第51話 プロローグ(前編)
11月3日
大海原を快走する護衛艦。
その艦橋では、瑞貴たちが作戦前のブリーフィングを始めていた。
今回の作戦の目的は、グランディア帝国の本来の首都「旧王都グランディア」を占領し、帝都ティアローズを孤立させて包囲網を完成させることにある。
それと同時に、西方異界門に展開する帝国騎士団をおびき出す陽動作戦も兼ねていた。
この作戦指揮に当たるのは海上自衛隊の柳一佐であり、そのブリーフィング冒頭、大陸全土に広がった各戦域についての状況が確認された。
「3つの勢力のうち、まずは我々『亜人連合』について確認しておく。戦域は大きく分けて6か所あるが、そのうち最大の戦力を投入しているのが①帝都ティアローズと目と鼻の先にあるオーク騎士団国戦域である。ここに陸自主力部隊とオーク騎士団1万の兵力が帝国軍2万と対峙している」
「この辺りは戦略の要衝で、昔から何度も戦いが繰り返された古戦場なんですよね。そして現在は、我々が要塞を占領して帝国軍の南下を食い止めていると」
「そうだ。そしてそこから北に位置するオーク騎士団国とレガリス王国をつなぐ回廊が2つ目の戦域だ。ここは現在、②レガリス騎士団5千がミケ王国・ラビ王国・リザド王国の混成部隊1万と共に、ティアローズ騎士団1万の兵力と対峙している」
「ティアローズ騎士団は全て平民兵で、魔導部隊は出て来てないんでしたね」
「マクシミリアン配下の魔導部隊は我々との戦闘でその大半が戦死している上、生き残った王国貴族たちは全員、マグノリア王国の防衛に向かっている」
「セレスフィリア対策ですね」
「話を我が陣営に戻すと、3つ目の戦域は北方異界門周辺。ここには③レガリス騎士団主力1万が展開しているが、狙いはもちろんグランディア帝国軍の分断で、そのタイミングを虎視眈々と狙っている」
「ベストラさんとアンナさんが立てた戦略ですね」
「そして4つ目の戦域はランツアー王国周辺。ここは④オーガ騎士団5千がティアローズ同盟軍5千と対峙しているが、一時は国境線を大きく越えて侵入していた同盟軍を元の国境線まで押し戻したところで戦線が維持されている」
「ランツアー王国軍の参戦は」
「彼らが動くのは、セレスフィリアがティアローズ同盟を撃ち破ってこちら側に流れ込んできた時だ」
「セレスフィリアに戦力を秘匿するんでしたね」
「最後に第5、第6戦域だが、これが我々が担当する旧王都グランディア攻略戦だ。⑤陸路から進軍するドルマン王国軍主力2万と陸自別動隊の混成部隊と連動し、⑥ランツアー王国から供与された我が『ヘリ空母打撃群』で海路から旧王都を攻撃。ここを一気に攻め落とす」
「それにしてもこの艦隊は凄いですね。この世界にも鋼鉄船を造る技術があったのが驚きです」
「総トン数にして5000トンを優に超えるこの艦は、大きさだけならイージス艦にも匹敵するし、そのうちの1艦は即席のヘリ空母に換装済みだ」
「推進力が魔法というのもこの世界らしくてユニークですよね。水魔法を使ったジェット推進航法なんて地球じゃ考えられませんからね」
「全くだ。だが雨宮主幹たち技術陣が早速改良を加え、出力が格段に向上しているのが何とも頼もしい」
「ヘリ空母の他にも、ミケ王国で精製した石油を運ぶタンカーや強襲揚陸艦など、こちらの要望に合わせて色々作ってくれるところは、さすがはドワーフ族ですね」
「彼らが味方になってくれて本当に助かった。以上が我が陣営だが、次は目下の敵である『グランディア帝国』について確認する」
「お願いします」
「彼らは旧王都防衛のため①帝国騎士団1万が亜人連合との国境線に展開。さらに②西方異界門防衛部隊5千を追加投入する動きを見せている。そして③帝国艦隊も王都周辺海域に集結している。大小合わせて百数十隻規模の大艦隊だ」
「すごい数ですね・・・」
「数だけはな。だが全て木造艦で、15世紀の大航海時代を彷彿とさせる帆船ばかりだ。ランツアー王国とグランディア帝国の間には、科学技術にして数百年以上の開きがあるようだ」
「ところで①がたった1万しかいないのはやはり」
「ああ。セレスフィリアが帝国軍の主力をティアローズ同盟への侵攻に使ってしまっているためだ」
「さやかの挑発が効きすぎましたね」
「そんな第一皇女殿下は、君たち公安戦闘員を警戒して⑤北方異界門防衛に1万の兵力を配置しつつ、④2万5千の主力部隊がザカロマ公国とその周辺諸侯国を次々と攻め滅ぼし、現在はマグノリア王国を突破すべく南進中だ」
「ティアローズ同盟には可哀想ですが、グランディア帝国の主力部隊と潰しあってもらうしかないですね」
「結果的に帝国は⑥の戦域に1万の兵力しか投入できていない。つまり彼らはその広大な国土の全てを防衛する能力を失っている」
「ベストラさんはこの状況を見越していたんですね」
「さて最後に『ティアローズ同盟』の戦況をまとめる。彼らの主戦場は言うまでもなくマグノリア王国戦域。ここに帝国軍とほぼ同数の戦力を集中させ、まさに国家存亡をかけた戦いを現在進行中だ」
「そして我々は両軍の損耗を最大限に強いるよう、他の2つの戦域で同盟軍に手心を加えている」
「だから、我々の②と④の戦域では国境線を越えずに示威行動に徹し、もって大陸全体の戦況をコントロールしているという訳だ」
◇
ティアローズ王国マクシミリアン朝。
その王城謁見の間の玉座に座るマクシミリアンは、マグノリア王国の使節団とともに王宮を旅立っていく自身の親衛隊の後ろ姿を、一人寂しく見送っていた。
マグノリア王国は今まさに国家存亡の危機に瀕しており、悲鳴にも似た救援要請を受けたマクシミリアンは、最後の一兵まで投入せざるを得なかった。
その親衛隊の中には、レガリス王国から帰還して以降、抜け殻と化したフリオニールの姿もあった。
「あんな腑抜けまで戦場に送り込まなくてはならないとは、いよいよこの国も終わりか・・・」
魔力を持たない平民出身の侍女以外誰もいなくなった謁見の間で、マクシミリアンは自分の国がもはや国家の体をなしていないことを痛感した。
もしも時間を戻せるならば、アリスレーゼと再会を果たしたランツァー王国での祝賀会に戻ってミズキとの結婚を認めてやりたかったマクシミリアン。
たが後戻りのできない彼は、ティアローズ同盟に参加してくれた古くからの盟友のために、文字通り最後の一兵まで送り込むしか選択肢はなかった。
「母上の予言通り、ティアローズ王国の栄光を引き継ぐのは私ではなく妹のアリスレーゼだったな。その言い付けを守らなかったばかりに我が王族や王国貴族はほとんど死に絶え、わずかに生き残ったのはアリスレーゼとロベルト、そして二人に付き従った数十名の上級貴族のみ」
亡国の王であることを自覚したマクシミリアンは、いずれこの王城に攻め入る敵軍に自分の首を差し出すために生きているに過ぎなかった。
それがグランディア帝国か亜人連合かに関わらず。
「叶うならば、我が首をはねるのがセレスフィリアではなく、アリスレーゼであらんことを」
◇
グランディア帝国軍司令部の陣幕。
その中央に鎮座する第一皇女セレスフィリアは、ランツァー王国に潜ませていた間諜からの報告に焦りの色を濃くしていた。
報告によると、古代遺跡コキュートスにはすでに多くの冒険者たちが詰めかけ、最深部にあたる巨大地下空洞に到達した冒険者も現れたとのこと。
しかもランツァー王国は冒険者たちを厚く保護し、ダンジョン内の魔獣駆除やトラップ除去を手伝ったり、低ランク冒険者の護送まで行うしまつ。
国を挙げて、異界門の鍵の発見を促す政策に乗り出しているのだ。
セレスフィリアの美しい顔が醜く歪み、爪がボロボロになるまで歯噛みを繰り返して、指の先から血が滴り落ちている。
そんな彼女が幕僚を睨むと、
「こんなところでモタモタしてはいられません。今夜中にマグノリア王国の王城を落とすのです」
「そんな無茶な! 兵たちの疲労はもう限界に達している上、兵站が延びきって補給物資も・・・」
「お黙り! 冒険者どもよりも先に東方異界門の鍵を入手しなければ、こんな大陸の果てまで軍を進めた努力が無駄になってしまいます。補給物資がなければ、村を襲いなさい!」