第14話 常識を超えた戦い
気がつくと俺は、高架下のコンクリートの上に横たわっていた。
「いつつつ・・・一体、何が起こった?」
確かいつものように、陰キャ女の心をへし折って、俺たちの言いなりになるよう「しつけ」を行っていたはずだが、なぜか俺はここに転がっていた。
起き上がろうとすると頭がガンガンするし、耳元辺りから血が出ているところを見ると、俺は誰かに蹴り飛ばされたのか・・・て言うか、やけに騒々しいな。
霞んだ目をこすって周りを見渡すと、俺の仲間たちが知らねえ野郎にボコボコにやられていた。
「アイツらがまさか・・・一体どうなってやがる」
アイツらも相当なワルで、ケンカもメチャクチャ強いはずなのに、謎の野郎の強さがケタ外れというか、動きが全く見えねえ。
「おいおい、あっという間に全員ヤられちまったぞ」
やべえ、何者なんだアイツ・・・。ムカつくけど、ここは一旦逃げておくのが正解か。真央のやつを置いて行くことにはなるが、あいつは俺にベタぼれだし、後で詫びれば許してくれるはず。
俺は誰にも気づかれないよう、その場からこっそりと逃げ出した。
前園家本宅をマークしていた俺は、自宅とは違う方向に走り出した前園エカテリーナが運転するワゴン車の後を追って、この河川敷までやって来た。
車が突然止まって中から飛び出した前園家の当主・前園卓克とその二人の孫、そして煌流翔波拳の兵衛師範代の4人が、川原に集まっていた有名な半グレ集団「MEGA御武倫」を相手に大立ち回りを始めた。
戦いの理由は分からないが、この千載一遇のチャンスに俺は高感度カメラを回してその戦いの一部始終を観察した。
「前園家は思念波の存在を知っており、それを実戦に利用している。それも我々と同じものではなく「リッター」と同種かそれと類似するタイプのものだ。この画像を持ち帰って解析すれば、煌流翔波拳や前園家の秘密が分かるかも知れん」
男はカメラを車にしまい、組織に報告するためこの場を立ち去ろうとしたその時、半グレ集団の一人がこちらに向かって逃げて来るのを見つけた。
「・・・あいつはリーダーの鮫島。チームが前園家に壊滅させられ自分一人だけ逃げ出そうという魂胆か。やはりクズは所詮クズ・・・いや待て、面白いことを思いついたぞ」
男は何を思ったのか、逃げようとする鮫島の前に立ちはだかる。突然行く手を阻まれた冴島は、男を睨み付けてすごんで見せた。
「おらあっ! そこをどけよオッサン、殺すぞ!」
「まあまあ、そういきり立つなよ鮫島」
「何っ! お前なぜ俺様の名前を・・・」
「そりゃあお前は裏の世界では有名人だし、知ってるやつは知ってるさ。だからたった4人に「MEGA御武倫」が壊滅させられた今、この世界にお前の居場所はない」
「ちょっと待てよ、おい! たった4人に俺のチームが壊滅させられたって言ったよな。俺たちは30人以上いるんだぞ。それがまさか・・・」
「おいおい、お前はそんなことも確認しないで仲間を見捨てて逃げて来たのかよ。俺はお前たちの戦いをここから一部始終見ていたんだが、お前の自慢のチームはたった4人にいとも簡単に壊滅させられたよ。ちゃんとビデオにも撮っておいたから、後でデータを送ってやろうか?」
「いっ、いらねえよ! だがウチはかなり強ええ奴らが揃ってたはずなのに、何者なんだその4人てのは」
「煌流翔波拳の使い手、前園一家だ」
「・・・何だそれ? 聞いたことねえ拳法だな。だが前園って言やあ確か」
「そうだ。お前さんもよく知っている私立明稜学園の経営者一族だ」
「やはり真央の学校の関係者か。その「何とか拳」ってそんなに強ええのか」
「それを確かめるために俺はここにいる。どうだ鮫島、力を貸してやるからあいつらと戦ってみないか」
「・・・力を貸すってどうするんだよ」
「これを使って見ろ」
男は懐から金属製のスティックを取り出すと、鮫島に手渡した。
「これは思念波という人間の隠された能力を引き出す武器だ。これを握りながら・・・うーん、そうだな、少年マンガの主人公になったつもりで戦えば、そいつがそれを認識していい感じの必殺技が飛び出すはず」
「・・・ふっ、ふざけんなてめえっ! そんなバカなものがあるはずねえだろが! ぶち殺すぞ!」
「ふざけてなんかいないさ。では試しに何か必殺技を出してみるんだな」
「んだとこらあ! ・・・よしわかった。もし俺をバカにするためのウソだったら絶対お前を殺すからな」
「ああ、好きにするがいいさ」
鮫島は憮然としながらもスティックを握り締めて、あるイメージを頭に思い浮かべた。すると上空に白い光点が突然現れ、それが徐々に大きくなっていった。
「な、な、な、何だあれはっ!」
鮫島が男に尋ねるが、男は両手を広げて、
「そんなの俺が知るわけないだろ」
「んだと、こらあっ!」
「あれはお前が作り出したものなんだから、俺は知らないという意味だ。逆に聞くが、あれは何だ?」
「あれが俺が作り出したもの? ・・・ってことは、あれは本物の元〇玉なのか」
「元〇玉? ・・・ああそういうことか。あれを見て分かるように、頭でイメージした攻撃がこのスティックを使えば現実で使えるようになる。もちろんお前の隠された能力を引き出すだけなので、マンガと同じレベルの破壊力は望めないし、手足をゴムのように伸ばしたり変形したりすることもできない。それでも普通の人間の攻撃よりは遥かに強力だろう」
「マジか・・・スゲーなこれ。よーし、これでさっきのいけ好かない野郎をぶちのめしてやるか」
そう言うと鮫島は再び高架下に駆け降りていった。
そして残された男はニヤリと笑みを浮かべて、再びビデオカメラを回し始めた。
葛城たち全員をロープで縛ってさっきの場所に拘束し、怪我で歩けなくなった水島さんを背中に背負い、爺さんたちとの合流を果たす。
アリスレーゼは少し離れた場所から水島さんを救出する場面をスマホで録画していたが、今は俺のすぐ後ろを付いて来ている。
「瑞貴、水島さんを無事助け出せたようじゃな」
「ああ。だけど水島さんはアイツらに酷い暴力を振るわれた後で、怪我で歩けないんだ」
「それは大変だ。顔も真っ赤で熱っぽいし、すぐ病院に連れて行こう。師範代、救急車を呼べ」
「了解です代表。じゃあ水島、こちらに来なさい」
「あ、あれ? 兵衛先生も私を助けに来てくれたんですか。でも理事長が今、先生のことを師範代って言いませんでしたか?」
水島さんは毎日本宅に来ていたのに、担任の兵衛先生がウチの師範代であることを知らなかったようだ。
「そんなことはいいから、早く来なさい」
「・・・はあい」
助かったはずなのに、なぜかガッカリした表情の水島さんを背中から降ろして師範代に預けた時、俺たちの頭上で謎の光点が輝き出した。
「何だ・・・あれは気じゃないのか? 爺さんにはあれが何かわかるか」
「むっ・・・あれはまさしく気そのものじゃ。最近、気功術の使い手が辺りに潜んでいたのはワシも気になっていたが、あれはそいつの仕業かもしれん。だがあんな上空に気を発生させる技などワシは知らん」
「爺さんでも知らない技の使い手か。おい爺さん、あの光点がどんどん大きくなっていくぞ」
地面から沸き上がった気の奔流が上空へ立ち上り、光点をどんどん大きくしていく。爺さんは知らないと言っていたが、この気の流れはあの時感じたものにそっくりだ。そう、イタリアンレストランでアリスレーゼが初めて魔法を使った時と同じ感覚だ。
俺はアリスレーゼに目を移すと、彼女は上空の光点を見つめながら俺たちに向けてこう言った。
「先ほどわたくしたちが使用した「マナキャノン」と同じもののように感じますが、それ以上に何か嫌な予感もします。一か所に固まっていては危険ですので、すぐに散開しましょう」
アリスレーゼの言葉に黙って頷いた俺たちは、即座にバラバラの方向に散った。俺はアリスレーゼが心配だったが、今はこの謎の攻撃を回避して、敵の正体を見破るのが先だ。
俺はみんなとは違う方向に走りながら上空の光点の様子を警戒していると、それがゆっくりと降下し始めこちらに近付いてきた。
「かなり強い気だが、あの程度の速度ならまず当たることはない」
落下地点から離れるため、光点から遠ざかる方向に速度を上げた。だが光点との距離が離れるどころか徐々に縮まっているように感じる。それは走る方向を変えてみても、その感覚は変わらなかった。
「どういうことだ・・・まさか俺を追いかけている」
後ろを見ると、かなりの大きさにまで成長した光球がさらに速度を増して俺の方に接近している。その時俺の頭の中にアリスレーゼの声が響いた。
『ミズキ聞いて。そのマナキャノンはあなたを追いかけています。おそらく逃げ切ることはできないので、今からわたくしが教える魔法で防ぎなさい』
この声・・・、アリスレーゼの魔法の一つで思考を相手に送ることができる【ファントム】か。
だとしたらアリスレーゼは今【マインド・リーディング】で俺の思考も読んでいるはず。
だったら、こうすれば会話が可能かな。
『わかったよアリスレーゼ。早く詠唱を頼む』
『わたくしの魔法をよく理解しているわね、さすがミズキよ。詠唱の件、了解したわ』
それから間もなく、アリスレーゼの詠唱が音声の形で頭の中に流れて来た。早速走りながらその復唱を始めた時、だが俺の行く手に男が立ちふさがった。
手に金属の棒のような物を握り締めたその男は、水島に乱暴を働こうとしていたアイツだった。
頭のイカれた葛城の彼氏・・・。高架下からいつの間にかいなくなっていたが、突然目の前に現れ、俺に向かって大声で叫んでいる。
「こらぁ前園ーっ! よくも俺の仲間を襲撃しやがったな! 元〇玉でも食らって死ね!」
元○玉・・・俺を追いかけてくる光弾のことか。
アイツがどうやって元○玉を出せたのかは知らないが、もし本物なら、敵に命中するまで追尾を止めない厄介な攻撃だ。
だがアリスレーゼはそれを見越して、対抗魔法を俺に教えてくれているはず。
ここは彼女を信じて、この魔法に賭ける!
詠唱が完了し、俺の頭の中にアリスレーゼから魔法発動のキーワードが伝えられる。俺は即座にそれを発声した。
【無属性魔法・マナストレージ】
アリスレーゼの指示に従い、俺は足を止めると背後から迫る元〇玉を真正面から受け止めた。俺の周りを取り囲む無数の小さな魔法陣が高速回転を始めると、直撃した巨大な光球が魔方陣に削り取られて元の微粒子へと還元し、俺の体内へと取り込まれていった。
ドクンッ! ドクンッ!
心臓が大きく脈動し、これまでに感じたことのないほど巨大な気が俺の身体を循環しているのが分かる。
身体が熱い・・・。
四散したマナが全て吸収されたのを感じると、俺は葛城の彼氏に向かって走り出した。すると彼氏は驚愕の表情を浮かべながらも、次の攻撃を仕掛けて来た。
深く腰を落として両手を前に突き出し、大気中のマナが集まって来て新たな光球を形作って行く。
それはまさに、さっき俺が発動させたマナキャノンにそっくりだった。
その時、俺の頭の中にマナキャノンの呪文が流れ始めた。どうやらアリスレーゼは、俺とアイツのマナキャノンの撃ち合いを望んでいるようだ。
「いいだろう、やってやるよ!」
そして互いの前に、青と黄色の光球が輝きだした。勝負だっ!
「かめ〇め波ーっ!」
【無属性魔法・マナキャノン】
高速で放たれた二つの光弾が俺たちのちょうど中央で衝突し、そこではじけてマナが四散する。その輝きに一瞬視力を失うが、俺は間髪を入れずに詠唱を始めて次弾の発射準備を行う。
縦横無尽に駆けまわりながらマナキャノンの速射を続けることで、葛城の彼氏を確実に追い込む。
この無尽蔵のマナがあれば、行ける!
二人の戦いを離れた場所から見ていたアリスレーゼは、徐々に敵を圧倒していく瑞貴の強さと潜在能力の高さに改めて衝撃を受けた。
「敵の能力はまだ未知数ですが、敵からは魔力そのものの強さをそれほど感じません。やはりミズキはこの世界においても別格・・・」
これまでの戦いで消耗したマナを少しでも補給できればと思い、わたくしは【マナストレージ】を教えたのですが、敵が大地から引き出した強大なマナをミズキは全て自分の体内に取り込んでしまい、しかも自由自在に使っている。
「これほどの才能の持ち主は、ティアローズの王族の中を探してもまずいないわね」
単純な強さではまだお兄様たちには及ばないけど、潜在能力なら完全に二人を上回っている。
少くともわたくしの王配候補だった分家の王子とは比べ物にならないし、この戦いの最中でも常にわたくしの身を心配してくれる優しさはお兄様たちそっくり・・・いいえ、それ以上かも。
もしもミズキがティアローズ王国に生を受けていたならば、わたくしは間違いなくミズキを夫として迎え入れていたでしょうね。
そしたら二人で・・・。
「なっ、何を考えているのかしら! わたくしはもう王女でもないのに、何てハレンチな想像を・・・」
元〇玉を使って一撃で相手を倒せる自信のあった鮫島だったが、かめ〇め波の撃ち合いというまさかの展開になり、河川敷が見るも無残に破壊されていく。
その破壊力にわが目を疑い、戦いの当初こそ新たに得た能力に酔いしれていたものの、どれだけ戦っても相手が自分を上回り、あっという間に追い込まれてしまった今の状況が全く信じられなかった。
「バカな、バカな、バカなっ! あいつはどうしてこんな非常識なバトルを平然とこなし、しかも俺を圧倒できてるんだよ!」
こんな人間離れした超バトルに、従来のような腕っぷしなんか通用しない。しかもアイツは俺の仲間を瞬殺した拳法の使い手。
アイツに勝つためにはこの金属棒に頼らざるを得ないのだが、俺の限界が訪れたというか、もうこれ以上かめ〇め波は出せねえ。
だが目の前のアイツは全く疲れを知らないらしく、攻撃のパワーも速度もどんどん上昇している。
「化け物かよ・・・」
ここが限界と悟った鮫島は、最後の一撃を放った。
「太陽〇っ!」
その瞬間、辺りは目もくらむような閃光に包まれると、その隙に鮫島は戦いから逃げ出した。
戦いの記録を全て映像におさめた若い男は、車の運転席で緊急連絡を受けていた。
「藤間主任、FE36-07地点にリッター出現。至急現場に急行してください」
「ここから近いな・・・分かった、すぐに向かおう」
藤間主任と呼ばれたその男は、すぐに車を走らせると堤防沿いをさらに上流へ向かった。怒りに震えて、瑞貴への復讐を心に誓う鮫島を後部座席に乗せて。
「クソッ! アイツ絶対に殺してやる・・・」
次回、戦いから一夜明け、イジメ問題の解決に向けた作戦が動き出す。
お楽しみに。
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