第16話 断罪
翌朝の「MEGA御武倫」報道は新たな展開を見せていた。河川敷で起きた謎の暴力騒動として、事件性よりもセンセーショナルさが先行していたこの事件。昨日はワイドショーを中心に報じられていたが、今朝はニュース番組のトップの扱いになっていたのだ。
ニュースは冒頭、未成年者誘拐と売春あっせん容疑でMEGA御武倫リーダーの鮫島祐二に指名手配が出されたことを報じた。
普通はこのレベルの事件がトップで報じられることはないのだが、この事件に関連して捜査当局は、葛城健司市議会議員に対し特定産廃処理施設予定地に係る贈収賄容疑で逮捕状を請求するとともに、鮫島祐二がそれに関連して会社役員に対し恐喝、監禁を行った疑いがあるとし、こちらについても捜査を開始することが伝えられた。
そしてこの一連の事件は、内部の関係者からの通報で明らかになったものだと報じられ、葛城議員が鮫島を自らの後継者として厚遇し、半グレ集団「MEGA御武倫」を実質的にコントロールしていたこと、鮫島を含めた構成員全員が特定の反社会組織と深く関与し、現職議員と反社組織との黒い関係が社会的に問題であり公益保護の観点から内部告発に至ったと解説された。
またその内部関係者から提出されたと見られる証拠映像の一部が捜査当局から公開され、ある女子生徒を威圧的に脅迫したり、ブローカーに女子生徒を斡旋するシーンが、被害者を特定できないようモザイクがかけられてあったものの、それが繰り返し放送された。
アナウンサーはその映像に被せるような形で、捜査当局が逃げた鮫島の行方を追うとともに、葛城健司議員に対しては逮捕状を取り次第、自宅及び事務所の家宅捜索を行うものとしていると、コメントした。
「この映像って、アリスレーゼが爺さんと二人でコソコソ作ってたやつだよな」
「ええ。お爺様と一緒に、葛城真央だけでなく父親の葛城健司の記憶を収集するため、彼女の自宅近くに潜んでこれを作成していたのよ」
「マジかよ・・・」
この証拠映像は完全にアリスレーゼの捏造だけど、関係者の記憶を映像化したものだから限りなく真実に近いものだ。
しかも爺さんは自分の学校のイジメ問題を解決するために、葛城真央たちの後ろに控えている父親の記憶までアリスレーゼに探らせたのだ。
なんという徹底ぶり・・・。
その後報道は河川敷での乱闘を撮影した映像に切り替わり、アナウンサーは被害にあった女子生徒がウチの高校の生徒であったこと、この乱闘騒ぎが、新たな女子生徒を拉致されたことを知った学校関係者が、半グレ集団から命がけで救出した際に起こったものだと報じた。
「これって俺たちが河川敷で戦った時のやつだよな」
ニュースの映像は、俺たちが相手を一方的に殴り倒しているところが映っているが、俺の背中ばかり映っているところを見ると、実際にアリスレーゼが爺さんのスマホで撮影したものだろう。
映像はその後も、俺に向かって来るバイク数台が突然吹っ飛んで炎上するシーンとか、水島さんが乱暴を働かれそうなところを俺が鮫島を蹴り飛ばして助け出すシーンとか、俺の活躍ばかりが目立っていた。
「おいアリスレーゼ、俺ばかり撮らずに爺さんや師範代も撮れよ! 恥ずかしいじゃないか・・・」
「ですがミズキはわたくしを守るために、自分の背中に隠れているよう申していたではないの」
「それはそうなんだけど・・・」
だが映像はそこで突然切り替わり、ウチの高校との中継が繋がって、理事長である爺さんと母さんたち理事、校長、教頭が勢揃いしての記者会見が始まった。
そして爺さんは、イジメ問題への対処が不十分で今回のような騒動を起こしてしまったことを謝罪するとともに、今回の事件で被害にあって自主退学を余儀なくされた生徒を復帰させ、自宅学習を中心にできる限りのサポートを行うことを約束した。
また、今後このようなイジメが絶対発生しないよう内部体制を徹底的に見直し、学校を聖域化させず一般法令に準ずる形でイジメを行った生徒には厳格に対処することも約束した。
「何なんだよこの記者会見は・・・あまりに用意周到過ぎて、逆に怖いんだけど」
「お母様が朝早く家を出発されたのは、このためでしたのね。お爺様も毎日のように王都に出かけられていたようですし、きっと王宮の権力者との根回しをされていたのでしょう」
「王都ではなく東京だよ! それと王宮の権力者じゃなく、知り合いの政治家とか警察、マスコミあたりと入念に調整したんだよ、たぶん。それにしても爺さんを本気で怒らせると、現職議員が社会的に抹殺されるほど徹底的に報復されるのか・・・怖すぎだろ」
俺たちが学校に到着すると、正門ではテレビカメラの砲列がズラリと並び、レポーターがマイクを生徒たちに向けていた。それを学校関係者が必死に阻止しているところに俺たちが現れると、レポーターが一斉に俺を取り囲んだ。
「あなたが女子生徒を救い出した黒髪王子ですね! 一言お願いしますっ!」
「MEGA御武倫を素手で倒されていましたが、何か格闘技を身に着けていられるのでしょうか!」
「お隣にいる二人は、もしかして彼女さん? どちらとお付き合いされているのか是非答えてください!」
俺が何も答えられず、ただ呆然と立ち止まっていると、さらにどうでもいい質問ばかりが、マシンガンのように投げつけられてきた。
それを見た先生たちが俺をレポーターから引き離すと、やっとのことで学校の敷地に入ることができた。
校舎の中でも生徒たちから熱い声援を受けた俺たち3人は、揉みくちゃにされながらも、やっとのことで教室までたどり着いた。そして今度はクラスメイトたちから一斉に歓声が上がった。
もちろん葛城たちギャル集団は一人も登校しておらず、クラスメイトの中に俺たちを睨みつけてくるような生徒はもう一人もいない。
拍手喝采の中、俺が自分の席に座ると敦史がニヤニヤ笑いながら俺に話しかけてきた。
「よっ黒髪王子! ヒーローになった気分はどうだ」
「誰が黒髪王子だアホ! レポーターの奴らといい、適当なニックネームを勝手につけるなよ全く・・・」
「朝からやけに不機嫌だな。黒髪王子が気に入らないなら、俺じゃなくその辺の女子に文句を言えよ。そんなことより瑞貴、ネットが大変なことになってるぞ」
「ネット?」
「ああ。テレビでは全く触れられていなかったけど、ネットではイジメの犯人が実名で報じられてるんだ」
「実名ってマジかよ・・・」
「今回の事件は葛城健司の名前が出ていたから、葛城真央のグループ5人全員の名前は誰でも簡単に割り出せたんだよ。それにネットの場合、ニュースサイトと言っても個人サイトやアプリも色々あるから、いくら削除されても次から次へと詳しい情報がどんどん更新されて行くんだ」
「やっぱり、ネットは何でもありだな」
「ネットはたまに、無関係な人を犯罪者と勘違いして晒し者にしてしまうところがあるが、今回の事件はあの5人がやったことに間違いないし、ウチの学校の生徒たちからも、あの5人がやっていたイジメについて書き込んでいるヤツがいるみたいだ」
「水に落ちた犬を打てとか打つなとか、確かそんな諺があったな」
「そんなところだ。こちらの書き込みについては眉唾な情報が多い気もするが、あの5人はそれだけみんなから嫌われていたということだ。まあここまで実名が飛び交ってしまうと、葛城たちは一生レッテルを貼られて生きていくことになる」
「アイツらもまだ17歳なのに、残りの長い人生を棒に振ってしまったかも知れないな。だが被害生徒の人格と尊厳を蹂躙している時点で、俺は彼女たちに全く同情はできない」
葛城健司は朝のニュースで自分に逮捕状が請求されていることを知ると、議員会館の「先生」と連絡を取るよう秘書を急かしていた。
部屋のモニターには、自宅の周囲を警官とおぼしき人物が張り込んでいる映像が映っている。
「くそっ! いくらなんでも展開が急すぎる」
彼はこの最悪の事態を想定しそれを阻止するため「先生」のお力を借りようとしていたのだが、結局昨日は連絡が取れず、毎週早朝に議員会館で開かれる党の勉強会へ先生が出席されるため、既に議員会館にいるはずの第一秘書に電話をかけさせていたのだ。
そしてようやく電話がつながり、秘書から受話器を受け取った葛城は、電話の向こう側にいる第一秘書に自分の逮捕状が出ないよう裁判所に手を回して欲しいと訴えた。
だが電話の向こうからは、面倒くさそうに葛城の頼みを聞き流す第一秘書の声が聞こえる。
『あのね、葛城先生。我々が裁判所に圧力をかけられないことぐらい理解してもらわなければ困る。先生、あなたはやりすぎたんだよ』
「そこを何とか頼みます。私は党に長年尽くしてきた功労者であり、先生の選挙区の票の取りまとめもさせて頂いている。私が失職すれば先生も決して盤石とはいえないはず」
『それはご親切に。だがそんなことをイチイチ先生にご心配いただかなくても結構です。先生の後任はすでに目星がついているのですから』
「私の後任だと? そんな者は県連に一人もいないはず。まさか役人を私の後釜に据えようとしても、この古いしがらみだらけの選挙区で上手く票を取り仕切ることなんて絶対に無理だ」
『まあどうせすぐに分かることだし特別に教えてあげてもいいですが、葛城先生の失職後は後任として前園隼人君を推すことに決まりました。おそらく葛城先生もよくご存じだと思いますが、ウチの先生の後援会の重鎮で明稜学園の理事長、前園克己氏のご長男だ』
「前園・・・まさかっ!」
『昨日、克己氏がこちらに見えられて、先生と今後についてご相談されたのだ。その中で今後の県連についても議論が交わされこのような人事に決まりました。だから葛城先生は党のことなどご心配にならず、自分の犯した罪をしっかり償ってきていただきたい』
「そんな・・・私を切るなんてあんまりだ!」
『それでは私も忙しいので、ここで電話を切らしていただく』
「あ、ちょっと待って・・・・」
一方的に電話を切られた葛城は、再び電話をかけなおしたもののその後先方につながることはなかった。
たった一つの助け舟を失った葛城は、絶望的なこの状況にただうわ言を呟くばかりだった。
「政治には金がかかるんだし、この程度のことは誰だってやっている。所詮はバレるかバレないか、組織が守ってくれるかくれないかの違いでしかないのに、結局私は金だけ吸い取られて組織に使い捨てられたか」
ほんの数日前まで自分がこんな事態に陥ることなど夢にも思わなかった葛城は、一瞬で社会的地位を失ってしまったことに愕然とした。
もしこのまま有罪判決が出て刑務所に収監されてしまえば、当然政治家としての道は断たれる上に、選挙資金として銀行から借りていた借金の担保として、この家屋敷も失ってしまい、出所後の自分には何も残らないだろう。おそらく家族も・・・。
葛城はあまりの絶望に最早立ち上がることすらできず、逮捕状を取った警官に身柄を拘束されるのを待つばかり・・・のはずだったが、ここでさらなる想定外の事態が発生し、彼にトドメを刺すこととなる。
その頃、葛城家のリビングではカーテンを閉めきって恐怖に怯える葛城真央と、その母親がテーブルに向かい合わせで座っていた。
朝のニュースでは自分たちの起こした事件がかなり詳細に報じられており、真央はとても見ていられなくなりテレビを消してしまったのだ。
まだ逮捕はされてないものの、連日の事情聴取に精神的に参っていた真央は、いよいよ事件が報道される段階になったことを実感してパニックに陥っていた。
そんな完全に追い詰められていた娘に対し、母親は冷たくその言葉を告げた。
「真央、私はこの家を出て行きます」
「出ていくって、どこに行くのよママ」
「もちろんあの人と離婚して、実家に帰るんです」
「だったら、あーしも連れてって! どうせ学校は退学になるに決まってるし、あーしのことを誰も知らない所に逃げたいの」
「何を言っているの。あなたなんか連れていくわけないでしょ」
「・・・どうして」
「ここから逃げ出したいのは私の方よ。それなのにあなたなんか連れて帰ったら、事件の関係者だってバレてしまうじゃない! あなたたち犯罪者なんかとは、もう関わりたくないの!」
「あーしを犯罪者って・・・ママひどい!」
「うるさいわね・・・あの人と離婚した後、あなたの親権は放棄します。もちろん、あなたに傷つけられた被害者から損害賠償を請求されるかもしれませんが、弁護士にお願いしてあの人の財産から賠償するようにいたします。そのぐらいの費用は私の実家が出してくれるはずですし、これできっぱりとあなたたちとは縁を切らせていただきます」
「イヤよママ! あーしも連れてって!」
「それは絶対に無理ね。私の実家はこれでも由緒正しい名家で、犯罪者を匿うようなことなどお父様が許しません。それにあなたには彼氏の鮫島がいるんだし、彼に一生養ってもらえばいいでしょ。犯罪者同士お似合いのカップルじゃない」
「一生って・・・そんなの絶対無理よ。だって彼は私を置いて何処かへいなくなっちゃったし、あーしを見捨てて一人で警察から逃げきるつもりよ。それにネットではあーしの実名がさらされちゃってるし、たった一人で生きていけるわけがない。お願いだからあーしを助けてよママ・・・」
「嫌よ! もう私を巻き込まないで! あの人と結婚したことも、あなたを産んだことも全部間違いだったわ。私には私の人生があるんだから、もうこれ以上足を引っ張らないで!」
「ママ・・・」
そうして母親はそのままテーブルを立つと、荷造りをするために自室に戻ろうとした。
だが、顔面を蒼白にさせた真央がキッチンから包丁を取り出すと、ふらふらと母親の後を追いかけてその背後から彼女を刺した。
母親の悲鳴に、自宅周辺に張り込んでいた警官たちが慌てて葛城邸に突入し、真央は殺人未遂の現行犯で逮捕。健司もそのまま警察に事情聴取を受ける形で、連行されて行った。
次回、第1章のエピローグです。
お楽しみに。
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