第11話 明かされた記憶と正義の炎
葛城たちの記憶を語るアリスレーゼは終始無表情だったが、淡々と語られたその内容はかなり衝撃的であり、話が終わった後しばらくは、誰も言葉を発することができなかった。
その話をまとめるとこうだ。
被害者は高校から入学した女子生徒で、小柄で内気なタイプだったからか、すぐに葛城たちのグループに目をつけられ、イジメが始まったという。
そのイジメは、それほど時を置かずに金銭の恐喝やそれに伴う暴力行為へとエスカレートし、被害生徒にわいせつな自撮り画像を送らせては、それを材料に脅しを繰り返してお金を支払わせていた。
やがて被害生徒の貯金が底をつき、それ以上お金を払えなくなると、葛城たちはさらに過酷な暴力を使って被害生徒を脅し、ついには援助交際をさせ、それで得た金は葛城たちやその仲間である半グレ集団が全て手にしていた。
被害生徒が不登校になってからも、葛城たちは彼女を外に呼び出しては援助交際を強要し、金づるとして徹底的に利用し続け、ついに被害生徒が自室で自殺を図ったところを両親に発見され、一命はとりとめたが脳に障害が残る結果となった。
自室に残された遺書から娘に対するイジメの実態を知った両親はひどくショックを受け、十分な指導を行わなかった学校の責任を追及するとともに、加害生徒とその両親たちへは、娘への慰謝料と奪われた金銭の全額返還を要求した。
しかし担任教師は学内でのイジメの1側面しか把握できておらず、学外でのそのような行為については全く知らなかったため、学校の指導の限度を超えていると自分の責任を認めず、一方葛城グループの両親たちは事実無根だと被害生徒の両親の要求を一切拒否。
その裏で市議会議員である葛城の父・健司は、娘の彼氏で子飼いの半グレ集団のリーダーに命じて両親を襲撃させ父親に重傷を負わせると、そのリーダーに謝罪させる自作自演を演じ、和解金と称したはした金を掴ませた上で被害家族に家を引き払うよう促した。
黒い噂が絶えない葛城議員の怪しさに気づき、恐怖に怯えた母親はその要求を飲んでしまい、被害生徒は高校を退学。一家はこの街から姿を消した。
その後学校側は、被害生徒が退学したこと及び対応を行っていた担任教師が心労により休職を余儀なくされたこと、加害者の両親たちが結託して無視を決め込んだことからそれ以上本件に踏み込むことが出来ず、葛城たち加害生徒に適切な指導を行うことができないまま終わってしまった。
こうしたうやむやな対応に味をしめた葛城たちは、学校側に知られないような巧妙なやり口で、他の複数の生徒からも金を脅し取り続けた。
だが2年に進級してクラス替えとなり、葛城たちA組の担任に兵衛先生が着任すると、彼がにらみを利かせて簡単にはイジメができないようになる。
その結果、次のターゲットとされていた水島があの被害生徒のような状況にすぐ陥ることはなかったが、アリスレーゼが転入してクラスが混乱した隙に、葛城たちは今日のような行為に踏み切ったのだそうだ。
「酷すぎる・・・」
母さんが悔しそうに拳を握り締め、
「理事会で報告を受けた時、徹底的に調査するよう指示したのだが、ワシの想像を超えておったわ・・・」
爺さんが一言そう言うと、無念そうに目をつぶってしまった。俺は最後まで表情を変えず淡々と説明していたアリスレーゼが心配になり、
「あの魔法を使うとこんな酷い話が頭の中に流れ込んでくるんだろ。俺ならとても平静でいられないよ」
「普通の人間ならそうだと存じます。ですがティアローズ王国でのわたくしは、このような事件の裁判をよく行っておりました。そこではもっと惨たらしい事件もありましたが、王族たるもの、顔色一つ変えずに裁かねばなりません」
「顔色一つ変えずにか。つまり心の中は逆に・・・」
「ええそうよ! 彼女たちの記憶に触れた時、被害生徒の絶望に満ちた表情とともに、それを嘲け笑う彼女たちのおぞましい感情がどっと押し寄せてきました。わたくし彼女たちを絶対に許せません! 被害生徒の無念を晴らすために必ず報いを受けさせます!」
そう力強く叫んだアリスレーゼの言葉には正義の炎が燃え盛り、だがその熱さとは対照的に、その表情は絶対零度の氷のように冷たかった。
しばらく何かを考えていた爺さんが、アリスレーゼに尋ねる。
「ワシは魔法など信じておらず、アリスちゃんのことは気功術の天才ぐらいに思っていた。じゃが今の話は学校側では把握できていなかった加害者側の真実まで触れており、全て合点が行く内容だった。つまり魔法は実在して、ワシはそれに真面目に向き合わねばならないということじゃ。そこで教えてほしい。アリスちゃんの魔法にはどのようなものがあるのじゃ」
「使える魔法はたくさんありますが人の心に作用する魔法は大きく3つです。一つ目は相手の心を読む魔法【マインド・リーディング】。二つ目は相手に思考や記憶を送り込む魔法【ファントム】、そして三つ目は相手の心を操る【マリオネット】です」
「心を読む、思考や記憶を送り込む、そして心を操るか・・・。ところでエカテリーナちゃん、アリスちゃんの日本戸籍を取得した際、役所で【ファントム】を使ったのじゃな」
「さすがはお義父様。遡って出生届を出す際に、私のパスポートをアリスちゃんのものと見せかけました」
「それって公文書偽造じゃねえかよ!」
「そんなの今さらよ!」
今さらって母さん、他にも何かやってるのかよ。 だが俺の心配をよそに話はどんどん進んでいく。
「じゃがコピーを取られたらバレるんじゃないのか」
「それが【ファントム】は人間の脳だけでなく、コピー機にも作用したのです」
「電子機器にも作用する幻影魔法か・・・これは使えるかもしれん。次はアリスちゃんに質問じゃが、3人から読み取った記憶とは言葉や感情みたいなものか。それとも風景や音声のようなものも含まれるのか」
「全てです。今回の場合はミズキが上手く会話を誘導してくれたおかげで、かなり鮮明なシーンに、思考や感情が伴った形で読み取ることができました」
「なるほどよくわかった。ではアリスちゃんはしばらく午後の鍛錬を中止し、ワシと二人でこのイジメ問題に取り組んでいこう」
「はいっ! 承知いたしました、お爺様」
「それから瑞貴は、この問題が解決するまで葛城グループがアリスちゃんに危害を加えないよう、十分に気を付けるのじゃぞ」
「わかってるよ爺さん。だが水島はどうするんだよ。アイツを放っておくわけにもいかないだろう」
「その水島という生徒の面倒も、瑞貴が見てやることはできるか」
「学校内では大丈夫だが、放課後までは無理だ。あいつがどこに住んでいるのかも知らないしな」
アリスレーゼは家族だから四六時中傍にいて守ってやることはできるが、水島は赤の他人だからそれができない。だが母さんが何かを思いついたようで、
「私に考えがあるわ。要は水島さんをこちら側に取り込めばいいわけよね。まず体育の授業で・・・」
翌朝、先に家を出た母さんに頼まれた愛梨が、ブツブツ文句を言いながらもアリスレーゼをパジャマから制服に着替えさせる。アリスレーゼも努力はしているのだが、やはり自分一人では着替えができないのだ。
そして準備が整い2階から降りてくる二人の姿は、愛梨に言うと激怒されそうだが、まるで本物の姉妹のようだった。
「じゃあ愛梨とアリスレーゼ、そろそろ行こうか」
「うん、お兄っ!」
「少し待たせてしまったようねミズキ。さあ学校に行きましょう」
王女らしく毅然と、そして優雅に靴を履くアリスレーゼ。そんな彼女に愛梨が唖然として、
「むっ! 一人で着替えもロクにできないくせして、偉そうにしないでよね、お・姉・ちゃん」
愛梨がアリスレーゼに憎まれ口を叩きながら、いつものように俺の手を引っ張って玄関から出ようとするが、俺はアリスレーゼの方を振り返ると、
「葛城たちが何をしてくるか分からないし、登校中は念のためにアリスレーゼとも手をつないでおくよ」
そう言って俺がアリスレーゼの手を握ると、それまで優雅に振る舞っていた彼女が顔を真っ赤に染めた。
「急にどうしたんだよ、アリスレーゼ」
「だってミズキ・・・あなたが手を・・・」
「何かあると大変だし、キミを守るためには」
「ですがわたくし、殿方の手に触れたことなど、生まれてこのかた一度もございません。少しはしたなくはありませんか」
「はしたないって・・・そう言えば俺も、愛梨以外の女子の手を握ったのは小学校の体育以来かも・・・。改めてそう言われると、なんか恥ずかしくなってきたじゃないか」
「そ、そうですよね! では手など繋がなくとも」
「・・・いや、昨日の今日だし葛城には半グレ集団がバックについている。やはり危険だから、登下校の際は手をつないでおいた方がいい」
「し、しかし・・・キャッ!」
俺は恥ずかしがるアリスレーゼの手を無理やり握りしめると、そのまま家を出発した。愛梨が「ブスッ」と不機嫌そうな顔をしてるが、昨日の話を聞いて状況を理解しているため、一切文句は言わなかった。
だが高校生の男女3人が手をつないで登校する姿はさすがにかなりの違和感があり、すれ違う大人たちはもとより、学校へ急ぐ生徒たちもギョッとした目で俺たちを振り返る。
おそらくたが、アリスレーゼはまだ学校の生徒たちに顔を知られておらず、俺の姉だと知る者など皆無であろう。そのため絵面だけ見れば、俺は彼女と妹の両方と手をつなぐ女好きにしか見えない。
だが他人の目なんかより、潤んだ瞳で恥ずかしそうに俺を見つめるアリスレーゼの姿に、なぜか俺の心臓の鼓動が高鳴った。
「さすがの俺も恥ずかしい。これはキツいな・・・」
「で、ですよねっ。早く学校へ急ぎましょう!」
アリスレーゼの言葉に頷くと、俺たちは速度を上げて学校へと急いだ。
周りに強烈なインパクトを与えながらも学校にたどり着いた俺たちは、2年A組の靴箱の前でまたもや敦史と遭遇した。
「おい敦史、また同じタイミングで登校かよ」
「よう瑞貴・・・って、今日はお姉さんとも手をつないで登校かよ。前園家は全員幼稚園児かっ!」
敦史が大声でツッコんだため、俺たちの周りに人だかりができる。するとアリスレーゼはさらに顔を真っ赤にして、俺の手を振りほどいた。
「ミズキっ! 手をつなぐのは、もうここまでで結構です! 早く教室に行きましょう」
これだけたくさんの目があれば、さすがに葛城の奴もアリスレーゼに手を出すことはないだろう。
「わかったよ姉さん」
いつものように愛梨も一緒に2年A組の教室に入ると、普段は俺たちを完全に無視している葛城グループが俺たちの前に立ちはだかった。
「いつも手をつないで登校するキモ兄妹のご登場だ」
「うひゃひゃ! 何なんだよお前らは、いつも手なんかつなぎやがって。ここは幼稚園じゃねーんだぞ!」
ギャルたちが敵意むき出しに俺たちに絡んで来るが、愛梨がすぐに言い返す。
「美男美女の私たち仲良しカップルに、ブスの僻みが炸裂したよ。うわー、見苦しー! 受けるー!」
「んだとコラ!」
そして愛梨につかみかかろうとするギャルの手を俺が掴むと、背中の方にひねり上げて突き飛ばした。
「痛っ!」
「汚い手で愛梨に触ろうとするんじゃねえ!」
「お兄っ!」
嬉しそうに俺に抱きつく愛梨の隣で、アリスレーゼが凛とした姿勢でギャルたちを睨み付けた。
「わたくしの弟妹に手を出すことなど、このわたくしが許しません。身分と立場をわきまえなさい!」
恐ろしいほどの威圧感を放つアリスレーゼに、ギャルたちはもちろん俺と愛梨を含めたクラス全員が硬直する。その姿はまさに氷の女王・・・。
そして理由は分からないものの、状況を察したクラスの男子が俺たちの周りに集まって、葛城グループを牽制する。
「俺たちの愛梨ちゃんとアリスレーゼ様に近付くんじゃねえ。お前らのブスが感染するだろ!」
「う、うるせえ! あーしらはブスじゃねえ!」
最早、敵意を隠さなくなった葛城率いるギャルグループと、氷の女王・アリスレーゼを頂点とする俺たちクラスの男子全員が対抗する構図が、期せずしてできあがった。
葛城たちとの戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
次回、母さんの放った作戦がギャルたちとの戦いを加速する。お楽しみに。
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