第17話 エピローグ
葛城真央・健司親子が警察に逮捕されてから一週間が経った。
事件当日、葛城邸周辺には報道規制が敷かれていたが、報道カメラマンたちは逮捕の瞬間をカメラにおさめようと、近くのマンションに潜んで望遠レンズで待ち構えていた。
そんな葛城邸に予定時刻よりも早く突入を開始した警官隊が、血まみれの真央を拘束、連行するところを各局のカメラが捉えたため報道が一気に劇場化した。
刺された母親はすぐに救命措置が取られ、幸い一命をとりとめたものの、テレビカメラが見守る前で起こった殺人未遂事件に、その後のニュース報道はしばらく葛城父娘が独占することとなる。
ここで俺は、イジメと汚職というありふれた事件がどうしてここまで国民の関心を集めたのか、その理由を考えてみた。
たぶん次々と出て来るセンセーショナルな映像に、マスコミ側はニュースを作りやすく、それを受け取る側は被害者の悲惨な状況とそれを隠蔽する悪の政治家という構図に正義感に火がついてしまい、視聴率や雑誌の購買数、あるいはネットの再生回数が稼ぎやすかったのだと思う。
もちろん爺さんもここまで大騒動になるとは予想していなかったと思うが、アリスレーゼの能力がメディアや権力構造と結び付くと、恐ろしいまでの破壊力を発揮することが証明された。
使い方によっては政敵を簡単に排除したり、国民をマインドコントロールに導くことも可能な、まさに国家の独裁者が喉から手が出るほど欲しい能力である。
さて葛城真央以外のギャル4人のその後についてだが、彼女たちはテレビでこそ実名報道はされなかったものの、一部新聞や週刊誌そしてネットメディアでは実名で報じられたため、家族を含めて誰も家から出られない状況が続いた。
そんな彼女たちに今日、退学処分が学校側から本人とその両親に電話で伝えられた。
かなり後になって母さんから聞いた話だが、ギャルたちの両親は会社を休職もしくは退職せざるを得なくなり、兄弟たちも不登校になるなど家族に多大な影響を与えた。
そのギャルたち自身は、家庭裁判所から保護処分を受けて更生施設に入所することになったが、イジメを受けた被害生徒の家族から民事訴訟を起こされ、損害賠償請求されることとなった。
そして本件の場合、アリスレーゼが作った数々の証拠の存在や真央が既に送検されたという事実もあり、不法行為の有無にほとんど争点はなく、損害賠償の範囲や金額が争われる。
だが小さく見積もっても賠償額は相当な額となり、例え示談が成立したとしても、その家族は家を手離さなくてはならなくなるようだ。
なお、MEGA御武倫のメンバー全員が起訴される方向で取り調べが進んでおり、鮫島だけが依然行方をくらましていて警察もその足取りを全くつかめていなかった。
そんな状況の中、無事に退院した水島さんが今日から学校に登校する。担任の兵衛先生から入院中に受けられなかった授業の補講について説明を受けた後、ホームルームの時間からクラスに復帰するようだ。
あの事件があってから教室の雰囲気も少し変化し、いつもは俺のことを無視していたクラスの女子達が、なんと挨拶をしてくれるようになった。
俺が驚いていると、すぐに愛梨が状況を説明してくれた。それによると、俺の乱闘シーン(ほとんど後ろ姿しか映っていない)が連日テレビで放送され、有名人に声をかけたいという女性心理が現れた結果なのだそうだ。
だから絶対に勘違いしてはいけないと釘を刺されたが、理由はどうあれ女子から声をかけてもらえるのは普通にうれしい。
それからアリスレーゼも、俺と同じ理由でクラスに馴染んできたようだ。今も彼女は、神宮路グループと和気あいあいと会話を楽しんでおり、リーダーの神宮路さんとは、妙なところで意気投合している。
というのも、あの乱闘シーンを撮影したのがアリスレーゼだったことが分かると、クラスでのアリスレーゼの株が急上昇。特に神宮寺さんは、アリスレーゼが葛城たちギャルグループと対立できたのは、学園の経営者一族の威光を借りたものだと思っていたらしい。
だがMEGA御武倫の男たちに対しても全く臆することなく立ち向かい、最後まであの映像を撮影しきったアリスレーゼの評価を180度変えたのだ。
「それにしてもアリスレーゼ様。あの葛城真央に一歩も譲らず、最後まで戦い抜いかれたことは称賛に値しますわ」
神宮路さやかは、その業界では知る人ぞ知る老舗メーカーの創業家令嬢で、彼女の祖父が爺さんの古い友人ということもあり、この学校に入学している。そして彼女の成績は学年でもトップクラスで、大学はかなりの上位校をAO入試で狙えるほどのレベルだ。
そんな優等生の彼女とアリスレーゼは、会話を聞く限り似た者同士なのだろう。
「わたくし、祖国では裁判官のようなことをやっておりましたので、あのような方々はどうしても許せないのです」
「まあ! ではアリスレーゼ様はこの年齢で既に法曹関係に携わっておいででしたのね。どうりで正義感がお強いと思いましたのよ」
「はい。特にクラスメイトを脅迫して金品を奪い、挙げ句の果てには身体を売らせて金をむしり取るような卑劣な行いは、絶対に見過ごせません」
「わたくし、あの方達がそこまでの悪事を働いているとは思いもしませんでした。もし知っていれば生徒会の威信にかけてアリスレーゼ様と共同戦線を展開いたしましたのに」
「さやか様がお味方してくれるなら心強い限りです」
「それにしてもあの方たちは、乙女の純潔を何だと思っているのかしらね、全く!」
しかし何なんだよ、この意気投合ぶりは。
俺は神宮路さんとはこれまで一度も話したことがなかったので、彼女の人柄など全く知らなかった。社長令嬢という種族は、異世界王女とここまで考え方が似るものなのか。
わからん・・・。
「そのとおりですわ、さやか様。日本はもっと風紀の乱れた国だと思っておりましたが、さやか様のようにしっかりした考えをお持ちの令嬢がいらして、とても安心しましたわ」
「わたくしも、ヨーロッパは自由恋愛が盛んだと聞き及んでおりましたが、アリスレーゼ様のように古式ゆかしき価値観の持ち主がちゃんといらっしゃることが分かって、とても安心いたしました」
こいつら、今どきのJKとはとても思えん・・・。
さてホームルームが始まり、兵衛先生に連れられて水島さんがクラスに復帰した。みんなから温かい拍手で迎えられた水島さんは、少し照れながら自分の席に着席した。
「おかえり水島さん」
俺は水島さんに声をかけてみた。
病院では完全に無視されていたが、今回の件で彼女とは仲間意識が芽生えたはずだし、そのうち挨拶ぐらいはしてくれる仲になれればそれでいい。
だが俺の声かけに、水島さんが突然こちらを振り返ると、ごくりと唾を飲み込んで気合を入れ、真剣なまなざしで俺に話しかけてきた。
「あ、あの前園くん。・・・この前は、ありがとう」
水島さんが俺にお礼を言ってくれた。
「お、おう・・・お礼を言われるなんて思ってなかったから、とてもうれしいよ」
「・・・うん。それから、せっかくお見舞いに来てくれたのに無視するようなことをしてしまって、本当にごめんなさい」
「そんなこといいって。水島さんも辛いことがあったわけだし、俺なんかに謝らなくてもいいよ」
「ううん。あの後お母さんにすごく怒られたの。それで私も反省して、前園くんとちゃんとお話ができるようになろうと、これから頑張ることにしたの」
「そ、そうなんだ・・・」
それから水島さんは突然席から立ち上がると緊張に震えながら、
「それでね、お母さんが学校に行ったら絶対すぐに言いなさいって言ってたんだけど・・・ゴクリッ・・・こ、こんな私ごときが図々しいと思うけど、前園くんさえよければ、私とお友達になってください・・・」
そして目を固くつぶって答えを待つ水島さんは、まるで好きな相手に告白する少女のようだった。もちろん俺が断る理由もなく、
「俺も女子の友達なんか初めてだし、俺なんかでよければ是非お願いします」
俺が女子と全く縁のないことはクラスの全員が知っているし、今更見栄を張っても仕方がないので、俺は小さくガッツポーズをとった。
「・・・え、うそっ! 本当にお母さんのいう通りになっちゃった。う、嬉しい・・・」
すると水島さんは緊張の糸が切れたように座席にへたり込み、俺たちの会話を固唾を飲んで見守っていたクラスメイトからは、大きな歓声と悲痛な悲鳴が同時に沸き起こった。
歓声は男子の野太い声ばかりであり、せっかく挨拶をしてくれるようになった女子は悲鳴を上げている。そして教室全体が騒然となり、兵衛先生が黒板を叩いて生徒たちを静かにさせようと躍起になる。
その時の俺は兵衛先生の方を向いたため、隣に座るアリスレーゼが俺の方を見ながら、寂しそうな表情を浮かべていたことに全く気がつかなかった。
都内某所にあるビルの一室で、藤間主任が報告書を携えて上司の席の前に立った。
「小野島室長、今日は報告が2つあります。1つ目はリッターと類似の思念波を使う例の集団の件で、彼らの戦闘データの分析が整いましたので報告します」
そう言って藤間主任は室長に書類一式を手渡し、概要を簡単に説明した。すると、
「今世間を騒がせているMEGA御武倫乱闘事件の時のデータだな。しかし藤間君が前園家に目をつけていたとは意外だな」
「室長は前園家をご存じだったのですか」
「ああ。煌流翔波拳の存在は知っていたが、ただのヨガスクールだったため特にマークはしていなかった。実はウチの妻がダイエットのために通っていて、かなり効果があると私も勧められているんだ」
「ダイエット・・・確かに門下生のほとんどは近所の主婦や会社員で、みんなヨガが目当てでした。ですがあの戦闘力は本物」
「それは分かっているのだがあの家は・・・いや待てよ、少し面白いことを思いついた。彼らの戦闘データを秘密裏に集めるため、一人戦闘員をつけてやろう。この前拾ってきた指名手配犯より使えるはずだ」
「鮫島はまだ思念波の扱いに慣れていませんが、かなりのポテンシャルを秘めています。ですが新たに戦闘員を配属していただけるのなら、必ず相応の成果を上げて見せます」
「期待しているぞ、藤間主任。それから2つ目の報告は例の件だな」
「はい。今回現れたリッターはかなり大規模な軍勢でしたが、研究所が開発した補助装置のおかげで、いつもより有利に戦いが進められました。その時、捕獲に成功したリッターの生体データがこちらになります」
藤間主任はもう一つの資料を小野島室長に提出する。それをパラパラとめくっていた室長は、あるページで手を止めた。そこには捕獲したリッターの外見をいろんな方向から撮影した写真が載っていた。
このリッターは、古めかしい甲冑に身を包んだ2メートル近い巨体を持つ男で、全身が筋肉質でありながらもその風貌は相撲の力士のようでもあった。
だがこのリッターの特徴はその頭部にこそあった。口元には大きな牙が2本生え、その大きな鼻は少し上向きになっていて鼻の穴が正面からでもよく見える。そして耳の形が人間とは異なり、先が尖っている。
何も知らない人がその顔だけを見れば、豚だという人が一定数はいるだろう。だが室長は写真を見てこのリッターの正体を口にした。
「オークか・・・かなりの怪力を持つ種族だが、よく生け捕りに成功したな」
「はい。リッターは殺してしまうとその遺体が消滅してしまうため、これまで検体を得ることが出来ませんでしたが、今回は我々の戦闘力も向上したため、少し無理はしましたが何とか生け捕ることができました」
「そのせいで再起不能になった戦闘員もいると聞くが、それでもこの検体を入手できたことは大きい。報告書は後でじっくり読ませていただくが、藤間主任は引き続き、前園家のデータ収集に力を入れてほしい」
「承知しました。では新しい戦闘員と合流し次第、前園家の監視に復帰します」
次回、新章スタート。
お楽しみに。
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