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クラスメイトは異世界王女  作者: くまっち
第1部 明稜学園編
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序章(後編)

(自分が生きていると侵略者のアレクシス王を利する未来しかなく、我が王家の再興を妨げることとなる。だからわたくしには、死ぬ以外に選択肢がない)


 自らの命を絶つ覚悟を決めたアリスレーゼは、姿勢を正して玉座に座り直した。


 そして二人の兄と祖父であり先生でもあった王国宰相ヴァリヤーグ公爵、王家親衛隊の騎士たちが見守る中、アリスリーゼは小瓶の蓋を開けて中の黒い液体を一気に飲み干した。


 なんとも言えない不気味な香りと苦い味の液体が喉を通った瞬間、アリスリーゼの身体を激痛が貫いた。


「うっ・・・」


 アリスレーゼは空になった小瓶を床に落とすと、両手で自分の胸元を苦しそうに押さえた。




 熱いっ!



 胸が張り裂けるように痛い。



 い、息ができない・・・。



 やっぱり死にたくなんかないっ!




 人生の最後を王女として気品高く、玉座に座ったまま静かに死のうと思っていたアリスレーゼだったが、あまりの苦痛に我慢できず床に倒れ伏してしまった。


 そして言われるがままに毒を仰いでしまったことをひどく後悔した。


「うあああ・・・あっ、あっ、ああああっ!」


 もがき苦しみ、床を転げまわるアリスレーゼ。


 胸の熱さと激痛が全身にまで伝わると、まるで生きたまま火あぶりの刑に処されるような鋭い激痛がアリスレーゼを襲った。


 一方、涙を流しながら助けを求める妹の姿に、これまで兄マクシミリアンの後ろに控えて終始無言を通してきたロベルト王子が、ついに我慢しきれずにヴァリヤーグ公爵に詰め寄った。


「おじい様! なぜアリスレーゼがこんなに苦しまねばならぬのだ! 次期女王たる妹には、もっと楽に死ねる毒を与えるべきであろう!」


 毒を飲んでからではもう遅いことは分かっているのだが、それでも可愛い妹が死の間際に悶え苦しんでいる姿にロベルトはどうしても耐えられなかった。だがそれはここにいる全ての者が同じ気持ちなのである。


 ヴァリヤーグ公爵はいつも自分を「おじい様」と呼ぶロベルトに公私をわきまえるよう注意していたが、今日ばかりはこの一本気な王子を愛おしく思った。


「よく聞くのだロベルト。この毒はただ命を奪うだけではなく、死してなお辱めを受けないようその遺体を炎で焼き尽くしてしまうものなのだ」


「炎で焼き尽くす・・・古より伝わる秘毒がまさかそのような恐ろしいものだったとは」


「神聖不可侵のティアローズ王家だからこそ必要な毒であり、まさにこのような時のためにご先祖様が用意して下さったのだろう」


「でもアリスレーゼがかわいそうじゃないか!」


 悔しそうに歯を食いしばって拳で床を殴りつけるロベルトに、ヴァリヤーグ公爵はさらに話を続ける。


「ロベルト・・・こういう言い伝えも残されている。この毒に焼かれた肉体は魂ごとこの世から消滅するが、その代償として必ず神の御許に召され、天国で幸せに暮らすことができると」


「必ず神の御許に召される・・・くそっ、そうとでも思わなければ、アリスレーゼのこんな最後などとても見ていられん!」


 即死することもできずにあらゆる苦痛を与えられ、大声を張り上げて悶え苦しむアリスレーゼ。


 最早助かる見込みのない彼女に、その苦しみさえも取ってやることもできないこの状況で、皆にできることは涙を流して彼女の冥福を祈ることだけだった。


 だかついに、最後の瞬間が訪れた。


 突然七色の炎が燃え上がると、アリスレーゼの身体全体を炎が包み込み、強烈な光と熱を発しながらその肉体を蒸発させた。


「アリスレーゼの身体が消えていく・・・」






 アリスレーゼは無限とも思える長い時間を激痛にさらされ、床を転げながら自分の運命を呪っていた。


 自分はただティアローズ王国のために良き女王になろうとしていただけなのに、なぜこんな悲惨な最後を迎えなければならないのか。


 痛い・・・苦しい・・・もう嫌だ!


 わたくしの人生はなんだったの? こんなことなら王女になんか生まれて来なければよかった・・・。


 神様お願いします。


 もう一度生まれ変われるのなら、今度は王女ではなく普通の貴族令嬢・・・いいえ平民の娘として、ごく平凡な人生を全うさせてください。


 心から愛する殿方と恋をして結婚がしたい。幸せな家庭を築いて子供を育てて、成人した後は夫と二人で静かな余生を暮らす、そんな平凡で穏やかな人生を送ってみたい。


 アリスレーゼがそう願って神に祈りを捧げた瞬間、彼女の全身を七色の炎が包み込んだ。それはこれまでで最も熱い、全てを燃やし尽くす煉獄の業火だった。


「ぎっ、ぎゃあああああっ!」


 彼女が最後に幸運だったのは、あまりの激痛で一瞬にして意識を喪失できたことだ。


 こうしてアリスレーゼ・ステラミリス・フィオ・ティアローズ第一王女殿下は、苦痛から解放されると同時に、この世界から完全に消滅した。






 謁見の間には沈黙が流れていた。


 さっきまで悲痛な叫び声を上げていたアリスレーゼが消滅し、まるで最初から彼女など存在しなかったように、着ていたドレスや宝飾品ごと全て燃え尽きてしまった。


 そんな妹の壮絶な最後を看取って、呆然としていたマクシミリアン王子は、ようやく我に帰ると王城から脱出すべく王族親衛隊に指示を出した。


 慌ただしく動き始めた彼らにあって、ただ一人ヴァリヤーグ公爵だけが玉座の横に立ったまま動こうとはしなかった。そんな公爵にマクシミリアン王子は、


「公爵も早く脱出の準備をしろ!」


 だが公爵は目をつぶって、静かに首を横に振った。


「私はここに残ります。王子達の脱出を確実にするため、敵軍に対してささやかな抵抗を試みましょう」


「そのための兵力を残していくつもりだが、指揮をするのは王国宰相であるそなたの役目ではない」


「残された騎士たちも命を懸けて戦うのです。ならば王族の端くれであるこの私が残らずして、誰が真面目に戦いましょうぞ」


「しかし我が国の知恵袋であり宰相のそなたが脱出しなければ、王家の再興が・・・」


「王家の再興は二人の王子にお任せします。国王陛下と王妃殿下が共に戦場で果て、たった今アリスレーゼ姫様まで亡くなられた今、側近である私があの世への道案内をせねば道理が立ちませぬ」


「公爵は死ぬつもりか。わかったヴァリヤーグ公爵、いやおじい様・・・父上と母上、そしてアリスレーゼのことをよろしくお願いします」


「ワシに任せておけ、マクシミリアン」


 こうして二人は最後にお互い目を合わせると、マクシミリアンは親衛隊を率いて謁見の間を後にした。




 その日の夜、マクシミリアンとロベルトは、ヴァリヤーグ公爵家を含む全ての王族と、それを守る諸侯の最精鋭部隊を率いて密かに王都を脱出した。


 そしてその二日後、王都を守る騎士団は壊滅し王都ティアローズは陥落した。


 王城に入ったアレクシス王は、アリスレーゼ王女を含むほとんどの王族が既に脱出していたことに腹を立て、地の果てまでも追跡するよう部下たちに命じる。


 そして領民にはティアローズ王家が民を捨て国から逃げ出したと喧伝し、そのスケープゴートとして王国宰相のヴァリヤーグ公爵の公開処刑を即日行った。


 ここにティアローズ王国は、滅亡した。









 大理石でできた白亜の神殿の最奥に「神の台座」と呼ばれる石室があり、そこに一人の女性が椅子に腰かけていた。


 全身から神々しい光を放ったその女性は、優しそうな瞳で台座に横たわる一人の少女を見つめていた。


「メレニウスの小瓶を使ったのね・・・さぞや苦しかったでしょう」


 その少女、アリスレーゼは着ていたドレスもそのままの状態で静かに眠っていた。目に涙を浮かべて軽く寝息を立てるアリスレーゼにその女性が話しかける。


「女性として平凡な人生を歩みたいというあなたの最後の願いは、確かに聞き入れました。私は古の契約に基づき、今からあなたを別の世界へと送り届けます。そこであなたは、新たな人生をスタートさせることになるでしょう。さあ、お行きなさいアリスレーゼ! 自分自身の手であなたの人生を取り戻すのです!」


 そう言うと女性は、大きな杖を振り上げて呪文を唱え始めた。そして柔らかな光がアリスレーゼを優しく包み込むと、彼女を次元の彼方へと連れ去った。




 アリスレーゼがいなくなり、再び一人になった女性は椅子に座りながら独り言をつぶやく。


「うふふっ、いよいよ運命の歯車が回り始めたわね。アリスレーゼ、あなたは平凡な人生を願ったかもしれないけど、王女であることを止めることはできない。だから頑張ってね、健闘を祈るわ」


 そして女性は微笑みながら、神の台座を後にした。

 次回から本編スタートです。お楽しみに。


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