第15話 騒動の翌日
翌朝のワイドショーは半グレ集団「MEGA御武倫」のニュースで一色だった。
夜の河川敷で起こった謎の暴力事件と、一夜にして壊滅に追い込まれたMEGA御武倫。テレビの中継では、荒れ果てた河川敷と横倒しになって散乱したバイクの残骸が映し出されており、昨夜の戦いの激しさを物語っていた。
テレビでは相手については報じられておらず、他の組織との抗争ではないかとされながらも、この集団が起こしてきた過去の事件の数々や暴力団とのつながりなど、コメンテーターが憶測を交えながら深刻そうな表情で解説を加えていた。
特に事件のあった自治体では、産廃施設の利権をめぐってある市会議員とこの集団が暗躍をしていたとの黒い噂にも触れられ、これまで週刊誌しか報じてこなかった内容を後追いする形で紹介されていた。
その日の放課後、俺は補習仲間を連れて水島さんが入院する病院に見舞いに訪れた。ベッドに横たわった水島さんの隣には両親がつきっきりで看病しており、俺たちの来訪に気づくと母親がすぐに立ち上がった。
「前園先生からは注意されていたのに、私がうっかりこの子にお使いを頼んでしまい、まさか暴力団に拉致されてしまうなんて。娘には申し訳ないことをしたと反省していますが、皆さんや先生方には危ない所を助けて頂き感謝の言葉もありません」
そう言うと、両親ともども俺たちに頭を下げた。
その水島さんは、目を覚ましてはいたものの気持ちが沈んでいて元気もなく、俺と目が合ってもすぐに目をそらしてしまった。
「怪我の具合は大丈夫か、水島さん」
俺は彼女を元気づけようと明るく声をかけたが、俺の問いかけには何も答えてくれず、悲しそうにため息をつくと俺の隣にいるアリスレーゼに話し始めた。
「骨は折れてなかったから全治3週間ぐらいだって言われたんだけど、少し傷跡が残るかもしれないって」
暗い表情の水島さんに、アリスレーゼもあえて微笑んで見せ、
「かなでさんがひどい怪我を負わずに済んで、本当によかったと思ってます。元気を出してくださいませ」
「・・・ありがとう、私なんかを心配してくれて」
そして敦史たち男子生徒も、水島さんを元気づけようと今日の学校の様子を伝える。
昼休みには緊急の全校集会が開かれ、校長先生から一部女生徒たちによるイジメの存在が明らかにされ、その対策が後手後手に回って大きな騒動に発展してしまったことを全校生徒に謝罪し、全面解決に向けて学校側が本気で対策を講じることが約束された。
葛城グループの5人は昨夜の乱闘騒ぎの後そのまま警察に補導され、少くとも事情聴取が終わるまでは、登校停止処分が決まったこと。
一部マスコミがMEGA御武倫の乱闘事件とウチの学校のイジメ問題が絡んでいることを掴み、取材陣が学校に押し掛け始めたことなども話した。
水島さんはまだ葛城たちに対する恐怖が拭い去れないのか時折表情を強張らせながら話を聞いていたが、今回のイジメ問題が解決に向かっていると知ると少しずつ表情が穏やかになって行った。
「あまりここに長居しても水島さんの身体に障るし、そろそろ帰るか」
俺がそう言うと、水島の両親が改めて俺たちに今回の騒動を起こしたことに謝罪するが、
「悪いのは水島さんやご両親ではなく、葛城たち女子グループとその裏にいた半グレ集団です。ヤツラには必ず報いを受けさせますので俺たちを信じてもう少し待っていてください」
「ありがとう前園くん、そしてみなさん」
前園くんたちが病室から去った後、お父さんがトイレに行っている間に、お母さんが私にささやいた。
「かなでの初恋相手の前園くん、ちょっとカッコ良過ぎじゃない。あれはさすがに手が届かないでしょ」
「それはもちろん分かってるし・・・それに私の初恋はもう終わっちゃったから」
「かなで・・・」
「前園くんはもともと私とは釣り合いが取れないし、それでも偶然席が近くになったから、自分を少しでもよく見せようと必死にアピールしてたの」
「今年になって、髪型も少し変えてみたものね」
「うん。でも私が葛城さんにいじめられているところを前園に見られた上に、昨日は私が乱暴されているところまで見られたし、葛城さんたちに恥ずかしい写真をたくさん撮られちゃった」
「そのことなら、前園くんたちがスマホを全て回収して警察に渡したって言ってたし、クラウドにアップされた画像の削除依頼は私がちゃんとしておいたわよ」
「本当? そ、それでも私のみっともない姿を全部見られちゃったのよ・・・」
「でもお母さんには、前園くんがそんなことでかなでのことを嫌ったりする男の子には見えなかったけど」
「・・・そっかな」
「そうよ。正直言って前園くんがかなでの恋人になってくれるとは全く思わないけど、せっかく助けてくれたのにさっきみたいな態度は絶対にやめなさい」
「・・・ごめんなさい」
「私に謝っても仕方ないでしょ。今度前園くんにあった時に、助けてもらったお礼をちゃんとして、お友達にしてもらいなさい」
「前園くんのお友達なんて、私ごときが恐れ多いんだけど・・・退院したらもう少し頑張ってみようかな」
「そうよ。だから頑張って早く治しましょうね」
病院からの帰り道、俺は隣を歩く敦史になんとなく尋ねてみた。
「昨日水島さんを助けた時、俺に少し打ち解けてくれた気がしたんだが、今日の水島さんはいつもの状態に戻っていたよ。敦史たちは同じ補習組だから俺と違って普通に会話ができているのに、やっぱり俺って女子に人気がないんだな・・・」
「瑞貴、お前って本物のバカなのか」
「え?」
「い、いや、何でもない・・・」
敦史が急に口ごもって目をそらしたが、後ろを振り向くと、愛梨がもの凄い形相で敦史を睨んでいた。
「おい愛梨、何だよその目は」
なぜか敦史に怒っているようだったが、俺の方に向き直ると突然変なことを尋ねてきた。
「・・・お兄に念のために確認するけど、もしかして水島さんのことを好きになったとか?」
「いや、そう言うんじゃなくて、彼女を見てると俺と水島さんって似た者同士なんじゃないかと思って」
「似た者同士って・・・え? お兄と水島さんが? どこが似てるのよっ!」
「だってそうだろ。俺も水島さんもお互いに異性とは無縁に生きて来たし、何かきっかけがあれば俺たちはきっと仲のいい友達になれると思うんだ」
「それはお兄の勘違いだよ!」
「勘違い? まあ確かに、水島さんは可愛いからそのうち誰かと付き合うことになると思うけど、俺の初めての女子友達になってくれるんじゃないかとちょっと期待してたんだ。でもそうか俺の勘違いだったか」
その瞬間、愛梨の顔が真っ青になって何も言わなくなると、俺以外の男子全員をアゴで呼び寄せて愛梨の周りに円陣を組み始めた。
何をやってるんだ、アイツらは・・・
仕方なく俺は、ぽつんと一人取り残されたアリスレーゼに話しかける。
「そう言えば爺さんと取り組んでたイジメ対策って、どうなってるんだ」
「アレはすでに完成して、後はお爺様たちにお任せしています」
「じゃあ今日は久しぶりに道場で鍛錬でもするか」
「ええそうね。ミズキはマナのコントロールがかなり上達していたし、わたくしも負けてられませんね」
「よし、そうと決まれば愛梨たちを置いて先に道場に行こう」
「フフッ、愛梨ちゃんたちは時間がかかりそうだからその方がよさそうね。・・・ところでミズキ、さっき愛梨ちゃんと話していたかなでさんとのことだけど」
「え、アリスレーゼまでどうしたんだ?」
「もしかなでさんがミズキのことを・・・いいえ、なんでもないわ」
男子たちの円陣の中央に立った愛梨は、手下どもに向けて作戦の確認を行った。
「マズいじゃないみんな。お兄が水島さんなんかに興味を示し始めたんだけど!」
すると敦史も意外そうな表情で愛梨に答える。
「まさかアイツが水島なんかに興味を持っていたとは正直驚いたな。しかもかわいいって言ってやがった。俺達には愛梨ちゃんやアリスレーゼ様の方が断然魅力的なんだが」
「そ、そうよね。私は当然として、お姉ちゃんの方が水島さんより断然上だよね。それはそれで困るけど」
「普通はいくら美人でも姉妹には絶対に行かないし、水島もちゃんとすれば、もう少しかわいくはなると思うけど、もし瑞貴の奴が動くとすれば、神宮路さやかあたりが危ないと俺たちは睨んでいたんだよ」
「あの生徒会役員の女は2年A組で一番の美人だし、最も危険な猛獣だよね。でもそこは抜かりないよね」
「もちろんだよ。俺たち男子陣の総力を上げて、二人の接触を阻止してるから」
「じゃあ引き続きそこはお願いね。話は変わるけど、お兄がいつも敦史と靴箱で会うって不思議がってたんだけど、アレってどうにかならないの」
「だって愛梨ちゃん、俺があそこで見張ってないと、隙あらばラブレターを靴箱に放り込もうとする猛者どもが山のようにいるんだよ。俺もそろそろ限界だし、靴箱の見張りは他のヤツに交代してくれよ」
「うーん、それもそうか。じゃあラブレター処分係は来週からは交代制にしよう。とにかくお兄に女子を近づけないよう、これからもキリキリ働くのよ。わかったわね野郎ども!」
「「「イエス、マム!」」」
葛城健司は自宅に設置した議員事務所の椅子に座りながら、警察の事情聴取から帰って来た娘の真央を呼び出して、騒動を起こしたことに激怒していた。
「このバカもんが! 去年も同じような騒動を起こして、その火消しをするために一体どれだけ金がかかったと思ってるんだ!」
「だってパパ・・・祐二がお金が足りないっていうから仕方なかったのよ。じゃあパパが祐二にお金を貸してあげたらいいじゃない」
「アイツにはかなりの大金を掴ませている。何に使っているのか知らんが、これ以上はダメだ」
「だったらパパは余計な口を挟まないで。祐二は何かノルマがあって、若い女の子の数を揃えなくちゃならないって、いつもボヤいてたから・・・」
「若い女って・・・アイツ、まだ奴らと手を切ってなかったのか。ただでさえ産廃処理場の問題で周りがごたついている時に、余計なトラブルばかり抱え込んできやがって・・・そろそろアイツを切るか」
「ダメよパパ! 祐二は私と結婚するんだから。パパだって祐二のことを気に入ってくれてたじゃない」
「アレはワシの勘違いだった。いずれにせよ、今回の件は早く火を消さないとマズい・・・おい、先生にご相談に行くからすぐにアポを取れ」
葛城健司は、入口に控えていた秘書に命じた。
「わかりました、「先生」でいいんですね」
「ああ「先生」だ。名前を口に出すんじゃないぞ」
「承知しております」
午後の鍛錬が終わって、本宅で夕食をとるため広間に集まった俺たち。
夕飯は既に並べられていたが、爺さんがもうすぐ帰ってくるようでそれまで待つことになった。すると隣に座るアリスレーゼが俺に、
「ねえミズキ、かなでさんことをあなたが憎からず思っている件について考えたのですが、わたくしも誰か特定の殿方との婚約を進めた方がよろしいのかしら」
「ブーーッ!」
アリスレーゼのその言葉に、俺はお茶を思わず吹き出した。
「なんでいきなりそうなるんだよ!」
「だってわたくしはもう王女ではないし、国のために結婚相手を決められることはなくなったの。わたくしは平民の女性として、自分で相手を探さなくてはならないのです」
「それはそうかも知れないが、何もそんなに急がなくても」
「ですが、この日本ではわたくしたちの年齢で既に特定の相手を見つけている者たちがたくさんおります。ミズキも早く恋人が欲しいと思っているのでは」
「それはそうだけどアリスレーゼはまだ早いと思う」
「・・・なぜそう思うのですか」
「それは・・・」
なぜだか分からないがアリスレーゼが特定の相手と楽しそうに並んで歩く姿に、俺はモヤモヤとした気持ちを抱いてしまった。
そんな俺の目をまっすぐに見つめて俺の答えを待つアリスレーゼと、そんな俺たちのやり取りを真っ青な顔で見つめる愛梨。
その時ふすまが盛大に開き、爺さんが広間に入って来た。
「みんな揃ってたか。いよいよ明日、このイジメ問題が大きく動くぞ」
「すると爺さんの作戦がうまく行きそうなのか」
「ああ、ド派手にぶちかましてやったわい。まあ結果は明日のお楽しみじゃな」
次回、断罪。お楽しみに。
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