第48話 生け贄にされた女たち
かなでが消えた。
雨宮主幹の言葉で我に返った瑞貴は、鮫島がどこにもいないことにも気づく。
「まさか・・・」
属性魔法が使えるようになった鮫島は、瑞貴の前に瞬間移動で現れた。
つまり鮫島は、セレスフィリアの闇魔法で視界が失われている隙に、かなでを連れ去ってしまったのだ。
その事実にみんなが気づいた時、今度は愛梨が叫び声をあげた。
「未来が見えない! かなでさんの行き先も運命も何も見えないの!」
アリスレーゼもマインドリーディングでセレスフィリアの頭の中を覗こうとしたが、
「わたくしの魔法が効かないっ!」
かなでの行き先を知ってるはずのセレスフィリアの思考が読めなければ、せっかくの弥生の瞬間移動も宝の持ち腐れとなる。
顔を真っ青にして焦る弥生に、だがセレスフィリアがなぜかウンザリした表情を見せる。
「今気がつきましたが、あなたがスーリヤお兄様だったのね。いつもヴェーダの傍にいて実の妹よりあの人ばかり優先する嫌な人間だと思ってましたが、女に生まれ変わってまでヴェーダにつき従うなんて、本当に気持ちの悪い男」
「4000年もヤードラに執着してるあなたにだけは言われたくないわよ!」
そんなセレスフィリアの言葉に、弥生の記憶が抜き取られていることに気づいたアリスレーゼが慌ててジャミングをかける。
「くっ! この王女もわたくしのマインドリーディングを遮断できる能力があるのね。残りの女どもも全員、早くサメジマ男爵に能力を奪わせなければ」
セレスフィリアのマインドリーディングを封じたのはいいが、かなでの行方を知る術のないまま時間だけが刻々と過ぎていく瑞貴たち。
そんな膠着状態を破ったのが、ベストラとアンナの二人だった。
「第一皇女セレスフィリア! 貴様の首を獲ってアレクシス皇帝に送りつけてやる!」
「わたくしの攻撃を受けて、いつまで涼しい顔をしていられるでしょうね。かなでさんの居場所をその身体に直接聞いてみましょうか」
二人がセレスフィリアに攻撃を開始すると、その隙に弥生の背後に近づいた雨宮主幹が自分のデバイスを手渡しながらささやいた。
「愛梨ちゃんの言葉ですぐ分かったわ。かなでちゃんは北方異界門にいるはずよ」
「北方異界門・・・そういうことか。それとこのデバイスってもしかして」
「虚数空間フライホイール。これを使えば、弥生ちゃんなら結界を越えて北方異界門まで瞬間移動できるでしょ」
「すごいエネルギー・・・ありがとう雨宮主幹」
「あの二人がおとりになってくれているうちに、早くかなでちゃんを助けに行って」
「分かった。瑞貴、愛梨ちゃん、アリスレーゼ、早くこっちに集まって!」
急いで駆けよった3人が弥生に触れると、忽然と現れた闇の球体が4人を包み込んで亜空間へと導いていった。
◇
4人がたどり着いた先は、石造りで窓のない殺風景な建物の中で、だが全員が顔を見合わせて頷いた。
「転移は成功だ! 北方異界門に間違いない」
瑞貴たちがこの世界に初めてやって来た時、しばらく滞在していたのが南方異界門だ。
そこによく似たこの場所は、大量の魔石が惜しげもなく使用された巨大な構造物で、地下龍脈から湧き出る膨大な量のマナを地表面に設置された大型転移陣に誘導するためのパイプラインの役割を果たす。
同時に、異世界に大軍を送り込むための兵舎も用意されており、鮫島が跳躍した亜空間の軌跡を追ってたどり着いたこの場所は、数ある兵舎の一つだった。
「ここは敵のど真ん中だ。襲ってくる奴は片っ端から倒していくぞ」
「そうね瑞貴。早くかなでちゃんを助けましょう」
瑞貴が駆け出すと、弥生たちもそのあとを追う。
「アリスレーゼ、かなでの居場所は分かったか」
「いいえ。敵兵士たちの雑多な思考はかすかに流れ込んできますが、肝心のかなでさんと鮫島の二人のものはまだ・・・」
「愛梨もまだ未来予知はできないか」
「うん。この中に入ると、何も見えなくなった」
「・・・そうか」
かなでの居場所も分からないまま、兵舎内の中を探し回る瑞貴たち。
そんな兵舎には最低限の衛兵はいるものの、ほぼ全員がレガリス騎士団の追撃に向かっているようだ。
まともな抵抗も受けずに兵舎の中を自由に駆け回る瑞貴の顔は、だが焦りにこわばっていく。
「どこにいるんだ、かなでーーーっ! ・・・鮫島の野郎、見つけたら絶対にぶっ殺してやる」
そんな瑞貴を弥生がなだめる。
「焦らなくても、かなでちゃんならきっと大丈夫よ。普通の人間にあのバリアーは絶対に破れないし、鮫島なんかもう倒しちゃったかもしれないわよ」
「・・・そうだよな。いくら鮫島が強くなったからって、かなでのバリアーはさすがに」
「そういうこと。でも鮫島の能力は極めて危険よ。あんなのを放置してたらいずれ私達でも太刀打ちできなくなるし、化け物が誕生する前に始末しておいた方がいいと思う」
「そうだな。藤間警部には悪いが、アイツは逮捕せずにここで処分しよう」
「・・・えっ!」
だが突然アリスレーゼが声を上げると、先頭に立って瑞貴たちを誘導する。
「こちらです、瑞貴」
「アリスレーゼ、ひょっとしてかなでの思考を捉えたのか!」
「いいえまだです。でもこちらに敵兵が集まっていて、おそらくかなでさんはその中に・・・」
「敵兵が集まっている? でもどうしてそこにかなでがいると」
「・・・行けば分かります」
言葉を言い淀んだアリスレーゼが暗い顔をすると、やがてある兵舎区画に到着してその扉を開いた。
そこは何もない部屋だった。
広い大部屋に待機するその兵士全員が魔導師服を着ており、だが床に座っているだけで誰も攻撃してこようとせず、瑞貴たちが通り過ぎるのをうつろな目でただ見ているだけだった。
その異様な光景に、瑞貴は思わず立ち止まる。
しかも兵士は全て女性で、武装解除でもされたかのように誰一人武器を携えておらず、まるで助けを求めるような目を瑞貴に向けて来た。
その瞬間、瑞貴の背筋がゾッと凍り付いた。
「この兵士たちはまさか・・・」
するとアリスレーゼが、こくりと頷く。
「ここにいるのは、鮫島に身体を差し出される予定の生娘たちです。平民出身の女魔導師は鮫島の命令でここに集められたようですし、下級貴族の令嬢たちは、セレスフィリア皇女に媚を売りたい父親の命令で無理やり軍に入隊させられたみたいです」
「親に売られたのか・・・むごすぎる」
「それより酷いのは鮫島です! あの男は魔法が使えなくなった彼女たちの将来を保障してあげるどころか、一般兵に降格させて最前線に送り込んだそうです。ここにいる娘たちは自分に未来がないことが分かっていながら、なすすべもなくここでその時が来るのを待っているだけ・・・」
「何て奴だ! あのサイコパスだけは絶対に許さん」
やり場のない怒りがこみ上げた瑞貴は、この後さらなる衝撃を受けることになる。
大部屋の奥の扉を開けるとそこにもう一つの大部屋があったが、いくつも並んだベッドの上には負傷兵が並べられていた。
血で染まった包帯が痛々しく、腕や足を失った兵士も珍しくはない。
強力な治癒魔法を使っても完治までには相当な時間を要しそうな重傷患者たちだが、問題はその全員が強力な魔力を持った女性だったことだ。
「ウソ・・・だろ・・・」
顔を真っ青にしたアリスレーゼが、彼女たちから読み取った情報を瑞貴たちに伝える。
「・・・ここにいるのは精鋭魔導部隊に入隊したエリート中のエリートで、除隊後はいずれも社交界に戻っていく上級貴族の令嬢たちです。さすがの皇女と言えども鮫島の相手をしろとは命じられない高貴な身分の人達ですが、闇に葬り去ることを前提に鮫島がここに連れて来たようです」
「こんなの人間の所業じゃねえ! 鮫島ーーーっ!」
瑞貴が激しい怒りを爆発させたまさにその時、その少女が目の前に転移してきた。
セレスフィリアだ。
「やっと見つけたヴェーダ。あなたにサメジマ男爵の邪魔はさせません!」
「シーダか・・・お前もこれに加担したのか」
「何を言って・・・ひ、ひーっ!」
周りの惨状に顔を青ざめたセレスフィリア。
アリスレーぜ同様彼女たちの頭の中を覗いたセレスフィリアが言葉を失って茫然としている隙に、弥生は瑞貴の背中を力いっぱい蹴り飛ばした。
「この女の相手は私たちがするから、瑞貴は早くかなでちゃんを!」
「そうはさせません! ヴェーダ、お待ちなさい!」
【闇属性思念波兵器・ワームホール】
だが弥生がセレスフィリアにタックルすると、アリスレーゼと愛梨も連れて闇の球体の中に消えた。
◇
兵舎の奥にたどり着いた瑞貴は、その正面の壁がシーダの封印であることに気付く。
【バーダルタ・エヴェゴギナ・イルム・ゴーギルス・アザムルーク】
壁がスッと消えて中に入ると、そこは真っ暗な部屋だった。
地下なので当然窓もなく、壁に取り付けられたロウソクが弱々しく辺りを照らし出している。
瑞貴は明かりを灯そうとデバイスを握りしめたが、
「何も反応しない・・・まさかここって」
瑞貴の頭をよぎったのは、古代遺跡ヴァルムガンド第18階層にあった死のトラップ「封魔の檻」だ。
一切の魔力が封じられ、思念波補助デバイスも全く機能しなかったあのトラップはもちろん、ダンジョンを作り上げたシーダの手によるものだ。
それと同じ空間がこの部屋の中にも展開されており、そこで最悪の事態が起きてしまったことを、すぐに瑞貴は知らされた。
暗い部屋の真ん中には大きなベッドが置かれ、その上で男女が重なり合っている。
そんな二人からは、同じリズムで肉のぶつかり合う音が響いていた。
「嫌だ・・・頼むからやめてくれ」
頭を抱えてへたり込んでしまった瑞貴の耳に、あの男の耳障りな声が聞こえる。
「いいツラになったじゃないかダサパンツ。いやあのパンツはもうねえし、ちゃんと名前で呼んでやるよ。ゆっくり楽しもうぜ、かなで。アヒャヒャヒャ!」
「鮫島ーっ! 今すぐかなでから離れろーっ!」
次回もお楽しみに。
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