来を約束した同じ年の男の子がいる。
彼は小学2年まで隣の家に住んでた幼馴染で、お父さんは日本人でお母さんは外国人のハーフの男の子。
サラサラの黒髪が風にきらめいて、少しはにかんだ彼の笑顔を見るとキュンと胸が締め付けられるような少年だった。そんな彼には番犬のような妹が一人。
物心ついた頃からその兄妹とはいつも一緒に遊んでいて、自分も兄妹の一人だと錯覚するほどだったが、小学校に入る頃には彼のことが好きになっていた。
早熟だった私は、小学2年に上がる春にその男の子に思い切ってプロポーズをした。すごく緊張したけど最後まで私の話を聞いてくれた彼は、でも少し困ったような顔で微笑むと、私の求婚を断った。
理由を尋ねると、妹が私との結婚に大反対しているとのことだ。
その時私は思った。
彼は私のことが嫌いだから結婚しないのではなく、妹さえ反対しなければ二人の間に何の障害もない。
そこで私は、妹に気に入られるため彼女とたくさん遊んであげたのだが、彼女が私に懐いてくれることはついに最後までなかった。
しかたなく私は妹を諦め、男の子の両親に直談判して私との結婚を認めてもらえるよう交渉した。
まず外国人のお母さんにお願いしてみたところ、私がまだ7歳であることを理由に反対されてしまった。それでもこの熱い想いをお母さんに伝えたのだが、最後は日本語がわからないと言われて追い返された。
そこで今度はお父さんと膝を詰めてじっくりと相談したところ、条件付きで彼との結婚を認めてくれた。
「もし瑞貴より強くなれたら、考えてやってもいい」
その日から私はお父さんに「煌流翔波拳」を習うことになった。もちろん愛する彼・・・瑞貴も一緒だ。
それからしばらく練習を続けていると、私に拳法の才能があったのか見る見るうちに強くなっていき、ついには練習試合で瑞貴に勝つことができたのだ。
早速私は、お父さんに約束を守るようにお願いしたら、お父さんは苦笑いしながら「日本の法律では18歳にならないと結婚できないことになっている。もしその時になっても瑞貴のことが好きなら、考えてやってもいい」と言ってくれた。
もちろん私の気持ちが変わることは絶対ないので、彼との結婚は事実上確定したのだが、ある日彼の元を訪れると、隣の家が空き家になっていた。
私の知らないうちに、前園家はどこかに引っ越してしまっていた。
私は小野島室長に命じられ、リッター討伐隊の任を外されて藤間主任の部下となった。
高校生でありながら公安の戦闘員としてスカウトされ、最前線での戦闘を担う格闘戦部隊にも抜擢されてハリキっていたのに、いきなり地味な調査部へ回されたことに正直言って不満だった。
だが、室長から任務の詳細を教えてもらうと、そんな不満などあっという間に解消された。
また瑞貴に会える!
瑞貴が私の前からいなくなってから10年。
その間も辛い修行に耐えて来たのも、全てはこの時のためだった。
昔よりも強くなっているはずの瑞貴をさらに超えること、それが私の愛の証なのだ。
そして彼を倒して、今度こそ絶対に彼を私のものにする。そのためだったら何だってやるし、今度は絶対に逃がさない。
それが私、神無月弥生なのだ。
私は藤間主任と合流するため、地下の訓練場に向かった。そこは前線で戦う戦闘員用の施設なのだが、最近は調査部のスタッフも戦闘に駆り出されることが多いため、本部に出頭した調査員はみんなここで汗を流しているらしい。
訓練場に着くと、中では1対1の模擬戦が行われていた。
片方は藤間主任だがもう片方は見たことがない男。おそらく新人だろうが、やたらと人相が悪い20歳前後の輩だ。
私は模擬戦中の藤間主任の目の前に立つと、着任の挨拶を始めた。
「藤間主任、本日付で調査部に配属になった神無月弥生です」
すると突然視界に現れた私にギョッとした藤間主任は、だが表情をすぐに戻すと、模擬戦を中断して私に答えてくれた。
「キミが神無月弥生か。・・・まさに電光石火、恐ろしいまでの速さだな。よし着任早々悪いが、アイツと手合わせをしてくれ。キミの実力がもう少し見たい」
「分かりましたが、あの人相の悪い男は誰ですか」
「・・・連日のニュースで顔写真が流れているのに、彼を知らないのか。キミはテレビを見てないのか」
「ニュース? そう言えば最近はリッター対策に忙しくてテレビもネットもチェックしていませんでした。それが何か」
「いや、そう言うことなら構わない。彼は半グレ集団「MEGA御武倫」のリーダー、鮫島祐二だ」
「やはり知らない男ですね。強いのですか?」
「彼はまだ思念波を使い始めたばかりなのだが、潜在能力は高い」
「潜在能力・・・分かりました。では彼を倒せばいいのですよね」
「ああ、試してみてくれ」
私は着任早々、あの人相の悪い男と模擬戦を戦うことになった。その男は下品な目で私を舐め回す。
「おほっ! 少し胸は足りねえが中々の上物じゃねえかよ。長い黒髪に大きな黒い瞳、そして透き通るような白い肌はまるで日本人形。こんな所で変な化け物と戦っているより、もっと割のいい商売を紹介してやろうか。稼ぎは俺との折半でもいいぜ」
「・・・あなた何を言ってるの? 意味が分からないのだけど」
「だからさあ、寝転んでいるだけで気持ちよくなれてお金もたくさん入ってくるお仕事をお前に紹介してやるって言ってんだ。オッサンの相手をするだけで楽に稼げる商売だ。イヒヒヒヒ」
「なるほどそう言うことね。このゲスが!」
私は目の前の男を敵認定した。そう言う目で私を見る輩には、相応の報いを与えてあげる。
そして思い知るがいい、私が誰のモノであるかを。
私が構えを取ると、男はケタケタと笑い始めた。
「いいねえその目。俺は気の強い女が大好きなんだ。ブローカーに売りつける前に、まずはこの俺様が味見をしてみないとな。ウヒウヒッ・・・」
そう言いながら、その男は膨大な思念波を発生させると、いきなり私に発射してきた。
「くそっ! この女速すぎる。少しは上達したはずなのに、俺の攻撃が全く当たらねえ」
私の靴で顔を踏みつけられながら、男が悔しそうに呻いている。所詮この程度の男、私のウォーミングアップにもならなかった。
試合じゃないからいいんだけど、男の不意打ちのような思念弾を全て避けると、男の背中に回って膝裏を蹴飛ばしてやった。
そして男が無様に態勢を崩すと、床に這いつくばらせて、顔を思いっきり足で踏みつけてやったのだ。
藤間主任が言うように、膨大な思念波を発生させる点においては潜在能力を感じるが、それ以外はてんで話にならないクソ野郎。
こんなクズ人間なんか殴ると手が汚れるし、靴の裏でもまだもったいないぐらいだ。
「これでどうですか、藤間主任」
私が後ろを振り返ると、藤間主任は「ほう」と一言漏らしてニヤリと笑った。
「この前のリッター討伐戦で、キミが一人でオークに切り込んで、敵の分断に成功したところは見ていた。あの時の君もまさに電光石火だったが、今の動きはその時以上だ。だが近くで見て分かったが、身体能力だけで実現できる速度ではない。能力を使ったな」
「あら? やはり藤間主任には、私が能力を使ったのが分かりましたか」
「ああ、ほんの一瞬だが思念波がけた外れに大きく膨れ上がった。その瞬間に、鮫島の思念弾を回避したように見えた」
「さすがですね。ですが能力の話はこれで終わりにしましょう。私の足元にいるこの虫けらに話を聞かれたくないので」
「そうだな。戦闘員同士と言えども自分の能力は必要以上に話さないのがここのルールだ。では改めてキミに我々の任務を伝える」
「それはもう分かってます! 前園家への侵入とその長男の略取ですよね。早く行きましょう!」
「・・・何だそれは。我々の任務は、遠くから彼らを監視してその戦闘データを入手することだが、キミは室長からどんな指示を受けているんだ」
「・・・コホン。そ、そうでした。私の任務は、前園家の長男を遠くから愛でることでした。テヘッ」
「・・・・・」
「おい女! いいから早く俺の顔から足をどけろ!」
足下を見ると、ゴミ虫が真っ赤な顔をして怒鳴っていた。
「まだ死んでなかったのね。これでどうかしら」
足に力を込めて顔をグリグリ踏みつけると、ゴミ虫が大声で悶え苦しみ始めた。その声があまりにうるさかったからか、うんざりした藤間主任は、
「もう止めたまえ、神無月くん。それから鮫島、俺は彼女とともに前園家の監視に戻るが、お前はしばらくここに残って戦闘訓練をやっておけ」
「言われなくてもそうするよ! クソっ、どいつもこいつも俺をこけにしやがって。前園の野郎をぶちのめしたら、お前も倒して絶対俺の女にしてやる!」
「フン! 瑞貴を倒すのはこの私よ。それに私のことを変な目で見るのはやめて。気味が悪い」
「いいやお前は絶対に俺の女にする。覚悟しておくんだな弥生!」
「ゴミ虫のくせに、私の名前を気軽に呼ばないで!」
いつの間にか私の足下で股間を膨らませて発情を始めたゴミ虫を力一杯向こうに蹴飛ばしてやると、私は藤間主任とともに前園家の監視へと向かった。
次回、前園家サイドのエピソードです。
お楽しみに。
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