第13話 気功術と魔術
練り上げた気を目、耳、四肢、体幹に割り振る。
キーーーーーンッ・・・・。
迫りくる男たちの速度が急激に落ち、世界がコマ送りのようにゆっくりと流れていく。
耳に聞こえる音が指向性を持ち始め、すぐ目の前まで到達した相手の息遣いがうるさい。背後に耳を澄ませると、アリスレーゼが詠唱を始めており何かの魔法を発動するようだ。
彼女の存在を背中でしっかり感じ取りながら、俺は目の前の男に集中する。20歳前後のその男は、右手に持った角材を握り締めると、俺の頭をめがけて力いっぱいに振り下ろした。
バギャッ!
だが俺の目は、男の動きも角材の軌道もハッキリと捉えており、うっすら青く光る左手でその角材に触れると、真ん中から先が粉々に粉砕した。
「なっ、何だとっ!」
右手に残った角材の残骸を驚愕の表情を見る男が、勢い余ってバランスを崩している隙に、アリスレーゼが掲げるスマホに届くよう俺は明確に発声した。
「現在時刻は21時34分。既に警察に通報済みの女子高校生拉致事件ですが、事件の当事者と思われる約20名の男たちの一人から角材による攻撃を頭部に受けそうになったため、自己及び同級生の生命及び身体の防護のため、やむを得ず素手での反撃を開始します」
そして次の瞬間には、体勢を立て直して再び俺に向かってこようとする男の右腕に対し、もう一度青く輝く左の拳で一撃を与えた。
ボキッ・・・
「ぎゃーーーーっ!」
鈍い破砕音とともに、男の右腕があらぬ方向に曲がるのを確認すると、俺はステップを踏んで相手から向かって右側面に回り込んで、右足に気を集中させた。そして青く輝き始めた右足で男のすねを薙ぎ払うと、鈍い破砕音とともに骨が粉砕するのが伝わって来た。
「ひぎゃーーっ!」
一瞬で右足と右腕を破壊されたその男は、激痛に悶絶しながら地面にうずくまった。
「よし次っ!」
戦闘不能に陥ったその男への攻撃を終了し、すでに攻撃モーションに入っている次の男に対峙する。ナイフを両手で握り締めたその男は、俺の急所を確実に刺すべく全体重を乗せて俺に突っ込んで来た。
コイツ、本気で俺を殺す気かよ・・・。
俺は男の攻撃を紙一重で左にかわすと、ナイフを握り締めた両手の手首に手刀を叩き込んだ。
ボキッ!
両手首の骨が粉砕してナイフを地面に落としたその男が、断末魔を上げながら地面を転がりまわる。俺はその男の両ひざを順番に踏みつけて潰していく。
そして次の相手に向かおうとした時、背後に鋭い殺気を感じたため即座に振り返ると、スタンガンを手にした男がアリスレーゼに襲い掛かろうとしていた。
「アリスレーゼ、後ろだっ!」
彼女は俺の言葉に反応すると、いつの間にか手に持っていた大きな扇子を「すっ」とたたんで、その先を男に向けてこう叫んだ。
【水属性魔法・ウォーターショット】
その瞬間、アリスレーゼの正面に魔法陣が展開し、その中央に気が集中して白い輝きを放つと、高水圧のジェット水流がその男を直撃した。
後ろ向きに勢いよく弾き飛ばされたその男は、同時に自分のスタンガンの電流で首筋を感電。後頭部から地面に倒れ込むとそのまま意識を消失させた。
「これが攻撃魔法か! すげえなアリスレーゼ」
「ええ。見ての通り激しい水流で敵にダメージを与える魔法です。呪文がとても短いので咄嗟の護身用として使えるのよ」
「・・・それって俺にも使えるかな」
「そうね・・・使えなくはないけど、ミズキの場合は別の魔法の方がいいわね・・・それよりあれを見て」
アリスレーゼが差す方向を見ると、数台のバイクが俺たちに突進してくるところだった。
「マジかよアイツら・・・」
たった4人でしかも素手の俺たち相手に、バイクで突撃をかけようとする半グレ集団。完全に頭がイカれた連中が乗るバイク相手では、さすがの古武術も歯が立たない。
さて、どうするか・・・。
すぐ近くで戦っている爺さんと師範代の表情にも焦りの色が見えるが、アリスレーゼだけはいつものように平然とした表情で俺に命じた。
「ミズキ、今からわたくしが唱える呪文の後に続いて詠唱なさい」
「呪文・・・魔法か! わかった、教えてくれ!」
アリスレーゼの後に続けて、俺は呪文を唱える。
相変わらず奇妙な発音の言葉だが、どこかで聞いたような懐かしい響きも感じる。それほど長くないその呪文を唱え終えたところで、アリスレーゼは魔法を発動するためのキーワードを叫けぶ。
俺もその直後に彼女と同じ言葉を発した。
【無属性魔法・マナキャノン】
【無属性魔法・マナキャノン】
その瞬間、俺とアリスレーゼの前に全く同じ魔法陣がそれぞれ出現し、アリスレーゼの魔法陣は白く、俺のは青く輝きを放つと、その光が魔方陣の中央部分に集まって輝きを増し、そこから発射された光弾が一瞬でバイクを直撃した。
ズズーーーンッ! バギャッ! ドゴーーーン!
時速40km程度まで加速していたバイク2台が、白と青の2つの光弾によって弾き飛ばされ、後ろを走る別のバイクに衝突。運転していた男たちは衝撃で弾き飛ばされ地面に叩きつけられたり、バイクごと大きく転倒した者もいた。
さらにはバイクの一台からガソリンが漏れ出し、そこから炎上を始めた。
残った半グレ集団たちは、自分たちが今どんな攻撃を受けたのか全く理解できず、だが結果として自分の仲間の半数以上が既に戦闘不能である事実に気づく。
一方、爺さんと師範代は俺たちが光弾を発射したことに気づいており、驚愕の表情でこちらを見ている。
だが、今の魔法攻撃で戦いの趨勢は既に決した。
「爺さん、師範代、一気にこいつらを仕留めるぞ!」
「・・・そ、そうじゃな。今の攻撃については後で話を聞くとして、瑞貴たちに後れを取ったままでは師匠の名折れ。残りの連中はワシらで始末するから、瑞貴はアリスちゃんを連れて水島さんの救出に向かえ!」
「わかった、後は任せたぞ爺さん!」
高速道路の高架下には、エンジンがかかった状態のバイクが5台ほど並べられ、周りから見えないように葛城さんたちが私を取り囲んでいる。
バイクには知らない男たちがニヤニヤしながら私を見つめ、すぐ目の前には葛城さんの彼氏が、私を見下ろすように仁王立ちで立っている。
「全く手間を取らせやがって・・・とっととヤルぞ」
お母さんに頼まれて近くのコンビニに買い物に行く途中、バイクに乗った男たちに捕まってここに連れて来られた。
そしてここで裸になるように言われて、もちろん嫌だと断ったら散々殴られた。顔は葛城さんのビンタ1発だけだったけど、他のみんなからはお腹や両手足、背中を何回も何回も殴られたり蹴られた。
身体中が痛くて抵抗する気力も失った私は今、葛城さんの彼氏に服を脱がされている。葛城さんたち女子5人やバイクに乗った男たちが笑いながら、スマホのカメラを私に向けている。
そして葛城さんが楽しそうに奇声を上げた。
「うひゃひゃ! 水島が今からレ〇プされるところをバッチリ撮っといてやるよ。後で記念に送ってやるし裏で流せばいくらで売れるかな。イヒヒヒ!」
服を無理やり剥ぎ取られ、生地が破れる音がする。下着が完全に見えてしまっているし・・・私はもう。
「うわっ・・・ダッせえ下着だなコイツ。今まで真央が連れて来た女の中でも一番ひどいな。だが、こんなダせえ女の方がマニア受けはいいんだよ」
葛城さんの彼氏がズボンを脱ぎながら、私の事を完全にバカにしたように酷いこと言っている。でも私はこんな酷い男に、これから乱暴されてしまう。
・・・前園くん、助けて。
分不相応なのは十分に理解しているけど、やっぱり私は前園くんが好き。
でも下着も剥ぎ取られて胸が露わになり、私は自分の恋も運命も全て諦めた。バイクの男たちから大きな歓声が上がり、私の目から涙があふれ出したその時、
バギャーーッ!
凄い音が聞こえて、私の身体に乗りかかって乱暴をしていた葛城さんの彼氏の姿が突然見えなくなると、その代わりに前園くんが私の目の前に現れた。
「・・・前園くん?」
「助けに来たぞ水島っ! 遅くなって悪かった」
前園くんは自分が着ていたシャツを脱ぐと、私を抱き起してそれを着せてくれた。大きすぎる彼のシャツは、私の恥ずかしい部分を全部隠す事ができた。
「前園くん・・・」
徐々に鼓動が高鳴っていく私を優しく左手で抱き寄せてくれると、葛城さんたちに向けてこう叫んだ。
「貴様らは絶対に許さんっ! 水島さんにこんな酷いことをしやがって、どうなるか分かっているな!」
突然の出来事に呆気に取られていた男たちは、バイクから降りると前園くんに近づいてすごんで見せた。
「何だお前はっ! どこから来やがったっ!」
「鮫島さんに不意打ちを食らわせやがって。ただじゃおかねえぞっ!」
そして葛城さんたちも我に帰って騒ぎ出した。
「みんな! コイツが例の前園ってイケ好かねえ野郎なんだ。拳法をやってるみたいだから気をつけな!」
「へえ、コイツが真央っちが言ってたチクリ野郎か。とりあえず俺たちでコイツを始末して、鮫島さんの代わりにそのダッせー女の処女を・・・おぐっ!」
前園くんが私の傍から離れたかと思うと、次の瞬間にはその男の顔を殴りつけていた。後ろに吹っ飛ばされた男はそのままバイクに激突して下敷きになった。
そして間髪を入れずに、前園くんはその隣にいた男に回し蹴りをして、葛城さんたちの方に向けて蹴り飛ばした。悲鳴を上げながら倒れ込む葛城さんたちと、なおも攻撃を続ける前園くん。
気が付くと、ここにいた全員が地面にうずくまって気を失っていた。
「助けに来るのが遅くなって本当に申し訳なかった。水島・・・お前、怪我をしているのか」
とても悲しそうな目で私を見る前園くんが、青くあざが浮き出た私の右足にそっと触れてくれた。
「痛っ!」
「す、すまない・・・すぐに病院に連れて行ってやるから、もう少し我慢していてくれ」
そう言うと前園くんが再び私の傍から離れて、葛城さんたち一人一人をロープで縛っていく。
その一生懸命な彼の横顔を見ながら、ずっと思いを寄せていた前園くんに自分が助けられたことをようやく実感した。
・・・うそ! この私があの前園くんに。
何のとりえもない内気でボッチなこの私・水島かなでは、恐れ多くも学園の黒髪王子こと前園瑞貴さまに初恋をした。
きっかけは他の女子も同じだと思うが、サラサラの黒髪が美しいイケメンだからだ。
でも私の場合はそれだけじゃなく、前園くんは陰キャの私にもいつも声をかけてくれるし、学園の経営者一族の御曹司なのにそれを鼻にかけたりもせず、女子に色目を使ったり他の男子のようなエッチな話題にも興味を示さず、まさに完全無欠の王子様なのだ。
それに前園くんは今まで女子と付き合ったことがないとハッキリ公言しており、誰が最初に彼女の座を射止めて前園くんを手に入れるのか、水面下では激しい戦いが繰り広げられていた。
だけどラスボスの愛梨ちゃんの戦闘力が強すぎて、誰一人として彼にアプローチすらできてないのが現状なのだ。
そんな憧れの前園くんが、私なんかを助けるために葛城さんのグループや何十人もいる怖い男たちと戦ってくれた。そして自分が着ていたシャツを私ごときに着せてくれて・・・。
ああっ・・・嬉しい!
前園くんの匂いで頭がクラクラする・・・。
・・・でも、私は葛城さんやこの男たちに恥ずかしい写真をたくさん撮られたんだよね。
ダサいってバカにされた私の下着姿も、みんなに見られた私の胸も、全部スマホに納められてしまった。
自分の置かれた状況を改めて認識した時、さっきまでの浮かれた気持ちが全て吹き飛び、取り返しのつかない現実に絶望した。
「本当に何もかも無くしちゃったんだな、わたし」
そして目に涙があふれ出すと、もう止まらなくなってしまった。
次回、戦いは最終局面へ。お楽しみに。
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